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第六十話~反董卓連合 四~


第六十話~反董卓連合 四~



 初平元年(百九十年)



 曹操の激に応えた劉岱によって、酸棗から軍が出陣した。とはいえ、兗州全軍が揃って出陣したわけではない。何より進軍を提案した曹操自身が、拙速な行動を望んでいたこともあって、大軍での出陣は叶わなかったのだ。この出陣に参画したのは、言い出した曹操は無論のこと、済北国の相である鮑信が弟と共に加わっている。その他にも、曹操の友人でもある張邈が、家臣の衛茲を与力として派遣させていた。また、彼らばかりではない。兗州の諸侯からも、それなりに将兵が派遣されていたのだ。

 一方で董卓軍ではあるが、何とこの動きを察知していたのである。それと言うのも曹操が攻略を言い出した虎牢関には、董卓によって派遣された将である徐栄が副官の李蒙と共に入っていたのだ。虎牢関へと着任した徐栄は、すぐさま斥候を放っていたのである。勿論、目標は酸棗に駐屯している軍勢であった。敵と相対するに当たって、相手の情報を仕入れていたいと考えた為である。そして徐栄にとっては幸運なことに、しかし曹操にとっては不幸なことに徐栄の放った斥候が酸棗における軍の動きを察知してしまったというわけであった。当然だが斥候を率いていた者は、すぐに取って返すと徐栄に報告している。斥候からの報告を聞いて、流石に徐栄も驚いたという。しかし彼は、驚いているだけの男ではない。すぐに落ち着きを取り戻すと、少しの間だが考えにふけっていた。


「いかがする、徐中郎将」

「……ふむ。李中郎将は残り、守りを固めてくれ。我は打って出ようと思う」

「承知した」


 李蒙に虎牢関の守りを任せると、酸棗より出陣した軍勢を迎撃するべく出陣した。果たして徐栄が向かったのは、滎陽である。続報により徐栄は、酸棗から出陣した軍勢が向かうのは汴水だと当たりを付けていたのである。そこで彼は、奇襲を仕掛けようと考えたのだ。やがて滎陽へと到着した徐栄は、さもそこに自身が軍勢を率いて駐屯していると見せかける為に、自軍の旗を多数立てておく。その裏で自身はさらに進軍し、汴水から少し離れた場所に潜み酸棗からの軍勢が到着するのを今か今かと待ち侘びていたのである。そしてついに汴水へ、曹操を大将とした軍勢が現れたのであった。





 汴水近くへ到着した曹操は、渡河する前に周囲へ斥候を派遣している。ここで奇襲を仕掛けられることを警戒してであったが、幸いなことに敵の姿は見受けられない。その事実に内心で彼は、やはり兵の数よりも拙速に動くことを望んで正解だったと安堵していた。敵勢がいないことを確認した曹操であったが、念の為か汴水を渡る前にも斥候を放っている。そして派遣した斥候が戻るまでの間、休憩を挟むことを軍勢へ告げていた。すると、鮑信や衛慈は賛成する。しかし、劉逞の命によって曹操の与力となっていた程普が渡河に対して疑問を呈したのであった。


「孟徳様。下手に渡河をしてしまうと、背水の陣となりかねませぬか?」

「徳謀殿。それは、我も考慮している。渡河する先に対しても、斥候は放っている。その報告次第では、方針を変える。ご案じされるな」

「そう、ですか。分かりました」


 曹操とて、馬鹿ではない。彼は渡河する先にも、斥候は放っていたのだ。それから暫く時が経った頃に、派遣した斥候が順次戻ってきた。その斥候からの報告では、周囲は無論のこと、渡河する先にも敵の姿は見当たらないということである。その報告を聞いた曹操は、汴水の渡河の決断をしたのであった。ただ惜しむらくは、もう少し広範囲に渡って斥候を放つべきであったことであろう。先を急ぐあまりなのか、曹操もそこまで広く斥候を放っていない。その為に、汴水よりやや距離を置いた場所へ潜めた徐栄の軍を把握できなかったのであった。

