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第六十八話~反董卓連合 十二~


第六十八話~反董卓連合 十二~



 初平元年(百九十年)



 劉逞より先鋒を命じられた袁紹は、虎牢関を攻めるべく進軍する。しかしながら内心では、何で自分がとの思いが渦巻いていた。そもそも袁紹には、自身が任されていた冀州からの侵攻軍の軍権が半ば劉逞に取り上げられた形となっている現状への不満がある。そこで溜飲を僅かながらも下げる為に、意趣返しとばかりに劉逞に対してあざけるような態度をとっていたのだ。これで劉逞が、多少なりにでも怯むなりすればそれでいいぐらいに考えていたのである。しかしながらその態度を、よりにもよって曹操から付け込まれてしまっている。これで袁紹は引くに引けなくなり、先鋒の任を請け負わざるを得なくなってしまったのだ。

 口は禍の元とはよく言ったものである。何せ袁紹自身、反董卓連合に参画している諸侯の中では、名門袁家の次期当主候補ということもあってか、劉逞に続くぐらいの位置付けである。そのような者が先鋒になるなど、志願しない限り普通はあり得ない。もし余計なことを口に出しさえしなければ、先鋒などとはならなかっただろう。正に、自業自得であった。


「全く……我が先鋒などと……」

「しかしながら本初様、ここは大功を挙げる機会ですぞ」


 不満を口にする袁紹に対し、韓猛が付け加えるように言う。彼は袁紹家臣の中でも勇猛さで名を馳せていた人物である。しかし、その勇猛さゆえに向こう意気が強く、また敵を侮ることが多い人物でもあった。


「分かっている。だからこそ、不満あっても我は先鋒の任を受けたのだ」


 今考えれば、曹操の言葉に乗せられた感は否めない。しかし同時に、功を挙げるまたとない機会でもあるのだ。しかも虎牢関には、自身を乗せた曹操を散々さんざんに打ち負かした徐栄がいる。ここで徐栄を捕らえるなり討つなりするか、もしくは虎牢関を落とすことができれば、自身を上手く乗せた曹操の鼻を明かすこともできる。そう考えれば、それほど悪い話でもなかった。

 だが、ここで問題がある。それは、いかにして虎牢関を攻めるかということだ。現時点、虎牢関に籠られたままである上に、堅固で名が知れている。ただ闇雲に攻めたところで、虎牢関を落とせるとは思えない。よしんば落とせたとしても、被る損害は甚大なものとなるのが必至なのは明白であった。


「さて、どうしたものか」

「本初様。ここは、誘い出してはいかがでしょう」

「子遠、何か策があるのか?」


 袁紹が虎牢関をどう攻めるかを悩んでいたところに話し掛けた人物、それは許攸であった。彼は袁紹と若年の頃より付き合いがあり、そればかりか袁紹や張邈と共に「刎頚ふんけいの友」の交わりを結んでいたのである。その彼が袁紹家臣となっているのは、別に刎頚の友だからではない。もしかしたそのことも理由にあるかも知れないが、あったとしてもさほど大きくはない。ならばなぜに許攸が袁紹の元にいるのかというと、それはある事件が大きく関わっていた。実は許攸だが、亡き霊帝がまだ生存であった頃に当時の冀州刺史であった王芬や周旌などといった者たちと共にある企みを試みたことがある。しかし残念ながら、その企みは失敗していた。果たしてこの企みが何であったかというと、いわゆる政変であった。しかしてその内容はと言うと、皇帝であった霊帝を廃して漢の宗族の一人である合肥侯を新たな皇帝として擁立しようとする計略である。彼らはこうして霊帝を廃することで、同時に十常侍をも朝廷より一掃することを目的としていた。おりしも黄巾の乱が収束したこともあり、霊帝が故郷の河間国へ巡幸を計画していたことも幸いしたと言っていいだろう。そこで一連の策略を主導した王芬や許攸や周旌は、霊帝に対して巡幸の治安確保を名目に黄巾賊残党討伐の許可を求めたのだ。話としてはおかしなところはないので、霊帝も許可を出している。こうして彼らは兵を動かす大義名分を得たのであった。

