彼が幸せにならばそれが自分の幸せになる
カテナと共に生まれ育ったアベルはいつも一緒だった。いつから一緒だったかも覚えていない。彼らにとって彼が一等で、全てだった。だが魔王討伐に招集されたカテナはアベルを残して旅立った。1つだけ言い残して。魔王討伐の知らせが国中に知らされ喜びに包まれたある日、帰りを今か今かと待ち侘びるアベルを訪ねる者がいた。そして残酷に告げる。「もう彼はこちらには戻らないーー」カテナ、幸せになっててね。
カテナへ
この手紙を読んでいると言う事は、貴方は長い旅路を1つ終わらせたと言う事でしょう。
それと共に、貴方に付き纏う憂いも取り払われんことを。
どうかお幸せに。
貴方の幸せを願っておりまーーーー
やっと最後まで書き切れたと思ったらまた文字が滲んでしまった。
はあ、と無意識に漏れでた溜息と目の前にゴミと化した紙を消す。
指を軽く擦って散った火花がそのまま呆気なく消滅させた。
跡形も無い様に、そのまま風化させる。跡形もなく残らないで。
きっとこんな風にこの思い出も消えていく、水に溶けて消えてしまうかのように。
何度この行為を繰り返し、そして手紙一つ書くこともままならない自分に思わず嗤った。
「何を繰り返しているのでしょうか」
ギシッ、と悲鳴を上げた音に無視して、そのまま背中を椅子に預ける。
残された時間はすでに残り僅かで、支度もすでに済ませた。
元々この家には必要最低限の物しかなかったが、2人の時にはいつも並んでいた器すら全て捨てた。
彼が戻ってきたときに、不必要な思い出はいらないだろう。
約束された幸福にはこの記憶は、必要ないだろう。
面倒なものはすべて破棄しなければ。
これでいい。これでいいんだ。
コンコンコンーー、
普通の人ならばドアをノックするだけだが、聞きなれた独特な音の強弱にいつも通りですね。と心の中でレオンは苦笑いした。
「――、準備は出来たか」
「ええ、出来ています」
自分よりも更に背丈がある目の前の男が玄関にいると、こんなにも部屋が狭く見えるのだなと思ったのは何度かこの家で彼と会話を交わしたときにふと思ったことだったと思う。
部屋にお上がりください、寒い外のままでは冷えてしまうのだから。
部屋が温まるのが早くていい、といったのは誰の言葉だったか。
思い出しても意味がないので、そのまま目を伏せた。
一見声をかけにくい目の前の男は、慣れてくると表情よりも瞳が雄弁だ。
硬質な鈍銀髪と、冬の夜を閉じ込めた藍に星屑を散りばめたその瞳はきらきらと反射して光を閉じ込める。
多くは語れない職務なので話せないことも多いだろうに、決して彼は視線を逸らすことはなく、落ち着いた音色で声を交わす。
「―――ないな」
「何か?」
「元から荷物がない家ではあったが、まるで人形の家だな」
「人形の家――、それは誉め言葉と取っていいのか難しいですね」
彼が人形の家と表現した事に、的を得ていると思うと共にこんなにも長い時間を過ごしたからこそ彼が気を遣っている事が伺える。
今となっては当初あんなに他人行儀だった彼も懐かしい。
付き合っていくと思いやりがあり、言葉の棘はなくいつの間にか話し込んでしまう、ゆっくりと侵食していく話し方の持ち主。
聞くと自分でも言葉足らずだとは自覚しているものの、自分が話す前に周りが先に反応して口が開けないだけだったと話したときは流石に呆れてしまった。
触れたら、喰われるのではと思うほどに鋭い瞳に、天井に着きそうな仰ぐ背丈、同じ男性ならば憧れる厚い胸板に、動く度に連鎖して形を変える筋肉には無駄がない。
任務をこなしていていたら自然となった。逆に不思議がられた事に思わず笑みが零れた。
なんと素直な人なんだろう。と、
「荷物はそれだけか?」
「ええ。大抵のものは以降旅先で手に入るものばかりですし。ああ、すみません。お待たせしていますね」
「――いや、」
ちらりと彼が視線を移した先には、膝上に収まるほどの鞄1つ。
まさかこのまま家を出るとは思っていなかったのか、一瞬大きく見開いた瞳は数回瞬きした後に目をそらした。
それほど荷物がない彼にかける言葉は見つからなかった。
「――いいのか」
「――ええ。ではいきましょうか」
二人で使い込んだ卓上にピアスを置く。片方だけの、鈍い光をまとったのがやけに眩しく感じた。
剣を握る彼方に、弓を引く私には指輪は似合わなかった。だから欲しいと、身に着けたいとは言わなかった。
これだけは最後まで処分することができなかったのだ。何度か外そうとして思い留まり、せめて最後の日までは身に着けていたいと切望した結果がこれだ。
縛り付けるものは最初からなくていい。
これでさようなら。
「―――――き、」
小高い丘に建てられた家がとうの昔に見えなくなり、夜鳥が遠くで一鳴きした声が聞こえたので今日はこのあたりで野宿することにした。
長年育った故郷を離れることに哀愁を感じるが、長い旅だと思えば高揚感が湧かないと言ったら噓になる。ただ終点がまだ決まっていないだけ。
以前は弓を背負って森やダンジョンを巡ったのもいい思い出だ。そのため野宿は慣れている。
魔物対策にと薬草等を混合し乾燥させた粉末を周辺に巻き、そして火にくべた。
嗅覚が優れた彼らには刺激となるが、我ら人間にとっては少量であれば鎮静に働きを掛ける作用を混ぜているため、大抵の魔物は近寄ってこない上、旅の疲れにはもってこいの代物である。
火に混じれは着火剤として作用するため、粉末と丸錠剤にして携帯すれば実用も兼ねた武器ともなる。
不思議そうに見つめていた彼に説明すると、少量、という言葉に引っかかったようでその理由を説明すると更に手元を観察するようになった。
彼に知られないように、口角が小さく上がった。
瞳が語りすぎているのだ、と――。
「――これからどこへ向かうのか?」
「西の検問所へ向かった後出国予定です。そういうカインは何処でお役御免になるのですか?」
「その言い方は止せ。俺はそ――」
「契約は違えないですよ」
鼻上に皺をよせた彼の言葉に被さるように、そのまま話を続ける。
契約、いや王命といった方が正しい。
「7日以内に国外を出る。そして二度と戻らない。私は承諾しました」
逃げる/狂気に呑まれて捕まえるのが好物です。こちらでは初BLなので、温かくお迎えください。




