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縁切り鬼  作者: 神崎 司
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縁切りしたい

 長編用に考えていた話なんですが、細部が決まらなかったので、冒頭の確定した部分だけ中編小説として投稿することにしました。続きが出来たら、のんびり投稿したいなと思います。

 

香取(かとり)葉月(はづき)は、宿場町(しゅくばまち)の子だった。といっても今は江戸時代でもないから、現代では、そんなに発展していない小さめの町だ。街道沿いと駅の周辺だけはそこそこ店があって、その周りに住宅地があって、更に遠くには昔ながらの畑や林がちらほらあるような町だった。ただ、東京から通勤圏内にあるので、廃れる事はなさそうだった。

 この町も近代化に伴って、周りの町と同じく昔からの特徴を無くしていたが、それでも畑に交じって、昔ながらの原生林が幾つかあった。葉月はそこで遊ぶのが好きだった。用途がどうしても限定されやすい遊具のある公園より、様々な植物で溢れていて、夏は木陰が特に涼しいのが良かった。


 その日の目的地は、とある林だった。暖かな春の日だったが、楽しい目的ではないので、葉月は足が重かった。それでも――最近は滅多に人が来ないのだろう――生い茂った草原を進んでいく。果たして、目的の岩はそこにあった。高さは一メートル程だろうか。苔むした岩が地面にのめり込んでいる。岩の上には、何故か注連縄(しめなわ)が掛かっている。この辺りは、開発されてからの歴史だけは長いので、謎の地蔵や小さなお堂が、駐車場の敷地内の片隅に紛れ込んでいるような町だった。


 この岩は通称“縁切り岩(えんきりいわ)”と呼ばれていた。この岩の前でお願いをすると、人と人との縁を切ってくれるという噂がある。葉月だって、初めてその噂を聞いた時は、そんな事あるもんかと笑い飛ばした。しかし今は切実な事情があった。


 だから、勇気を奮い立たせてやって来たというのに、岩の上には、無礼にも、和服を着た少女が座っていた。しかし、ただの先客というには奇妙だった。葉月と同じくらいの長さの、胸まで届く銀色のウェーブがかった髪をしており、右目は青色で、左目は伸ばした髪で隠されている。それでも、綺麗な顔立ちの子だと思う。着物は朱色に近いピンク色の地に満開の桜が描かれ、帯は真紅だった。草履は黒で、鼻緒は赤い。だが異様だったのは、その少女の髪からは、肌から明らかに繋がって、三センチメートルほどの長さの角が突き出ている事だった。昔教えてもらった怪奇話の知識だが、袋角(ふくろづの)と呼ばれるこの状態が、般若になる前の“生成り(なまなり)”というらしい。

 葉月は、自分が幻でも見ているのではないかと思って、しばらくぼうっと立っていた。

 不意に、銀髪の鬼の少女は葉月の方を向いた。


「あまりじろじろ見られるのは不快なんだけど」


 彼女が喋った事に、葉月はまた驚いてしまったが、気を取り直して尋ねた。


「あなたも“縁切り岩”に用があって来たの?」


 すると彼女は、無表情に言い放った。


「縁を切っているのは私。あなたは、私に用事があるのね」


 岩から降りて来た少女は、〈カナメ〉と名乗った。正面に立つと、葉月と同じ、中学生ぐらいの歳に見えた。


「依頼は何?」


 カナメは事務的に話を進めて来る。葉月はまずその、『ゲ○ゲの鬼太郎』の髪型にも似た、コスプレじみた奇抜な格好について聞きたかったのだが、相手の気分を害するといけないので、さっさと核心に入る事にした。


「私との縁を切ってほしい人がいるの」


 すると、カナメは葉月をじろじろと見て、無表情でこう言った。


「いじめかしら」


 あまりにも図星だったので、葉月は黙り込んでしまった。カナメは、葉月がうんともすんとも言わなくなってしまったので、手持無沙汰にそこらをゆっくりと歩き出した。


「ここに来る人の半分くらいはそう。特に子供」


 そうだろうと思う。こんな噂、大人だったら信じない。嫌な相手がいたら、どうやって逃げるか考えるだろう。中学生だから、逃げ場が無いから、こんな所に縋って来るのだ。


 始まりは二年生になってすぐ、クラスでカースト上位の女子の彼氏が、葉月に声を掛けたことだった。それなりに好意を持たれているのは葉月にも分かったし、他の人にも分かってしまっただろう。葉月はその男子生徒に特に恋愛感情を持っていなかったので、用件だけ話して去った。しかし次の日から、葉月の鞄や机の中に入れて置いた教科書がゴミ箱に放り込まれていたり、上履きを女子トイレに捨てられたり、という嫌がらせが始まった。葉月は別に彼氏を横取りしたわけでもない。なのに、いじめは止まらなかった。


 葉月は頭を抱えた。担任の先生に相談すれば万事解決、といった、子供じみた甘ったれの考えはもう持ち合わせていなかった。現場も見ていないし、もうやめて、などと言うのは葉月のプライドが許さなかった。家族にも話しづらかった。結局、一番最初にやったのは、“縁切り岩”にお願いするという、なんとも原始的な方法だった。まさか、鬼の少女に遭遇する羽目になるとは思いもよらなかったが。