 なお、この策略を実行に移すに当たって、彼らは他にも声を掛けている。それは、曹操と華歆と陶丘洪であった。しかしながら三人は、この誘いを蹴っている。いや、正確には陶丘洪だけは誘いに乗ろうとしたが、他ならない華歆によって説得されていた。

さて、説得された陶丘洪は除くとして、曹操と華歆が誘いを蹴った理由、それはとてもではないが成功するとは思えなかったからだ。その様な分の悪い賭けに、乗る理由はない。しかも失敗すれば、当然ながら身の破滅が待っている。それゆえに二人、いや三人とも、誘いは断ったのであった。

 曹操と華歆と陶丘洪からは賛同が得られなかった許攸や王芬や周旌らであったが、それでも軍を動かす大義名分は既に得ている。こうなればあとは実行に移すだけであり、三人より賛同がなくても問題はないと判断していた。三人のことは一まず置いておくとした彼らは、指折り数えて霊帝の冀州巡幸を待ち望んだのである。だがここで、予想外の事件が起きる。それは、霊帝の巡幸が急遽中止となったことであった。巡幸まであと幾日もないという時点で、天文にて凶事を示す現象が起きたのである。しかもその現象が指す内容とは「天下が二つに分かれる」事態を示していたのだ。天文が示す内容について進言された霊帝は、暫く考えたあとで冀州への巡幸中止を決定する。しかもそればかりに留まらず、王芬をも召喚していた。その理由は、天文の示した凶事についての確認をした方がいいとの進言があったからである。何せ現在、軍事力を持って動いているのは王芬である。天文の示した「天下が二つに分かれる」などといった事態に、関連性がないことを示す必要がある。その為には、本人の口から語らせる方がいいと進言されたのだ。霊帝もその言葉には納得し、王芬を召喚したというわけである。しかし王芬は、この召喚が自身たちの企てた政変が霊帝に勘付かれたからではないかと邪推してしまう。すると捕らえられて責め苦を受けるよりはいいと、王芬は自殺したのであった。

 また、王芬の自殺により身の危険を感じた他の者たちは、一様に姿をくらましている。彼らにとって幸いなことであったのは、冀州刺史であった亡き王芬が死の前に証拠になりそうなものをことごとく処分していたことにある。この為、許攸と周旌などといった者たちは、追及から逃れられたというわけであった。

 この頓挫した政変未遂事件後、許攸は袁家の力を当てにしたようで袁紹に庇護を求めている。袁紹も「刎頚の友」の交わりをした相手ということもあって、匿ったのだ。最後に周旌などといった計画に参加した人物についてだが、彼らの行方はようとして知れないとされている。しかし彼らが捕まった、または処刑されたといった文言はないので、上手く逃げ遂せたものと思われていた。

 話を戻して、袁紹に庇護された許攸だが、以降は袁紹に仕えている。とはいえ、流石に霊帝が存命中は袁家の庇護の下、表に出るようなことはしなかった。しかしその霊帝も亡くなると、袁紹の軍師として活動するようになっていたのだ。その許攸が袁紹へ進言した策というのが、敵を誘い出すことである。虎牢関の前にて散々さんざんに罵倒するなりしておびき寄せ、その後は伏せていた兵で殲滅させるというものであった。


「本初様、いかがですか?」

「ふむ……悪くはない。よし、その策でいく。元才! そなたに兵を預ける」

「はっ」


 袁紹の命を受けたのは、高幹という人物であった。彼は、袁紹の外甥に当たる人物である。ともあれ、許攸の策を用いることにした袁紹は、虎牢関からある程度離れた位置に陣取ると、すぐ策の実行へと入った。まず高幹が兵を調え終えると、静かに軍の後方から離れたのである。それから二日後、袁紹はさほど多くない兵を前線へ送り出すと、徐栄や李蒙、華雄や董卓などを罵倒し始めたのであった。





 虎牢関の外からは、相も変わらず罵倒する声が聞こえてくる。よく連日に渡って罵詈雑言ばりぞうごんを並べられるものだと、徐栄は逆に感心していた。しかしこれは、徐栄が厳密には董卓の家臣ではないからであろう。彼は董卓の家臣というより、朝廷の家臣なのだ。その意味では、皇甫嵩と同じだと言える。確かに中郎将へ引き立てて貰った恩は恩として感じているが、実際のところは皇帝である劉協の相国が董卓だから彼の命に従っているに過ぎないのだ。その一方で、李蒙や華雄は董卓の家臣である。自分が馬鹿にされるぐらいならばまだ我慢できるが、仕えている董卓までもが馬鹿にされていることに腹立たしく思っていた。本音を言えば、今すぐにでも虎牢関を出て討ち取ってやりたい。しかし、名実共に虎牢関に駐屯する軍勢の大将である徐栄が許さないので、憤懣やるかたない思いに溢れていた。


