田舎の祭りでコンサート
2023年、秋本美咲は今北海道にある地方の町に来ていた。毎年8月に行われる祭で動画サイトニコヤカ動画が主催するmoonhallフェスティバルに参加するためである。
美咲は30歳だが美人である。白人の父親と日本人の母親の間に生まれており、生まれつき金髪であった。その上顔もどこか外国人よりであり、幼少時からいい思い出はなかった。
今の彼女は演歌歌手である。とある事情で事務所をクビになり、大学時代の友人たちとともに個人事務所を立ち上げた。そしてワイチューバ―(worldtubeの略)となり、今に至るのである。
その町は日本海側、道央と呼ばれている場所にある。人工は1万人程度だが過疎化が進む北海道ではまだ多い方だ。札幌や長万部を結ぶため、自動車の数は多い。さらにコンビニエンスストアも7軒ほどあった。代わりにレストランのチェーン店は存在しない。出してもすぐ潰れるからだ。
美咲はニコヤカ動画を運営しているドドリアから依頼を受け、ここに来ている。ニコヤカ動画はたまに日本でマイナーな祭りに参加することが多かった。
美咲としては北海道は馴染みがあった。以前北海道のとある町で核燃料廃棄施設が計画されたとき、町民から反対運動が起きたという。実際にその地に飛び、町民の顔を隠しながらインタビューをしたことがあった。
実際は貧乏な街に政府から金が入るならそれでいいと思っていたらしい。漁業が盛んだが、その成りてはどんどん少なくなっており、将来の見通しが立たないそうだ。大抵反対しているのは他所から来た人間で、テレビのインタビューでは施設反対とコメントしてくれと頼まれたという。
それらを暴露していったら、反対団体が慌てて走ってきた。そしてカメラを止めろと脅してきたのである。
美咲はそれに屈さず、相手の顔は移さないようにしていたが、相手はますます調子に乗り、美咲を押し倒して蹴りを入れたのである。その様子は別のスタッフが映像を撮っており、すぐ警察に訴えた。その結果反対団体のメンバーは地元の警察に逮捕されたのである。当時動画は生中継だった。その動画は人気を博しその結果一億以上稼いだのである。
「けどやっぱり北海道の食べ物はおいしいわね。東京より最高だわ」
今美咲は地元の体育館を利用した更衣室にいた。数年前は小学校だったのだが少子化で廃校になったのである。今は地元のイベントに使われていた。警備員が二人ほど入り口に立っており、体育館の中にも警備員が警備している。
更衣室には彼女の他にマネージャーの岩佐康と、メイクマンの女性だけである。ちなみにメイクマンはオネエであり、男の康より身長が頭一つ高かった。茶髪で日焼けしており、にこやかな笑みを浮かべている。黒い服を全身で身に包んでいた。
康は30代だがどこか幼い感じがした。ボサボサの黒髪に、中肉中背で顔は整っているがどこか頼りなさげであった。
白いジャンバーに黒いシャツ、茶色のズボンを穿いている。
「確かにな。ここで採れたホタテの刺身はうまかったね。本当はホタテ嫌いだったけど、こちらのホタテは好きになったよ」
康も頷いていた。もっとも一度美咲たちは札幌で食事を採っていたが、注文した刺身はあまりおいしくなかった。やはり魚介類は採れたてで新鮮な方がおいしいのである。
「でも漁師さんたちってあんまり儲かってないみたいよ。魚を捕っても安値で買いたたかれるってさ。そのくせスーパーでは桁が二けたも違うって話だし、理不尽だよね」
「まあ最近は子供はおろか大人でも魚は食べないしな。こればかりはどうしようもないよ」
「そうだ、今度の動画はそれにしようよ。漁業組合さんに頼んで取材するのさ。ここの魚がどれほどおいしいかをアピールすれば儲かると思うな」
美咲はうきうきしていた。彼女は過激なワイチューバ―ではあるが、他人を傷つける発言を嫌っている。自分が身体を張って暴行を受けることを望んでいるのだ。さすがの康のその話を聞いたとき、美咲を叱りつけたものである。
「こんにちは~」
更衣室に数人の女性が入ってきた。全員30代後半くらいの年齢であった。
顔が丸っこく身長は160ほどだが体格はがっしりとしている。柔道をやっていそうな感じだ。
