第106話:腐った正義と、深淵の嘲笑
泥濘の聖域
3つ目の爆心地は、かつて大陸最大級の聖堂が建っていた場所だった。 神の第6射によって、聖なる建物は粉々に粉砕され、今はその瓦礫の上に、奇妙なほど白く美しい花々が咲き乱れている。 だが、その花の根は、死体の残骸を苗床にしていた。
「……王。前方に武装集団を確認。教会の紋章を掲げています」
ユリアが機械的な正確さで報告する。 彼女の瞳には、かつての騎士としての誇りも、目の前の凄惨な光景への憤りもない。ただ「敵」を排除すべき対象として見定めているだけだ。
瓦礫の山から現れたのは、白銀の鎧を纏った一団――かつて蓮を「無能」と蔑み、奈落へと突き落とした教会の聖騎士たちだった。
再会と慢心
「ほう……。死に損ないのゴミが、まだ生きていたか」
先頭に立つ男、聖騎士団長ゼノスが、蓮を見て鼻で笑った。 彼らは神の6日間の蹂躙を「試練」と呼び、自分たちが生き残ったのは「選ばれた正義」だからだと信じ込んでいる。
「神崎蓮。貴様のような不浄な存在が、神の残した聖遺物に触れるなど万死に値する。その右腕、今すぐ切り落として我らに差し出せ。それが貴様に残された唯一の『贖罪』だ」
聖騎士たちは、蓮の背後のユリアを一瞥し、さらに嘲笑を深めた。
「かつての高潔な騎士ユリアも、今や不浄な男の飼い犬か。憐れなものだな」
ユリアは眉一つ動かさない。 ただ、剣の柄に手をかけ、蓮の指示を待っている。 蓮は、彼らの「正義」に満ちた顔を見つめ、心の底から込み上げる吐き気を覚えた。
虚無の断罪
「正義、か。お前たちの神が、お前たちを『不純なウイルス』として消毒しようとしたことも知らずに、よく吠える」
蓮が漆黒の義手を一振りした。 瞬間、聖騎士たちが纏っていた神聖な加護のオーラが、ガラスが砕けるような音と共に霧散した。
「な……!? 加護が……消えた!? 貴様、何をした!」
「何もしちゃいない。ただ、お前たちの神が、お前たちに見放された事実を教えてやっただけだ」
蓮は一歩、踏み出す。
良くなれ。 対象は、聖騎士たちの持つ武器と防具。 定義するのは、神の加護ではなく『ただのガラクタへの劣化』。
ガシャン、と重厚な音を立てて、ゼノスの持つ聖剣が錆びつき、折れた。 白銀の鎧は一瞬で朽ち果て、ただの重い鉄屑へと成り果てる。
「ひ、ひぃぃッ!? 私の力が……神の光が!」
「ユリア。殺すな。手足だけを斬れ。絶望を味わせるには、死なせるのは早すぎる」
「御意」
ユリアが影のように走る。 感情を奪われた彼女の剣は、もはや武術ではなく、効率的に肉を削ぐ「解体」の作業だった。 一、腕を断ち。 二、脚を斬り。 三、希望を潰す。
悲鳴が荒野に響き渡る。 かつて蓮を嘲笑った英雄たちは、今や泥の中でのたうち回る惨めな肉の塊に成り下がった。
真の絶望
蓮は泣き叫ぶゼノスの頭を、漆黒の足で踏みつけた。
「絶望しているか? だが、これはまだ入り口だ。お前たちが崇める神は、百日後に世界ごとお前たちを消去する。お前たちが守ろうとしたすべては、最初から無意味だったんだよ」
蓮はゼノスの目の中に、自分の虚無の力を直接注ぎ込んだ。 彼に見せたのは、神が人類を「滅菌」対象としてしか見ていないという、残酷な真理。
「あ、あ、あああああぁぁぁ!!」
ゼノスの精神が崩壊し、白目を剥いて泡を吹く。 自分たちの信じてきた「正義」が、神にとっては「汚れ」でしかなかったという事実。それこそが、蓮が彼らに与えた本当の絶望だった。
3つ目の結晶
蓮は瓦礫の奥に眠る、3つ目の黄金の結晶を手にした。 それは教会の祭壇の残骸に埋まっており、これまでのものよりも禍々しい光を放っていた。
「これで3つ目だ」
蓮が結晶を虚無で黒く染めると、ユリアが無言で歩み寄った。 彼女の鎧には聖騎士たちの返り血が浴びせられているが、彼女はそれを拭おうともしない。
「王。……汚れた者は排除しました。次へ向かいましょう」
「……ああ」
蓮はユリアの虚ろな瞳を見つめ、再び自己嫌悪の淵に沈んだ。 俺は、自分を蔑んだ奴らに復讐するために、俺を愛した女の魂を犠牲にし続けている。
俺は、本当に……救いようのない、駄目な男だ。
残り九十三日。 復讐の炎は、蓮の心さえも焼き尽くしながら、次の爆心地へと進んでいく。




