第101話:残された百日と、見知らぬ守護騎士
繰り返される初対面
灰色の空の下、かつての訓練場跡で、ユリアは剣を振っていた。 その鋭い踏み込みと正確な剣筋は、以前の彼女のままだ。だが、休憩に入った彼女が蓮に気づいて一礼した時、その瞳には何の色彩も宿っていなかった。
「お疲れ様です、王。何かご用でしょうか」
ユリアの言葉には、徹底した敬意と、埋めようのない距離があった。 彼女にとって蓮は、この絶望的な状況で自分たちを救った「得体の知れない強力な指導者」に過ぎない。 蓮は胸の奥を焼かれるような痛みを感じながらも、無表情を装って頷いた。
「いや……腕は鈍っていないようだな」
「ありがとうございます。貴方に頂いたこの命、百日後の終末を止めるために捧げる所存です」
捧げる、か。 かつての彼女なら、そんな硬い言葉ではなく、ただ「貴方の隣にいます」と笑ったはずだ。 蓮は背を向け、独り言のように呟いた。
「……無理に思い出さなくていい。俺がお前を知っていれば、それで十分だ」
終末への円卓会議
地下の臨時会議室には、生き残ったアヴァロンの重役たちと、同盟を組んだアレックス、アルマが集まっていた。 壁にはカイルが投影した、空に浮かぶ巨大な概念時計の映像が映し出されている。
「残り、九十九日と二十時間。これが我々に残された全時間です」
カイルの声が沈痛に響く。 重役の一人が、震える手で資料を広げた。
「なぜ神はこれほどの手間をかけて我々を滅ぼすのか……議論を重ねましたが、結論は一つです。神にとって、我々が築いた大罪の力や新国家は、世界の調和を乱す不純物でしかなかった。だからこそ、六日間かけて徹底的に滅菌し、最後は世界ごと初期化しようとしている」
「不純物か。上等じゃないか」
アレックスが机に足を投げ出し、皮肉な笑みを浮かべた。
「なら、そのウイルスが神の心臓を食い破る瞬間を見せてやろう。……蓮、第一射が落ちた跡地、あそこに神の魔力の残滓が結晶化して残っているはずだ。それを回収し、アヴァロン・ギアの心臓部を神格化させる。それが天界へ昇る唯一のチケットだ」
二極化する信仰と影
会議の最中、警備担当の兵士が駆け込んできた。 避難所の一つで、教会を支持する狂信者による自爆テロが発生したという。
「神は正しい! 我らは罪を贖い、無に還るべきなのだ!」
そう叫んで、数少ない食料を焼き払う者たちが後を絶たない。 一方で、神への憎しみに狂い、教会の信徒を無差別に襲撃する者たちも現れ始めている。 信仰の二極化は、生き残った数少ない人類のコミュニティを、内側からボロボロに引き裂いていた。
「カイル、治安維持部隊を強化しろ。テロの兆候がある者は、たとえ子供でも拘束しろ。……アルマ、お前は民の心のケアを頼む。神の救済ではなく、お前の救済を説いて回れ」
「分かっています、蓮さん。私はもう、天を仰ぐことはしません」
アルマが強く頷く。
反撃の第一歩
蓮は会議室を出て、再び荒野に立った。 空には、六日間の惨劇を物語るように、今も巨大な亀裂が走っている。
「ユリア。付いてこい。これから、神の落とし物を拾いに行く」
「はっ。命に代えても、お守りいたします」
ユリアは剣を抜き、蓮の背後を歩く。 その忠誠心は本物だ。だが、その根底にあるのは愛ではなく、ただの義務感だった。 蓮は、拳を血が滲むほど固く握りしめた。
失われた記憶。焼かれた国土。死んでいった数百万の民。 それらすべてが、蓮の虚空の右腕を黒く、鋭く研ぎ澄ましていく。
百日後、世界が滅びるというのなら。 九十九日目には、神の首をこの荒野に晒してやる。
一の覚悟。 二の絶望。 三の復讐。
「さあ、始めようか。神殺しの百日間を」
蓮の漆黒の魔力が、夜の荒野を照らし出した。 彼らが最初に向かうのは、第一射の爆心地――神の力が最も濃く残る、禁忌の領域だった。




