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第九十八話~司隷侵攻 二~


第九十八話~司隷侵攻 二~



 光熹四年・初平三年(百九十二年)



 長安の郊外、そこには軍が駐屯していた。数で言えば、およそ六千近くはいるであろうか。そしてこの軍を率いているのが誰かと言えば、それは董卓の弟にあたる董旻であった。そもそもの問題として、どうして長安の近くに六千近くの兵が駐屯しているのか。その理由は、董卓が居城としている郿城から長安へ移動する際に連れてきた兵だからである。つまり、護衛の役目を持つ兵たちなのだ。しかしながらその董卓も、前述のとおり一族の者たちを連れて長安にある屋敷へと移動している。その際、兵の一部は連れているものの、大半は長安の郊外へ駐屯させていたのだ。幾ら護衛といえども、流石に六千にも及ぼうかという兵を、長安へ連れて行くわけにもいかないからである。そして兵を駐屯させている以上、彼らを束ね率いる者が必要となる。その役目を任されたのが、董旻というわけであった。


「さて。兄上たちは、いつまで掛るのだろうか」


 董卓が戻らない限り、彼らはこの場に駐屯し続けなければならない。それでも、交代で長安へ繰り出せると言うのであれば別だったのであろうが、そういうわけにもいかないのである。ともあれ董旻率いる軍勢は、暇を持て余しつつ董卓たちが戻ってくるのも待っているというわけであった。

 そんな軍勢であったが、程なくして動揺が広がり始めた。その動揺は瞬く間に広がりを見せ始める。そしてついには、駐屯地の中央に本陣を構えている董旻の元へも伝わったのであった。旗下の軍勢が動揺する理由など全く分からない董旻は、取りあえず事態の把握に努めるべく行動を起こす。まずは幾人かに命を出して、旗下の軍勢が動揺した原因を探ることに決めた。暫くして戻ってきた彼らからの言葉を聞いて、思わず呆気に取られてしまう。果たして彼が呆気にとられた理由というのが、なぜか長安の門が全て閉じられたからであった。敵が攻めてきたなどと言った理由があればまだ分からなくもないが、現状において長安周辺は安定している。しかも長安の近くには、董旻が率いる軍勢が駐屯している。だからこそ、門を閉めるという行動に出た理由が分からないのだ。兎にも角にも董旻は、長安の門が閉じられた理由を知るべく董卓に連絡を取ると考える。ゆえに彼は開門を願ったのだが、その願いはにべもなく断られてしまった。派遣した者より顛末を聞いた董旻は、ここで嫌な予感に囚われる。もしかしたら、長安の中で問題でも起きたのではないかと言うそんな予感であった。ここはもう穏便な手など取っている場合ではないと考えた董旻は、兵を動かし力ずくでも長安へ突入しようと考えた。しかして正にその時、予想外の情報が董旻の元へ齎されたのである。その齎された情報であるが、何と軍勢が迫っているというものである。しかも旗印は、馬と韓であるという。そのことを聞いた董旻は、近づく軍勢の正体を見破っていた。


「まさか、馬騰と韓遂とは。もしかしたら長安の門を閉じたのは、これが理由なのであろうか」


 全く持って、大いなる誤解であった。

 宮中で兵を挙げた朱儁たちが門を閉じさせた理由であるが、それは言うまでもなく長安郊外に駐屯している董卓の兵を長安へ侵入させない為であった。こうして朱儁たちは、長安に滞在している董卓たちと軍勢を分断し、その隙に董卓へ与する者たちを捕縛、もしくは討伐したのだ。特に李儒、董卓の懐刀であるこの男を逃すわけにはいかない。何としても身柄を確保するなり、もしくは害する必要がある人物だと言えた。そこで朱儁は、自分の次男である朱晧に兵を持たせて派遣したのだ。





 表向きは大司農として、実質は董卓の権力をより高める為に職務へ励んでいた李儒であったが、ふとした時に何か騒がしいと感じた。曲がりなりにも、皇帝がいる宮殿である。その宮殿で騒がしさを感じるなど、普通はそうあり得ないこと。しかしながら、そうはあり得ない筈の騒がしさが起きている。訝しげに眉を寄せた李儒は、様子を見る為に人を派遣する。しかしながら、その派遣した人物が李儒へ報告することはなかった。それというのも、殺されてしまったからである。不幸なことに彼は、部屋を出て間もなくしたところで、李儒らを拘束もしくは討つつもりのである朱晧が率いる兵と鉢合わせてしまったからだ。ここで声を挙げられては面倒なこととなると判断した朱晧によって、討たれてしまう。そのまま討った者を討ち捨て、ついには李儒の部屋へと辿り着く。大きく息を吸ったあと、朱晧は一気に中へと躍り込んだ。


