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第六十三話~反董卓連合 七~


第六十三話~反董卓連合 七~



 初平元年(百九十年)



 鄴を出陣した劉備を大将とする軍勢は、兗州の軍勢が駐屯していた酸棗を確保するべく進軍を急がせていた。いかに軍勢が撤退したとはいえ、彼らが利用していた陣などは残っている。それゆえにこの地を董卓の軍勢に奪取されてしまうと、取り戻すことが難しくなるからだ。しかも距離的に言えば、徐栄と李蒙が籠っている要害の方が酸棗に近いのである。この距離的不利を補う為に、劉備たちは急がせていたのだ。その彼らの軍勢も、冀州との境を越えて、兗州の東郡へと入ることに成功する。その東郡の西にある燕にまで到着した時、劉備たちの元に一つの報告が届く。その報告の内容だが、それは董卓軍の動きについてであった。


「こ、これは! 真か!!」

「はい。間違いございません」

「どうなされた玄徳様」

「子経、これを見よ! 董卓旗下の軍勢が、陳留郡の治府へ向けて移動しているそうだ」

「何っ!」


 牽招は、劉備より渡された報告をまじまじと見る。果たしてそこには、劉備が言ったように李蒙の軍勢が陳留郡の治府に向けて移動している旨が記されていた。いかに酸棗を押さえようとも、陳留郡自体が落とされてしまっては劣勢となってしまう。それどころか、下手をすれば敵中に取り残されるといった事態にもなりかねないのだ。劉岱には劉逞が働きかけを行っているので、兗州の他の郡がすぐに敵側となる可能性はまだ低い。だがそれも、陳留郡を落とされてしまっては、情勢がどのように転がるかが分からなくなってしまうだろう。それこそ最悪の場合、兗州自体が董卓側へとなびくことになりかねないのだ。そして、ここでもし兗州刺史である劉岱が董卓に味方するようになれば、反董卓連合軍は分断されてしまう。その様な事態を避ける為にも、ここで陳留郡を落とさせるわけにはいかなかった。


「どうする、子経」

「玄徳様、まずは諸侯に伝えましょう。特に孟卓殿には必ず!」

「え? あ、ああ分かった……憲和、すぐに孟卓殿や諸侯を集めよ」

「はっ」


 取りあえず劉備は、簡雍に命じて牽招へ言われた通り孫堅や鮑信、張邈や張超などといった者たちを呼び寄せることにした。さて、何ゆえに牽招が張邈を特別視したのか。それは、張邈こそが陳留郡の太守だからである。|元々の目的地であった酸棗を含め、陳留郡を足掛かりとしている以上、太守の協力は欠かせない。だからこそ、陳留郡太守の張邈に知らせないという選択肢は存在しないのだ。なお、劉備だが、今回の事態に際して牽招ほどには危機感を持っていなかった。確かに陳留郡が落ちるのは不味いと考えてはいるものの、だからといって牽招がそこまで慌てるような事態とは思っていなかったのである。つまり劉備自身、陳留郡が敵の手に落ちることで起きるかも知れない事態についてまでは把握していなかったのだ。そのような雰囲気を劉備の表情から気付いた牽招は、一つため息をつくと前述した様な事態が起きる可能性について懇々こんこんと諭したのである。そこまでの事態にまで発展しかねないことまで理解していなかっただけに、劉備は自身の顔色を悪くしたのであった。


「そ、それならば、多少はぼやかして伝えた方がいいのではないか?」

「いえ。隠さず、ありのままを伝えた方がよろしいかと存じます」


 下手に情報を隠して、そのことがのちに判明した場合に起きるかも知れない事態の方が厄介だと牽招は考えたのだ。それならば、正直に伝えた方がいい。特に張邈がいる以上、それはなおさらであった。


「……分かった。そなたの言う通りにしよう」

「はっ」


 それから間もなく、呼び寄せた者たちが現れる。なおいの一番に現れたのは、張邈である。続いて彼の弟となる張超が続き、やや遅れて孫堅や鮑信が現れた。呼び寄せた全員が揃うと、劉備は牽招の進言通り一切隠すことなく彼らへ情報を伝えたのだ。ここにきて聞かされたまさかの情報に、流石の彼らも動揺を隠せないでいる。その中ではやはり、陳留郡の太守である張邈の動揺が大きかった。しかし張邈は、漢の八厨とまで言われた男である。内心は兎も角として表面的には動揺していない様に振舞いつつ、すぐに向かうべきだと申し出たのであった。


