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普通の幸せ

 小学生の頃からの俺の夢。何があろうと絶対結婚して子供を二、三人作って幸せな家庭を築きたい。激務で疲れた俺を、玄関先で優しく出迎えてくれる妻。駆け寄ってくる子供達。部屋の奥からはカレーか何かのいい匂いがしていて、お、今日はカレーかーなんて言ってみたりして、子供達はカレーだ! なんて騒いでいたりして、妻は「ご飯にする? お風呂にする?」なんて聞いてきたりして、俺は「それともワタシ? とか言わないの?」なんて馬鹿を言ってみたりして、妻に「ばっかじゃないの!」とビンタをされる。高望みはしない。そんな家庭を築きたい。そんな普通の幸せが欲しい。そう思って何年も生きて来た。のに、現実の俺は結婚は出来ていないし当然子供もいないしそもそも彼女が出来たことすらない。二十九年間の人生でただの一度も。


 小学校ではそこそこモテた。足が速かったから。中学校の記憶はあまりない。多分嫌な思いを沢山したのだと思う。高校は男子校故出会い無し。部活もせず毎日勉強勉強。大学も勉強漬けで恋愛どころではなかった。


 何故そんなに勉強を? 親がそう勧めたから。子供の頃から理数系に強かった俺は、親の勧めでそっちの道に進んだ。親が勧める高校に行き、親が勧める遠方の大学に行き、ただひたすらにレールの上を突っ走った。親が敷いたレールは、この地域の人間が考えるエリートコースそのもので、このまま滑走していたら、いつしか普通の幸せが手に入るんじゃないか、いや、そうに違いない。そう信じてただひたすらに走って来た。おかげでそこそこの企業に就職できたし、そこそこの給料を貰えるようになった。順風満帆。自慢の息子。けれど一つだけ欠点が。彼女がいない。二十九年間一度たりとも彼女が出来たことがない。結婚はおろか恋愛すらしたことがないのだ。


 世の中の人間は、皆当たり前のように恋愛をしている。地元の同級生達は続々と結婚しているし、既に子供が二、三人いるなんてのは当たり前。同窓会では大勢が左手の薬指に銀色の指輪をしていて、その輝きの眩しいこと眩しいこと。とても俺には直視できない。


 実家の隣で家事手伝いをしていた五歳上のキヨ姉ちゃんも、いつの間にやら結婚していて幸せそう。やーい行き遅れなんて揶揄っていた俺の方が今では行き遅れだ。殺してくれ。

 そして俺の隣で「あー彼女欲しいわー」なんて毎日のようにぼやいていた同僚の蒲田。俺の唯一の仲間。先に結婚した方が勝ちだからななんて言って笑いあっていたのに、聞けばつい先週彼女が出来たと言う。


「裏切ったな!」

「裏切ってねえよ! 先に彼女出来た方が勝ちっつってたもんなー。何奢ってもらおうかなー」


 にやにやと笑う蒲田から溢れる圧倒的勝者のオーラ。余裕綽々。泰然自若。つい先日まで毎日つまらなさそうに生きていた癖に、彼女が出来た途端にこれだ。この落ち着きっぷり。俺もなりたい今すぐこれに。 


 しかし蒲田は一体どうやって彼女を作ったのだろう。この職場は圧倒的男社会で、女性社員は数えられるほどしかいない。それも他の部署だから、会話する機会がまずほとんど無い。うちの部署にもパートの女性は数人いるが、皆既に結婚している。


「お前……既婚者に手を出したのか……」

「なんでだよ! ちげーよ!」

「だって女の人ってパートの主婦ぐらいしか……」


 口ごもる俺を見て、蒲田が怪訝な顔をする。


「お前の世界はここだけなのか?」

「は?」

「いや、だから別に女ってのはここだけに居る訳じゃないだろ?」

「それはそうだけど……」


 言っている意味が分からない。確かに女性はこの世界中に大勢いる。けれど接点がない。高校は男子校だったし、大学も女子の比率が少なかった。俺はサークルにも入っていなかったから、会話する機会もなかったし。今だってそうだ。通勤途中など大勢の女性を目にするが、彼女らは別世界の住人で、接点がないからいないも同じ。それは蒲田も同じはずなのに、どうして奴にだけ彼女ができる?


「じ、人体錬成……?」

「馬鹿なのか?」

「だってどうやって作るんだよ! 女の人と喋る機会すらないのに?」

「だから、作るんだって!」

「人体錬成……?」

「馬鹿が! 機会を作るんだよ!」

「機械を……? 彼女ロボ的な……? そういやお前頭いいもんな……」

「お前よりは良いだろうよ確実にな! だから機会を、接点を作るんだって!」

「接点」

「マッチングアプリって知ってる?」

「知らない」

「知らない!? このご時世に?」

「母さんがそういうのは危ないからやっちゃダメだって」

「いくつなんだよおめーはよ!」

「に、二十九……」


 絶句する蒲田を横目に、二十九年に想いを馳せる。この二十九年、女性との接点がほぼなかった。けれど周りは順調に彼女を作り、順調に結婚をしているので、俺もいずれそうなるのだろうと思っていた。機会がないだけで。ちゃんと真面目に生きていたら、その機会はいずれ俺にも必ず来ると。だって皆そうだから。皆いつの間にか彼女が出来ているから。だから俺も待っていたらいずれ……。


「あのな、待ってたって白馬の王子様は来ないんだぞ」


 エスパーかと思った。しかし王子様は待ち望んでいない。


「いや俺が待ってるのは、」

「わかってるよ! 女だろ! でも出会いがないんだろ! じゃあ探しに行くしかないだろ!」


 目から鱗が落ちる、とはこういう事なのかと思った。


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