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「そういえば一昨日、滝谷君から連絡があったわよ」
「滝谷君が?」と口にした瞬間、メルタの脳内は、いきなり猛烈に活性化し始めました。
「うん。お見舞いに行きたいって。あと、何か返したい物もあるらしいわよ」
「滝谷君………」
どうやらその名前は、紛れもなく脳内スイッチのひとつだったようです。
奈津美には、また付き合い始めて間もない彼氏がいました。同じクラスの滝谷圭一です。
中学三年の卒業式の日に、奈津美の方から告白したのでした。友達に協力をお願いして、彼を友人たちから遠ざけてもらい、直接自分の口で………。
その後は同じ高校へ進んだこともあり、部活やバイトの休みを合わせて、二人だけで下校時に寄り道をしたり……。休みの日には一緒に勉強したり……。
突然それらすべての記憶が走馬灯のように脳内に浮かび上がり、過剰計算による負荷で生じた熱が顔全体から噴き出したのでした。
「これ全部私のき・お・く……、私の……私の……」
「私の滝谷君?」
「うぅぅーーーーんっ!」
メルタは両手で顔を覆いながら天を仰ぎ、足をバタつかせました。
「ちょっと奈津美、大丈夫?滝谷君と何かあったの?」
「だだだだだだ大丈夫。大丈夫………。たたたたただ、今までの事を全部思い出しただけけけけけ。滝谷君とは何も、ななないから……」
「まぁ、滝谷君は信頼しているから、あなたたちのことは心配してないけど。じゃあ事故の影響で記憶が混乱してるだけ?」
メルタは手で顔を扇ぎながら大きく頷いた後、ひとまず気持ちが落ち着くまで深呼吸を繰り返したのでした。
「あぁ、ビックリしたー」
「驚いたのはこっちよ。ホントに大丈夫?」
「うん、大丈夫」
頷きながら、メルタはもう一度大きく息を吐き出しました。
「そうかぁ。滝谷君、私のこと心配してくれてたんだ」
そう思うと今度は嬉しさが込み上げて来て、会いたい気持ちが止まらなくなってしまったのでした。
もちろん記憶には滝谷君の顔や声、優しいところもしっかり残されています。
(うー、私としても早く会ってみたいー)
「何?今度はニヤニヤしだして、もうこの子ったら。でもよかった。どうやら大丈夫そうね」
今に至るまで、同年代の男子と二人きりでの、甘酸っぱい思い出など一片もないメルタにとって、それはかなり刺激的な記憶だったようです。
奈津美の体を借りてという前置きがあってのことですが、そんな出来事を実際に体験できるとなると楽しみでなりません。それこそリハビリの励みとなりそうでした。
「明後日は土曜日だから、私と二人でゆっくり休みましょう。アルバイト先には、再来週からと伝えておいたから」
「ありがとうございます、お母さん。私もまた頑張って働きます。今日は仕事を休ませてしまってごめんなさい」
「気にしないで。よく考えたら、こんなに長く二人で過ごせた時間なんて最近なかったもんね。これはこれで良かったんじゃないかしら」
リハビリの後の診察で、体調については主治医からは太鼓判を押され、親娘は手を取り合って喜んだのでした。
今朝までは、いつ意識を取り戻すのかと、気が気でならなかった母にとっては、急転直下、最高の結末となったのです。
ただ、母にはひとつ気掛かりな事が残っていたようで、診察の後、奈津美を先に退出させてから、改めて主治医に尋ねたのでした。
「あの、先生。こういった事故が原因で、負傷者の性格が変わってしまうというようなケースは、あったりするのでしょうか?」
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