「ここで陳留郡を落とされることは、我らにとっても危険であると考える。ここは一刻も早く、救援に向かうべきだ」

「孟卓殿。貴公の申し出は理解する。しかし、酸棗はどうする。放っておくと言われるのか?」


 ここは、あえて酸棗を放っておくという選択肢もないではない。しかし陳留攻め自体が実は囮であり、本命は酸棗であった場合、その選択は悪手となってしまう。陳留救援の為に全軍を向けたせいで、酸棗を董卓側に奪取されては本末転倒ほんまつてんとうとなってしまうからだ。だからと言って、陳留攻めを放っておくというのも愚策でしかない。実は陳留攻めこそが、本当の目的かも知れないからだ。いかにするべきかと悩み始めたその時、劉逞から派遣された将の一人である董昭が発言をした。実は彼こそが、劉逞より派遣された援軍を率いる大将なのである。劉岱の離脱に関して重く見ていた劉逞は、重臣の一人である董昭を派遣したのであった。なお、彼の他には、呂布や張遼などが派遣されている。要するに董昭以外は、元丁原の家臣たちであった。


「ここは、軍を分けるべきかと。それに……子経殿もそうお考えでしょう」

「流石は公仁殿、我の考えなどお見通しにございますか」


 実は牽招も、ここは軍を分けるべきだと考えていた。様々さまざまな情報から、成皋の要害に籠っている中心人物は徐栄と李蒙ということは判明している。そして陳留へと向かっているだろう軍を率いているのが李蒙であることは、旗印からも判明している。そうであるならば、もし酸棗へ攻め寄せる軍勢があるとすれば、その軍勢を率いているのは徐栄となることは間違いなかった。


「なれば酸棗へ向かうその役目、我がうけたまわろう」


 そこで進言したのは、鮑信であった。

 橋瑁が劉岱に討たれるという予想外の事態が起きたことが原因とはいえ、軍勢を預けていた息子の鮑卲が酸棗から逃げるように離脱しなければならなかったことには、内心で忸怩たる思いが彼にはある。この上、董卓軍に酸棗を奪われるなど、我慢ならない。勿論、彼も徐栄が酸棗へ来訪するかどうかなど分かっていない。もしかすれば、ただの憂慮でしかないことも承知している。しかしそれでも、董卓軍に占領されてしまうという事態だけはどうしても避けたかったのだ。すると鮑信に続いて、息子の鮑卲も名乗りを上げる。彼としては、事情があるとはいえ酸棗を放棄した当事者である。無論、劉岱に喬瑁が討たれたという事情をかんがみれば、致し方ない側面はある。それであったとしても、悔しい思いは彼の中で渦巻いていたのである。その様な息子の思いに触れた鮑信は、何も言わずに頷いている。その後、鮑信は改めて劉備に対して自分と息子が酸棗へ向かうことを進言した。


「……分かりました。貴方がたには、酸棗へ向かっていただきます。玄徳様、残った者で陳留へ救援に向かいましょう」

「そ、そうだな。うむ……では、すぐにでも行動を移しますぞ!」

『おうっ!!』


 こうして彼らは軍勢を二つに分けると、酸棗の確保は鮑信と鮑卲に任せることとなる。そして劉備率いる本隊は、陳留へと急ぎ向かったのであった。





 劉備率いる本隊が陳留へと向かっている最中さなか、その陳留では戦端が開かれようとしていた。陳留郡へと侵入した李蒙が率いる軍勢は、もぬけの殻となっている酸棗などには目もくれず、郡治府のある陳留を目標としていた為である。まさか酸棗ではなく、陳留へ攻め込んでくるとは想定していなかった張邈よりあとを任されていた舒伯膺は、完全に裏をかかれた形であった。それでも舒伯膺が急いで迎撃の為の軍勢を調えて出陣したことで、陳留に急襲されるという事態だけは避けることに成功している。最悪、急襲される可能性もあったことを考えれば、迎撃できているだけまだましであったと言えた。

