第109話:汚された誓いと、茨の残骸
誓いの丘の成れの果て
5つ目の爆心地は、かつて「約束の丘」と呼ばれた美しい花畑だった。 アヴァロン建国以前、まだ戦いの日々が続いていた頃、蓮が彼女たちの誰か……あるいは全員と、「いつかこの空を花で埋め尽くそう」と青臭い愛を語り合った場所だ。 だが、今のそこにあるのは、神の呪いによって真っ黒に腐り果てた「茨の海」だった。
「……王。この茨、微弱ですが意志を持っています。近づく者を捕食しようとしている」
ユリアが冷静に剣を抜き、足元に這い寄る黒い茨を切り裂く。 彼女の足元で砕け散った茨の欠片は、かつて彼女自身が蓮に贈った「野花の冠」と同じ形をしていた。もちろん、今の彼女がそれに気づくはずもない。
卑怯者の回顧録
(俺は、本当に救いようのない男だ)
蓮は茨の茂みを踏み越えながら、心の中で自分を嘲笑った。 この場所へリサやフィーネ、セラフィナを連れてこなかったのは、彼女たちにこの「汚された思い出」を見せたくなかったからではない。 この場所を見て泣き崩れる彼女たちを、今の俺が抱きしめてやる自信がなかったからだ。
(あいつらの涙を見るのが怖くて、思い出を持たないユリアを盾にしている。……俺は、どこまで情けない奴なんだ)
自分の弱さから目を逸らすために、あえて自分を「他人」として扱うユリアを同行させている。 その冷酷な合理性の裏にあるのは、一人の男としての、あまりにも浅ましい臆病さだった。
呪いの守護者:追憶の影
「愛という名の不純物を、ここで清算せよ」
丘の頂、5つ目の黄金の結晶を抱くように、巨大な茨の巨像が立ち上がった。 それは蓮がかつて彼女たちに贈った言葉や、共に過ごした温かな時間の記憶を燃料にして燃え上がる、神の防衛機構。 巨像が吠えるたび、蓮の脳裏に、今は失われた「彼女たちの笑顔」がフラッシュバックする。
「蓮、大好き!」「ずっと、一緒ですよ」「貴方の力になります」
それらの言葉が、今は鋭い棘となって蓮の皮膚を、心を、執拗に切り刻む。
魂の不感症
「王。……指示が遅れています。思考を放棄しないでください」
ユリアの声が、幻聴を切り裂いた。 彼女は茨に腕を傷つけられながらも、表情一つ変えずに蓮の前に立ち、盾となっている。 彼女にとって、この丘での誓いも、蓮との甘い記憶も、すべては「消去されたデータ」だ。だからこそ、神の呪いである「追憶の攻撃」が彼女には一切通用しない。
「……ああ。そうだな。助かるよ、ユリア」
蓮は吐き捨てるように言い、漆黒の右腕を掲げた。 自分が守りたかった「過去」を、自分を忘れた「現在」のユリアに守らせる。 その矛盾が、蓮の虚無をさらにどす黒く、鋭く研ぎ澄ませていく。
一の執着。 二の忘却。 三の冒涜。
「良くなれ。……いや、もういい。全部、消え失せろ」
蓮が放った虚無の波動が、丘を覆い尽くす黒い茨を、巨像を、そしてかつての誓いの記憶ごと、一瞬で「無」へと還した。 神が汚したのなら、自分ですべてを消し去る。それが、思い出を守れなかった男ができる、せめてもの落とし前だった。
5つ目の黒い宝石
中心部に残されたのは、5つ目の黄金の結晶。 蓮がそれに触れると、黄金は漆黒へと染まり、彼の右腕の一部となって同化した。 これで、アヴァロン・ギアを天界へと届けるための「動力」は、ほぼ揃いつつある。
「……王。怪我はありませんか?」
ユリアが剣を納め、無機質な瞳で問いかける。 彼女の頬には茨による傷があったが、彼女はそれを拭おうともせず、次の命令を待っている。
「……ああ。お前も、よくやった」
蓮は彼女の傷に手を伸ばそうとして、途中で止めた。 記憶を失い、心さえも対価として差し出した彼女に、今さら情をかけること。それは、神以上の冒涜に思えたからだ。
残り八十五日。 積み上げた結晶の重みは、そのまま失った絆の重みとなって蓮の肩にのしかかる。
「……行くぞ。六つ目だ。……次は、かつて俺たちが『家』と呼んだ場所だ」




