旅行から帰国して:続き
英一は、帰国してからというもの、何気なくスマホを手に取る回数が増えていた。普段ならあまり気にしない通知音にまで敏感になり、期待と落胆を繰り返している自分に少し苦笑いする。
「まあ、そんな簡単にメールが来るわけないか…」
自分にそう言い聞かせながらも、無意識にメールアプリを開いては、更新ボタンを押してしまう。1日目が過ぎ、2日目も何も変わらない。
「所長さんだから、きっと忙しいのだろう…」
そんなふうに理由を探してみるが、やはり少し寂しい。
写真の整理を続けながら、英一はふと画面に映るトレドの街並みと、そこにぼんやりと映る美紀の姿を見ていた。
「まあ、気長に待つしかないな…」
そう心の中でつぶやき、ため息をついた。
英一は、3日目の夜もまた何気なくスマホを手に取った。もう半ば諦めていたが、ふと何かの拍子に「不明な差出人」というフォルダが目に入った。
「なんだろうこれは…?」
軽い気持ちで開いてみると、見覚えのないアドレスからのメールが一通。恐る恐るタップして中を確認すると、それは美紀が帰国して翌日に送ったメールだった。
それも、英一からの返信が無いので、2通も来ていた。
一瞬、心臓がドクンと跳ねた。
「……マジか!」思わず声が出た。
内容はシンプルだったが、あの旅行の楽しかった思い出が詰まっているような文面だった。英一は年甲斐もなく顔がほころび、何度も読み返した。
「なるほどね…不明な差出人か…。そういや、この新しいスマホ、2か月前に替えたばかりで、最近の新しい携帯はメールフォルダがやたら細かく分かれているのだな。」と、思った。
今までのもやもやが、一気に晴れて嬉しさと同時に、ちょっとしたおかしさも込み上げた。
英一はすぐにスマホを手に取り、美紀に返信を始めた。少し急いで打ち込んだ文字が、気持ちの高ぶりを反映しているように感じられた。
「こんにちは、美紀さん。メールありがとう!実は、携帯の機種が変わったばかりで、メールの管理がちょっとややこしくて気づくのが遅れました。それにしても、美紀さんからのメールが届いて本当に嬉しかったです。スペインでの楽しい思い出がまた蘇ってきました。」
メールを打ちながら、英一は顔が少しほころんでいるのを感じた。普段なら少し照れくさいこのような気持ちを、今は素直に受け入れた。
「これからも、たまにでも連絡を取り合えたら嬉しいです。お仕事も忙しいと思いますが、無理せずに。では、また。」
そうして、英一は送信ボタンを押した。心の中では、美紀がこのメールを読んだときにどんな反応をするだろうと、わくわくしながら待った。
英一は、返信が来たメールを見て少し驚いた。美紀の言葉には、少し照れくさそうなニュアンスが含まれていた。
「実は、英一さんからのメール、最初はちょっと、からかわれているのかな、と思っていました。私に、そんなに嬉しいって言ってもらえるなんて…」
その言葉に、英一は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。美紀が自分の気持ちを本気で受け取っていなかったということに、少し切ない気持ちがこみ上げてきた。
「いや、からかうつもりは全くなかったんですよ。返信が遅れて本当に申し訳ありませんでした。スペインでお会いして普通に嬉しかったんです。美紀さんとのあの楽しい時間が、今でも思い出として鮮明に残っていますから。」
心の中で少し躊躇いながらも、英一は再度、美紀に本当の気持ちを伝えることを決意した。
「あの時、久しぶりに胸がドキドキして、恥ずかしいのですが恋に落ちた様なのです。」
「あまり、迷っているほど時間が無いので伝える事にしました。」と、気持ちを伝えた。美紀からは、
「私も、英一さんの事が好きです」と、返事が来た。
ここで、二人の想いが繋がった。
英一は、美紀とのメールのやり取りを重ねるうちに、美紀の家庭の事情を少しずつ知ることになった。最初は軽い気持ちで交わしていた言葉が、次第にお互いの深い部分に触れるようになった。
ある日、美紀から送られてきたメールには、驚くべき内容が含まれていた。
美紀の夫がアルコール依存症であり、お酒を飲むと過去にDVを受けていたということが書いてあった。
英一はその内容を読みながら、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。美紀が抱えていた苦しみや、過去の痛みを想像すると、言葉にならない思いが溢れそうになった。彼女がそれを今まで誰にも話さなかったのだと思うと、なおさら胸が痛んだ。これまで、身近な知り合いでそんな家庭事情は、聞いたことが無かった。
「美紀さん…それは本当に辛かったですね。」
英一は、そう心の中でつぶやきながら、美紀の言葉にどんな反応を返すべきかを考えた。
英一は、孫が4人いる事は前に言ってあり、美紀もそのことに興味を示した。
「お孫さん、四人もいらっしゃるのですね!」と、返事が来た。
英一は、普通に孫たちの事をメールに書いたが、美紀に話すのは少し照れくさい感じもした。
彼女との距離が少しずつ縮まるにつれて、素直に言えるようになっていった。
「はい、みんな元気に育っていますよ。毎年、何度か集まることがあって、それが妻の楽しみですね。美紀さんの子供たちは?」
そう聞くと、
里美の子供たちは男と女、2人ともまだ独身なので「孫はまだいないのよ」と言った。
「まだ、おばあちゃんになりたくないし、うちの子供たちは、結婚願望が無いみたい。」
そんな内容が返って来て、彼女の家庭のちょっと複雑な事情を感じさせる様だった。
「そうなんですか」「まあでも、いずれ結婚すれば、おのずとおばあちゃんになりますからね。」




