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第六十四話~反董卓連合 八~


第六十四話~反董卓連合 八~



 初平元年(百九十年)



 元より陳留を落とすべく進軍していた李蒙の軍勢ゆえ、彼は惜しみなく攻城兵器を繰り出していた。城壁を乗り越える為の雲梯や、城壁を破る為の轒轀車などを投入して一気に戦況を決するべく動いていたのである。しかしながら、緒戦に負けたとはいえ陳留に籠る舒伯膺と舒邵もさる者である。そう簡単に、李蒙の思惑通りとはなっていなかった。

 まず李蒙は、始めに轒轀車を用いることで文字通り城壁に風穴を開けて陳留へと侵入しようとするものの、陳留に籠る舒兄弟は大きな石などを落とすことで轒轀車を破壊し運用できなくさせてしまう。それならばと李蒙は、雲梯を用いて直接城壁の上からの侵入を試みたわけだが、こちらも雲梯を登る兵に対して熱湯を用いたり火矢を用いたりすることで大半を無効化してしまった。中には陳留の城壁を乗り越え内部への侵入に成功する雲梯もあるが、いかんせん少数でしかない。せっかく侵入に成功してはいるものの、兵の数の違いからすぐに駆逐されてしまうのだ。これでは次の雲梯を用いて接近するだけの時間が取れず、結局のとこは撃破されてしまい、端から雲梯も破壊されてしまっていた。


「……何なのだ、この士気の高さは」


 緒戦に負け、しかも陳留へと追い込まれている相手にしては異常なぐらいに士気が高いのである。既に陳留は李蒙の軍勢によって取り囲まれている。その為、逃げ道すらない状況であり、普通であれば士気が落ちている筈なのだ。それであるにも関わらず、士気が衰える様子が見られない。李蒙の用いた攻城兵器の損耗率が高いという事実も、籠城勢の士気の高さが多分に影響していたのだ。どうにも理由が分からず、李蒙は首を傾げてしまっていた。しかしながら、籠城勢の勿論が高い理由は勿論ある。その理由だが、言うまでもなく援軍の存在であった。

 劉備の率いる援軍の本隊が援軍の為に陳留へと向かうことが決まった直後、劉備の軍師である牽招は張邈と図って密使を陳留へ派遣していたのである。流石に、太守である張邈に黙って牽招が勝手に行うわけにはいかなかったからだ。また張邈としても密使自体は独自に行うつもりだった。ゆえに両者の思惑は一致を見、密使が派遣されたのであった。

 さて劉備と言うか牽招が派遣する密使だが、普通の使者ではない。ならばどう普通ではないのかと言うと、実は劉備も劉逞や曹操のように伝令や情報の収集などに力を入れていたからであった。

 とは言え、劉備が始めたわけではない。なれば誰が言い出したのかというと、劉備の招きに応じた牽招であった。彼は陣営に加わると、情報を集める為の部隊の創設を劉備に進言したのである。進言を受けた劉備も必要なのかと懐疑的であったのだが、劉逞がその様な部隊台を抱えているという話を噂程度には聞いていたので、試しにということとで受け入れていたのだ。そしていよいよ、その価値が試されることとなる。その価値が示されたのは、匈奴で起きた内訌によってであった。匈奴による侵攻を返り討ちにした劉逞が、度遼将軍となり逆侵攻を仕掛けた戦において使匈奴中郎将となっていた劉備は、於夫羅の身辺を守護していた。その頃はまだ懐疑的であったということもあって、それほどには拡大されているわけでもない。それでも当初に組織したよりは、幾らか大きくなっていた。牽招としてはまだ不足に感じていたが、それでも彼と共に部隊の運営に携わっていた簡雍は、部隊を使い情報の面から劉備を支援したのである。そのお陰もあり、劉備は於夫羅の身辺を確実に守り切ったのである。これは、於夫羅が匈奴侵攻の途中で独自の軍勢を漸く手に入れてからも同様であった。それと言うのも、匈奴もさほど情報というものに重きを置いていなかったからである。牽招や簡雍だけでなく、劉備らから見ても重要視していないことは明白であったのだ。とはいえ、前述したように劉備たちは密偵などを用いることで、事前に敵の動きをある程度だが把握することができるようになっている。そこに劉逞からももたらさる敵の動きなどを加味することで、敵から攻められても於夫羅の身が危険にさらされることはなかったのであった。

 これだけの実績を上げたのであれば、牽招から出てきた部隊のさらなる拡大についても了承せざるを得なくなる。それどころか劉備は、以前懐疑的に思っていたという雰囲気など微塵も感じさせることもなく牽招の後押しをしていたのだ。この手の平返しとも言っていい急変に、牽招は苦笑いを浮かべていた。彼とて、劉備とは刎頸の交わりを誓った男である。劉備の気質のようなものは、十分に理解しているのだ。

