Prologue ― 終わった世界
2031年5月13日。
世界は終わった。
瓦礫の山に埋もれた都市。
赤黒く染まった空。
静寂に包まれた地表に、かつての文明の残骸だけが転がっている。
死んだのは、人類。
その死を導いたのは、たった一人の男。
黒スーツをまとった、悪魔のような人間。
名前はアザゼル。
理由は、ただひとつ――「寂しいから」。
地球上の七十億すべての命が、彼の手によって消された。
……すべてでは、なかった。
焦げたアスファルトの上に、少年が倒れていた。
全身に傷を負い、呼吸も微かにしか感じられない。
名前はレントン。
そして、そのすぐ傍に、笑っていた男がいた。
赤いマント。破れた全身タイツ。泥まみれの顔。
「おーい、ガキ。まだ生きてんのか?」
スーパーマンを自称するその男は、ひどく明るい声で言った。
「世界が終わっても、俺はヒーローだ。だろ?」
その言葉とは裏腹に、彼の体は崩れかけていた。
何度も限界を超え、骨も内臓も既に満身創痍。
それでも、最後の“役目”だけは残っていた。
「お前のギフト、まだ使いこなせてねぇんだろ?……けどな、ギフトは進化する」
「お前なら……未来も、過去も、自由に行き来できるようになるさ」
少年はかすかに目を開く。
「俺のギフトは、命だ。生きる力。それを他人に分けることも、できる。……ただし、自分のを削って、な」
スーパーマンは片手をレントンの胸に当てた。
「これが、最後のヒーロー活動さ。お喋りは、ここまで」
一瞬、彼の体が白く発光した。
世界の終わりの中で、光だけが鮮やかに存在した。
「行け、レントン。俺の……俺たちの、この世界を――やり直せ」
少年の体が光に包まれ、世界が反転する。
崩壊した地球が後ろ向きに流れ始め、世界が過去へと戻っていく。
そのとき、スーパーマンはひとり、立ち尽くしていた。
「……次は、ちゃんと救ってこいよ」
そして、彼は静かに、崩れた地面の中へと消えていった。