マッチングアプリ
「ほら、これ俺の彼女。かわいいだろ」
蒲田が俺にスマホを突き出す。画面には、蕩けた顔をした蒲田と、はにかんだように笑う女性のツーショット写真が表示されていた。
「かわいい」
「マッチングアプリで出会った」
「マっ……でも出会い系とか危ないって母さんが、」
「だからいくつなんだよお前はよ!」
「にじゅうく、」
「知ってるよ! だいたいマッチングアプリと出会い系は別物だし!」
「そうなの?」
「そうなの! 運営がちゃんとしてるから出会い系みたいに危険じゃないし、最近の若い子なんか当たり前にやってるぞ」
「そ、そうなの?」
「そうなの。……あー、もう休憩時間終わるな。後でURL送るから登録しろ! 話はそこからだ!」
「はあ……」
***
その日の夜、蒲田から教わったマッチングアプリをダウンロードした。ピンク色のアイコンがこそばゆい。エッチなお姉さんが沢山いそうで怖い。
まずは会員登録。ニックネームや性別、居住地等を入力する。とりあえずニックネームの欄には、渚と入力した。本名だ。居住地は東京。性別は男。『規約に同意します』にチェックを入れ、その下の『私は十八歳以上で、独身です』にチェックを入れる。思ったよりちゃんとしている。
登録が完了すると、さっそく課金プランの広告が出た。怖くなって蒲田にラインをしたが、大丈夫だからの一点張りだった。なんでも、会員登録自体は無料だが、女性とのメッセージのやり取りに月額料金が発生するらしい。怖い。やはり出会い系なのかもしれない。けれど蒲田が太鼓判を押すので、信じてみることにする。よくわからないので、とりあえず一番安い一ヶ月プランを契約した。四千五百円也。これで本当に彼女が出来るなら安いものだ。
身分証で本人確認をし(思ったよりちゃんとしている)、プロフィールを入力する。まずは顔写真。……顔写真? 自撮りをしようと試みたが、蛍光灯に照らされたやけに顔色の悪い自分を見て、断念した。おそらくだが、こういう写真は自撮りより人に撮ってもらった物のほうが良い気がする。カメラロールを遡る。今日作った夕食。昨日作った夕食。一昨日作った夕食。基本料理の写真しかない。友達もろくにおらず、趣味も特にない。休日は家でネトフリを見ている。カメラロールを遡る。自炊。自炊した写真ばかり。遡れば遡るほど料理が雑になって行くので、つまり今現在料理の腕前は上達しているという事だ。他にやることもないので仕方ない。ちなみに今日の夕食は、炊き込みご飯、鰤の塩焼き、きんぴらごぼう。そう言えば、蒲田が「ゴボウを買うようになったら終わりだ」と言っていた。意味はよくわからない。仕方がないので、きんぴらごぼうをアイコンにした。顔写真は今度蒲田に撮ってもらおう。
次に自己紹介文だが、これはとりあえず後回し。先に基本情報を入力する。こちらは選択式なので簡単だ。体型は、細め。結婚歴は、無し。結婚に対する意思は……すぐにでもしたい。すぐにでも。子供が欲しいかは、欲しい。二、三人は絶対欲しい。できれば男女両方。家事は……まあ、彼女が望むならしよう。でも出来るなら、エプロン姿の彼女に毎日味噌汁を作って貰いたい。育児は、する。いくらでもする積極的にする。出会うまでの希望……出会うまで? 会ってみない事には何もわからないのでは? 会ってしゃべって人となりを聞かないとどう接していいのかわからない、ので、すぐにでも会いたい。初回デート費用……これは……選択肢に『男性が全て出す』というのがこれは……まあ、これも、会ってから考えよう。休日は、土日。お酒は、飲む。タバコは、吸わない。とりあえずこれで。
やることが多い。次に趣味や好みの選択。ミクシィのコミュニティ機能みたいな奴がある。『映画好き』『タバコ吸いません』『ラインは仲良くなってから』等々、同意出来るものを片っ端から選択して行く。これで、似たような感性の人と出会いやすくなるらしい。思ったよりちゃんとしている。
俺が選択したのは次の通り。『ネトフリ大好き』『料理好き』『穏やかだとよく言われます』『梯子酒』『田舎出身』『働きマン』『幸せな家庭を築きたい』。とりあえずはこんな所か。
そして最後に自己紹介文。これは自由入力だ。
『彼女が欲しいです。よろしくお願いします!』
これで良し。あとはいいねが来るのを待つだけ。お互いにいいねが出来たらマッチング成立で、メッセージ上のやり取りが出来るらしい。自分からしてもいいらしいのだが、マッチングアプリ初心者の俺にはどれが純粋な女性で、どれがエッチなお姉さんか分からなくて怖い。とりあえず今日は様子見ということで、また明日アプリを開いてみよう。