第七十話~反董卓連合 十四~
第七十話~反董卓連合 十四~
初平元年(百九十年)
呂布を筆頭とした救援部隊が到着を間近に控えた戦場において、袁紹と韓馥の軍勢の劣勢は火を見るより明らかであった。しかも意外なことに、先鋒となっている袁紹が率いる軍勢より後詰の筈である韓馥の損害が大きいように見受けられるのだ。その理由は、軍勢の状態に答えが求められると言っていい。劣勢ながらもどうにか纏め上げ、少しでも損害を少なくしているように心掛けている袁紹の軍勢に比べて、韓馥の軍勢が未だに混乱から回復できていないことが原因であった。ところどころでは纏め上げている箇所はあるものの、韓馥の軍勢全体で見ると纏まっているという雰囲気は薄い。それゆえに、袁紹の軍勢より被害が増えているのだ。
さらに言うと、華雄の存在がより大きい要素となっている。彼が奇襲を仕掛けたことで高幹の軍勢は既に蹴散らされており、今は韓馥の軍勢へと攻勢を掛けている。数の上では韓馥の軍勢の方が多いのだが、勢いと兵の練度では明らかに華雄の軍勢の方が上であった。しかも、徐栄の画策した逆撃による混乱が治まっていない。その為か、纏まり防衛を固めているも一部を除いて、全体としてはいいように翻弄されているといった状況になっていたからである。その様な戦場の在り様を遠巻きながらも確認できる地点にまで差し掛かっていた呂布であるが、その様相ゆえに眉を顰めてしまっていた。その理由は語るまでもなく、戦場における韓馥率いる軍勢の動きにある。彼も諸侯の一人であり、何より冀州牧である。その事実を鑑みれば、それなりに練度を持つ兵を抱えている筈であるし、旗下の将にしても良い人材がいる筈だからだ。それであるにも関わらず、韓馥の軍勢は未だ混乱から回復していない。劣勢とはいえ、既に混乱から回復している袁紹の軍勢と比べても、明らかにおかしいと言える状況にあった。
「これは一体、どう言うことだ? いかに奇襲を受けたあとであるとはいえ、韓馥の軍勢が混乱から回復していないとは」
「確かに」
「おかしいですな」
呂布の漏らした一言に対し、張遼と高順も首を傾げている。たとえ華雄が、董卓旗下で一、二を争うほどの剛の者であるとしても、これは明らかにおかしい。劣勢であるならばまだしも、いまだに統率が点在するに留まっているなどと、通常ならば有り得ないことからであった。すると、黙って戦場を見ていた関羽が口を開いたのである。
「これは我の考えとなるのだが……」
「うん? 雲長殿、構わぬから言ってみてくれ」
「奉先殿……もしかしたら冀州牧殿は、討たれているのではないのか?」
『え?』
「そう考えれば、本初殿の軍勢に比べあまりの体たらく振りにも説明がつく」
確かに冀州の軍勢を率いている筈の韓馥が討たれた、もしくは行方不明となり旗下の将兵らの指揮もとれない状態にあると考えればこの混乱状況にも納得はできる。また、戦場の在り様から、関羽の言葉も強ち間違いはないのでは思えるからだ。何ゆえに彼がその様な判断をしたのかと言うと、それはまさしく戦場の状況からである。仮にもし、韓馥が討たれていたとしよう。その様な状況となった場合、当然だが董卓の軍勢はその情報を利用する。具体的には敵味方問わずに情報を流布させて、味方の士気を高めると同時に敵の士気を挫くといった動きをするからだ。そしてそのような事態となれば、韓馥の兵の中には逃げ始める者が必ず出てくる。これはたとえ兵の練度が高かったとしても、あり得てしまう可能性があるのだ。誰しも、戦における勝ち負けに関わらず死にたくはないからである。ゆえに明らかに劣勢と分かれば、逃げる者が出たとしても是非は兎も角として、あり得てしまう話であったからだ。
「なるほど……とは言うものの、確かめることも難しい」
「しかり」
張遼があえて言い、高順が同意したように戦場は、少しずつ趨勢が整理され始めているものの未だに混乱の度合いが高い。この戦場へ使者を派遣するなど、その者に死んで来いと言っているに等しいからだ。それならばと、ある程度の兵を出して威力偵察を行うような悠長なことをしている暇もない。そのようなことをするぐらいならば、早々に本来の目的となる救援を行う方がましだからだ。するとその時、僅かの間だけ考えていた呂布が顔を同行している三人の将へと向ける。それから彼は、三名へ向かってはっきりと言い放ったのであった。
「このまま、戦場へ突撃する! 目標は、韓馥の軍勢に対して集中的に攻撃している敵軍!! 我に続けー!」
『おおー!』
宣言した呂布が、言い終えると手にした戟を振り降ろしながら突撃を開始する。その様な彼の動向に対し、即座に反応した張遼と関羽の二人も、遅れることなくあとを追う。そして一人残った高順は、これが役目だと言わんばかりに兵を率いて吶喊したのであった。
兵数が上回っている韓馥の軍勢に対して優勢な攻撃を仕掛けている華雄であったが、そんな彼の感覚に何かが引っ掛かったような気がした。もしかしたら、勘というものかも知れない。そして董卓に仕える将として幾多の戦場を渡り歩いた華雄は、自身の勘というものに対して疎かにする気など毛頭になかったのである。事実、嘗て彼は、勘のお陰で生き残ったこともあったぐらいなのだ。だからこそ華雄は引っ掛かりを覚えた感覚が気になり、まるで確かめるように辺りへ視線を巡らす。その様な彼の視界に、近づきてくる一団の存在が映った。その一団は、自身たちが攻撃している韓馥の軍勢とは別方向から現れたのである。しかもその集団の先頭には、華雄をして何かがいるのでは? と思わせるだけの存在が感じられる。その上、彼の勘は、近づいてくる一団全体より先頭にいる存在に対して警戒を呼び起こされているのだ。
