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第七十六話~反董卓連合 二十~


第七十六話~反董卓連合 二十~



 初平元年(百九十年)



 虎牢関を首尾よく落としてから数日後、劉逞は軍勢共に虎牢関へと入っていた。この数日のうちに、虎牢関内部の捜索については終わっている。そのお陰で、どこかに隠れて劉逞らを狙うような不逞の輩の存在も、物理的な罠を使い亡き者にしようとするような画策がないことも把握されていた。もっとも、落城に関したあの状況で徐栄は無論のこと、後始末を押し付けてさっさと虎牢関より脱出を果たした李蒙にも刺客や罠を用意しているような時間はなかったので、はっきり言えば懸念自体が取り越し苦労でしかない。しかし劉逞たちには、敵が降伏した状況など分かるわけもないので当然の警戒であった。こうして、問題がないことを確認した劉逞が率いる諸侯の軍勢は、虎牢関内へ入ると駐屯したのである。そしてその夜は、将兵問わず深い眠りにつくこととなった。やはり戦は終わっているとはいえ、関の内部と外とでは安心感が違う。今年の初めから始まった長い戦で将兵共に慣れてきているとはいえ、やはり城壁などがあるとないとでは安心感も疲労などの回復度も全然違ってくるからだ。勿論、全員が全員深い眠りについたというわけではない。虎牢関の陥落を知った董卓側の反抗を警戒するだけに十分な兵は用意し、彼らに警戒をさせているからだ。実はこのことも、運よく今夜の担当にならなかった将兵の眠りを助長していたのは予想外でもあったと言えた。

 その後も虎牢関に留まり将兵の疲れも抜けた頃、董卓が駐屯している畢圭苑へ向けて軍勢を進軍させる為の軍議を翌日に行うことにしていた劉逞の元へ二つの知らせが舞い込んできた。その知らせというのは、豫州より侵攻した孔伷率いる軍勢と荊州南陽より侵攻した袁術率いる軍勢の様子についてである。その報告を見た劉逞だが、頬が引きつってしまう。そればかりか浮かべている表情も、若干の怒りと大きな落胆がないまぜとなったようなものへと変化していたのだ。


「常剛様、いかがなされましたか」

「義公……これを見ろ。そして、皆に回せ」


 劉逞の様子を不審に感じた韓当が、声を掛ける。すると表情は幾らか緩んだが、総じてみれば変わってはない。その様な劉逞が、韓当へ報告を渡したのだ。報告を受け取った韓当は報告を読み進めていくうちに、苦虫を噛み潰したかのような表情になる。その後、報告を次の者へと渡したが、受取報告を読んだ劉逞の家臣が揃って程度の差こそあれ似たような表情を浮かべていた。


「こ、公緒殿が討ち死に……」


 報告を読んだ者の一人である蔡邕が思わず漏らした公緒とは、豫州刺史の地位にある孔伷のことである。彼は劉逞の命により行われた一大攻勢に従い、豫州潁川郡から進軍して轘轅関へと攻め寄せていたのだ。しかし轘轅関を守っていた李傕と郭汜は協力して防衛に当たり、孔伷も簡単には轘轅関を抜けずにいたのだ。しかしそれも、時間の問題と思われていたのである。その理由は、兵力の差にあった。それだけに、そう遠くないうちに轘轅関は落ちると予測されていたのだ。しかしその油断が、孔伷に対する不幸を呼び寄せてしまう。残念なことに油断という僅かな隙を突かれてしまい、孔伷のいた本陣が李傕率いる軍勢によって襲撃を受けてしまったのだ。これによって、孔伷が討たれてしまったのである。本陣が落とされ軍勢の大将も討たれたとあってはこのまま軍勢が崩壊するかに思われたのだが、ある人物の活躍によって崩壊は免れたのであった。


「不幸中の幸いは、陳愍王殿の働きが大きかったことであろう」

『確かに』


 劉逞の言葉に、家臣たちは揃って同意していた。

 陳愍王とは、陳王の劉寵のことである。そもそも劉寵だが、彼は皇族としては珍しく劉逞と同様に戦に明るい人物であった。特に弩に関してはほぼ必中と言って申し分ないぐらいの腕を持っており、嘗て黄巾の乱が起きた際にはその腕をもって陳国を守り通したぐらいである。その様な劉寵の働きもあり、孔伷を討たれたあと討たれたあとであるにも関わらず豫州からの侵攻軍は撤退に成功している。その後、討たれた孔伷に変わって軍勢を率いることになった劉寵を中心に軍の再編を行うと、轘轅関の攻めを再開させたのであった。大将を討ったこと戦の趨勢は決まったと思っていただけに、李傕もそして郭汜も驚きを隠せないでいた。


