人質
「あのう、すみません。そちらは馭者ではなく、リチャードを殺したいんですよね?」メグはやつらに尋ねる。
「だからどうした?」
「それなら、リチャードのほうが価値が高いってことですよね? だったらお釣りもらえますよね?」
「人の命で価格交渉してるんじゃねえよ!」僕は怒鳴る。
いちかばちか、【鹿威】を使ってみるか。うまくいけば、馭者を救い出せるかもしれない。
「おっとリチャード。スキルは使うなよ」僕が手を動かした瞬間、やつらの一人が言う。「言っただろ、動いたら殺すってな」
「なるほど、ではその言葉が本当か確かめてみようかしら」そう言ってベティが前に向かってずんずんと歩き始める。
「え、え?」やつらは驚く。
「こらこらこら! 止まれ!」僕は慌ててベティを引き戻す。
「ねえリチャード君、悪いけどとりあえず交換されてきてくれない? 早く帰りたいからさ」ジェインは言う。
「僕に死ねと?」僕はジェインを見返す。
「だってえ、終わんないんだもん。短い間だったけど、助かったよ。ありがとね」
「お前、メグに負けず劣らず最低だな!」
「ジェイン、リっ君をあいつらに渡すなんて、絶対にありえない。大丈夫。私がなんとかする」アリスは言う。
「どうするんだ?」僕は尋ねる。
「全員まとめてやる。大丈夫、リっ君は私が守る」
「いや、馭者のことも守ってあげてほしいんだけど。あの人を巻き込んだのは僕なんだし」
「そうだよ。そんなわけでリチャード君、よろしくね」ジェインは言う。
「ああもう、わかったよ。行ってくるよ!」
「だめ、リっ君!」アリスが僕の腕をつかむ。そこで僕はアリスに耳打ちをする。といっても、作戦や何かを伝えようとしたわけではない。
「僕を守って。信じてるから」
それから僕は、無言で【強化】を四人に使う。四人の能力をあげたあと、僕は言う。「四人とも、あとは頼む」
僕は前に一歩踏み出す。あとは大丈夫なはずだ。僕のスキルは全部、馬車の中で説明してある。
「どうしたらその人を解放してくれるんだ?」僕はやつらに尋ねる。
「俺らのそばまで来い。誰か一人でもスキルを使ったら、その瞬間に馭者を殺すからな」
「わかった」僕はゆっくりと前に歩き出す。
やつらの一人が前に出る。やつは剣を持っている。やつはその剣で僕の腹を突き刺す。しかし、痛みは一切ない。
やつは剣を引き抜く。しかし剣の刃に血は一滴もついていない。スキル【依代】で、持ち物にダメージを肩代わりさせたからだ。
「【鹿威】」
僕は馭者を捕らえているやつに向かって、スキルを使う。
「ぐああっ!」するとやつは他の人には聞こえない爆音を聞いて、悲鳴をあげる。
「【接着】」メグがスキルを使う。するとやつのナイフが、風に吹かれた葉っぱみたいに宙を飛ぶ。それはまっすぐ、僕を刺したやつの背中へ吸い寄せられていく。ナイフがやつの背中に突き刺さる。
「ぎゃああ! なんだあっ、いでえっ! 」
「私のスキルは【接着】。物と物をくっつけるスキルだよ」
馬車の中でメグが教えてくれたことだ。
「ちくしょう! 邪魔だどけ!」馭者を捕らえていたやつは、せっかくの人質を手放してしまう。
「【獣化】」アリスがスキルを発動する。彼女の頭の上に、狼の耳の形をした氷ができあがる。彼女はやつらに向かって襲い掛かる。
彼女の発した冷気が、白い霧となってやつらの一人にかかる。霧のかかったところから、氷に覆われていく。
「うわあっ、凍る! 助けて!」
僕はちら、と右のほうに目を向ける。残りの三人がジェインと、ベティ、メグたちのほうへ攻撃を仕掛けようとしている。
やつらのうちの一人が、手のひらをばっと前に向けて、炎の球を作り出す。ところが、ベティはやつに向かって迷うことなく突進していく。
「バカめ!」炎の球がベティに向かって飛んで行って、彼女の胸に当たる。しかし、炎の球が消えたあとには焦げあと一つない。
【依代】の効果で痛みを含むダメージはすべて肩代わりされる、とは言ってある。それでも彼女がやったようにはなかなかできないだろうに、大した度胸だと思う。
「【付喪】」射程範囲内に入ったところで、ベティがスキルを発動する。
彼女のアホな説明を限りなくわかりやすく言えば、そのスキルは物に意志を宿らせるとのこと。
「おいご主人! お前、俺のこと一か月も洗濯してねえよなあ! いい加減洗えよ!」突然、服がしゃべり始める。口があるわけでもないが、どういうわけか声は聞こえる。
「そいつの首を絞めてしまいなさい」ベティが服に命令を下す。
「あいよ。おらあーっ!」
「ぐええっ!」
「【付喪】」彼女はやつのズボンにも意志を与える。「お前はこいつのキンタマをつぶしなさい」彼女は恐ろしいことを命令する。
「あいよっ」ズボンは元気のいい返事をする。