第100話:百日の猶予と、神を屠る盟約
零の荒野の慰霊碑
神の六日間が過ぎ去り、アヴァロンと呼ばれた理想郷は、平坦な灰の平原へと姿を変えました。 生き残ったわずかな民たちの手によって、崩落した中央タワーの残骸を積み上げた、巨大な慰霊碑が建てられました。 そこには、思い出せる限りの名前が刻まれましたが、刻まれた文字を見つめて涙を流す者さえ、自分が誰のために泣いているのか分からぬという、残酷な忘却が支配していました。
忘れられた王
蓮にとって、何よりも深く心を抉ったのは、理不尽な破壊ではなく、傍らに立つ騎士の視線でした。 命を懸けて守り抜いたユリアが、泥にまみれた蓮の顔を見つめ、他人行儀な礼を述べたのです。
「助けていただき、ありがとうございます。……失礼ですが、貴方はどこの騎士様でしょうか?」
その言葉は、神の第5射よりも鋭く蓮の胸を貫きました。 共に死線を越え、信頼を築き上げた日々。彼女の瞳に宿っていたはずの忠誠と親愛は、跡形もなく消え去っていました。 第5射の副作用――不可逆の記憶障害。 虚無の力を持ってしても、失われた「心」を取り戻すことはできない。蓮は、自らの国で、最も愛した臣下にとっての「見知らぬ人」へと成り下がったのです。
残された重役たちの議論
地下のシェルターに設置された仮設の会議室。 カイル、そして生き残った数少ない重役たちが、青白い顔で円卓を囲んでいました。 議題は一つ。神がなぜ、これほどの暴挙に出たのか。
「神託によれば、これは『滅菌』です。神にとって、我々人類はもはや制御不能なウイルスに過ぎなかったのでしょう」 カイルが、震える指でホログラムを操作します。 「そして、予言は告げています。百日後、この世界は完全に閉鎖されると。つまり、残された時間は百日。それまでに神を殺さなければ、生存者もろとも世界は消滅します」
「神を殺す……。そんなことが、本当に……」 重役の一人が呟きますが、蓮はそれを冷たく遮りました。
三極同盟の締結
「やるしかない。百日後に滅ぶなら、九十九日目までに神の首を獲る」
蓮の言葉に呼応するように、影の中からアレックスとアルマが現れました。 アレックスはかつての傲慢さを押し殺し、アルマは慈悲の瞳に決意を宿しています。
「僕も降りるよ。椅子取りゲームはもう飽きた。神の座を奪う前に、座る場所ごと壊されちゃ敵わないからね」 「私も……救済の本当の意味を知りました。神の言いなりになるのが救済ではない。明日を生きる権利を掴み取ることこそが、私の祈りです」
一の虚無、神崎蓮。 二の簒奪、アレックス。 三の救済、アルマ。 本来相容れぬ三つの器が、人類生存という唯一の目的のために、**三極共同戦線**を組むことがここに決定しました。
二極化する信仰と、見えない刃
しかし、外側の敵以上に厄介なのは、内側の混乱でした。 神の圧倒的な力を見せつけられたことで、教会は二極化していました。 「神は正しい。我々が不純だったから裁かれたのだ」と狂信に走る者たちと、「神など殺してやる」と教会を焼き討ちにする者たち。
「教会は神の直属。テロの標的にもなれば、狂信者による潜入工作の拠点にもなる」 蓮はカイルに命じ、秘密裏に治安維持部隊を編成させました。 民を飢えから守りながら、内側からの崩壊を防ぐ。百日の猶予は、あまりにも短すぎました。
復讐の誓い
会議の終わり。蓮は一人、夜の荒野に立ちました。 すぐ後ろに控えるユリアは、無言のまま、見知らぬ「王」を護衛しています。 彼女の記憶が戻ることはない。俺が誰かも、もう二度と思い出すことはない。
(……それでもいい)
蓮は、漆黒の右腕を夜空へ突き出しました。 記憶を消され、国を焼かれ、未来を奪われた。 ならば、その空白をすべて、神への殺意で塗りつぶしてやる。
一人の男の復讐は。 百日の時を経て、神を屠る一撃へと昇華される。
「見ていろ、神様。お前が作った世界の終わりを、俺が『無』に返してやる」
物語は、人類史上最大の反逆。 神殺しの百日間へと突入しました。




