四姉妹に拾われた件
目を覚ました場所は、地面の上だった。シンプソンのパーティの拠点からはかなり離れた場所に、僕は捨てられていた。どうやら、奇跡的に爆発で死ななかったらしい。そういえば爆発する直前に、なんとかよけようとして体を大きくのけぞらせたような気がする。
僕の周囲には、僕の荷物が無造作に置かれていた。もちろん、資料はない。取り返すこともできない。このしょぼいスキルだけでは。
【鹿威】。相手を爆音でびっくりさせるだけのスキル。
【依代】。持ち物にダメージを肩代わりさせるスキル。
【強化】。味方や自分の能力をあげるスキル。
【脛擦】。相手を転ばせるスキル。
僕の持っているスキルはこれだけだ。四つというのは数としては多いかもしれない。しかしこのなかでまともに役に立ちそうなものといったら、【強化】ぐらいのもの。
それに対してシンプソンのほうは、五十人近くのパーティメンバーがいて、その中には人を即死させられそうなスキルを持っている人もいる。今から殴り込みにいったところで、勝ち目などあるはずもなかった。
「ちくしょうっ、ちくしょう!」僕は拳で地面をたたく。そのあと、じんとするような痛みが手を突き抜ける。
「痛ってえ・・・・・・」あまりの痛みに、悔し涙も引っ込んでしまった。
それにしても、これからどうしよう。あれだけが唯一の望みだったのに。父が死んだ今、頼りになる人もいないし、仕事はクビになった。しかも僕には、アレン・アドラーの財宝を探すことくらいしか能がないときている。
人生、終わった。僕が失ったのは、アレン・アドラーの財宝だけじゃない。リズ、彼女のことも失った。こんな僕では彼女にふさわしいとはいえない。
「あ、いたいた! 探したよ、リチャード!」その時、リズの声が聞こえる。聞き間違いか、と思って顔をあげたら、なんと本当に彼女がいた。
「リズ」
「リチャード、私と一緒に来て」彼女はうずくまっている僕に向かって手を差し伸べてくる。
しかし僕は彼女の手を取らない。
「聞いてないの? 僕はシンプソンのところをクビになったんだ」
「知ってるよ」
「じゃあなんで来たの?」
「それは、ここで話せるような内容じゃないの。とりあえず、来てくれる?」彼女は言って、手をつかんで僕の立つのを手伝ってくれる。
「わかったよ。別に予定があるわけでもないし。でも、リズは大丈夫なの? あそこでの仕事は?」
「私も辞めたから大丈夫」
「そうか、君もクビに」
「違うよ」彼女は否定する。「詳しい話はあとで話すね。あと、私のことはアリスって呼んで。リズは偽名なの」
「え、あれ偽名だったの? じゃあ、本名は何?」
「アリス・アドラー。それが私の本当の名前」
〇
シンプソンの拠点とはまったく違う、小さなぼろ小屋みたいなところに僕は連れて行かれた。
「ただいま」中に入った彼女は言う。
中には、丸テーブルを囲むようにして、三人の女が椅子に座っていた。
「おかえりー。半年は長かったね。ていうか、男連れてきたの? もしかして、彼氏?」そのうちの一人、短いピンク色の髪の、ひらひらしたものがついている白いワンピースを着た女がこっちに気がついて、声をかけてきた。
「役立たずだったら追い出すけど、大丈夫?」ワイシャツの上から黒いローブを羽織った女が、不穏なことを言う。
「ずいぶんと間抜けそうな面をした人なのね」金髪の、口元をぼろい扇子で隠している、これも薄汚れてぼろぼろの赤いドレスを着た女が言う。
「みんな聞いて。私、彼と結婚するの!」しかし一番とんでもないことを言いだしたのは、アリスだった。
「え? なんで?」僕は思わず、そう聞き返してしまう。
「どうかした? もしかして、嫌なの?」彼女は逆に尋ね返してくる。
「いや、嫌ではないけど」むしろ望んでいたことだ。しかし、あまりに急すぎて驚きが隠せない。「結婚するなんて話、いままで一回もしたことないっていうか、僕から好きって言ったことも、君からそういうようなことを言われたこともないから」今までずっと、仕事仲間として接してきただけで、そういう話は一回もしてこなかったはず。
「うん。今言ったから。今までは調査の邪魔になると思って、言わなかったの、ごめんね。でもそういえば、ちゃんとリっ君の口から好きって言ってもらってなかったよね。リっ君の気持ちはわかってるつもりだけど、一応言ってほしいな。私のこと、好き?」
唐突のリっ君呼び。距離の縮めかたが急すぎる。
僕が戸惑って何も言えずにいると、「好き、だよね?」ともう一度訪ねられる。その時、僕の左手を握る彼女の手の力がわずかに強くなる。なんとなく怖くなってつい、こう言ってしまう。
「う、うん。好きだよ」
「私も、リっ君のこと好き。これからずっと、ずっと一緒にいようね」
なんだこれ。絶望と幸福の絶頂を行ったり来たりしすぎて、感情が追いつかない。
「うん。えっとところで、彼女たちは誰?」僕は尋ねる。
「私の腹違いの姉と妹」
すると短いピンク色の髪の女性が自己紹介を始める。
「私はジェイン・アドラー、よろしくね」
「あ、彼女はクズだから近づかないようにしてね」アリスがきつい言葉で彼女のことを説明する。意外と口が悪い。僕もあまり人のことは言えないけれど。
「リチャード君だっけ? アリスはこの中で一番やばい子だから気をつけてね。まあ、そのうちわかると思うから詳しくは言わなくていいよね?」
「え? いや、よくないけど」僕は言う。
「私はメグ・アドラー。よろしくね、犠牲者さん」
「犠牲者さん!?」メグの言葉に僕は驚き、かつ不安になる。
「彼女はイカれてるから近づかないように」アリスは付け加える。
「あ、そうなんだ」じゃあ、犠牲者っていう言葉も気にしなくていいか。
「私の名前は、ベティ・アドラー。以後お見知りおきを」彼女はドレスの両側をつまんで、お辞儀をする。一見、礼儀正しそうで、高貴な人のように見えるけれど、それならこんなところにいないだろうし、ドレスもきれいなはず。何者なんだ?
「彼女はアホだから近づかないように」アリスは付け加える。姉妹全員に対して、まるで容赦がない。ただ、それほど的外れだとも思えないことが、少しだけ怖い。