他にも相撲取りのように丸っこい体格で眼鏡をかけた女性や、髪の毛が胸まで伸びた煙草をくわえた髪の毛を男性に、髪の毛をまとめた整った顔立ちだが、どこか病的な雰囲気のある女性の4名であった。
「初めましてこんにちは。確か歌ウ蟲ケラの方たちですね」
康は彼女たちを見て名刺を差し出して挨拶した。康は出演者の顔を全員覚えているのだ。
歌ウ蟲ケラとは彼女たちグループの名前である。昔はデビュー曲の名前だったが、今ではバンド名になったそうだ。
「お~わたしたちってば有名人になったね~。ワイチューブで活動した甲斐があったわ~」
丸っこい女性がけらけら笑った。彼女はリーダーの平澤唯である。
「あれ? あの人昔テレビで見たことがあるね。確かプロレスラーの娘だったとか」
美咲が興味本位で尋ねてみると、唯は苦い顔になった。彼女は中学時代からテレビに出演したことがあるが、それは本人が望んだことではない。父親に無理やりやらされたにすぎないのだ。父親は亡くなり、母親が働くボランティア団体に就職していた。その後紆余曲折の末、歌ウ蟲ケラとして活動し始めたのである。
美咲はそれを察したのか、ごめんなさいと謝罪する。
「いえいえ、もう二十年以上昔のことを覚えている人がいて、こっちも驚いてますよ。今日のライブ、お互い頑張りましょう!!」
そう言って唯は美咲の手を取ると、ぶんぶんと握手をする。美咲は普通に接していた。
さてライブの時間となった。唯たち歌ウ蟲ケラはトップであった。所謂前座である。彼女たちはワイチューブで配信しており、そこそこ有名であった。
それに運営側には幼い頃の唯を覚えており、アニマルズ平澤の娘を前面に出せばおっさんホイホイになるだろうとの打算であった。
とはいえ彼女たちにとってニコヤカ動画の生配信は大歓迎だ。旅費と楽器の運送費は運営側が持ってくれている。例え受けなくても演奏できることがうれしいのだ。
体育館のステージ上で彼女たちは歌う。体育館にはパイプ椅子が300ほど並べており、地元の人間だけでなく、今回出演する歌手のファンたちも集まっていた。さらにニコヤカ動画がカメラで撮影している。一目でオタクと分かる人間は少ない。昔と違い、今はオタクは小ぎれいになっている。それでもどこか陰りのある雰囲気があった。
司会者はマイナーな落語家であった。それでも軽快な口調で進行していく。唯たちの演奏はそれなりに受けていた。
他にはインディースバンドや札幌市で活躍する地下アイドルたちも出演していた。
そして最後は美咲である。黒を強調した身体のラインが丸見えの衣装であった。まるで外国人のロック歌手のように見える。
だが彼女は演歌歌手だ。見た目に反して演歌を披露するが、曲の内容は政府に対する不満や、社会に対する怒りを嘆くものであった。
その歌は素人でも感動できるものだった。ファンはもとより、地元の人間もスマホをいじって仲間を呼んでいた。
唯たちは惚けていた。芸能界を干された美咲の歌を生で聞く衝撃は計り知れなかった。
「おらぁ!! 糞女を出せぇ!!」
体育館の入り口で叫び声がした。それはガラの悪い男たちが十数人ほど手に角材などを手にしている。まるで与太者だ。
どうやら相手は美咲を狙っているようだ。
体育館は蜂の巣が突かれたように騒然となった。警備員は静かにするよう注意するが男たちは聞く耳持たない。まるで狂暴化した鹿の群れだ。
「おい!! あの女をステージから引きずり出せ!! あの女は人殺しだぁ!! 核燃料廃棄施設建設を賛成する犯罪者なんだよぉ!!」
鬼のように顔が歪んだ中年男が喚き散らしながら手にしている角材を振り回している。警備員は冷静にトランシーバーで上司に連絡を入れていた。そして腰に佩いた警戒棒を手に取る。
「まてぇぇぇ!!」
突如飛び込んできたのは、美咲のマネージャー康であった。彼はへっぴり腰だが両手を広げて阻止しようとしていた。
「ライブの邪魔はさせないぞ!!」
「ああ!? むかつく野郎だな、やっちまえ!!」
中年男は角材で康を殴った。さらに後ろにいた男たちもにやにや笑いながら康を角材で滅多打ちにする。
すると警備員が警戒棒で男たちの手を叩く。次に左肩を思いっきり殴打した。
