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第七十三話~反董卓連合 十七~


第七十三話~反董卓連合 十七~



 初平元年(百九十年)



 劉逞が率いる軍勢において、陣変えが行われた。それまで先鋒を務めていた袁紹の軍勢が後方へと下げられたのである。表向きの理由としては、思いのほか被害を受けた為であるとされてはいた。しかして実際には、劉逞から見限られたのである。確かに彼が率いていた軍勢は、それなりの数に昇ってはいる。だが、その数の利を生かしきれているように感じられない。歯に衣を着せない言い方をすれば、劉逞から役に立たないと判断されたのだ。

 しかしながら、それも致し方ないのかも知れない。冀州から軍勢を率いて河内郡に駐屯していた頃から袁紹、及び旗下の軍勢は目立った戦功を挙げていたわけではない。寧ろ被害こそ小さいが、負けの方が多いと言える。その上、先の四路同時攻勢の時分でも負け、さらには今回の負け戦である。劉逞が当てにはならないと断じたとしても、不思議ではなかった。

 無論、袁紹とて黙って従ったわけではない。今一度の機会をと、彼自身がわざわざ本陣まで赴き直接劉逞へ訴えている。だが、ここまで負け戦を積み重ねていたという事実があり、今回は受け入れなかった。ただ、この判断には袁紹の不甲斐なさにだけ原因があったわけではない。何せこの反董卓連合には、残された猶予が少ないという事実が大きかったのだ。兵の総数としては間違いなく敵を上回っているものの、前述した通り兵糧が乏しくなっているという事実が厳然として存在している。それでもまだ兵糧に余裕があれば、もしかしたら袁紹の訴えは通っていたかも知れない。しかしもはや、そこまでの時間を掛けるだけの余裕を生み出すことは厳しかったのだ。


「残念だが本初殿、その旨は受け入れられぬ」

「今一度、今一度だけ!」

「……くどい!! 袁本初!」


 一喝。

 その言葉が、しっくりくるだろう。その言葉に込められた圧力に、袁紹は狼狽えたばかりか怯んでしまう。また、袁紹だけではない。この場に居る他の者たちも、目を剥いていたのである。なお、この場にいるのは、劉備と曹操と孫堅。それから、郭典と張邈と鮑信であった。


「じ、常剛様……」

「もうよい。伝えた通り、陣変えを行う。それとも……はっきりと言わねばわからぬか?」

「ぐっ! ……しょ、承知致しました」


 袁紹も、今回の反董卓連合の軍勢において一応は劉逞に続く副将と言う身分にある。それだけに、軍勢の内情についてはそれなりにでも把握していた。ゆえに、劉逞の言ったことも理解はできてはいる。しかし理解ができているということと、受け入れることができるかということは別であった。だからこそこうして、袁紹は直訴していたのである。しかしながら劉逞より、はっきりと本当の理由を言った方がいいのかとまで言われてしまった。

 それでももし、この場に劉逞以外に人がいなければ袁紹もまだ食らいついたかもしれない。だがこの場には、袁紹にとって残念なことに劉備と曹操と孫堅、それから郭典と張邈と鮑信などと言った諸侯がいた。その彼らにも既に、自身が劉逞に対して気圧けおしたところまでも見られているのである。これ以上は、彼の誇りに賭けて貶められるかの様な言葉など許容できる筈もない。それゆえに袁紹は、表情に悔しさを滲ませながらも、引き下がるより他はなかったのであった。

 その後、この場より辞去して自身の陣に戻った袁紹は、怒りをあらわにする。とは言うものの、それで怒りの感情が治まるわけでもない。袁紹はその感情に従って、半ば本気で軍勢を引き上げようとまで考えていた。しかし、ここで兵を引こうものなら、董卓へ寝返ったのかと言われかねない。もしそうなれば、董卓を討つ前に味方から血祭りにあげかねられないと郭図や許攸より進言を受けてしまった。流石に味方から討たれたくはない袁紹は、兵を引くことについては思い留まっていた。ともあれこうして袁紹は、怒りを抱え不快感を隠さないまま兵を纏めると指示に従って軍勢を後方へと下げたのであった。



 袁紹が辞去した本陣では、何とも言えない空気が漂っていた。

 そもそもこの場には、虎牢関へと引いた徐栄と李蒙を討つ為にはどうするべきかとして劉逞が呼んだ六人しかいなかったのである。つまり、袁紹の方が半ば闖入者ちんにゅうしゃであるといっていい存在だったのだ。実際、直訴する為に袁紹自身が乗り込んでくるとは、劉逞も考えていなかった節がある。いや。正確に言えば、劉逞は自身の軍師たちから可能性はあると聞かされていた。しかしながら、本当に直訴をしに表れるとは。というのが、劉逞の正直な感想であった。


「……はぁ。気を取り直すとしようか」

『はははは……』


 流石の六名も、劉逞の言葉には微苦笑を浮かべるしかなかった。

 ともあれ、劉逞たちは虎牢関をいかに落すかという策について話し合いを始める。その策の肝となるのは、曹操が持ち込んできたある情報だ。とはいえ、この情報については劉逞の家臣となる趙燕も手に入れていた情報でもあった。果たしてその情報とは、間道の存在である。そもそも虎牢関は、山と山に挟まれた地に存在している。しかも迂回する道など見当たらない、正に堅牢を絵にえがいたかのような場所に建築されているのだ。その堅牢さは、せきなどと称しているが、実際には城と言っていい存在であった。