「ははは! これは、とんだ獲物が掛かったのかも知れん……王方殿」
「はっ」
「そなたは軍勢を率いて、このまま敵を攻撃せよ。これよりわしは、集中したいのでな」
「それはどのような……あ、都尉殿!」
これ以上の問答など無用とばかりに、華雄は騎乗する馬を走らせていた。曲がりなりにも別動隊を率いている大将となる華雄が取ったまさかの行動に呆気にとられた王方であったが、彼は頭を振ってすぐに気持ちを切り替える。無論、このまま呆けているわけにはいかないからだ。気を取り直した王方は、すぐに近くにいた幾許かの者に華雄を追えと指示を出す。その命を受けて華雄を追って行った者たちをわずかの間だが見送ったあと、王方は華雄からの命を履行する為に彼の代わりとして軍勢の指揮を取り始めたのであった。
その一方で、王方にあとを任せた華雄はと言うと、まるで一騎駆けだと言わんばかりに飛び出したあとは、ただひたすらにある一点を目指している。その彼が見据えている先、それは愛馬に乗り先頭を駆ける呂布に他ならなかった。何せ彼の駆る馬は、劉逞より褒美として与えられた汗血馬である。しかもその汗血馬は、朝廷と言うか今は亡き霊帝へと献上された馬であったのだ。しかしながらあまりにも悍馬であり、当時誰しも乗りこなせなかったという曰く付きの馬である。しかし褒美として与えられた劉逞は見事に乗りこなし、以降は彼の愛馬となっていた。その愛馬でもある汗血馬を、劉逞は呂布へ褒美として与えたのだ。そして与えられた呂布も、劉逞と同様に見事、乗りこなして見せたのである。そして呂布も、褒美云々は別にして汗血馬を気に入っており、愛馬として可愛がっていたのだ。
因みにこの汗血馬には、ちゃんと血を受け継いだ子がいる。現時点では三頭おり、そのうちの二頭は劉逞が所有する馬となっていた。そして残りの一頭だが、呂布が所有していたのであった。
話がそれた。
兎にも角にも華雄の目標となってしまっていた呂布であるが、華雄が近づいてくることに気付かないほど無能な男ではない。巧みに愛馬の雷閃を操りながら、愛用する獲物を片手に構えたのである。そして当然のように、華雄の接近に気付いていた張遼と関羽もまた愛用の得物を構えたのであった。さりとて、張遼と関羽が乗る馬に比べて呂布が乗る馬は地力が突出している。無論、張遼と関羽が駆る馬が駄馬とは言わない。寧ろ、良馬と言っていいだろう。だが彼らの駆る良馬と言え、呂布の駆る雷閃には及ばないのだ。その為、どうしても呂布との距離ができてしまっている。これはある意味で、呂布も単騎駆けになっているとも言える。その呂布に対して、同様に単騎掛けとなっていた華雄が、愛用の得物で一撃を仕掛けたのであった
「その首、貰った!」
「ふん!」
呂布に対し勢いそのままに手にした獲物を振り降ろした華雄であったが、呂布はその一撃を苦も無く弾き返していた。まさか自身の放った一撃が、こうも容易く防がるとは思ってもみなかった華雄の顔に、驚きの表情がまず浮かぶ。しかしその驚きの表情はすぐになりを顰め、代わりに彼は不敵とも喜色とも取れるかのような笑みを浮かべたのであった。
「くはっ。まさか驚いたぞ、こうも簡単に防がれるとは」
「だが、中々の一撃ではあったぞ」
「ほざけ!」
そこでまたしても華雄は、一撃を与えるべく得物を振るうが、呂布は奇麗には受け流していた。これはかなりの相手だと判断した華雄は、厳しい視線を呂布へと向ける。しかして呂布はと言えば、気負いもなく静かにその視線を受け止めていた。何となくであるが格下に見られているかのように感じ、華雄の頭に血が上り掛ける。しかしここで激昂しては意味がないとし、華雄は先程よりも一層厳しい視線を向けるだけに留めていた。
「聞けい! 我は相国様の武、華承衡なり!!」
「我は呂奉先」
呂布の名を聞いた瞬間、華雄の表情が微かに動く。それは、彼が呂布の名を聞いたことがあったからだ。華雄がどこで聞いたのかと言うと、それは匈奴で起きた争乱の時である。匈奴で起きた内訌の際、当時の単于であった羌渠を討ち取った男である醢落を簡単にあしらった人物として聞き及んでいたのだ。華雄も一人の武人であり、その話を聞いた彼は一度相対してみたいと考えたのである。その思いが図らずも実現したことで、無意識に表情ヘと現れた形である。無論、現れた表情は、喜色としてであった。
「そなたが、醢落を討ったという男か。相手にとって不足なし」
「そうか……では」
『いざ! 参る!!』
異口同音に声を上げた呂布と華雄は、一気に間合いを詰めたのであった。
文中、華雄の字として「承衡」と表記しておりますが、
これは、拙作独自のものですのでご了承ください。
別連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も
併せてよろしくお願いします。
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ご一読いただき、ありがとうございました。