「上意である! 李儒!! おとなしく縛につけ!」


 兵を伴っていきなり押し込んできたかと思えば、思いもよらない言葉である。流石の李儒も状況が掴めず、思わず呆気に取られてしまう。無論、それはこの場にいる複数の者も同じであった。しかしながらそのような状況など全く頓着せず、朱晧は指示を出してこの場にいる者を捕らえようとする。一人捕らえられたところでその者が声を上げたことで、李儒たちは漸く意識を取り戻した。とは言うものの、朱晧の率いた兵は既に動き出している。数も相手の方が圧倒的多く状況は極めて悪い。そうと判断した彼らは、抵抗する素振りは見せないでいた。諦めたとも言うが。しかし、李儒だけは別であった。彼は机の上にあった竹簡を朱晧目掛けて投げつけると、その隙に踵を返す。つまり、そのまま逃走を図ったのだ。相手が油断でもしていれば、成功したかもしれない。しかし残念ながら、朱晧を含めて踏み込んだ者たちは誰も油断などしていなかった。これは李儒が、董卓の懐刀として警戒されていたからに他ならない。皮肉にも彼の持つ名声が、朱晧たちから油断や侮りなどを奪い去っていたのだ。ともあれこの場からの脱出を図った李儒であったが、残念ながら目論見は成功しなかった。誰かまでは分からないが、李儒目掛けて咄嗟に寸鉄を投げつけたからだ。背中へまともに食らった李儒は、ちょうど窓から庭へ出ようとしていたところである。態勢が悪いところに予想外の攻撃を受けて体を硬直させた李儒は、そのまま窓の外へと落ちてしまった。すぐに兵の一部が外へ回り込んだのだが、彼らがそこで見たのは異様な角度に首が曲がった李儒である。どうも体勢を崩されたことで頭から落ち、強かに地面へ打ち付けたようである。その証拠なのであろうか、頭から血も流れていた。

 大した高さもない窓から落ちたにもかかわらず起きたまさかの事態に、李儒を追った兵も気勢を削がれてしまう。その様な中において体を痙攣させていた李儒であったが、その痙攣も収まっていく。同時に彼からは生気が消え、間もなく没したのであった。

 限りなく事故に近いが、それでも李儒を捕らえたというか討ったと言おうか迷うところであるが、いつまでも呆けている場合ではない。他にも行わなければならないことは、それこそ幾らでもある。朱晧は釈然としないままそれでもどうにか気を取り直すと、死亡した李儒の首を討つと布に包んで持って行ったのである。そのまま父親たちがいる場所へ戻り、李儒の首を届ける。それから一連の顛末を話すと、劉協を含めてその場にいた者たちは微妙な表情を浮かべたのであった。


「と、ともあれ。文淵、よくやった」

「はい、父上」

「だが、まだ浮かれるわけにはいかぬ。既に文明には董卓の屋敷を押さえる命を出している。そなたは、このまま朝廷を押さえることに邁進しろ」

「承知」


 すぐに立ち上がると朱晧は、朱儁からの指示通り動き出したのであった。その一方で董卓の屋敷へ向かった文明こと兄の朱符であるが、首尾よく屋敷内へ侵入することに成功していた。侵入方法であるが、一人の兵に命じて董卓からの使いに仕立て上げたのである。長安において下手をすれば皇帝の劉協すら凌駕する権力を持つとされている董卓であり、その董卓の使いを名乗る者が実はすでに董卓を討っている劉協側の者だとは夢にも思っていない家人はその言を信じて門を開いてしまう。しかしてその直後、朱符率いる兵が一気に屋敷内へと乱入した。多数の完全武装した兵に踏み込まれては、幾ら何でも守りきることなどできはしない。鎧袖一触とばかりに蹴散らされてしまった。

 短時間で敵を排除した朱符が目にしたのは、昼間であるにも関わらず宴を開いている董一族である。当然ながら、大半の者は千鳥足であった。この様な相手を捕えるのに、手こずる筈もない。酒が入っていることもあって状況を把握しきれていない董一族を、朱符の命を受けた兵が次々に捕縛していったのであった。その後、朱符は捕らえた董一族を父親の朱儁の元へ連行した。ここに首尾よく董卓を捕らえ朝廷を押さえた劉協たちは、ついには長安自体をも押さえてみせたのである。そして彼らは、前述の通り長安の門を全て閉じて籠城態勢に入ったというのが、長安の門が閉められまでの顛末であった。





