なぞなぞ
馬車に乗って、あのぼろ家に帰りつけたのは、日が暮れる少し前の頃だった。その日はもう、ご飯だけ食べて寝た。
翌日、僕が起きるともうすでにアリスは起きていて、朝ごはんを作っている。
「おはよう。手伝うよ」僕は申し出る。
「いいよ、あと少しでできるから」アリスは言う。
「寝てる三人を起こしてきたほうがいい?」
「いいよ、ご飯ができてからじゃないと起きてくれないから」それもそうだ、と僕は思う。まだ会って三日目だけど、すでにあいつらの行動がなんとなく読めるようになってきている。
少しして、朝ごはんができる。ポリージュ(大麦で作ったおかゆ)と牛のミルクだ。
アリスは料理を作ったあと、三人を起こす。やがて、髪がぼさぼさの三人が、各々部屋から出てきて、椅子に座る。
「おいベティ、それ僕のミルクだよ。お前のはそっち!」
ベティは僕の言葉を無視して、ミルクを飲み干す。
「メグ、スプーン持ったまま寝ないの」アリスはそう言いながら、メグの頬をぴしゃぴしゃたたいている。
「さ、酒は?」ジェインが言う。
「朝から飲もうとするな」僕は言う。
朝食が終わるころには、全員目が覚めている。
「アリス、あのなぞなぞの答えはわかった?」
彼女は首を横に振る。「ごめんなさい、役に立てなくて。今日までにはちゃんと解くから、捨てたりしないで。お願い!」そう言って彼女は僕に縋り付いて来る。勢いがすごすぎて、一瞬、体をひいてしまう。
「そそ、そんな、捨てたりしないよ。一緒にゆっくり考えよう」謎が解けなかったから、という理由だけで女を捨てるクズだと思われているのかな。それか、過去にそういう経験があったのか。
そこで、過去に彼女に恋人がいた可能性もあるということに気づく。その途端、気持ちがもやもやし始める。こんなにきれいなわけだし、いなかったわけがないと思うと、なおさら気持ちが落ち着かなくなる。
「任せなさい、アリス。私も一緒に考えてあげるわ」ベティはどや顔で言う。その自信はいったいどこから出てくるのか。はっきり言って、アリス以外にあの謎を解ける人間がいるとは思えないんだけど。
「ありがとう、ベティ」アリスは健気にも、お礼を言っている。
「どんななぞなぞだったっけ?」ジェインが尋ねる。
「夜中になると、ゆっくり開いたり閉じたりするさまを見ることができるものが目印だ、っていうやつ」僕は教えてあげる。
「そんなのいっぱいあるじゃん。 全然、なぞなぞになってないし、アホなんじゃないの? 親の顔が見てみたいわ」メグは言う。
「親の顔はともかく、子孫の顔は見せられるよ。鏡を持って来てやろうか?」僕は言う。
「ひどーい。私たちがアホだって言いたいの?」ジェインは不満そうに言う。
「いくらそれはちょっと失礼じゃないかしら? アホでクズで頭にクルミしか詰まってないだなんて」ベティは言う。
「そんなこと、一言も言ってねえよ」僕は言う。「それよりまじめに考えろよ。教会に関連するものだから、天体とか動物とか、伝承に関連するもののはず」
「わかったわ、答えは星よ」ベティは言う。
「あれは、開いたり閉じたりっていうよりはまたたいてるんじゃないか?」
確かに夜中に見られるし、開いたり閉じたりしているようには見えるけれど。
「目じゃない?」ジェインは言う。
「目は、開いたり閉じたりはするけど、それはお昼もそうだし」
「心の窓、じゃない?」メグは言う。
「酔ってるの?」僕は言う。
「うーん、どちらかといえば自分に酔ってるかな」メグは答える。
「それはよくないね。目を覚ませ」
ちょっと煮詰まってきたかもしれない。こいつらもうるさいし。
「ちょっと、お茶を淹れようか。茶葉とかある?」
「いいよリっ君。私、淹れてくるから」
「アリスはいいよ。ずっとアリスばっかり働いて、僕とこいつらは全然働いてないからさ。これぐらい、やらせて」
「でもお茶の淹れ方、わかんない」ジェインは言う。
「わかんないの?」
「わたくしはお茶の淹れ方を知っていてよ。淑女たるもの、それくらいできなくっちゃあおしまいですもの」ベティがここぞとばかりに胸を張る。
「へえ、じゃあお願いしていい?」
「任せなさい。この私が下僕にお茶を淹れてあげるわ」
「まだその設定、続いてたの!」僕はあまりのしつこさにびっくりする。ここまで来ると、本気でそう思っているんじゃないかと疑ってしまう。
ベティは台所へ行く。
「【付喪】! さあ、お前たち。お茶を淹れなさい」
自分で淹れるのかと思ったら、道具に淹れさせるのかよ。それも当然か。あいつがお茶の淹れ方なんてわかっているはずもない。まだティーポットのほうが淹れ方を理解しているだろう。
「しかし、開いたり閉じたりするもの、ね。なんなんだろう?」僕はひとりごちる。