「……拙いな……」

「うむ。それに、同じ手はもはや通用しまい」


 孔伷を討った手並みだが、実のところ乾坤一擲けんこんいってきと言っていいものである。同じことを二度やってみろと言われても、襲撃を成功させた李傕であっても首を縦に振ることは難しい。それぐらい、難しい策であったのだ。こうなってしまえば、事実上防衛を続けることは無理に等しい。城を枕に討ち死にするぐらいの覚悟があればまだ別かも知れないが、流石にそこまでの覚悟はない。ましてや、孔伷を討った実績がある。ゆえにここで後退したとしても、董卓から懲罰を受けるとは思われなかったことも覚悟を躊躇させている理由であった。


「ここは一度敵に痛撃を与え、しかる後に畢圭苑へと引こう」

「ふむ……そうだな。我らは既に、孔伷を討ったのだからな」

「そこで、文和。策はないか?」


 郭汜が問い掛けたのは、彼らに付けられた軍師の賈詡である。先の孔伷を討つ為の策も、実は彼の提案であった。ゆえに郭汜と李傕は、賈詡へ問い掛けたというわけである。すると彼は、考えたのちにある策を提案する。二人は賈詡からの提案を暫く考えたが、最終的には飲んだのであった。そもそも賈詡は、若い頃よりその知謀を持って評価されている。涼州出身ということもあり、中央での評価は全くないと言っていい。しかしながら彼の知謀は、決してひけを取るものではなかった。

 ともあれ二人は、賈詡の策に従い畢圭苑へ引く為の手立てを行う。その策というのが、孔伷に変わり大将と言える地位となった劉寵の士気が高いことを逆に利用したものであった。つまり賈詡は、豫州からの侵攻軍を轘轅関へ引きつけることにしたのである。しかも、それだけではない。押し寄せる軍勢の圧力に負けて、轘轅関の門が開かれるという演出までして見せたのだ。無論、その様な事態となれば豫州からの侵攻軍は門へと集中することになる。敵の動きが思惑通りとなった頃を見計らうと、賈詡の策が発動した。何と敵の軍勢が押し寄せた表門を、一気に崩したのである。これにより決して少なくはない被害が豫州侵攻軍に発生したばかりか、門自体が瓦礫により埋まってしまい、通行ができなくなってしまったのだ。これでは、轘轅関攻めるどころの騒ぎではない。瓦礫をある程度除去しなければ、進むこともおぼつかないからである。善後策の為にも劉寵は一度、後方へ下がる決断をした。しかしこれこそが、賈詡の狙いだったのである。敵を引き付けた上で、手厳しい損害を与えることで城攻めの継続を躊躇させる。そこに生まれる時間を利用して、畢圭苑への撤収を速やかに行うというものであった。そして目的通り、賈詡の策は図に当たる。これにより生じた時間を使い、李傕と郭汜は速やかな撤収へと移ったのであった。

 そしてもう一つの報告と言うのは、袁術が攻めた大谷関についてである。南陽から侵攻した軍勢であるが、大谷関攻めに手間取っていた。袁術は荊州北部を押さえた劉表からの援軍を加え、意気揚々いきようようと大谷関へ向けて進軍したのであるが、その際に奇襲を受けてしまう。何と大谷関まで間もなくという地まで進軍した際、伏兵として待ち構えていた胡軫によって襲撃を受けたのだった。果たして胡軫だが、董卓配下でもかなり武に長けた人物である。短気でありそしていささか傲慢であるという欠点を併せ持っているが、その点を考慮したとしてもその武は中々に侮れないものを持ち合わせていた。


「相国様の恩を仇で返す様な袁術など、物数ではないわ!」

『おおー!!』


 兵数で言えば袁術が率いている軍勢の方が多かったが、奇襲であったことに加えて胡軫が率いている兵が精強であったことも袁術側には不利に働いてしまう。しかも胡軫は、兵を集中して運用することで局地的にではあるものの、兵数の上で自軍の有利という状況を作り出すことにも成功していた。その上で、袁術の軍勢を攻撃したのである。しかもさらに袁術側には不幸なことに、胡軫によって襲撃を受けた個所というのが、ちょうど袁術率いる本隊と劉表からの援軍の境であったことだった。それというのも彼らは、合流して間もない為にお互いに連携があまり上手く取れていなかった。その場所を切り裂くように突き進んでくる胡軫の軍勢から、彼らはいいようにかき回されてしまう。これにより混乱をきたした袁術の軍勢は、有効な反撃に移れなくなったのだ。その様な隙を、胡軫が見逃す筈もない。彼はまるで錐を突き刺す様に深く敵勢を貫く。その過程で楊弘という一人の将を打ったばかりか、胡軫は何と袁術のすぐ近くまでの突撃を成功させたのだ。これならば袁術の首を取れると確信しかけた胡軫であったが、流石にそこまでは甘くはなかった。


