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第六十九話~反董卓連合 十三~


第六十九話~反董卓連合 十三~



 初平元年(百九十年)



 まるで開かずの扉のごときであった虎牢関の門が、ゆっくりと開いてく。つい先日まで全くと言っていいぐらいに反応がなかっただけに、散々さんざんに挑発行為を行っていた袁紹旗下の兵に緊張が走る。そして門が開き切ると同時に、虎牢関より兵が次々つぎつぎに現れ始めた。


「ひ、引けー!」


 今まで殆どなしつぶてであった虎牢関が、まさか今日になって打って出てくるなどとは夢にも思っていなかった袁紹の兵は、泡を食ったかのように慌てて後方へ引こうと動き出す。しかしそのような都合のいいことを、虎牢関から出てきた兵が許す筈もない。彼らは今まで我慢し続けていた鬱憤を晴らすかのように、袁紹の兵へ襲い掛かったのであった。そして当然だが、虎牢関から董卓の兵が打って出てきたという知らせは、袁紹の元にも届けられる。その知らせを聞いた袁紹は、漸く策に乗ってきたのかと半ば安堵していた。


「子遠、どうやらうまくいったようだ」

「当然です、我が立て策ですぞ。それとも本初様は、我が策を信じられておられなかったと言われるのか?」


 袁紹の言葉に対し、許攸は自信ありげに返す。だがその言葉の中には、幾許かの不満が込められていた。そもそも許攸は、自身の進言した策が失敗するなどとは露ほどにも思ってはいない。確かにそれだけの能力を持つ知恵者ではあるのだが、同時に彼は自尊心も高かったのだ。その自尊心の高さが、許攸の態度に表れていると言っていい。流石に傲岸不遜ごうがんふそんとまではいわないものの、表情と態度と発言に出てしまっていたのだ。ついでに言うと、許攸は金にも五月蠅うるさい男であったりもする。いっそ、貪欲と言っても差し支えがないくらい金に意地汚かった。


 話を戻す。


 許攸の人となりは一まず置いておくとして、彼の態度と言葉には流石の袁紹も内心で不快感を抱く。だが許攸はこのような性格をしていることなど、今さらでしかないのもまた事実である。袁紹は、自身の抱いた気持ちを胃の腑に落とし込むと、ことさらに表情を隠しつつ首を振っていた。


「そうではない。寧ろ漸く策を実行できると、そう言いたかったのだ」

「そうでしたか。これは失礼致しました、本初様」

「構わん。そなたについては、若き頃からの付き合いゆえな。それよりも、引くぞ」

「はい」


 虎牢関より敵兵が打って出てきたとはいえ、本番は寧ろこれからである。この後は敵兵を引きつけながらも後方へと下がり、高幹が率いている別動隊の元まで誘導をしなければならないからだ。しかしながら、ここで下手な動きを見せてしまえば、せっかく打って出てきた敵に勘付かれてしまう可能性もある。つまるところ、いかに上手く高幹の元まで敵を誘導できるか、許攸のたてた策はそこに掛かっているのだった。


「引けー! 引くのだ!!」


 しかしながら、袁紹は役者ではない。およそ必死さとは無縁と言っていい声色で、彼は旗下の兵に対して後方へ下がるようにと指示を出している。そして袁紹自身もまた、後方へ下がっていった。その一方で許攸の策のある意味で肝と言っていい高幹が率いている別動隊であるが、残念なことに彼らは混乱の真っただ中にあったのである。その理由はと言うと、伏兵として敵へ奇襲を掛ける筈であった自分たちが、よりにもよって奇襲を仕掛けられたからであった。袁紹より別動隊を率いる命を受けた高幹は、旗下の兵と共に潜んでいたのだが、あろうことか彼らに対して突然の襲撃を行ってきた軍兵がいたのである。果たして彼らの正体はというと、徐栄からの命を受けた華雄率いる襲撃部隊であった。