「縁を切りたい相手は誰?」


 鬼の少女に尋ねられて、葉月は件のカースト上位の女子の名前を挙げた。彼女との縁が切れれば、いじめもなくなるだろうと思ったからだ。


「分かったわ」


 カナメは、特に質問もなく了承した。逆に焦ったのは葉月だ。


「人と人との縁を切るのって、そんなに簡単なの?」


 縁を切ったところで、葉月はその女子とこれからも、学校で会わなくてはいけないのだ。


「平気よ。上手くやるわ」


 カナメは表情の乏しい顔で頷いたので、葉月は恐る恐る尋ねた。


「……ちなみに、お代とかあるの?」


「お金なんか要らないわ。私はあなた達とは違う存在だもの。私が見たいのは、あなたとその女子の間にある関係性」 


「関係性って、目に見えるモノじゃないし、……まさか食べたりするの?」


「食べないわ。縁を切るのが重要なだけ……あなたと会話するのは面倒ね。訊きたがりなんだもの。明日も学校でしょ? そこで相手を教えてね」


 それだけ言うと、カナメは後ろを向いて、それと同時にその場から消えてしまった。


「……夢じゃない、よね?」


 葉月の独り言は、林の中に響いて、溶けていった。



 翌日、葉月がいつも通り登校すると、それまで空席だった隣の席に、カナメが座っていた。といっても、髪は黒く染められ、短いけれど三つ編みにされている。何処から入手したのか、ちゃんと学校の制服を着ていた。白いシャツに紺色のベスト、グレーのスカート。臙脂(えんじ)色の指定のリボンタイまで揃っていた。


「は、な、なんでここにいるの!?」


「これぐらいの変装は、大した事じゃないわ」


 葉月が思わず叫ぶと、カナメは涼し気に言った。


「本物じゃないわ。そう見せてるだけ。ちなみに今、私の姿は他人には見えないようにしているから、今のあなたは、空席に向かって叫んでいる変な人よ」


「変な人で悪かったわね」


「依頼者が変人だったって、私にはどうでもいい事よ」


 葉月は溜め息を吐いた。実は、葉月以外の家族はいわゆる霊感の強い人間が多く、他の人には見えないモノが見えたりするから、あまり違和感なく受け入れたが、まさか自分もその立場になるとは思っていなかった。


 その時予鈴が鳴ったので、葉月は慌てて授業の準備を始めた。

 授業中、ちらりと隣の席を見ると、カナメは教科書も広げずに、古文の授業を興味深そうに聞いていた。 


 休み時間になると、カナメが葉月の席に来て、話し掛けて来た。


「お目当ては誰?」


 葉月は、目で狙いを定めた。


「今、教卓の手前で、一番真ん中にいる奴」


 目標の女子、彩乃(あやの)は、教卓の所で、同じグループの女子達と談笑していた。 


「彼女を一人きりに出来る?」


「いきなり無理難題言わないでよ」


 カナメと葉月は小声で喋る。中学生の女子友達など、金魚の(ふん)のように何処までも付いて行くものだからだ。


「じゃ、放課後まで待ちましょう」


 カナメは淡々と言って、自分の机と決めたらしい空き机に腰掛けた。その様がいかにも堂々としているので、葉月は拍子抜けする程、振り回された気分だった。


 放課後の女子中学生を尾行するのは、そんなに難しくなかった。塾に行っている子もいるけれど、まだ受験や進路は先の話だ。彼女達はゲームセンターで適当に遊んだ後、夕方になると一人二人と帰っていった。また明日会えると、根拠も無く信じて。

 そんな未来を、葉月は打ち砕きたかった。何故なら、其処に毎日、自分への嫌がらせが織り込まれているからだ。


 最後まで残った彩乃がスポーツバッグを持ち上げて歩き出すのを見て、カナメと葉月も、その少し後を追った。カナメも今は、他人にも見えるようにしているらしい。


「独りでいる女子中学生は、やっぱり危ないでしょ?」


 と(のたま)ったので、どうやらそれなりに葉月の心配はしてくれているらしい。


 彩乃と十メートル程の距離を保ったまま、尾行を続ける。


「訊いていい? あの子とはいつ知り合ったの」


「今回のクラスが初めてだよ」


「随分と浅い縁なのね」


 それはそうなのだが、カナメに言われると、葉月は若干腹が立った。


「縁切り鬼って、意地悪」


「意地悪じゃないわ。ただ、つまらないだけよ」


 前を歩く彩乃は、スマホの画面を見るのに夢中らしく、こちらには気付かない。

 ざり、とアスファルトで舗装された地面が音を立てた時、いつの間にか、場の気配が変わっているのに、葉月は気付いた。いつもの夕暮れの住宅街なのに、何処か不気味さが漂っている。


