第七十九話~反董卓連合 二十三~
既に半月経っていますが、明けましておめでとうございます。
第七十九話~反董卓連合 二十三~
初平元年(百九十年)
畢圭苑の本陣では、董卓が行方知れずとなっていたこともあって、混乱が起きていた。それでなくても、洛陽で起きている火災によって混乱が生じていたのである。そこにきて判明した、総大将である董卓の行方不明。これにより混乱は、より拍車を掛けたといってよかった。
「し、将軍。いかがなさいますか?」
鄒靖が皇甫嵩へ問い掛けたが、これにもちゃんとした理由がある。実は皇甫嵩だが、畢圭苑に展開している軍勢において、董卓に次ぐ地位を持っているのである。そして現状、軍の最上位に当たる董卓の行方が分からない以上、次席である皇甫嵩に尋ねるのは寧ろ当然であった。そして問われた皇甫嵩はと言えば、董卓不在というこの事態に対していかに行動するべきかを模索していたのである。何せこの状況は、ある意味で都合がいいからだった。董卓の行方が分からない以上、畢圭苑に展開している漢の軍勢に対して自身が最上位の命令権を有していることになる。本来であれば、劉逞の行動に合わせる形で董卓に対して反旗を翻す腹積もりであった。しかし今となっては、そのようなことを行う必要はない。その上、洛陽において火災の発生しており、それもかなりの規模であると予想される。この事態に際し、洛陽を救援すると言う大義名分があれば、どのような命であっても押し通すことができると思われるからであった。
「破虜校尉! そなたは我の代わりとして、常剛様の元へ向かえ!!」
「え? それは、どうしてでございますか?」
「知れたこと、常剛様とは一度矛を収める」
「……はぁ!?」
このように鄒靖が驚くのも、当然である。何せ劉逞と皇甫嵩の会談について、知る者が殆どいないのだ。それだけに、対峙している軍勢に対して矛を収めるなど普通であればあり得ない話であろう。それに鄒靖としても、劉逞とはあまり戦いたくないという思いがある。黄巾党の乱の際、援軍要請を出した時に派遣された顔見知りであるし、それゆえに戦が上手かったことも肌で感じているからだ。
「よいか! 洛陽において、火という大きな災いが荒れ狂っておる。この事態に対処する為には、争っている場合ではないことぐらい貴殿にもわかるであろう」
「それは分かります。ですが……」
「全ての責任ならば、我が取る!」
「わ、分かりました」
まだ納得いかないところは多々あるものの、董卓が行方知れずとなっている現状では最高位となる皇甫嵩が全責任を取るとまで言ったのだ。漢の臣である鄒靖に、これ以上の否という気持ちは存在しなかった。
そう。
趨勢もまた、皇甫嵩や現在では虜囚の身となっている徐栄と同様に、漢の臣であると自負していたのである。実際、董卓が相国の地位にあるから不満を内に潜めて命に従っているのだ。もっとも、それゆえに鄒靖は、董卓の影武者が消える際に見捨てられたのであるが。
ともあれ、皇甫嵩の命により鄒靖が劉逞の元へ出向くことになったわけだが、ここで問題が一つある。それは、どのようにして劉逞との接触を首尾よく果たすかという点であった。これが、ただ軍勢の対峙した状態であれば軍使などという形をとることができるのでまだよかったのだが、現状ではそのような事態とまではまだ至っていない。その一方で、洛陽の炎上という未曽有の事態が発生している。幾ら昔の顔見知りだとは言え、ここで下手に動こうものならば、そのことを起因として争いが起きかねないのだ。実際、劉逞もその点を気にしていたので、自らの代理として家臣を送り出して諸侯及び彼ら指揮する将兵が暴走する可能性を消して回っていたというわけである。
