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日曜の午後、連絡が入った五分後に、滝谷圭一は、やって来ました。
「お邪魔します」
母娘を見下ろす高さから発せられた低い声は、その優しげな表情に相応しい穏やかなトーンです。
「お久しぶり、滝谷君。夏祭り以来ね。前より大きくなったんじゃない?」
「お久しぶりです。身長なら測るたびに伸びてます。奈穂さんは、お変わりありませんか」
「あら、大人に気を使えるなんて素敵ね。ありがとう。私は変わりないわ」
"奈津美さんのお母さん"と呼ばれるのが嫌らしく、滝谷は奈津美の母のことを"奈穂さん"と呼ぶよう、本人から言われていました。
ちなみにお母さんと呼んでいいのは、奈津美と結婚してからだそうです。
「でも、このたびは本当に大変だったと思います。奈津美さんが事故に巻き込まれたと聞いて、僕もびっくりしましたから」
「もちろんよ」
「あの、立ち話もなんだから、滝谷君、上がって」
母とばかり話している間に、メルタは滝谷の外見について、記憶の照合を行っていました。上がってと声を掛けたのは、それが終了したからだったのです。
滅多にお目に掛かることのない私服姿に見惚れ、脳の演算処理にも少々時間が掛かってしまったのはやむを得ませんでした。
「うん。お見舞いにケーキを持ってきたよ。よかったら奈穂さんもご一緒に」
「あら、ありがとう。じゃあ最初だけお邪魔するわ。二人、奈津美の部屋に入っておいて。飲み物を用意してくるから。滝谷君はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「では、紅茶を」
「私も紅茶」
「了解」
ケーキの箱を受け取り、奈穂はキッチンに入りました。
「ほら、あの時の金魚。こんなになったんだよ」
玄関とキッチンを隔てる意味で置かれた水槽には、夏祭りに二人で取った金魚が二匹泳いでいます。
2DKのうちの、狭い方が奈津美の部屋となっていました。
実際の滝谷は奈津美の記憶よりも大きく、合気道で鍛え上げた体躯は、家具に囲まれた狭い間取りでは少々窮屈かもしれません。
(こういう場合に"ヤバい"って使うのかしら。スマホの写真で見るより男前だわ。もちろん、バルロー様には及ばないけれど。でも、こんな"イケメン"と付き合ってるなんて、奈津美さんが羨ましい)
「これ、休んでた間のノート。科目ごとにまとめておいたから」
「うわっ、ありがとう!」
「お返し。この前、僕が休んだ時の」
「あ、……うん」
そう言われ、メルタは急いで奈津美の記憶をたどりました。すると二週間前に、彼が部活で重傷を負ったことを知ったのです。
(そうか。滝谷君は体の不調がもとで、その時ふさぎ込んでしまってたんだわ。で、奈津美さんがノートを貸したり、なるべく明るく話しかけたりしてたのね)
「あの時、月島さんが、一所懸命に僕を励ましてくれたじゃない。おかげで元気も出たし、合気道も、また頑張ろうって思えたんだよね」
滝谷はノートを差し出すと、またカバンの中に手を突っ込みました。
「あと、これ。借りてたゲーム。返そうと思って……」と言いながら差し出したのが、
「ぬぁっ!ぬ、な、なな、こ、これ…………」
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