第3話 母親がブチ切れて焦る姉
窓口にやってきたのは長年蒸発していたという祖父であった。
結構な騒ぎになってしまったのでケイトは半休を貰い祖父を家に連れて帰る事にした。
道中、ケイトは現在レム家がどの様な状況であるかを説明した。
アンジェラが家長となり異世界人である父と結婚。
そして彼女の誘いで同じパーティメンバーだった女性二人とも結婚し自分達が生まれた事。
「異世界転生者か。とんでもない能力を持ってる連中が多い事で有名じゃな」
「それなら話が早いわね。あたし達の父親はそのとんでもない能力の持ち主よ。そしてそれはあたし達にも遺伝しているの。例えば……」
ケイトが軽く手を振ると祖父から1m程離れた所に毒々しい色の液体で出来た蛇が現れる。
「ちょっと待て。これって毒魔法だよな?結構レアな属性な上にしかもチャージなしで即出した!?」
「見ての通りよ。あたしは基本属性以外の様々な属性魔法を使いこなせて毒魔法についてはチャージなしで使える『ほとばしる毒』のスキルを習得しているわ。後は『ビーム』が撃てるの」
「孫娘が毒の達人って……しかも何、『ビーム』!?え、儂の孫『ちいと』過ぎんか?」
大層困惑する祖父だが使えるものは仕方が無い。
そうこう言っている内に家に到着する。
「お、おお。なかなかいい所に住んいるようだな……」
「2番目の母親、メイシーの家が所有していた建物よ。今はお母さん名義になってるけどね。それで、この家を維持して6人の子どもを育てるだけの収入があるのよ」
レム家の蓄えは結構ある。
父親であるナナシがモンスターを狩ってそれなりに稼いでくる他、三番目の妻であるリゼットがリーゼ商会を経営していたり色々と収入がえげつない。
元々、次女のリリィが引きこもった際に自分達が死んだ後も生活できるようにと色々頑張った結果らしい。
リリィが異世界へ家出した際は捜索費用などでかなりの出費があったようだが彼女を迎えに異世界へ赴いた際、リゼットがちゃっかりあちらの世界の技術などを吸収してきてそれを事業に取り込んだ。
結果として商会は急成長して家出前の数倍は収入が増えたらしい。
「ちょっと待ってて。一応中を見てくる」
この時間なら母親はまだ仕事だろうが万が一いきなり対面したら何が起こるかわからない。
出来れば味方を作っておきたいところだと玄関の扉を少し開け中を伺う。
家の中に居たのは玄関から確認出来る限りでは2番目の母親、メイシーのみだった。
彼女は母親の中でも年長者なので味方に出来れば心強い。
欲を言えば祖母、父の母親である女性だが彼女が居れば良かったのだが……
残念な事に母型の祖母と意気投合した彼女は度々冒険に出かける様になってしまい家にいることは少ない。
結構な年齢のはずだが随分と元気な老人だと思う。
□
(とりあえずメイママに相談してみよう)
再度安全を確認し祖父を招き入れる。
「あらケイトお帰りなさい。随分と早かったんですね……えーと、そちらの方は?」
「えーと……実は……」
ケイトは義理の母親に窓口で祖父に出会った事を説明する。
彼女は話を聞き終えるととりあえず祖父を居間のソファに案内し、ケイトを台所へ呼び出した。
その表情は険しいものだった。
「ケイト、本当にあの人はアンジェラのお父様なのですか?」
「うん。何でそんな事を?」
「いえ……よくわからないけど何か違和感が……ケイト、残念ですが今日の所は帰って貰ってください」
「え、でもずっとお母さんを探してたし。あの人もあたし達の家族でしょう?」
メイシーは少しの間黙り込み、ゆっくりと口を開く。
「…………忠告しておきますがあなた達と私達では『父親』に抱く印象がまるっきり違います」
メイシーは淡々と続ける。
「私達4人にとって『父親』はあまり良い想い出がありません。リゼットにとって父親である故イリス王は恐怖の対象だったし、私にとっては浮気で家族を離散させた男です。お父様にしても辛い幼少期を送った原因はやはり『父親』です。そしてアンジェラにとっても……」
そう、ケイトの母親にとってもやはり『父親』は良き存在ではない。
生活を楽にしようと出稼ぎで都会へ行った彼は戻ってこなかった。
結果としてアンジェラは父親に『捨てられた』と思うようになったのだ。
長年蓄積されてきた負の感情はどれ程のものか。ケイトは想像するだけで寒気がした。
「だからお父様は子ども達にはそんな想いをさせまいと必死に頑張って来ました。それでも、選択を間違えた結果リリィの心に傷を残させてしまいました。それを今でも悔やんでいます」
親達にとって最大の後悔。
それは三姉妹をボアディケア校に通わせたことだ。
あの選択が無ければ確かにリリィが心に深い傷を負うことは無かった。
ただ、今の彼氏と出会う事も無かった可能性も高いし仮に出会っていても恋に落ちる可能性は低かっただろう。
だからと言って妹の身に起きた事を考えると複雑な気持ちになる。
結局何が正解たったのか、今でもわからないし恐らくは一生わからないだろう。
「だから私としてもあの人を歓迎するわけにはいきません。アンジェラが帰ってきたら大変なことになるのは火を見るより明らかです」
そう告げるとメイシーは居間で待つハーケンの元へ歩いていく。
「申し送れました。レム・ミアガラッハ・メイシーといいます。家長ではありませんがどうか今すぐお引き取り下さい」
「メイママ!」
「………………そう、ですね。儂は確かに妻と娘を見捨てた愚かな男です。今更合わせる顔なんてありません」
「お祖父さん!」
「………………自覚があるのでしたら話は早いです。お互いの為にもお引き取り下さい、でないと……」
だが、恐れていた時は無情にも唐突に訪れてしまった。
「ただいまー。今日はちょっと早く帰れてね……」
母の声にケイトは凍り付いた。
(嘘、早すぎる!?)
