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最終章 堕天の記憶

その夜、雨は静かに降っていた。


灰色の空。濡れたコンクリート。血の臭い。


黒スーツの男は、立ち尽くしていた。

足元には、一人の男の死体。

その手には、まだ刃物が握られていた。


 


「時間かかりそうだな……」


アザゼルはぼそりと呟いた。

まるで誰かと会話しているように。

まるで、この“人間”がまともに理解できる存在ではないとでも言うように。


 


「ギフト……どうしようかなあ」


ゆっくりと、彼は膝をついて死体を見下ろした。


「せっかくだし、面白いのにするか。……そうだな」


口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「“触れた人間の悪意を膨張させる”。うん、これでいいや」


 


そして、アザゼルは――世界を壊し始めた。


 



 


その名前は、かつて天界でも知られていた。


“記録官アザゼル”。

天使の中でも最も冷静で、知的で、誠実で……そして、感情を持たなかった。


 


「人間は愚かです」

「殺し合い、奪い合い、愛を口にしながら憎しみを育てる」


 


神は言った。「それでも愛しなさい」と。


だが、アザゼルは納得できなかった。


何百年と記録を続けてきた彼にとって、人間という存在は**“記録に値しない失敗作”**だった。


 


そして、彼は“観察者”であるという役目を破った。


 


静かに。理性的に。

――天界で、天使たちを殺し始めた。


その理由も、表情も、全く語らずに。


 


アザゼルの殺しは、意味がなかった。


正確に言えば、「意味がないこと」を選んで殺した。


命令でも、衝動でも、復讐でもない。

ただ、「それが正しいと思った」から。


 


「人間は破滅すべきです。神がそれを望まぬのなら、私がやる」


 


神は、彼を天界から追放した。


裁きの言葉はこうだった。


「お前の内に宿るもの、それこそが“最悪のギフト”である」

「それは人に与えるものではない。お前は“その力”をもって、地に堕ちろ」


 


こうして、アザゼルは「堕天使」となった。


人間の姿を与えられ、地上へと落とされた。


 



 


最初の頃、彼は記憶を失っていた。


ただの男として、町を歩き、名前も知らず、職もなく、感情も薄いまま過ごしていた。


 


「名前? ああ、ない。呼びたければ“アザゼル”でいい」


そうやって言葉を交わす相手すら、ほとんどいなかった。


だが、ある日。


目の前で起きた“暴力”を見た瞬間、彼の中で何かが目覚めた。


男が女を殴り、女が子どもを責め、子どもが動物を殺す。

その循環に、彼は微笑んだ。


 


「……変わってないな、人間は」


 


記憶が、戻った。


そして、彼は人間に触れ始めた。


 


ひとり、またひとり。

“悪意”を肥大させ、人を狂わせ、社会を歪ませ、やがて世界全体を“殺意”で染めていった。


アザゼルは楽しそうだった。


いや、ただ黙々と、壊していた。機械のように。冷徹に。


 



 


2031年5月13日。


彼は、目的を達成した。


地上に人はもういなかった。


殺し合いは連鎖し、狂気は伝染し、国境も文化も宗教も言葉も関係なく、人類は終わった。


アザゼルは、ただひとこと言った。


 


「ようやく、静かになった」


 


そのとき、自分の胸に何かが刺さっていることに気づいた。


 


――剣。


“自分自身”が、自分の心臓を貫いていた。


「……なるほど。これが、“終わり”か」


 


そして、彼は死んだ。


そのはずだった。


 



 


――目を覚ますと、少年が自分を見ていた。


レントンだった。


そして、隣には少女。


予知夢の少女――エレン。


 


だが、何かが違う。


アザゼルの目は虚ろだった。


レントンとエレンは、静かに彼に近づく。


 


「よかった……記憶が、完全に消えてる」


「でも、なぜ……?」


 


彼らは、能力と能力を混ぜ合わせる能力者の力を借り、アザゼルの記憶を“改竄”したのだった。


過去の罪も、天界の記憶も、自分が世界を壊したことすらも――すべて、消した。


 


「これで、“敵”は消えた……」


そうエレンは言った。


 


だけど、次の瞬間。


空が割れた。


黒い、何かが落ちてくる。


アザゼルがいなくなっても、地球は終わりを迎えようとしていた。


 


「……なんで? 世界が……まだ壊れていく……」


レントンは呆然と呟いた。


アザゼルは原因じゃなかったのか?


彼は“悪”ではなかったのか?


じゃあ、本当の“終わり”をもたらすものは――?


 


アザゼルは、空を見上げて言った。


「……君たちの顔、どこかで見た気がするな」


 


記憶を失ったアザゼルは、微笑んだ。


もう、敵ではない。


だが、何も知らない“最強の味方”がここに生まれた。


 


そうして、次の物語が幕を開ける。

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