「見える?」


 カナメが黄色い糸を持ち上げていた。それは葉月の胸と、彩乃の左肩辺りを繋いでいた。これが小指と小指を繋ぐ、運命の赤い糸だったらびっくりものだが、どうやら違うらしい。


「色は黄色。嫉妬ね。ちょっと細いけど、問題なし。切るわよ」


 そう言って、カナメは昔ながらの銀色の糸切鋏(いときりばさみ)で、葉月の胸から出た糸を切った。そしてその糸を巻き取って彩乃に近付き、左肩の辺りから胸の方に少し下がって、糸を切る仕草をした。

 戻って来たカナメの手には、三メートルほどの黄色い糸があった。


「これでおしまい。確かにあの子が首謀者だったみたい。もう学校でいじめられる事はないと思うわ」 


 呆気ない終わりだった。


「ここでお別れしましょう」


 いつの間にかカナメは、最初に会った時の鬼の姿に戻っていた。

 住宅街というのは結構厄介で、古い所ほど道が入り組んでいるから、うっかりすると自分が何処にいるか分からなくなる。その場所はまだ、来た道を辿れば、家に帰れそうな範囲だった。


「じゃあこれで」


 出会った時と同様に、カナメは空気に溶けるように消えた。後には葉月一人が残された。葉月は息を一つした。目の前で、不可思議現象が起きた筈なのに、現実感が無い。派手さが足りなかったからだろうか? 

 何だかもやもやとした気持ちを抱えたまま、葉月は自分の家に帰った。


 家に帰ると、姉の皐月(さつき)が出迎えてくれた。少し長めの髪を、緩いシニヨンに纏めて、オレンジ色の部屋着を着ていた。


「ただいまー」


 葉月はローファーを脱いで玄関を上がる。


「お帰り。晩御飯、もうすぐ出来るよ」


 皐月はもう高校二年生で、しっかり者と近所で評判だった。家で一緒にいる時間の長い葉月からすると、確かに頭は良いが、天然+腹黒という方がしっくり来るのだが。

 まだ気分が落ち着かなかったので、葉月は姉に尋ねてみた。


「お姉ちゃん、“縁切り岩”って知ってる?」


「名前は聞いたことあるわぁ。でも、縁切りの神社っていうのもあるのよね。縁結びしたり切ったり、神様も大変ねぇ」


「神様じゃなくて、鬼が縁切りしてくれるんだよ」


 テーブルを拭いていた皐月の手が止まった。


「葉月、“縁切り岩”について、どういう風に訊いたの?」


 姉がこの話題に食い付いて来るとは思わなかったので、葉月は面食らった。


「クラスメイトが岩にお願いをしたら、鬼が縁を切ってくれたんだって」


 これではまるで、自分がお願いしたと白状しているようなものだ。私の知り合いの話なんだけど、から始まる話は、大抵自分の話であるように。


「……」


 幸い、皐月はそれ以上何も言わずに、テーブルの片付けを再開した。箸を決まった場所に置いていく。


「今日、お父さん遅くなるって」


 テーブルに並べられた箸と箸置きは四人分だ。弟の星哉(せいや)は帰ってきている筈だから、まだ部屋にいるのだろう。


「ねぇ、葉月」


 皐月がぼんやりと独り言のように呟いた。


「縁って、神様や鬼がいなくても、簡単に切れたり結んだり出来るわよね。でも、しつこい縁とかめんどくさい縁は困り物よねぇ」


「? まあ、そうじゃない?」


 皐月の意図がよく分からなくて、葉月は首を捻った。

 そんな葉月を見て、皐月は曖昧な笑みを浮かべた。そしてそのすぐ後、いけない事をしてしまったかのように、眉をしかめた。


「葉月、星哉を呼びに行って」


「はいはい」


 皐月の表情は、気の所為だったのだろうか。葉月はまだ疑問を感じつつも、今年小学五年生になった弟を迎えに、二階に上がった。


「星哉、いる?」


 一応ノックして部屋を開けると、星哉はベッドの上で、布団も掛けずに寝ていた。すうすうと小さな寝息がする。葉月は、家族の中で一番顔が良いのは実は星哉ではないかと思っている。今だって勉強もスポーツも出来て、クラスの人気者だが、成長したら、女子にモテモテになりそうな印象だ。一番下の弟は、家族の宝みたいなものだった。


「星哉、起きて」


 葉月が軽く肩を揺らすと、星哉はぱちくりと目を覚ました。うーん、と伸びをする。


「おはよう、ねーちゃん」


「夕飯時になって、何がおはようだ。とっとと降りて来なさい」


「わかったー」


 返事は素直である。実際、星哉は時々自分の意見に固執したり、歯に衣着せぬ物言いをする傾向があるが、それ以外は“良い子”の代表みたいな子供だった。性格は穏やかで、他人の心配ばかりしている。

 その星哉は、寝ている間に乱れた服を整えて、髪を手櫛で梳かしていた。

 星哉と一緒に食卓に着くと、母親と皐月と共に、少し遅い夕食が始まった。いつものように、今日あった事やテレビドラマの話をする。しかし、葉月は何故か、場がきしきしと悲鳴を上げているような気がした。


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