「中郎将! いつまで、あのようなことを言わせ続ける気だ!!」

「まぁ、待て。もう少しだけ、様子を見ようではないか」

「様子見だと! それで何かが、変わると言うのか!!」

「もう少しお持ちあれ。さすれば、分かる」


 徐栄には自信でもあるのか、余裕のある態度で伝えてくる。すると李蒙も華雄も、毒気を抜かれてしまう。いささか困惑したように視線を合わせたあと、眉間に皴を寄せたままあからさまな足音をたてながらその場から辞していったのだ。その様な彼らを見送ったあとで徐栄は、相も変わらず罵詈雑言を浴びせてくる袁紹率いる軍がいる方角へと視線を投げかけていたのである。それからさらに数日ほど経った頃、徐栄が言わんとしたことがいよいよ現実を帯びることとなった。それは、袁紹の軍勢ががなり立てていた罵詈雑言がかなり控えめになっていたことにある。しかもよくよく見てみれば、地面に座り込んで欠伸あくびまでしているような気配もある。これには徐栄の物言いに一度は引いた李蒙と華雄としても、我慢できるものではない。二人は前回以上の剣幕で、徐栄の元を訪れたのであった。


「もう、我慢ならん!」

「我らは出るぞ!!」

「そうですな。そろそろ、打って出てもよろしいでしょう」

『何だと!?』


 どうせ今回も自分たちを押し留めるだろうと判断していただけに、徐栄の言葉を聞いた李蒙と華雄の二人は揃って驚きの声を上げていた。実際、二人が徐栄の元を訪れたのは虎牢関から打って出ることの許可を求めたからではない。打って出ると伝える為、徐栄の元を訪れたに過ぎなかったからだ。しかしながらいざ訪れてみれば、押し留めるどころか許可するような言葉を述べている。僅かの間に豹変した徐栄に、驚き戸惑ってしまったというわけであった。


「それは、どういうことか?」

「我はこの時を待っていたのだ」

『待っていた?』

「そうだ、あの者らの気が緩むこの時を!」


 徐栄は、袁紹の兵が罵詈雑言を浴びせてくる理由が自分たちを釣り出すことが目的だと気付いていた。そして釣り出す以上、損害を与える役目を持った別動隊が存在していることも確信していたのである。それゆえに徐栄は、存在する筈の別動隊の行方を捜していたのだ。果たして遂に別動隊を見付けたことで、いよいよ反撃に出ようかと考えていたのである。そこにちょうど、李蒙と華雄の二人が現れたのであった。

 徐栄は、いまだに理解していいない李蒙と華雄に対して、説明を行う。間もなく理解した二人は、とても素敵な笑みを浮かべたのであった。


「して、どう動くのか?」

「李中郎将殿には、我と共に正面から出て貰う。無論、怒り心頭といった感じでだが」

「わかった。実際に怒っているのは事実だから、問題はない」

「して、我はどうする? まさか、虎牢関に残すなどとは言わぬであろうな!」

「それこそ、まさかである。無論、華都尉殿にも動いていただく」


 そう言ったあとで徐栄から告げられた役どころに、華雄は呵々大笑かかたいしょうする。そしてぴたりと笑いを止めると、喜んで任を拝命したのであった。この時、華雄へ告げられた役目とは高幹が率いている袁紹の別動隊、その撃破である。その後はそのまま、袁紹が率いる軍勢へと押し込むというものであった。また、状況次第であるが、さらに押し込み後詰をしている韓馥。さらには、後方に控える劉逞率いる本隊へ損害を与えて、あわよくば侵攻を頓挫させるまで持っていくまで徐栄は考えていたのである。


「では、始めようか」

『おう!』


 静かに言い放った徐栄と共に、三人は反撃するべく動き始めたのであった。

別連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も

併せてよろしくお願いします。

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ご一読いただき、ありがとうございました。

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