 董旻は馬騰と韓遂の軍勢に対応するべく、兵を差し向けた。報告によれば、規模としては三千に届くかと思われる。すると董旻は、ほぼ同数となる三千の兵を派遣したのだ。また彼は、再度使者を長安へ向けて使者を派遣している。その理由は、門で起きた前述のやり取りが、実は馬騰と韓遂の軍勢が近づいてきていたからという可能性もまだ残っていたからだ。しかし、派遣した使者が幾ら開門を願おうとも、変わらず門が開く様子はない。それどころか、返答すらもないのだ。ことここに至って董旻は、長安にて何らかの事態が起きたことを確信したのである。


「とは言うものの、まずは目の前の事態に対処するしかない」


 門が開かない以上は、どうすることもできない。一まず長安のことはおいておくことにした董旻は、さらに千の兵を増援として前線に送った。その一方で彼は、残りの二千のうち千の兵を遊軍とする。この軍勢は、どうにも起きていることが読めない長安に対処することを目的としている。そして最後の千の兵であるが、こちらは本陣を守る兵としたのだ。

 また、董旻は、先ほど送った使者とは別に、密偵を改めて長安へ派遣する。やはり長安内部の事情や事態を把握することができなければ、適切な動きを取ることができない為だ。董旻から命を受けた彼らは、開く様子も気配もない門からの侵入など早々そうそうに見切りをつけると、城壁を越えて長安内部への侵入を試みたのであった。

 正式な使者の交渉により門が開かれるのか、それとも密偵による侵入が先となるのか。結果だけ言うのであれば、先に目的を果たしたのは密偵である。城壁の上で見回る兵の死角を突いて長安への侵入を果たした密偵は、まず董卓の屋敷へと向かう。劉協を除けば最高権力者の董卓であり、しかも主君筋である。彼の元へ密偵が向かうのも、当然ではあった。しかし侵入に成功した密偵が目の当たりにしたのは、屋敷の門が完全に閉められているという現実であった。しかもただ閉められているのではなく、人の出入りができないように封鎖されている。さらに言えば、幾許かの兵が屋敷の周りを固めているのだ。これだけの状況が発生しているとなれば、考えられることは二つある。董卓がとてつもない問題を起こしたか、それとも劉協側による画策である。しかし前者は、現状では考えにくい。となれば残るのは、後者であった。


「屋敷へ人を送り、事情をはっきりさせたいが……厳しいか」


 ここで下手に動こうものなら、屋敷内部にいるかも知れない董一族へどのような事態が降り注ぐか分かったものではない。それゆえに彼らは屋敷の状況を監視する為の人員を最低限残すと、一旦董旻の元へ戻ることにした。そこで目の当たりにした状況を、報告したのである。彼は密偵より報告を聞いて、眉を顰めたのは言うまでもない。正直に言うと、何が起きているのか把握しきれないのだ。だが、一つだけ分かったことがある。それは、長安内で起きた何らかの事態に董卓が関わっていることであった。そうでないならば、わざわざ董卓の屋敷へ兵を送り込む筈がないからである。


「李儒の懸念が当たった、というわけであるな」


 董卓及び自身も含めた董一族が、朝廷内にて快く思われていないことぐらい分かっている。だからこそ、李儒が奮闘していたのだ。しかし掛かる事態から鑑みるに、行動を起こした人物がいることは間違いない。しかもその行動は、図に当たったと判断できる。そうなれば、おのずと何が起きたのかを想像することは容易かった。


「兄上……討たれたか……もしくは捕らえられたか、だな」


 この考えが当たっているとなると、まるで狙ったかの様な時期に現れた馬騰と韓遂の軍勢すらも怪しくなる。偶然と捉えるより、行動を起こしたと思われる何者の勢力と手を結んでいると考えた方が納得できるというものであった。


「となれば、ここは郿城へと向かうほうが正解か」


 大半の董一族を連れていたとはいえ、すべての董一族が長安へと向かったわけではない。一部は城に残っており、その中には女子供もいるのだ。彼らを落ち延びさせる時間を稼ぐ為にも、郿城へ向かう方がいい。何と言ってもあの城は、董卓が現時点における自身の全てをつぎ込んで設計、建築した城である。その堅牢さは、当代一であると自負してはばからない代物であった。


「よし! 馬騰と韓遂へ全軍で突撃して突破する。向かうは郿城で……」

「ご注進!!」


 董旻が全軍に対して命令を出している正にその時、遮るように兵が飛び込んでくる。自身の命を邪魔されたことに不快感を覚えた董旻であったが、飛び込んできた兵の様子があまりにも慌てており、その様子を見て先ほど覚えた不快感など吹き飛んでしまった。


「叔穎様! 馬騰と韓遂の軍勢とは別に軍勢が現れました!」

「な、何だと!?」


 完全に予想外の報告を聞いた董旻は、大いに慌てふためいたのであった。

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「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。



ご一読いただき、ありがとうございました。

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