 ともあれ牽招は簡雍と共に、規模こそ劉逞に比べれば小さいものの身の丈に合っている程度で組織の拡大を目指したのである。その劉備陣営版の密偵衆の中でも腕利きの一人を、密使として陳留に派遣したのだ。その密使が到着した頃には、陳留も李蒙の郡によって囲まれていたのであるが、派遣された密使は見事に李蒙の警戒網をかいくぐって陳留へと到着したのであった。


「こ、これは真か!」

「はい。劉常剛様に任じられた劉玄徳様率いる軍が、そう遠くないうちに到着致します。それまで守り抜けば、我らの勝ちにございましょう」

「して使者殿。その軍には、孟卓様もおられるのだな」

「無論にございます」


 自分たちの主たる太守が、近くまで軍と共に来ている。軍勢の大将ではないのはいささかの不満もあるが、それでも主である張邈を含めた軍勢が近くまできていることに変わりはない。何より陳留で抵抗を続ければ、を守り切るどころか攻め寄せている敵を撃退させることができるという目処めどが立ったのだ。これだけの理由があれば、緒戦で負けて落ちた士気を回復させるには十分……いやそれ以上、士気を上げることができるというものだった。


「分かりました、使者殿。我らは陳留をしっかりと守りますゆえ、孟卓様や劉玄徳様へ、到着をお待ちしていますとお伝えください」

「承知しました」


 密使は陳留防衛の大将を務めている舒伯膺より手ずから渡された返書を懐にしまうと、すぐに劉備の元へ戻る為に出立する。陳留の城より遠ざかるその姿を、舒伯膺と弟の舒邵は頼もしげに見ていたのであった。

 李蒙の敷いている陳留の包囲網を抜けた密使は、ひたすらに劉備が率いる軍勢の元へと向かう。幸いなことに李蒙側に悟られることもなかったようで、追っ手が掛かることもなく無事に到着したのであった。流石に疲労困憊ひろうこんぱいといった体であるが、それでも密使から劉備へ返書が届いている。劉備は返書の中身に目を通したあと、張邈へ渡していた。最後まで読み終えた張邈は、今度は孫堅に渡している。渡された孫堅も目を通したあとには、董昭へ渡していたのであった。

 やがて全員が返書に目を通したことを確認したあと、張邈が口を開く。彼が太守を勤める陳留郡で起きていることなのだから、ある意味で当然と言えば当然であった。


「玄徳殿。一刻も早く向かうべきだと我は思うが、いかに!」

「無論です、孟卓殿。すぐに、救援へ向かいましょう」


 意思の疎通を図ることができた以上、まごまごしている理由はない。それこそ張邈が言う通り、一刻も早く陳留へと向かい、李蒙の軍勢を打ち払うべきであった。この決定に対してこの場にいる諸侯や将も、その思いに否はない。それゆえに全員が、張邈の言葉に対して頷き賛同していた。それから間もなく、密使が戻ってきたこともあって一時的に進軍を停止していた劉備率いる軍勢が、再び動き始めたのであった。





 陳留を攻めている李蒙だが、いまだに陳留が落ちていないと言う事実に苛立ちが募り、とても不機嫌となっている。しかも、彼の不機嫌さに追い打ちを掛けるかの様な報告も届けられており、彼の不機嫌さに拍車を掛けていた。その知らせと言うのが、未確認ながらも陳留より出たかも知れないという存在であった。劉備が派遣した密使だが、陳留への侵入時もそして離脱時も李蒙に気取られることがなかったことは前述した通りである。しかし李蒙が率いた軍勢も、まるっきり無能というわけではない。不確実であったが、もしかしたらという報告が、李蒙のところまで上げられてしまっていたのである。その報告を聞いた李蒙は、大きく眉を顰めることとなっていた。

 折角、陳留を囲んでいるにも関わらず、敵の連絡役と取れるような者の出入があるかも知れないという状況は、李蒙の機嫌を損ねるには十分である。それでなくても陳留攻めがはかどっていないことに苛立っていた李蒙の機嫌が、その報告によってさらに悪くなったとしても何ら不思議はなかった。実際彼は、思わず怒りに任せて陳留へ攻め込もうかとまで考えたぐらいである。だが、寸でのところで思い留まっていた。その理由は、徐栄である。虎牢関に籠る軍勢だが、形の上では徐栄が大将格で李蒙が副将格となっている。しかし、朝廷における官位は両者とも中郎将なのだ。その上、徐栄は既に曹操を蹴散らすという戦功を上げている。そこに来て自身が、仮に陳留を落とせたとしても、味方の被害が大きいとなってはどちらが戦功として上なのかは一目瞭然と言っていい。そのようなこと、とても許容できなかったのだ。徐栄が言わば、味方でもあるが出世の競争相手でもあると言う事実が李蒙を暴走する手前で押しとどめた形である。自身を落ち着かせるように何度が息を吸っては吐くを繰り返したあと、李蒙は本陣の外に出ていた。