それはそれとして、劉逞と皇甫嵩は秘密の会談をした相手なのだ。それならば、その時の伝手を使えばいい。そう思えるかも知れないが、ことはそう簡単には運べなかった。そもそもからして劉逞と皇甫嵩の会談だが、皇甫嵩が涼州から司隷に移動してきた当初より劉逞側から持ち込まれていた話である。しかも皇甫嵩は当初、その会談自体を歓迎していなかった。それゆえに、皇甫嵩側からの緊急時でも使用できるような伝手がなかったのである。しかしながらその懸念だが、すぐに解決したのであった。
「なれば、我が案内仕りましょう」
「誰だ!」
突如聞こえた声に鄒靖は、警戒して鋭く誰何する。それは、この場にいる兵や皇甫嵩に同行していた公孫瓚と射援も同じである。彼らもまた、周囲を警戒して武器を構えていた。しかしながらこの場にいる者でただ一人だけ、警戒していない人物がいる。誰であろうそれは、皇甫嵩に他ならなかった。
「その声は、常剛様のところにいる趙燕か」
「は。その通りにございます、義真様」
その直後、皇甫嵩のすぐ近くに趙燕と他数名が現れる。いきなりのことであり、一瞬だが誰も動きが取れなかった。しかし、皇甫嵩の呼び掛けを聞いて、硬直が解けた者が数名いる。それが鄒精であり、公孫瓚である。何せ鄒靖も公孫瓚も、趙燕のことを一応ではあっても知っていたからだ。
「して、そなたが常剛様の元へ案内するというのか」
「はい。そもそも、常剛様の命により、我が義真様の元へ派遣されたのです」
その言葉を聞いた皇甫嵩は、劉逞の意図を察した。趙燕の派遣は、洛陽が燃えているという想定外の事態に対する行動であることに。そしてその動きは、皇甫嵩としても願ったり叶ったりでもあった。皇甫嵩も、つい先ほど劉逞との連携を取ろうと考えたところなのである。そこに趙燕が現れたわけであり、しかも彼ならば安心して任せられる。少なくとも、彼が劉逞を裏切るとは思えないからだ。
「なれば、頼む」
「お任せください」
こうして鄒靖は、趙燕に案内されて久方ぶりに劉逞と顔を合わせることになったのである。そして本陣に残った皇甫嵩はというと、董卓の行方を捜す命を改めて出すと共に一まずは行方不明の董卓に成り代わって軍勢を纏め上げることに注力したのであった。
趙燕と共に劉逞の本陣へ到着した鄒靖は、そこで劉逞と面会を果たした。そこで彼は、皇甫嵩からの書状を懐より取り出す。趙燕を経由して書状を受け取った劉逞は、即座に開き中を確認した。しかし劉逞は、その文言に違和感を覚える。そもそもからして、皇甫嵩は敵方の軍を纏める総大将ではない。あくまで総大将は董卓であり、皇甫嵩は副将の扱いになる。確かにある程度は軍の動向を決める際に影響を与えることはできるが、最終的な判断は大将の董卓がするからだ。しかしながら書簡の文面を見るに、皇甫嵩に決定権があるように思えてしまう。すると劉逞が文面から推察したのは、既に皇甫嵩が董卓を捕らえたかも知れないということであった。
「破虜校尉殿、一つ尋ねたい。我らと対峙する軍勢だが、よもや義真殿が掌握しているのか?」
「…………そうですな。分かりました、お伝えしましょう」
正直に言って鄒靖からすれば、あまり董卓の行方が知れないことを劉逞側へ漏らしたくはない。いずれは分かる事柄ではあるものの、だからと言って声高に話したいとも思えないのだ。しかしながら、董卓が行方知れずの旨については、劉逞へ話してもいいという許可を皇甫嵩から得ている。何よりその点を説明しないと、自身たちの軍勢が抱えている現状を的確に説明できないのもまた事実である。それゆえに鄒靖は、何度か逡巡してしまう。結局、彼は長く躊躇ったあとで董卓の行方が不明な点も併せて伝えたのであった。
「それは、真の話か!?」
「はい、常剛様」
「董卓が行方知れずとは……まぁ、董卓の首が挙がらないのは不満が残る。だが、我らとしても休戦に否はない。ましてや、洛陽があの状態ではな」
