第108話:鏡像の断罪と、泥濘の対峙
黒雷の洗礼
4つ目の爆心地、極北の黒雷地帯。 ここでは、神が放った第六射のエネルギーが、空間に固定された雷雲として渦巻いていた。絶え間なく降り注ぐ漆黒の雷鳴は、物理的な破壊だけでなく、精神を直接焼き焦がすような不快な波動を放っている。
「……王、止まってください。これ以上は、私の防護魔術でも遮断しきれません」
ユリアが馬車の前に立ち、剣を抜いて黒雷を切り払う。 彼女の動きは相変わらず無駄がなく、美しい。だが、雷光に照らされるその横顔には、かつて蓮の冗談に頬を赤らめた少女の面影は微塵もなかった。
蓮は馬車を降り、重い足取りでクレーターの淵に立った。 中心部には、漆黒の雷に打たれながらも毅然と輝く、四つ目の黄金の結晶が浮かんでいる。 だが、その結晶の前に、一人の男が立っていた。
鏡の守護者
「待っていたぞ、臆病な王よ」
その声を聞いた瞬間、蓮の背筋に氷の刃が走った。 結晶の前に立つのは、自分と同じ顔、同じ漆黒の右腕、そして同じ絶望を瞳に宿した――「自分自身」だった。
それは第四の爆心地を守る、鏡の守護者。 挑む者の心の中にある「最も嫌悪する自分」を具現化する存在。
「お前は……」
「俺は、お前だ。神崎蓮。お前が夜、独りで震えながら考えている、卑怯で醜い本音そのものだよ」
鏡の中の蓮は、嘲笑うように右腕を掲げた。
「依存するのが怖くて女たちを遠ざけ、記憶を失った騎士の空虚さに甘えて復讐を続ける。……救いようのない、最低な男。それが俺たちの正体だ」
剥き出しの自己嫌悪
「黙れ……!」
蓮が虚無の魔力を放つ。だが、鏡の蓮も全く同じ出力を、全く同じタイミングで放ち、攻撃を相殺した。
「なぜ黙らせようとする? 本当のことだろう。あいつら……リサやフィーネ、セラフィナをアヴァロンに残してきたのは、正義のためじゃない。お前が彼女たちの愛に耐えきれなくなったからだ。自分を『他人』として扱うユリアを見て、傷つきたくないからだ。……お前は、彼女たちの心を犠牲にして、自分の安寧を守っているんだよ!」
一の絶望。 二の欺瞞。 三の断罪。
偽物の蓮が放つ言葉の礫が、本物の蓮の心を容赦なく切り刻む。 一歩、また一歩と蓮が後退する。 虚無の王として、世界を相手に戦ってきた彼が、自分自身の「醜さ」という刃の前に膝を突きそうになっていた。
騎士の不干渉
「王。……指示を」
ユリアが、感情のない瞳で二人の蓮を見つめたまま問いかける。 彼女にとって、目の前の光景は「同じ顔をした敵が現れた」という戦術的な事象に過ぎない。蓮がどれほど苦悩し、内面を抉られているかなど、彼女の関心の外だった。
(助けてくれ、ユリア。……いや、そんなことを願う資格すらないんだ、俺には)
「ユリア……手を出さないでいろ。これは、俺の戦いだ」
蓮は泥を噛むように立ち上がった。 偽物の蓮は、さらに残酷な笑みを深める。
「いいのか? お前が勝てば、また一つ結晶が手に入る。そして、この女の魂はさらに摩耗し、お前を思い出す可能性は永遠に失われる。……お前は、自分の目的のために、この女の『死』よりも残酷な空虚を買い続けているんだぞ」
醜悪な決意
「分かっているさ……。俺は、クズだ」
蓮は漆黒の右腕を、自分の顔に押し当てた。 溢れ出す魔力が視界を黒く染める。
「正しくありたいなんて、もう思っちゃいない。俺は卑怯で、自分勝手で、愛する女の心さえ燃料にする、最低な男だ。……だがな」
蓮の右腕が、偽物の蓮の胸を貫いた。 鏡の蓮は驚愕に目を見開く。同じ力、同じタイミングだったはずの攻撃が、本物の蓮の「自覚した醜悪さ」によって、わずかに出力を上回ったのだ。
「俺がどれだけ汚れても、百日後の終末は止める。……そのためなら、俺自身の魂さえ、泥の中に投げ捨ててやる」
パリン、と。 鏡の守護者が砕け散る。 後に残ったのは、四つ目の黄金の結晶。
蓮はそれを取り込み、どす黒く染まった結晶を懐に仕舞った。 全身を黒雷に焼かれ、ボロボロになりながら、彼はユリアを見た。 彼女は相変わらず、無表情に倒れた守護者の残骸を見下ろしている。
「……王。敵の消滅を確認。……次はどうしますか?」
「……移動だ。五つ目を目指す」
残り九十日。 自分の醜さを鏡で突きつけられ、それでも止まることを許されない旅。 蓮は、自分を忘れた騎士と共に、さらに深い闇へと足を踏み入れた。
五つ目の地。そこは、かつて蓮が「愛」を語った場所の成れの果てだった。