「そこまでにして貰うぞ!」


 袁術まであと少しというところまで進撃した胡軫であったが、ついにはさえぎられてしまう。彼を止めたのは、袁術配下の陳蘭であった。彼は愛用の柄を振りかざし胡軫へ襲い掛かったのである。この襲撃には流石に驚きはしたものの、しかし胡軫は陳蘭の一撃を受け止めていた。それは中々に重い一撃であったが、これぐらいならば負けぬと胡軫は確信する。そして事実、その通りとなってしまう。初めのうちはほぼ五分と言ってもよかったが、幾度となく獲物を打ち合わせていくうちに陳蘭の方が押し込まれていったからだ。それでもまだ、どうにか凌げてはいる。しかしこのままでは、そう遠くないうちに討たれかねない。胡軫と刃を交えている陳蘭は、その様な考えが頭をよぎってしまっていた。しかしながら、そうはならなかったのである。それは陳蘭の窮地を見て、思わず助太刀をある男がしたからである。果たしてその人物だが、袁術配下の雷薄であった。雷薄と陳蘭は、同郷の出身ということもあり、友といっても差し支えがない関係を持っている。つまり雷薄は、同僚であり何より友である陳蘭の窮地に思わず加勢したのであった。陳蘭一人ならば押し切れたであろう胡軫であったが、陳蘭だけでなく雷薄まで相手するとなると旗色が悪い。下手をすれば、自身が討たれかねない。それゆえに胡軫は、引くことを判断した。既に将を一人討ち果たしている上、袁術の心胆を寒からしめたと言っていいだけの戦果を得ている。これ以上、無理をして戦場に留まり続ければ、討たれてしまう可能性がある。その様なことなど、彼の本意ではないのだ。こうして引くことを決断した胡軫は、懐より小型の剣を取り出すと陳蘭の顔面目掛けて投げつける。いきなりであることと胡軫から押し込まれていたことによる疲れから、僅かながら反応が遅れてしまう。どうにか真面まともに食らうことだけは避けたものの、顔に切り傷を作ってしまう。しかも陳蘭が驚いたことによって、彼が跨っていた馬も驚いてしまったのだ。馬は棹立ちになると、背に乗せていた陳蘭を振り落してしまう。その時、咄嗟に雷薄が動くことで落馬した陳蘭を庇った。すると胡軫は、またしても懐より小型の剣を取り出すと今度は雷薄に向けて投げつけたのである。相手が違うとはいえ立て続けて投げてくるとは雷薄としても少々予想外ではあったが、それでも一度は見ている攻撃である。彼は手にした得物で、投げられた小さな剣を弾いていた。だが、これこそ胡軫が意図したことである。胡軫はすぐに馬首を返すと、撤退に入ったのであった。


「その首! その男に免じて、預けておこう!!」


 そうのたまいながら、胡軫は率いた兵と共に離脱を図った。雷薄は追撃を掛けようとしたが、友である陳蘭の様子が気に掛かった。何より胡軫が引いたことで、袁術の危険も遠ざかっている。そこで雷薄は追撃を諦めると、すぐに陳蘭へと駆け寄ったのである。その陳蘭であるが、胡軫から投げつけられた小型の剣による傷は深くはない。顔を掠めているが、それだけである。傷自体は痛々しいが、深いわけではないのだ。それよりも、馬から振り落とされた時に背中から落ちたことの方が大きい。思ったよりも強く体を打ったようであり、その証拠にまだ苦しげであった。


「大丈夫か」

「あ、ああ……ゴホッ! 何とか……な」

「無理はするな。取りあえず治療を行え、我は公路様に報告をしてくる」

「た、頼む」


 雷薄は陳蘭に治療を進めると、袁術の元に報告へ赴く。そこで仔細を報告すると、袁術は顔を不機嫌そうにしかめた。彼の頭の中では、雷薄と陳蘭の二人掛かりであったにも関わらず胡軫が無事に引いたこと。その事実こそが、不満だからだ。それでも一応は、雷薄と陳蘭を誉めている。しかしその態度を見れば、袁術が不満を持っているのはありありと分かった。そのことに雷薄も眉を顰めたが、流石に彼も表立って表すことはしない。心うちに不満を隠しつつ袁術の前から下がると、陳蘭の見舞いに赴いたのであった。



目の前より下がった雷薄を目で追った袁術だったが、彼が視界から消えると不満を表すように鼻を鳴らしていた。


「董卓の家臣一人ごときを討てぬとは」

「公路様、お静まりなされ」

「……ふん」


 袁術は、進言してきた橋蕤に対しても不満を表したが、それ以上言うことはなかった。ともあれ袁術は、胡軫によってかき回された軍勢を再編すると、再度の進軍を命じる。ついに大谷関へ到着すると、関への攻撃を始めた。しかし先の奇襲による味方の士気低下と、逆に奇襲に成功したことで士気が上昇している董卓勢。しかも、董卓勢が防衛拠点に籠っているという点も加味され、大谷関は頑強に袁術の進軍を阻んでいたのであった。



 決して明るいとは言えない状況に、劉逞もどうしたものかと眉をひそめてしまう。その時、程昱よりある提案がなされたのだ。


「常剛様。ここは、このまま進軍いたしましょう」


 その言葉を聞いた劉逞は、思わず目を丸くしてしまったのであった。

別連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も

併せてよろしくお願いします。


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ご一読いただき、ありがとうございました。

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