劉逞は天幕越しに、視線を洛陽に向ける。既に夜の帳も降りていることもあって、より一層に西の空が赤く見えていた。その視線を追うように、皇甫嵩からの使者である鄒靖だけではなく、この場にいる劉逞以外の者たちもまた、視線を西の空へと向ける。誰の目にも、空を焦がすかのような炎に照らされた夜空が映し出されていたのであった。
「感謝します、常剛様」
「とは言ったものの、事態は一刻を争う。ここは、我も出向こうではないか」
『……え?』
劉逞の言葉に、使者を務めている鄒靖だけでな。劉逞の家臣である趙雲や夏侯蘭、盧植なども同様に驚きの声を上げていた。普通ならば、使者が帰り改めて書状を交わしたあとで漸く会談となるところを、劉逞はその過程の殆どをすっ飛ばそうというのである。完全に型破りな行動であり、驚くなという方が土台無理な話であった。しかして劉逞は、何も考えなしにこのようなことを言い出したのではない。無論、彼なりの考えがあって言い出したのだ。果たしてその考えとは、少しでも時を短縮するべきだという思いである。現在進行形で、漢の首都である洛陽が炎に包まれようとしている。だからこそ一刻でも早く動き、民衆の避難や鎮火に力を入れたい。その為にも、素早く動く必要があったのだ。
「趙燕、そなたはすぐに義真殿の元に向かい、我の言葉を伝えよ」
「はっ」
「では、参ろうか。破虜校尉殿」
「は、はぁ……はあ!?」
鄒靖はさらなる驚き声を上げたが、劉逞は全く頓着せずに準備を開始したのであった。
皇甫嵩は軍の掌握に躍起となっており、その働きもあって殆ど全軍を支配下に収めていた。そんな彼の元に、劉逞からの命を受けた趙燕が現れる。直前まで存在を感じさせない見事な隠形であり、さしもの皇甫嵩も驚きを隠せていなかった。すると彼は、場を取り繕うように二度、三度と咳払いをする。それから皇甫嵩は、できるだけゆったりと趙燕の方へ体ごと向けたのであった。
「何用だ?」
「常剛様からの伝達にございます」
趙燕より話を聞いた皇甫嵩は、大胆とも無謀とも取れる劉逞の動きに呆れるとも驚きともつかない表情を浮かべていた。しかし、大軍勢の総大将であると同時に一軍……というか一勢力の総大将である劉逞がそこまでの動きをするのだ。いまだ見付からない董卓に変わって軍勢を纏める皇甫嵩としては、ここで相手に臆したと他者から見られてしまうかのような動きは見せられない。しかも皇甫嵩には、長年に渡って漢の重臣としての働きをしたという自負もある。ことさらに、臆したと他者ら思われるわけにはいかなかった。その皇甫嵩が、劉逞の動きから判断した自らの動き。それは、自身も動くということであった。これは劉逞にも言えことでもあるのだが、そもそも両者は秘密とはいえ会談を行ったばかりである。しかもその席で皇甫嵩は劉逞の、引いては弘農王である劉弁の側に付くと伝えているのだ。そんな劉逞と皇甫嵩であり、この時点で相手を疑うことも裏切る気もない。だからこそ両者は、ここまで大胆に動けるというわけであった。
ともあれ、皇甫嵩は、自身が劉逞と会う為に陣より離れたあとを託す者として、越騎校尉である伍孚を代理として任命する。その後、手早く準備をすると、劉逞と同様に少数を供として再度の会合を果たすべく向かったのである。その後、劉逞と皇甫嵩は一まずはお互いの矛を収めるべく休戦の約定を結ぶ。しかしながら、お互いの軍勢から不満のようなものは感じられている。しかしそれでも、両陣営より反対の声が出なかった理由は、やはり洛陽が炎上しているという事実に他ならなかった。
何はともあれ、こうして一まずの休戦を結んだ両軍勢を纏める劉逞と皇甫嵩の二人は、洛陽に降り掛かっている炎上という名の災いを少しでも小さくするべく行動を開始したのであった。
別連載
「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」
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