第102話:独りの進軍と、卑怯な王の独白
泥濘の自省
爆心地へと向かう馬車の揺れの中で、蓮は深くフードを被り、窓の外の死に絶えた景色を見つめていた。 右腕が、熱を帯びたように脈打っている。
(俺は、最低な男だ)
胸の奥で、どす黒い自己嫌悪が渦巻く。 今回、蓮が旅の同行者に選んだのは、記憶を失い自分を他人として扱うユリアただ一人だった。 リサも、フィーネも、セラフィナも。彼女たちは幸いにも第5射の忘却を免れ、今も変わらぬ信頼と愛を蓮に向けてくれている。
(あいつらを連れて行けば、俺は甘えてしまう)
自分を他人だと思い込んでいるユリアの、あの氷のように冷たい視線。 それに耐えきれなくなった時、もし傍にリサやフィーネがいたら。 自分を慕ってくれる彼女たちの温もりに逃げ、ユリアから目を逸らし、傷ついた心を癒やそうとしてしまうだろう。
(そんな情けない奴に、神が殺せるか。俺は、この痛みを忘れてはいけないんだ)
ユリアに忘れられたという絶望。それを誤魔化すために他の誰かに依存しようとする自分の弱さが、蓮は何よりも許せなかった。 自分を「駄目な男だ」と心の中で罵りながら、蓮は孤独な戦いを選んだ。
合理的な拒絶
出発の直前、アヴァロンの瓦礫の広場で、蓮は集まった彼女たちに冷徹な命令を下していた。
「リサ、フィーネ、セラフィナ。お前たちはアヴァロンに残れ」
「えっ……!? どうしてですか、蓮! 私の鼻があれば、敵の待ち伏せだって!」
リサが耳を立て、必死に食い下がる。彼女の瞳には、愛する主を守りたいという純粋な献身が宿っていた。 しかし、蓮は彼女の瞳を見ることなく、淡々と告げた。
「合理的な判断だ。リサ、お前には内側に潜む狂信者やテロリストの掃討を任せる。お前の鼻は、今やアヴァロンの治安維持に不可欠だ」
「……っ。それは、そうかもしれないけど……」
次に、蓮は不安げに自分を見つめる聖女へと視線を移した。
「フィーネ。民の二極化は限界に近い。俺が不在の間、お前がアルマと共に彼らの心の支柱になれ。お前がいなければ、この国は内側から崩壊する」
「……分かりました。王がそう仰るのなら」
最後に、不服そうに眼鏡を指で直す魔導技師へ。
「セラフィナ。カイルと共に、百日後の終末を止めるための兵器開発を急げ。神の力を解析できるのはお前だけだ。こんな荒野で無駄死にさせるわけにはいかない」
三人に与えられた任務は、どれも正論であり、反論の余地のないほど重要なものだった。 だが、それが蓮自身の「依存への恐怖」から来る遠ざけだとは、誰も気づいていなかった。
見知らぬ騎士との旅路
「準備は整いました。いつでも出発できます、王」
馬車の外で、ユリアが凛とした声で告げた。 彼女だけが、蓮の苦悩も、自分たちがかつて愛し合っていたことも知らず、ただ「護衛騎士」としての義務を果たそうとしている。
「ああ。行くぞ」
蓮は短く答え、馬車を走らせた。 見送るリサたちの視線が背中に刺さる。彼女たちが蓮を想う心を知っているからこそ、その重圧から逃げるように、蓮は前を向いた。
最初の戦場への予感
数時間の旅路を経て、馬車は第一射の爆心地付近へと差し掛かった。 そこは、かつて山脈があった場所だ。今はただ、直径数キロメートルに及ぶ巨大なクレーターが、地球に空いた穴のように横たわっている。
「……空気が、変です。魔力が、沸騰しているような」
ユリアが剣を抜き、馬車から降りて周囲を警戒する。 彼女の戦士としての勘は鋭い。だが、その声に蓮を案じる響きはない。
(これでいい。この孤独が、俺を研ぎ澄ます)
蓮は漆黒の右腕を剥き出しにし、クレーターの中心部を見据えた。 そこには、神が放った光の残滓が、歪な黄金の結晶となって大地を侵食していた。 そして、その結晶を守るように、半透明の羽を持つ神の防衛機構が、音もなく空から降りてくる。
一の孤高。 二の自罰。 三の冷徹。
「ユリア。死ぬなよ。お前に死なれたら、俺はもう……」
「……? 王、何か仰いましたか?」
「いや。何でもない。……敵が来るぞ。構えろ」
蓮の虚無の魔力が、黄金の結晶と衝突し、パチパチと空間を削り取る。 自分を忘れた唯一の騎士と共に、蓮は最初の「神の欠片」を奪うための戦いに身を投じた。