まだ根回しも何も出来ていない状況でこれは想定外だった。
「ア、アンジェラ!わ、儂だ。お前の父さ……」
立ち上がり、生き別れた娘に声をかける祖父。
母の動きが止まり、目を見開き、その目に怒りの火が灯り腕を振り上げるまでわずか2秒。
反射的にケイトは動いていた。
「水流断絶槍!!」
「黒曜大聖壁!!」」
自分が使える限り最大の防御魔法を発動。
そこへ自身のスキル『竜鱗の障壁』で魔法防御を更に高める。
結果として母が撃ち込んだ巨大な水槍を防ぐことが出来た。
「ちょっとお母さん!今のってガチの上級魔法じゃない!?あたしじゃなきゃ防いだりできなかったよ!?」
「そうね。成長したなって正直感心してるわ!」
予想以上に殺意がこもっていた。
貫通タイプの魔法だったので『竜鱗の障壁』を重ね掛けしてなかったら黒曜大聖壁だけだと威力をある程度減衰できてもぶち破られていただろう。
「うぇぇっ!?い、今の魔力は何!?またイシダが出た!?」
上の階から朝帰りし姉を驚かせてくれたアリスが慌てて降りて来た。
どうやら先ほどまで寝ていたらしい。
ちなみに『イシダ』とはこの家族によくちょっかいを出してくる『魔獣に変身する頭のおかしい危ないおばさん』という認識で概ね構わない。
(しめた!アリスが居てくれたら多少は母さんを食い止められる。その間に冷静になって貰わないと)
「アリス、悪いけどお母さんがキレてるから止めるの手伝って!!」
声をかけた瞬間だった。
頼りにしていた妹は両手を上げて降伏の意を示していた。
「無理ぃ!キレたアンママと戦うなんて命が幾らあっても足りないもん!ケイト姉とは違うんだから!!」
「こ、この役立たず!裏切り者!!」
よくよく考えれば別に同盟を結んだわけでもないので裏切り者というのもまた変な話だ。
とは言え、この状況は正直控えめに言ってもヤバイ。
目の前にはブチ切れて目を血走らせた上級モンスターよりも怖い母親。
恐らく同じ手は何度も使えない。勝ち目としては肉弾戦がそれほど得意では無い点なのだが……
(ふ、普通に怖い!!)
冒険者としてのランクは既に母親を超えている。
総合的に考えれば渡り合えるだけの実力はあるつもりだ。
濃い妹達の陰に隠れているがレム家の長女は伊達じゃない。
だがそうは言ってもやはり怖いものはやはり怖い。
小さい頃、妹達と共に何度お尻を叩かれた事だろうか。
思いだしただけでお尻が痛くなってくる。
「ケイトあなた……『何』をこの家に入れてるの?わかってるの!?」
「お母さん!そんな言い方無いでしょう!!?」
「ケイト、お願いだからそこをどいて。『それ』を家に置いておくわけにはいかないわ!!」
「!?」
□□
二人の様子を台所から見守っていたメイシーは唇を噛む。
何でも殺気がありすぎる。そこまで自分の父親を憎めるものなのか?
確かに自分も父親の事は憎かった。彼が浮気をしたせいで家族がバラバラになり寂しい思いをした。
だが結果として離散した家族とは和解できたしいつまでも死んだ人間を恨んでいても仕方が無い。
そう考え、今出は時折父親の墓参りにも行くようになった。
だけどアンジェラはまだ父親を恨んでいるというのか。
ケイトは愕然と立ち尽くす祖父の姿を見て目を伏せた、
「……わかったよ。お母さんの考えが……だったらこの責任はあたしが取る!!」
「えっ!?」
腕を振るうと足元から煙幕が巻き起こりケイトと祖父を包み込む。
「しまった『隠者の煙』!?」
煙が晴れるとそこにケイトとハーケンの姿はなかった。
歯噛みするアンジェラが叫ぶ
「アリス!リゼットを呼びに行って!メイシーはナナシさんをお願い」
「うえぇ!?ど、どうしたの!?」
あまりの剣幕に二人は困惑する。
「気づかなかったの!?『あれ』が何なのか!」
「いや、あの人はアンジェラのお父様でしょう?」
「メイシー、あたし達が今『何歳』か忘れたの!?」
「…………ッ!?」
その言葉を聞いてメイシーは自分が感じていた違和感の正体に気づいた。
ケイトが連れてきた祖父を名乗る男性は、せいぜい『60』手前の男性だ。
だがそもそも自分達の年齢自体が50歳前後なのだ。
アンジェラの父親であり、ケイトの祖父であるなら年齢があっていない。
見た目があまり変わらない長命の種族ならまだしもアンジェラの父親は紛れもなく人間だ。
「まさかあれは偽物!?」
「違う。あの姿は確かに父さんだった。別れる前より歳は取っていたけど間違いなく父さんよ。でもあれは恐らく……もう人間じゃないの!!」