 前述の通り、許攸の立てた策を読み切った徐栄が華雄に授けた役目というのが、高幹が率いている別動隊への襲撃である。しかも徐栄は、華雄に対して追加である指示をしている。その指示とは、袁紹が率いている軍勢と華雄から奇襲を掛けられて混乱することになるだろう袁紹の別動隊が、鉢合わせするようにさせるとの内容であった。要するに徐栄は、袁紹が率いている先鋒と高幹率いる別動隊を同士討ちさせることを狙ったのである。しかもこの役目には、もう一つの効果が期待されていた。それは、先鋒の後詰となっている冀州牧韓馥の存在である。徐栄は韓馥の近くで戦いを勃発させることで、後詰すらも誘引し損害を与えてより被害を大きくするつもりであったのだ。何せ韓馥は、反董卓連合軍による戦が始まって以来、手柄らしい手柄など立ててはいない。ならば、その手柄をたてられそうな状況を示して見せれば、乗ってくるだろう判断した為であった。もっとも、韓馥が手柄を立てていないのは漁夫の利を狙っていた当初の目論見通りだとは流石の徐栄も見抜けてはいない。一応、家臣を前線には出していたので、韓馥はそれで十分だと考えていたのだ。しかしながら、武功が増えるに越したことはないのもまた事実である。ましてや今回の事態は、袁紹の策に便乗することで得られる武功なのだ。これもまた、漁夫の利と言えるだろう。ならば袁紹から持ち掛けられた提案を聞いた韓馥に、否という選択は存在していなかったのであった。


「文節様! どうやら前方で戦いが起きている模様かと」

「ほう。そうか。ならば我らも、後詰として参加せねばならぬな」


 そう言うと韓馥は、旗下の兵へ進軍の命を出したのであった。



 袁紹率いる先鋒が後方へと下がり、そして韓馥が進軍を始めた戦場では、順調すぎるぐらい順調に推移していた。徐栄の指示により高幹率いる別動隊へ奇襲を仕掛けた華雄の部隊であったのだが、思いのほか早く損害を与えることに成功していたのだ。とはいえ、華雄にとってもこれは予想外と言える。まさかこれほどに敵がもろいとは、夢にも思っていなかったからだ。事実、高幹が率いている別動隊は混乱の坩堝るつぼと化しており、真面まともな軍勢としての行動はできていない。もはや個々ここが勝手に動いている、そういった状況と化していたのだ。しかも事態は、それだけに留まらない。先に述べた様に、後詰の韓馥が兵を押し出してしまったからである。こうして混乱に輪を掛けた状態となってしまい、ついには同士討ちをも始めてしまう有様であった。

 そう。

高幹が率いていた別動隊の兵は、味方だけでなく後詰として加勢する手筈となっていた韓馥の兵にすらも攻撃を仕掛けているのだ。まさか援軍として加勢するつもりで進軍してきたにも関わらず、その味方から攻撃されたことで、韓馥の軍勢にも混乱が伝播してしまったというわけである。そこにきて、さらなる事態が追加されることとなった。この混乱の極みと言っていい戦場に、後退してきた袁紹が率いる先鋒が到着してしまったのである。これにより混乱はさらに拡大し、二進にっち三進さっちもいかなくなってしまった。何せ高幹が率いていた筈の別動隊と、韓馥率いている兵が存在していることで、到着した袁紹の軍勢がこれ以上下がることができなくなってしまったからである。しかも彼らの後方からは、虎牢関より打って出た徐栄と李蒙が率いる兵が追撃を仕掛けてきているのだ。幸いなことに元からの策ということもあって比較的早くに後退へと移ったからか、殿しんがりとなる最後方以外に袁紹が自ら率いている兵に損害らしい損害は出ていない。しかしながら、それもこの場でまごまごしていればその限りではない。いずれは敵に追い付かれ、攻撃を仕掛けられることは明白だった。

 すると袁紹は、少し考えたあとで、絶賛混乱中の戦場を強引に抜けるよりは急いで迂回する方がまだましだと判断する。彼は急いで命の変更をしようとしたのだが、その指示は遅きに失していた。そのことを証明するかのように、袁紹から見て後方よりさらなる喧騒が聞こえてきたのである。しかも、剣が激しく打ち合うかの剣劇の音も徐々にだが大きくなっているように聞こえている。それは即ち、虎牢関より打って出てきた徐栄と李蒙が率いる兵が、ついに追い付いたという証明であった。

 ことここに至っては、もはや引くこともできない。味方である別動隊や韓馥の兵を討てば可能だろうが、その目的を達する前に自分たちが戦場の露となってしまう。ならば、できることなど一つしかない、血路を開いてでも脱出を図るより他なかった。