「あんたらは現行犯逮捕だ!! 警察が来るまでおとなしくしてもらおう!!」
「てめぇぇぇ!! 警備員のくせに俺様に暴行を加えたなぁぁぁ!! 殺してやるぅぅぅぅぅ!!」
体育館は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。唯たちはあまりのことに怯えていたが、美咲は冷静であった。
ステージで歌を続けている。だが康の様子を見て動揺はしていた。だが康は歌をやめるなと叫んでいた。
数分後、警察官が集団でなだれ込んできた。そして暴れる男たちに手錠をかけていく。
「なんで俺を逮捕するんだ!! あの金髪糞女を逮捕しろよ!!」
「言い訳は署で聞く!! 全員逮捕だ!!」
こうして男たちは警察官に逮捕され、連行されていった。この様子は生放送でばっちり撮られていた。
コメントでは基地外逮捕ワロタだの、ざまぁだの男たちの逮捕を面白がっていた。
康は救急車に運ばれていく。地元の病院に運ばれていった。
☆
「ふぅ、ひと悶着あったけど無事に済んでよかったわね」
時刻はすでに深夜だ。美咲たちは警察署で事情聴取を受けていた。逮捕された男たちは反原発団体だった。しかも内地から来た者たちだった。地元にも反原発団体があるが、他県から来た団体に対して迷惑していたそうだ。
「あのー、美咲さんは随分慣れてますね?」
唯が心配そうに尋ねた。こんな暴力事件は初めて体験したからだ。
「まあね。動画配信をしていると敵が増えるのよ。事務所に落書きしたりとか、窓ガラスを石で割られたりとかね。逆にそれを撮影して警察に提出して逮捕してもらうわけよ」
美咲はけらけら笑っていた。普通暴力を受けたら縮こまるものだが、かなり度胸のある女性だと唯は思った。その一方で自分には真似できないと感じる。
「けど康の奴無茶しやがって……。運営側とは話を付けていたのにさ」
美咲は不機嫌になった。実は運営側と話をして、反原発団体が乱入することを予測していたのだ。
もしものために警備員を配置していたのもそのためである。イベント警備に警戒棒を所持するのはありえない。所持するなら施設警備か要人警備のときである。
といっても地元の反原発団体は一人も来ていない。逮捕されたのは自称で、原発に賛成する芸能人に嫌がらせを愉しむ屑集団だった。おかげで地元の団体は社会のゴミが逮捕されたことで、美咲に感謝しているくらいだ。
「さてと、地元のスーパーで、地元の特産品をごっそり買い占めましょう。そんでもって北海道限定のお菓子とジュースも買わないとね。あなたたちもどうかしら?」
さすがに打ち上げは出来なかった。代わりに運営から金一封をもらっている。
「普通は札幌とかに売っている銘菓とか買いませんか?」
「どこでも売っているものなんかつまんないじゃん。その地にしか売っていないものを買うのがいいんだよ」
唯の言葉を美咲は反論する。確かにその通りであった。
他人と比べず、自分だけの道を歩む。単純だがとても難しいことでもある。
「さて康が入院した病院に行かないとね。あとできつくお仕置きしておかないと」
美咲の眉間にしわが寄っている。今回の件は美咲も予想外で、康の行為には腹を立てていた。
その様子を見て唯は質問した。
「美咲さんと康さんは付き合っているんですか?」
「ばっ、馬鹿なこと言わないでよね!! 私とあいつは付き合ってなんかいないわよ!!」
美咲は慌てふためいた。かなり動揺している。後ろにメイクリストのオネエがくすくす微笑ましく見つめていた。
ああ、この人は康さんが好きなんだなと、唯は勝手に思った。
そして美咲たちと別れ、自分たちはホテルに戻るのであった。
それを見送った後に美咲は病院へ向かった。美咲はベッドの上に寝ている康に対して嫌味を並べる。矢獅子は苦笑いするだけだった。
いでっち51号様の企画作品です。
とある動物園にての秋本美咲が再登場しました。
さらにいでっち51号様の歌ウ蟲ケラから唯も登場しています。
2023年なので唯たちは30代後半になってしまいました。
舞台のモデルは私の地元なので、名前は明かせません。でも推測は出来ると思います。