表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第一章 夢を閉じた少女

わたしは、夢を見る。

昔から、ずっと。


最初に夢をノートに書き写したのは、小学三年生のときだった。

白い建物。銃声。黒いスーツの男が何かを叫んでいた。


その翌週、海外のニュースでそっくりな映像を見た。

「えっ」と思った。偶然だと思った。だけど、それだけじゃ終わらなかった。


そのあとも、何度も何度も、見た夢と同じことが起きた。


嵐。事故。殺人。戦争。


夢で見たことが、現実になる。

それがわたしの“能力”だった。


名はエレン。

ごく普通の高校生。成績は中の上。友達もまあまあいる。

でも、わたしは誰にも言っていない。


こんな力があるなんて、言えるわけがない。

信じてもらえるはずがないし、信じられたら怖い。

人に知られたら、“異常者”として切り捨てられる。


それだけは、嫌だった。

普通に生きたかった。普通のままでいたかった。


だから、何が起きても、わたしはただ夢を書き続けただけ。


変えようとは思わなかった。


未来を知っても、止めようなんて思わなかった。

怖かったから。自分のせいで世界が崩れる気がしたから。


……そして、わたしは見てしまった。


「2031年5月13日。全人類が死ぬ夢」


黒い空。血の海。黒スーツの男が笑っていた。

スーツは濡れていて、手には血がついていた。


「全員殺して、僕も死ぬ。それでいいんだ」


わたしはノートを閉じた。


そして、夢を見るのをやめた。


理由は分からない。

能力が消えたのか、それとも、世界の終わりを見届けたせいか。

もしかしたら、神様が最後のチャンスをくれたのに、わたしが無視したからかもしれない。


でも、もういいと思った。


あと6年。

それだけ生きられれば、十分だと思った。


それからの日々は、静かだった。

未来を見なくなって、わたしはただの人間になった。


……そして、3年が経った。


わたしが未来を見なくなってから、初めての、奇妙な日がやってきた。


いつも通り、学校帰りに友達と歩いていた。

くだらない話をしながら、笑っていた。


そのときだった。


時間が、止まった。


友達が動かない。車も、鳥も、風も、何もかも。


ただ、わたしだけがその中で、ぽつんと立っていた。


「……え?」


そのとき、背後から声がした。


「頼む。世界を救ってくれ」


振り向いた先に立っていたのは――見知らぬ少年だった。


「……誰?」


見知らぬ少年。制服じゃない。

灰色のパーカーに、くたびれたジーンズ。靴は泥で汚れていた。


目の奥に、何かを諦めたような色があった。

だけど、それよりも驚いたのは、時間が止まっているのに、この子は動いていることだった。


「ごめん。驚かせたよね。でも、本当に時間が止まってる。これは“僕の能力”だ」


「能力……?」


わたしは思わず一歩後ずさる。

彼は怪しい様子を見せず、両手を上げて言った。


「名前は、レントン。君に会うために、未来から来た」


 


その言葉が、現実味を持たないまま胸に沈んでいく。

目の前の少年は真剣そのものだ。嘘を言ってるようには見えない。

でも、わたしには一つしかない答えがある。


 


「……ごめん。無理。信じられない」


「だよね。僕も、同じだった」


 


レントンは少し笑って、静かに語り出した。


彼は2031年5月13日、世界が終わった瞬間にいたという。

全人類が死に絶えた中、彼だけが生き残っていた。

赤いマントの“スーパーマン”を名乗る男が、命と引き換えに彼を過去へ送った――わたしに、会わせるために。


「君が鍵なんだ、エレン」


名前を呼ばれて、わたしは肩を震わせた。


 


「知ってるの……? わたしのこと……」


「未来の記録にあった。君の“夢ノート”が」


あれを、誰かが知っている。

秘密にしていたはずのわたしの世界が、知らない誰かに見られていた。

ぞっとした。でもそれと同時に、胸の奥で微かに灯ったものがあった。


 


「……でも、無理だよ。わたし、もう見ない。夢も未来も、見えなくなった」


「変えられる。君なら」


レントンはそう言うけど、簡単じゃない。


未来を知っても、止めたって結果が同じだったら?

もし誰かが傷ついたら?

なにより、また“普通”じゃなくなってしまうのが怖かった。


 


「変えるって……本当にできるの?」


 


わたしの声が震えていた。

そのときレントンは、ポケットからノートを取り出した。

中身は、夢の内容ではない。“記録”だった。


壊れたビル、焼け落ちた空、止まった時計塔、死体の山。


そのすべてに、日付がついていた。

そして、最後のページに記されていた言葉。


 


『人類滅亡:2031年5月13日』


 


その日付は、わたしが夢で見たのと同じ。


「……信じてくれる?」


「…………ほんとに……そんな未来が来るの?」


「来たよ。君が何もしなかったから」


レントンの声には、非難も怒りもなかった。

ただ、冷たい現実だけが突きつけられた。


わたしは、目を逸らせなかった。


 


「お願いだ、エレン。君の力が、必要なんだ。僕は、もう一度、世界をやり直す」


 


この少年は、全部を背負って、ここに来た。

誰に頼まれたわけでもないのに。

命を削って、自分じゃなく、誰かを信じるためにここにいる。


 


「……わたしには、何もできないよ……何も」


そう言った瞬間――何かが、脳の奥で弾けた。


映像が、一瞬だけ走馬灯のように見えた。


知らない部屋。

見たことのない鏡の中の自分。

手が血で濡れている。

ノートが破かれていく。


 


「……!」


わたしはその場に膝をついた。


「大丈夫!?」


「今……夢、を……見た……」


 


レントンが固まる。

わたしも、信じられなかった。

でも確かに、今のは“予知夢”だった。

何かが、戻ってきている。


 


そのとき。街の向こうから、けたたましいサイレンが響いた。


火災か? いや、それだけじゃない。

空が、黒く曇っている。


 


レントンが、ぽつりと言った。


「……始まった」


「なにが?」


「アザゼル。やつが……もう動き出したんだ」


 


アザゼル。

それが、あの世界を終わらせた男の名前。


ギフトを持ち、人間の悪を膨張させ、人々を狂わせていく存在。


 


「……エレン、君が“選ぶ”ときが来た。世界を救うか、それとも……また、見捨てるか」


 


わたしは立ち上がった。


怖い。怖くてたまらない。


でも――あの夢を、また見た。


今度こそ、無視できない。

だって、目の前で誰かが「頼む」と言ってる。

世界の終わりを、変えたいと願っている。


 


「……ノート、貸して」


 


レントンが驚いた顔をする。


「未来、見直さなきゃ。まだ、間に合うかもしれない」


 


こうして、閉じたはずの夢ノートに、わたしは再びペンを走らせた。


世界の終わりを、もう一度、やり直すために――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