「何としても、生き残ってやる!」


 そう呟きながら袁紹は、腰の剣を抜き放つ。その様な動きを認めたのか、袁紹の家臣や兵なども同様に剣を抜き放っている。そんな彼らの表情は、悲壮と言ってもいいぐらいであった。



 前線にて袁紹の軍勢や韓馥の軍勢が劣勢に立たされてしまってから暫くした頃、前線で起きた大混乱の様子について劉逞がいる本陣にももたらされていた。しかして報告を聞いた劉逞は、二本の指で頭をというか額を押さえていたのである。それはあまりの内容を伴った報告に、頭痛に襲われたからに他ならなかった。

 勿論、劉逞も袁紹の策については聞き及んでいる。本当に策が上手く嵌るのかは半信半疑……いや六割ぐらいは不信の方が大きかった。だからと言って、このままいたずらに時が過ぎていくのを待つというわけにもいかない。だからこそ劉逞は、策の実行を許したのだ。しかしながら、実際に蓋を開けてみればこの体たらくである。これには仮に軍勢を率いている総大将が劉逞でなくても、似たような反応を示すには十分であった。事実、本陣にいる諸侯の中にも劉逞と同様な反応をしている者も複数いる。それは曹操しかり、孫堅しかりであった。


「あー……このまま、というわけにもいかぬよな」

「……お気持ちは分からぬもありませんが、流石にそういうわけにはいきますまい」

「そう、だよな。いや、分かっている。わかってはいるんだ、孟徳殿」


 今度は指ではなく掌で劉逞は、上を向いている自身の顔を覆う仕草をしている。その様子に、本陣では苦笑が満ちたのである。しかしながら、いつまでも手を打たずに漫然と過ごすわけにもいかないのも事実である。その時、劉逞は、自身の両頬を自らの両手で軽く打っていた。彼はこうすることで、強引にでも気持ちを切り替えたのである。もっとも、浮かべている表情が晴れたわけではない。それでも劉逞は、内心で馬鹿らしいと思いつつも前線を救う為の指示を出すのであった。


「奉先らに、救援へ向かうように伝えよ」


 ここで劉逞は、本来ならば袁紹の後詰とするつもりであった部隊へ救援の指示を出す。もし韓馥がいなければ、本来彼らが後詰だったのだ。しかし、軍師たちより諭されたことで考えを改めている。劉逞は、相談した軍師たちより推挙された冀州牧の韓馥を後詰としていたのだ。しかしてこうなると、当初予定していた兵が浮くことになる。だが、そのまま遊ばせておくのも勿体ないと考えたのか劉逞は、彼らを万が一と言うか緊急事態が起きた際に素早く動かせるようにと別動隊の様な扱いにしておいたというわけである。しかし、まさか本当に彼らを必要とする事態が起きるとは思ってもいなかったのも事実であった。何はともあれ救援の命を出した劉逞であったが、しかし伝令が走るまでもなかったのである。果たしてその答えは、劉逞の誓うに控えていた彼の軍師たちの筆頭である盧植から出たのであった。


「御心配には及びません、既に動き出しているようにございます」

「む。子幹の指示か? それとも別の者か?」

「いえ。どうも奉先殿らが、拙いと感じたようにございます」


 本陣の劉逞の元へ報告が届いたころと前後して、呂布たちにも前線で起きた事態に関しての報告が届いていた。その報告を聞いて最初に顔をしかめたのは、呂布である。もっとも、あくまで最初に顰めたのが呂布であったに過ぎない。彼と共にこの場にいる将たちも、間を開けることなく顔をしかめていたのであった。

 さて、呂布の他にいる将が誰かと言うと、張遼に高順。そして関羽となる。曲がりなりにも当初は、先鋒の後詰と考えられていただけに、劉逞も人は惜しむことはしなかったのである。ともあれ彼らは、混乱の極みと言うべき戦場へ、味方救援の為に出陣したのであった。

別連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も

併せてよろしくお願いします。

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ご一読いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 後詰めのメンバーが豪華すぐるw 三国志野戦最強の武将呂布 三国志は勿論、古今東西でも比類なき800で10万に勝った張遼 呂布軍の主将格だった高順 そして関羽 全員が漫画を指揮できる武将ばかり…
[一言] 呂布に関羽、張遼、高順なんてこれは徐栄と華雄に死亡フラグがたちましたね。
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