使い捨て
「リズちゃんってさ、誰か好きな人とかいるの?」曲がり角の向こう側から、男の声が聞こえてきた。
「いないですけど、どうしてですか?」次いで、質問に答える彼女の声が聞こえる。気まずさを感じた僕は、立ち止まって、息を殺してその場に立ち尽くす。
このまま黙ってここに立っていても、盗み聞きになるが、かといってこのまま堂々と出て行く勇気もなかなか出ない。どうしたものか。
「いないんだ、もったいないね。リズちゃん、すごくかわいいのに」言葉だけとれば褒めているだけのようにも聞こえる。しかしナンパ目的なのは明らかだ。
「そんなことないです。あの、もう行きますね」
「ちょっと待ってよ、どこ行くのさ」どん、という鈍い音がする。男が壁に手をついて、行く手を阻んだのか。見えないからわからない。
「調査を」
「調査? あとでもいーじゃん、そんなの。それより聞いて。俺、リズちゃんに惚れちゃった」
もう聞いていられなかった。僕は進みだして、曲がり角から姿を現わす。そこにいたのは長い銀髪の、右目が金色で左目が青のオッドアイのリズと、もう一人は知らない若い男。たぶん、新しくパーティに入ったやつだろう。
「リズ、探したよ。ちょっと来てくれないかな?」男がナンパ目的だとわかった以上、ためらう理由はない。別に彼女を探していたわけでもないけれど、連れて行かせてもらうことにする。
男はせっかく口説いていたところを邪魔されたせいか、不機嫌そうだ。
「何、誰あんた?」男は険悪な口調で尋ねる。
「リチャード・グールド。このパーティで研究員をやってる。リズは僕の助手でね、用があるから悪いけど連れて行かせてもらうよ」
「それは困るな。あんたには悪いけど、俺もリズちゃんに大事な話があるんだよね。あとにしてくんない?」
「ナンパがそんなに大事な話なのか? こっちは財宝の手がかりを探すためにずっと調べまわっていて、しかもボスはその成果を今か今かと待っている。その邪魔をするっていうんならお前、ここから追い出すぞ」本当は調べ終わっているけれど、こいつを追い払うために嘘をつく。
ボス、という言葉が効いたらしい。男は顔色を変えて、戸惑ったような、怯えたような表情を見せる。
「うっぜえ。もういいわ。さっさと行けよ」男は悪態をつくと、去っていった。
「ありがとう」リズはお礼を言ってくる。「あの人に絡まれてすごく怖かったから、助かった。助けてくれてありがとう」
「いや、全然大したことないよ。実は出て行く前なんて、どうしたらいいかわからなくて、そこに隠れてたんだ。ごめん」僕はもといた場所を指して言う。
「それでもうれしい。ありがとう」
守りたい、この笑顔。今だけじゃなく、今後ずっと。今、この場でその想いを打ち明けたくなるが、やめる。まだ、その時じゃない。
アレン・アドラーの財宝の居場所を見つけて、手に入れてからだ。財宝を手に入れてカラ彼女に告白すると、彼女を好きになったときに決めた。
もうすでに入口の場所の手がかりはつかんだ。ボスにもそれは報告してある。その手がかりさえ見つかれば、財宝が見つかるのも時間の問題だろう。
〇
「ボス、大変です!」僕は大声で叫びながら、シンプソンの部屋のドアをノックする。
「入りたまえ」中から彼の落ち着き払った声が聞こえてきたので、ドアを開けて入る。
「資料が! 手がかりの居場所を突き止めるための資料が盗まれました!」
書斎に行ってみたら、机の上に置いてあったはずの紙類が、資料ごとそっくり消えてしまっていたのだ。外部の人間に、情報を漏らしたはずはないし、部屋のドアにはちゃんと鍵をかけていた。それにもかかわらず、なぜか盗まれてしまった。
「リチャード、資料は盗まれていない。だから心配しなくていい」しかし彼は言う。
「盗まれて、ない?」
「資料は私が預かっている」彼の言葉が僕には理解できない。なぜ、僕の資料を彼が持っている必要があるのか、わからない。
「だから君はもういらない」その次に彼が口にした言葉は、信じがたいものだった。
「いらないって、え? な、なんの冗談ですか?」
「今までご苦労だった。手がかりの居場所さえわかれば、あとは問題ない。君の仕事はもう終わりだ。そしてこれが報酬だ。受け取りたまえ」彼が机の上にあるきんちゃく袋を指し示してから、ようやく僕はそれの存在に気がつく。
「え、いや終わりだなんて、そんな、待ってください! 報酬なんていりません、僕を最後までパーティにいさせてください!」
「なぜ?」彼は、なぜそうする意味があるのか、とでもいうように尋ねる。
「な、なぜって、僕はアレン・アドラーのことを調べ続けた父の息子だからで、父の悲願を達成するために」
「君は」彼は僕の言葉を遮って言う。「サポート系のスキルしか使えない。それだって、お世辞にも優秀とはいいがたい。あと君にあるものと言ったら、君の父上の研究成果ぐらいのものだったが、それも今は私が持っている。だから君を雇い続ける理由がない」
「そんな・・・・・・」
人の研究成果を盗んでおいて、何を言ってるんだ、こいつは。
「返してください。僕の資料、返してくださいよ」僕は前に一歩、踏み出す。
「ふむ、いいだろう」すると彼はあっさりとそう言って、引き出しを開ける。その中から紙を一枚取り出して、ぐしゃぐしゃに丸める。
「何をするんですか!」僕は声をあげる。
彼は丸めたやつを、僕に向かって投げつける。丸めた紙が僕の頭に向かって飛んでくる。それをバカ正直に受け取めようとしてから、気づく。しまった、彼のスキルは触れたものを爆発させるというもの。この紙は爆発させるための。
気づいたときには遅かった。まさか、仲間だった僕にスキルを使ってくるとは思っていなかったから、反応が遅れた。しかしそれが命取りとなった。
紙が僕の頭に触れる直前、まばゆい光を放つ。紙が爆発した。