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第八話~広宗攻防戦 一~


第八話~広宗攻防戦 一~



 光和七年(百八十四年)



 幽州広陽郡にて跳梁跋扈していた黄巾賊をほぼ壊滅させたとはいえ、あくまで主力を撃滅させたに過ぎない。幽州内にはまだ黄巾賊は存在しており、漢に対して反逆していることに変わりはなかった。そこで鄒靖は、広陽郡の鎮定後も幽州を奔走していたのである。そしてそれは、劉逞も同様であった。別に彼は、広陽郡奪回の為だけに幽州へと派遣されたわけではない。無論、それも目的だが、同時に幽州の安定も必要なことであった。

 それゆえに劉逞は、ここでも別動隊として活動することとなる。幽州黄巾賊の主力を撃滅した以上、主力の鄒靖と援軍の劉逞が固まって行動するのは効率が悪い。そこで幽州の東部は鄒靖が担当し、西部は劉逞が担当し治安の安定と黄巾賊残党の撃退に勤しむことになったのであった。

 因みに、鄒靖が東側をと担当したのは、一応は援軍として幽州へきた劉逞に対する鄒靖の配慮でもある。幽州の西側にいる黄巾賊は、広陽郡陥落によって幽州から出て并州へ向かったか、または幽州の東側のいずれかに逃亡していたからだ。

 ここで南の冀州に逃げないのかと思われるかも知れないが、寧ろ冀州に逃げ込んだ方が黄巾賊にとって不味いことになるのだ。

 豫州へ向かった皇甫嵩や彼から軍権を引き継いだ董卓、そして劉逞の働きによって冀州では治安の回復が著しい。流石に張角がいる広宗が存在している鉅鹿郡の黄巾賊はまだまだあなどれないが、それ以外の冀州各郡では黄巾勢力を減退させているのだ。

 この分だと、自身が幽州にいるうちに広宗は董卓によって陥落するかも知れない。などと考えていた劉逞であったが、その考えも覆されることになる。その理由だが、それは広宗で起きた黄巾賊の逆撃であった。とはいうものの、別に董卓が油断していたというわけではない。張角が、乾坤一擲けんこんいってきとも言える攻撃を董卓に仕掛けたのだ。

 その戦で被った被害は、黄巾賊と董卓のどちらにも大きく与えることとなる。だが、広宗という拠点があった分だけ張角率いる黄巾賊の方が有利に働いたのだった。その為、董卓は広宗の包囲を緩めざるを得なくなってしまう。彼は広宗の近く、曲周に家臣の段煨と胡軫を置いて防衛させると、さらに後方の広平まで引いたのである。そこで、軍の再編に注力したのであった。


「まさか、東中郎将(董卓)が破れるとは」

「朝廷はどうするのでしょうな」

「子幹、そなたはどう思うか」

「本音を言えば、左中郎将(皇甫嵩)殿を呼び戻したいのでしょう。ですが……」

「流石に無理、か」

「はい」


 冀州から豫州へ移動した皇甫嵩は、その役目を順調に果たしていた。

 豫州へと入った彼は、波才に負けて長社に籠っていた朱儁を助ける為に策を講じる。その手段として皇甫嵩は波才を攻めたのだが、しかし苛烈には攻めなかった。それどころか、適当に戦っては引くということを繰り返していたのである。

 それこそ初めのうちは警戒した波才であったが、そのようなことが続けば敵を侮り始める。いや、波才が侮っていなかったとしても、周りが侮ってしまうのだ。その為、皇甫嵩に攻める気などなく、儀礼上攻めているだけだろうという空気が黄巾賊に流れ始めていた。

 しかしながら、それこそが皇甫嵩の狙いだったのである。彼は長社を攻めるに当たり、密かに朱儁へ密使を派遣していたのである。そこで仔細を知らせ、ある策を契機に迷うことなく打って出るようにとも指示している。そしてその策であるが、それは火計であった。



 幾度か続いた皇甫嵩の波才率いる黄巾賊への攻めであったが、その日の攻めは違っていた。いつもならばもう引いてもおかしくはない筈なのに、いまだ執拗に攻め続けているからである。さらに言えば攻め自体も苛烈であり、流石に波才もそして黄巾賊も危ぶみ始める。そこにきて、ついには皇甫嵩が仕掛けた最後の策である火計が発動した。

 いつもと違う攻めにいささか不安となっていたところにきての火計であり、黄巾賊の一部に動揺が生まれる。それでもまだ立て直しは可能な範囲であり、すぐに波才は味方の立て直しに掛かった。だがそれは、長社に籠る朱儁への警戒が疎かになってしまうことを意味する。そしてついに、まるでそこに生まれた隙を突くかのように朱儁が動いていた。