 陳留と陳留の北西にある浚儀との中間よりやや陳留よりで、舒伯膺は李蒙の軍勢は相対したのである。とるものも取り敢えず出陣した舒伯膺と違って、万全の準備を調えてから出陣した李蒙の軍勢である。士気も兵の数も、李旻の軍勢を上回っていた。そのことに関しては舒伯膺もおぼろげながらも感じてはいたものの、出陣して一戦も交えずに引くなどできるわけがない。味方が劣勢であることは十分承知の上で、舒伯膺は李蒙の軍勢と干戈を交えたのであった。とはいえ、士気も兵数も上の相手と正面から戦を交えたところで勝ちを拾うなど難しい。惜しむらくは、事前に策を弄するだけの時間がないことであった。


「申し上げます! 先鋒、打ち破られました!」

「もうか!」

「はい。敵軍は味方の先鋒を打ち破った勢いに乗じて、一気に兵を進めております!!」


 舒伯膺は、兵数が上回る李蒙の軍勢と正面から戦わざるを得ない状況を打破する為、弟である舒邵に兵を預けて、李蒙の本陣を急襲するつもりであった。その為、前線で敵の進撃を押さえることを想定していたのである。しかしながら、その隙すらも李蒙は作らせなかったのだ。

 この状況で味方の軍勢を分けるなど、自殺するのと同様でしかない。それゆえに舒伯膺はこの事態を挽回するべく、必死に頭を巡らせる。しかしながら、そう簡単に現状を覆すような名案など出てきはしなかった。


「……兄上、そなたは引いてくれ。この場は、我が引き受ける」

「何を言うのだ、仲膺」

「分かっているのだろう? 大将である兄上が、討たれるわけにはいかないことぐらい」


 舒邵の言葉に、舒伯膺は二の句が継げなくなった。彼が言う通り、張邈の代理として陳留の守りについている舒伯膺が討たれてしまえば、陳留郡の治府がある陳留だけでなく陳留郡そのものが李蒙の手に落ちてしまう。張邈が反董卓連合に名を連ねている以上、何としてもその様な事態だけは避けなければならなかった。


「しかし!」

「兄上!!」

「ぐっ……分かった。そなたの言う通りにしよう」


 断腸の思いで、舒伯膺は撤退を決める。そして殿しんがりとして、弟の舒邵を任命したのである。殿を命じられた舒邵はよく役目を果たし、兄の撤退を補佐している。そして自身もまた撤退に成功し、陳留まで戻ってきたのだ。しかし無事とは言い難く、自身も怪我を負ってしまっている。そればかりか、率いた軍も半数が討たれるなり逃亡するなりしてしまっていた。とは言うものの、舒伯膺は弟の生還を喜び迎えている。その後、舒伯膺は陳留へと籠ったのだ。彼が籠城した理由は、張邈からの書状が届いたからである。緒戦で手痛い損害を負ったとはいえ、籠城するならまだ持ち堪えることができる。そのあいだに張邈が間に合えば、李蒙の軍勢を蹴散らすことも可能だからであった。


「くそっ。忌ま忌ましい」


 このように籠城戦へと移行してしまったことに、李蒙は思わず悪態をついてしまった。彼の思惑では、戦場で決着をつけるつもりだったからである。思惑通り首尾よく軍勢を打ち破ったのはいいが、殿を務めた舒邵に翻弄されてしまったのである。お陰で敵本隊の撤退を許したばかりか、殿の撤退も許してしまったのだ。その結果、生み出されてしまった籠城戦というこの状況では、悪態の一つもつきたくなるというものである。たとえそれが自身のせいだとしても……いや、自身のせいだからこそ余計に腹立たしく、彼は悪態をついてしまっていたというわけであった。


「ともあれ、早々そうそうに陳留を落とさねばなるまい」


 門を閉じ、まるで貝の様に守りを固めている陳留を落とす為に李蒙は、じっと睨みながらも思案を巡らすのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」も

併せてよろしくお願いします。

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ご一読いただき、ありがとうございました。

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