「しかし……常剛様、それに孟徳殿。本当に、間道など存在しているのか?」

「ああ。間違いない」

「我も、自身の目で確認した。常剛様の言われる通り、間違いなく存在する」


 劉逞と曹操から間道の存在を聞いた三人のうち、郭典が問い掛ける。すると最初に劉逞が、続いて曹操が間道の存在に対して太鼓判を押す。これには、孫堅と鮑信と張邈の三人も、情報の信憑性を受け入れたのであった。続いて、虎牢関を落とす為の具体的な手順であるが、主力となるのは劉逞である。これは亡くなった韓馥より託された軍勢を吸収したことで、大きく膨れ上がった大きい。こうした大きい兵力を持つ劉逞が虎牢関正面、中央より攻め立てるのだ。そして右翼は郭典と鮑信が、左翼は孫堅と劉備が攻め立てる手筈になっている。だが、正面からの攻撃自体が実際には囮であった。勿論、彼らの軍勢で虎牢関を落とせるのであればそれに越したことはない。しかし、攻め立てる虎牢関の堅牢さは前述の通りであり、いかに彼らといえどもそう易々やすやすと落とせるとは思えない。だからこそ、間道の存在が生きてくるのだ。何せこの間道、地元の者しか知らないときている。そのせいか、徐栄も李蒙も間道の存在を把握していないのだ。無論、そのようなことなど劉逞たちは知らない。だが、敵が警戒していないところを確認できたことで、劉逞も曹操も徐栄と李蒙は存在を確認していないと判断していた。


「確かに、その通りかも知れませぬな」

「うむ。そこで孟徳殿と孟卓殿には、間道を利用して裏手から攻めて貰いたい」


 劉逞より指名された曹操と張邈であるが、反応は違っていた。曹操には殆ど変化はないのだが、張邈はいささか驚きを表していた。もっとも、この人選は兵数に寄っているところが大きい。何と言っても間道だけに、道が広いわけではない。つまり、多数の兵を動かすことにはとても難儀するのだ。そこで、少数精鋭による軍勢の派兵を行うというわけであった。

 こうして間道を進むことになる両将であるが、劉逞たちが虎牢関の正面に陣取り、敵の目を引き付けている間隙を突いて静かに進軍を行うのである。無論、その間も連絡は欠かさないことは言うまでもない。何せ連携こそが、この作戦と肝となるからだ。具体的には、密かに間道を進んだ曹操と張邈の軍勢が想定された地点まで到着した頃、劉逞たちが虎牢関を正攻法で攻めるというわけである。正面から攻める兵は前にも述べた様に兵数は多いので、どうしても虎牢関防衛の為に徐栄と李蒙の耳目は劉逞たちに集中することになる。それは仮に劉逞が、犠牲を考慮することなく攻め掛かった場合、いかに堅牢な虎牢関といえども落とされる可能性があるからだ。もっとも劉逞は、余程の事態でも起きない限り、そのようなことをする気はない。ここで多大な犠牲を払って虎牢関を突破できたとしても、それで終わりではないからだ。


「では、虎牢関を落とすとしよう」

『はっ』


 策が決まった直後、劉逞以下の諸侯は、策に従って旗下の軍勢を動かし始めるのであった。





 劉逞たちが虎牢関攻めの策に従って動いている頃、虎牢関に籠った徐栄と李蒙は籠城の準備に忙しかった。前述の通り、虎牢関は洛陽の東を守る最大の関にして、最後の砦でもある。ここを突破されれば、洛陽までは目と鼻の先であった。それであるがゆえに、何としてもここで受け止めるか最低でも時間を稼がなければならなかったのだ。


「順調か?」

「うむ。どうにかだがな。それにしても、味方の数がいささか心もとないことも気に掛かかる」

「……後方へ兵を送るのが、少し早すぎたか」


 重傷と言っても遜色はない王方を後方へ送るに当たり、徐栄と李蒙は他にも負傷した兵を後方へと送っている。これは虎牢関の守りを固める為、そして味方の士気が下がることを防ぐ為の措置であった。この考え自体は、図に当たったと言っていいだろう。しかし同時に、兵が少なくなった事実も存在しているのだ。そして李蒙は、その点を懸念している。確かに多数の敵兵と対峙している割には、味方の士気の下がり方は鈍い。しかも兵の逃亡も殆どなく、防衛戦を指揮する者としては有難かった。それでも敵兵の数を目の当たりにすると、胸の内に懸念が生じてしまうのも事実であった。


「今さら言っても始まらぬ。我らの役目は足止め、それに傾注するべきであろう」

「そう……だな。今は守りこそが肝心か」

「そう言うことだ」


 少しでも虎牢関の防衛を高める為、以降は徐栄も李蒙も心血を注ぎこむ。そう遠くないうちに攻めてくることは必定であり、敵を食い止める為には全力を傾ける必要がある。だが、このことが結果として曹操と張邈と韓当の別動隊を発見できなくなることに繋がってしまったとは、何とも皮肉な話であった。


「みなの力、今こそ発揮する時である。各位、大いに奮闘するのだ」

『おおー!!』


 徐栄の叱咤激励しったげきれいを受けて、声を揃えて声を上げる将兵たち。その様子を見て徐栄と李蒙は、しきりに頷いていた。そしてこれならば、そう簡単に虎牢関を突破などできはしないだろうと言う思いが二人の中に溢れてくる。その思いが現れたのか、二人は満足だと言わんばかりに表情をほころばせていたのであった。

別連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も

併せてよろしくお願いします。


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ご一読いただき、ありがとうございました。

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