「今こそ、攻めに転じる時! 者ども、続け!!」

『おおー!』


 大将の朱儁が先頭に立って長社の城門より打って出ると、彼は敢然と黄巾賊へ攻勢を仕掛けたのである。兵数こそ劣ってはいないが、前後から攻められてはいささか分が悪い。しかも火は鎮火しておらず、軍も立て直しの最中さいちゅうである。そこに長社から朱儁が打って出たことが重なり、黄巾賊へ一気に動揺が広がってしまったのだ。ここに攻守は逆転し、黄巾賊は攻める側から攻められる側へと立場を変えてしまっていたのだった。

 この戦による勝敗の結果、朱儁の救出に漸く皇甫嵩は成功した。しかし、敗れた波才も決して愚鈍な将ではない。彼は攻勢を取られたことで四散しかけている黄巾兵を、驚いたことに今一度纏め上げたのである。そればかりか、再び黄巾賊を率いて皇甫嵩と朱儁の軍に対峙したのだ。しかも波才は、その後もほぼ五分の戦を両将相手に展開したのである。だがここで漢軍の援軍が現れたことで、ついには戦の趨勢が決してしまう。果たしてその援軍を率いていた人物というのが、曹操孟徳であった。

 騎都尉の地位にあった彼は、豫州へ皇甫嵩に続く追加の援軍として派遣されたのである。それは、皇甫嵩が波才率いる軍勢へ罠を仕掛けようと策を実行している頃であった。援軍を任された曹操は、豫州における情勢を知ると一気に行軍を早めたのである。その為、波才は曹操の行動を気付くことができずに奇襲を許してしまったのだ。

 しかしこれを持って、波才の怠慢だとは言えないだろう。何せ彼が対峙していたのは、皇甫嵩と朱儁という漢を代表するような将である。彼らと戦う以上、気など抜ける筈もない。その為、別方面に対する警戒が下がってしまっていたのだ。


「ええい! くそ!! 引け、引くのだ!」


 三方から攻められもはや立て為すなど不可能だと察した波才は、全軍に総退却を命じる。彼はそのまま陽翟にまで移動すると、そこに籠城したのであった。その一方で皇甫嵩と朱儁は、援軍の曹操と合わせて南方より派遣された孫堅文台を加えると軍の再編を行う。その再編を終えると、彼らは進軍して波才が籠る陽翟を取り囲んだのであった。

 これが豫州における現在の戦況であるが、流石にこの状況で皇甫嵩を動かすのは難しい。最低でも彼には、陽翟を奪還することが求められているというのもある。しかしそれ以上に、波才を捕らえるなり討ち取るなりすることが求められているのだ。


「では、このままか?」

「どうでしょう。勝ち負けは兵家の常ではありますが、洛陽を牛耳っているのは……」

「何といっても、あの玉なしどもだからな」


 皇帝に取り入り洛陽を、ひいては漢を牛耳っているのは張譲を筆頭とした十常侍である。宮廷の奥にあって、市井のことなど全く気にも掛けてもいない彼らである。そんな者たちが、軍のことなどよく知る筈もない。十常侍が、この負け戦をどう見るのかなど想像もつかないのだ。


「となれば、新たな将が派遣されるのか?」

「しかし、それほどの将がまだ役目もなく遊んでいるのかという問題がありますが」

「それは……そうかも知れない」


 劉逞にしてもそして盧植にしても、代わりに派遣される人物がすぐに思いつけないでいた。

 既に洛陽の守護として八人の都尉は配置されているので、彼らを動かすというわけにはいかない。それ以外で大軍を差配できる程の将となると、すぐに名を挙げることが難しいのである。ここで名を挙げられるような者であれば、既に何らかの役を拝命して派遣されているからだ。

 寧ろ朝廷からすれば、劉逞のような存在の方が予想外だったと言える。今まで常山王の息子であの盧植を師としたという以外、殆ど知られていなかったからだ。そのような男が、初陣から僅か半年でこのように立て続けの戦功を上げるなど予測しろという方が難しいのである。


「無難なところでは、優勢に推移した戦場より援軍として派遣された者を呼び戻して新たに派遣すると言ったところかと」

「誰が派遣されることになるのか、お手並み拝見といったところだな」


 劉逞の言葉を聞いた盧植は、ふとあることが思い至り眉を微かに寄せる。その仕草には劉闢も気付いたが、盧植が何も言わなかったので追求することはしなかったのであった。





 翌月に入っても、劉逞は幽州にいた。

 そんな彼のところには、劉備が率いている義勇軍も合流していたのである。これには理由があり、鄒靖が派遣したからであった。援軍に対する援軍というわけが分からない状況であるが、これは涿郡涿県出身の劉備を派遣することで、冀州出身の劉逞へ地の利を与えようという配慮という名の恩着せであった。

 劉逞の元に、盧植がいる。その時点で、実は意味がないからだ。それというのも、彼もまた劉備と同様に涿郡の出身であるからだ。そうは言っても表向きは配慮であり、無下にはできない。しかし劉逞にとって、そう悪い話でもないのも事実であった。何せ劉備は、同門の兄弟弟子となる。その意味では人柄が分かっているので、付き合い易いからだった。

