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乙女

 午後十八時。花畑女学園の寮では、この時間が晩ご飯の時間だ。一階の広い食堂に置かれた無数の空席は、あっという間に寮生で埋め尽くされる。献立はパンが主食のオカズ二品とスープ一品。ドリンクはフルーツを使ったジュース類と、お茶と水がある。


 食事の受け取り口の列に並んだ恵美は、部屋で待っている天明の分を先に持っていこうと考えていた。


「恵美様!」


 後ろに並んでいた少女、二人が寮の入り口前にいた時に窓から顔を出した三田陽子が恵美に話しかけた。陽子は恵美とは二つ下の中等部であり、人に甘えるのが得意な可愛らしい子であった。


「寮の前にいらした殿方と恵美様は、一体どういうご関係なのですか?」


「天明さんよ。ほら、ちょっと前から噂されてた転校生」


「えぇ~!? あの殿方、女性の方だったんですか!?」


「ビックリだよね? 見た目はカッコイイ男性なのに」


「ちょっと待ってください。恵美様がご案内されてたって事は、もしかして!」


「ええ。念願の同居人よ!」


「わぁ~! おめでとうございます! ようやくですね、恵美様!」


 まるで自分の事かのように嬉しがる陽子の姿は、恵美はもちろんの事、陽子の声や姿を五感で捉えた者達に母性をかき立たせた。そういう特殊能力じみた自分の武器に気が付いていないのが、陽子の魅力でもあった。


「あれ? でも、その天明様のお姿が見当たりませんよ?」


「お部屋にいるの。天明さん、荷物を何も持たずに来たらしくて。それで替えの服を用意したのだけれど、私の服ではどれもサイズが合わなくて。制服が出来上がるまでは、部屋から出れない状態なんです」


「窓から見た時も思ってました。凄く背が高い方ですよね?」


「ええ。それに、肉体も……!」


「あ、じゃあお部屋までお食事を届ける必要があるのですね!」


「ご名答よ、陽子ちゃん。アナタは賢いわね」


 恵美は陽子の頭にソッと右手を置くと、陽子の髪の毛を乱さぬよう丁寧に撫でた。この優しい撫で方と恵美の手の温もりが、陽子にとって何よりものご褒美であった。


 列が進み、恵美の番になる。事情を配膳係の生徒に説明すると、恵美の願いを快く受け入れ、二人分のトレーを用意した。


 恵美が二つのトレーを運ぼうとした矢先、片方のトレーを陽子が取った。 


「恵美様! 私もお手伝いします!」


「あら、ありがとう。でも陽子ちゃん。本当はただ天明さんの姿を見たいだけなんじゃないの?」


「エヘヘ! 一石二鳥ってやつです!」


「フフ。それじゃあ、天明さんの分をお願いね」


 二人はトレーを手に持ちながら、恵美の部屋である五階へと向かった。寮にはエレベーターがあるが、運んでいる料理を万が一にでも零すわけにはいかず、階段を上っていく。


 その道中、今から食堂へ向かおうとする生徒達とすれ違うと、下級生上級生問わず、先に恵美に頭を下げて挨拶をしていった。


「あんな風に畏まられると、やっぱりちょっと居心地が悪いな。私はみんなと同じ一般生なのに」


「無理もありませんよ。だって恵美様はカーネーションの妹様でございますから」


「あら? じゃあ陽子ちゃんが私に親切にしてくれるのは、私がお姉ちゃんの妹だからかな?」


「そうじゃありませんよ! 私は恵美様だからこそ、何か手伝いたいって思ってます! 恵美様って、時々意地悪言いますよね……」


「フフ。陽子ちゃんがあんまりにも可愛いからかな?」


「もう! またそうやって!」


 内心、恵美は陽子を疑っていた。彼女に限ってそんな意図は含んでいないと信じている。そう信じていながらも、自分の姉が花畑女学園の三大組織の内【カーネーション】を代表する一人である以上、自分に寄り付く人間は自分を通して姉に媚を売っているのではないかと疑ってしまう。それは自己嫌悪という名の自身の汚点だと恵美自身も理解していた。 


 恵美の部屋に辿り着いた二人。先に恵美が部屋の中へ入り、陽子もその後に続いた。


 そして、天明の姿を目にした二人は硬直してしまう。窓の外を眺め立っていた天明は一糸纏わぬ姿であった。


「お? 飯か!」


「お体が―――あ!」


 初心な少女には刺激の強い天明の肉体は、眼福という名の目の保養でもあったが、体の力を奪う毒でもあった。力が抜けた陽子の手からトレーが滑り落ち、ガシャンと物音を立てて料理が床に散乱してしまった。


「陽子ちゃん!?」


「おい、大丈夫かよ!? 具合でも―――」


「近寄る前に天明さんは何か着てください!」 


 恵美は持っていたトレーをテーブルに置き、床に散乱した料理を手で拾おうとする陽子の手首を掴んだ。


「恵美様、私……!」


「いいのよ。陽子ちゃんは何も悪くない。悪いのは、お部屋で裸になってた天明さんです!」


「だって着る服無いし。洗濯した服はシャツしか乾いてなかったし」


「シャツだけでもいいですから着てください! 乙女が人前で肌を露出するものではありません!」


「乙女って、俺がか!? そんな華奢な女じゃねぇさ俺は! アッハ―――うぶっ!?」


 言っても聞かない天明に痺れを切らした恵美は、天明のシャツを少々野蛮に被せた。シャツだけだと心許ないが、とりあえず応急処置としては機能した。


「陽子ちゃん。片付けは私がやるから、陽子ちゃんは食堂に戻りなさい」


「でも……」


「いいの。運んできてくれてありがとうね」


 陽子は納得いかなかったが、恵美の言う事に従って部屋から出た。食堂へ戻る道中、陽子の頭の中は天明の肉体で一杯だった。


 整った顔と体。引き締まった筋肉と長い足。これ以上の被写体がいないと確信出来る程に、絵になる人物であった。


「……お姉様」

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