 よくよく考えてみれば、外部との連絡役を陳留へ押し込めた形なのである。確かに連絡などされているかも知れないことは業腹ごうばらであるが、現状ではその連絡手段を潰したと考えていいだろう。なればあながち、悪い報告でもないのではと思えたのである。逆に考えてみれば、これで敵の動きを阻害したとも言えるのだ。


「……とはいえ、完全に安心ができるという状況でもないな。周囲の警戒を、より密にしておくべきだろう」


 暫く陳留を攻めている味方を眺めながら、独り言のように漏らす。それから李蒙は、幾らか斥候を改めて周囲に向けた放つことにしたのである。しかしてこのことが、結果として李蒙の命を救うことに繋がるのは実に皮肉であった。

 それから暫く時が経った頃、周囲に放った斥候が戻ってきたのである。しかもその斥候の様子だが、尋常ではない。重篤に近い重傷と言えるだけの怪我を負っており、何より戻ってきたのは少数だけである。その所数のうちで一人は、到着して間もなく怪我の為に死亡してしまったのだ。

 残りの人物に関しても大なり小なり家が負っており、数名に至ってはもしかしたらこの場で死にかねないのである。報告も大事だが、死なれてしまっては元も子もない。そこで李蒙は、重症の者は治療を優先させ、比較的怪我の重くない者からの報告を聞くことにしたのであった。


「済まぬが、緊急事態だ。許せ」

「……いえ。我も、役目を果たせ……なければ、意味がありま……せん」

「そうか。では、報告を受けよう」

「はっ。我らは、敵より……攻撃を受けました。多勢に無勢ということ……もあり、このような……情けない姿を晒しております」

「そのことについては気にするでない。それで敵だが、どちらからだ」

「き……北にございます」

「分かった。大義である」

「はっ……」


 李蒙に返事をしたあと、方向を述べた男は項垂れる。一瞬、死亡したのかと思われたが、どうやら違っていた。痛みに加え、何とか報告できたという安堵感から、気を失ってしまったのである。李蒙はすぐに本格的な治療をするようにと指示を出したあと、周囲に放っていた斥候部隊の全てを帰還させた。こうして敵の動きを把握できたのであれば、周囲に斥候を放つ理由がないからである。同時に李蒙は、威力偵察とも取れるような部隊を追加として派遣していた。これら部隊を複数派遣することで、より正確な敵の動きと規模を把握しようと試みたわけである。果たしてその結果得られた情報はと言えば、李蒙を驚愕させたのであった。


「そこまで近づいておるのか。それだけの規模の軍勢が!」

「は。我らも半数が……討たれました」


 最初に送り出した斥候部隊に比べれば多い数の兵で構成された部隊を送り込んだのだが、敵に遭遇した部隊の半数は討たれてしまったのだ。しかも生き残った者からの報告では、敵の援軍の総兵数は李蒙が率いる軍勢と同じかそれ以上とのことである。仮に同じであったとしても、陳留に籠っている兵が加わってしまえば、敵の方が兵数を上回ってしまうのは間違いない。そうなれば、今度は自身の軍勢が攻め込まれる立場となるのは必至であった。


「……これ、までか……」

「いかが致しますか?」

「もうすぐ日が暮れる。そこで、夜陰に乗じで兵を引く。よいな!」


 こうなっては、形振なりふりなど構ってはいられない。早急に、兵を引く必要があった。それに、ただ負けただけならばまだしも、負けた上に甚大な被害を出してしまったとなれば、たとえ生き残れたとしても今度は董卓から討たれかねないのだ。徐栄に戦功で離されることに苛立ちはあるが、自身が死んでしまっては何もならない。生き残ることができるからこそ、挽回することができるのだ。

 こうして撤退を決めた李蒙はと言うと、自身が命じた通り、夜になると撤退を開始する。幸いなことに満月が近かったこともあり、松明などの明かりを必要とせずに撤退できていた。それでも追撃は受けてしまったが、先に李蒙が撤退したことと、舒兄弟が陳留の守りを優先したこともあり、思ったほどの被害を受けることもなく李蒙の軍勢は陳留郡より撤退したのであった。

 なお防衛に成功した陳留では、敵の撤退と援軍の搭乗に援軍の登場に沸き立ったのは言うまでもない。その後、張邈は一時的に郡より離れて陳留に残り後始末をすることになる。その一方で劉備たちはと言えば、時を開けずして陳留より出立すると、酸棗へと向かったのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も

併せてよろしくお願いします。

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ご一読いただき、ありがとうございました。

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