 こうして色々いろいろなことがありつつも、担当している幽州西部の鎮定に勤しんでいた劉逞であったが、その彼の元へ朝廷からの使者がくる。そのことに、彼は眉を顰めていた。現状、鄒靖が担当している幽州東部も、そして劉逞がいる幽州西部も順調に推移しておりこれといった問題は起きていない。混乱に乗じた異民族の侵攻などもなく、順調に幽州の鎮定を進めているのだ。

 しかしてそのような中にある幽州へ、わざわざ朝廷より使者がきたのである。しかも使者は、正式なものであった。何とも言えないものを感じたが、正式な使者である以上は会わないという選択肢はない。彼らは使者を、即座に招き入れていた。


「騎都尉、劉常剛。冀州へ赴き、東中郎将より役職を引き継ぐことを命じる。なお劉常剛は、新たに千人督校尉とする」


 まさかの命と昇進に思わず声を張り上げそうになった劉逞だったが、寸でのところで口を噤み控える。内心の動揺は何とか抑えたまま拝命して、使者を無事に洛陽へ送り返していた。その後、盧植を呼び出して仔細を告げると、彼はさもありなんという表情をしていた。


「師よ。その表情は何です?」

「いいや。たいしたことではない。ただ、自分の言葉に気付いていなかったのだろうと思っただけだ」

「我が言ったこと?」

「うむ。東中郎将が負けたと聞いた際、そなたはこう言ったであろう? 援軍として派遣した者を戻して、新たに役職を与える。とな」

「確かに言いましたが……それが?」

「その条件だが、そなたにも合致するであろう。それであるにも関わらず、お手並み拝見などと他人ごとのように言っていたではないか」


 そうなのだ。

 実は、劉逞も自身が盧植へ言った条件に合致するのである。ただ違うところは、中央から派遣された者ではない点であった。普通であれば、その時点で候補から外れる可能性が高い。だから劉逞が、自然に自分を外していたのはあながち間違いではないと言える。しかし彼には、騎都尉拝命の際に常山王である父親と甘陵王である劉忠からの推薦があった。

 これは、二人の皇族が劉逞を後見としていると公に言ったに等しい。父親だけならばまだ別であったが、もう一人の皇族も推薦しているとなれば話は違ってくるのだ。しかも騎都尉へ推薦された劉逞は、黄巾賊を順調に打ち払っただけでない。黄巾賊によって荒れた甘陵国の立て直しにも、しっかりと寄与している。朝廷が劉逞を利用しようと考えるのも、十分であると言えた。


「なるほど。我ならば使い易いと判断したのか……舐められたものだ。ふざけるな!!」

「そう気を荒立てることなど、ないであろう。寧ろこの状況、利用してやればいい」


 黄巾賊による蜂起がなければ、劉逞は次代の常山王となっていただけかも知れない。しかしながら、そのことが確定しているかと言われれば確率こそ低いが必ずしもそうだとは言い切れない。特に十常侍が何をしでかすか分からないだけに、なおさらである。それに下手な事態に巻き込まれてしまうと、たとえそれが常山王家であってもその地位を剥奪されてしまうかも知れないことは否定できなかった。


「ええ、そうかも……知れないですな。ですから師、いや子幹。力を貸して貰うぞ」

「無論にございます」


 こののち、劉逞は鄒靖へ使者を出して、まずことの次第を伝える。その上で、自ら赴いて鄒靖と顔を合わせていた。幾ら朝廷から命が出たとあっても、勝手にはできないからである。こうして鄒靖と顔を合わせた劉逞は、改めて事情を話した上で冀州へ戻る為に兵を纏めたのであった。

 なお、鄒靖が派遣した劉備と彼が率いる義勇軍であるが、このまま劉逞の軍と共に冀州へ向かうことになる。既に幽州は鎮定がかなり進んでおり、現在鄒靖が抱えている軍勢や他の郡にいる兵だけでも足りるのだ。つまり鄒靖は、元からして義勇軍という幽州において想定外の軍勢である彼らを派遣することで、幽州からも礼の形で援軍を出しているという建前を成り立たせたのであった。

 一方で、劉逞としても利点はある。それは純粋に、兵が増えるからだ。しかも海の者も山の者とも分からない人物ではなく、劉備は一応でも兄弟弟子となる。急遽、張角討伐に抜擢された劉逞としても、気心が知れた人物が味方にいるのは有難かった。

 そして劉備としても、利点がある。何せ今のままでは、幽州が安定に向かっていることでこれ以上は劇的な戦功を重ねることが難しい。しかしここで冀州、即ち張角への攻めに参画できるとなれば、さらなる戦功が期待できるのだ。

こうして劉逞と鄒靖と劉備という三者の思惑が合致したことで、劉備の同行が決まったのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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[気になる点] 鄒靖が度々趨勢になっています。
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