 休憩を挟んだこともあって、拙速な進軍による疲労も大分回復した曹操率いる軍勢は、汴水の渡河を開始した。順調に渡河が行えていることに安心し、まだ自身たちが敵に察知されていないという思い込みを生んでしまう。それは兵だけでなく、兵を率いる将も同様であった。こうして軍勢の半数が渡河を完了した頃、やはり渡河を終えていた曹操は軍勢を調えて始めている。だが正にその時、周囲から鬨の声が上がったのであった。


「何ごとか!」


 鬨の声を聞き咎めた曹操が、思わず誰何すいかしている。しかしながら、誰も答えられる者はいなかった。すると曹操は、すぐに周囲の状況の把握をするべく、人を放ったのである。同時に彼は、周囲の守りを固めるようにとも厳命した。事態は全く把握できていないが、異常な事態となっていることぐらいは分かっているからである。取りあえず曹操は、自身の身の安全を確保する為の行動に出たというわけであった。とは言うものの、状況が分からないということは不安の芽を生じさせるには十分である。しかも鬨の声は変わらずに聞こえており、不安な気持ちに拍車を掛けていた。するとその時、派遣した一人が曹操の元へ転がり込んでくる。しかも彼の鎧には、矢が二本ほど突き立っていたのだ。


「ご……ご報告、いたします……敵の、奇襲にございます」

『何っ!?』

「は、旗印は……徐!」


 最後に叫ぶように男は、旗に記されている徐の一文字を伝える。その言葉を放つと、そのまま力尽きたかのように倒れ込んでしまう。慌てて曹操の甥となる曹安民が抱きかかえるも、彼は静かに首を振っていた。とはいえ、彼の働きで先ず状況の把握ができたことは幸いである。すぐに曹操は、敵を排除する為の命を出す。しかしながらその命は、遅きに失していたのであった。





 話を少し戻し、曹操たちが汴水の渡河を始めた辺りである。徐栄の率いる軍勢は、身を隠した場所にて静かに待機していた。程なくして、曹操率いる軍勢が渡河を開始していた。やがて敵軍勢の半数ほどが渡河し、曹操もまた渡河し終えた頃になると、徐栄は満を持して伏せていた旗下の軍勢に号令を発したのである。その直後、鬨の声を上げながら兵が曹操の軍勢に対して奇襲を仕掛けたのだ。敵軍勢からもたらされたまさかの奇襲であり、これには曹操が率いているとはいえ兵は右往左往うおうさおうしてしまう。一時とは言え烏合うごうの衆と化してしまった敵兵を、それこそ徐栄の軍勢はなで斬りにしていったのだ。


「押せ、押し出せ! 敵を汴水に、追い落としてまえ!!」

『おおー!』


 徐栄に叱咤に後押しされた軍勢は、さらに意気軒高いきけんこうとなり次々に敵勢を討ち取っていく。この為に汴水の川岸は、血で血を洗う場所へと変貌していった。しかし、いかに奇襲を掛けられたとはいえ、いつまでも混乱しているわけでもない。この頃になると、流石に曹操たちも兵を取り纏め反撃に出ていた。しかし急襲され、その上損害は味方の方が多い状況に、士気は上がらない。その為、総兵力で言えば多い筈の曹操の軍勢の方が、押されてしまっていたのだった。こうなると、勝敗の天秤は曹操側ではなく徐栄率いる董卓側へと傾いていく。時間が経つと共に、兵の数が多い筈の曹操の軍勢の方が押し込まれていく。すると後方から、戦場より逃げ出す者が出始めていた。


「お、俺は死にたくない! 死にたくないんだ!!」

「そ、そうだ!」


 一人、また一人と逃げ出し始めたわけだが、するとその動きにつられるように回りの兵も逃げ出し始める。それは周囲へと伝播でんぱし、やがて大きな流れとなっていった。ことここに至り曹操は、軍の立て直しは難しいと判断する。胸の内に悔しさ渦巻く自身を落ち着かせる為か、彼は暫く瞑目めいもくした。そして目を見開くと、これ以上の損害は許容できないとして撤退の命を出したのであった。

 全軍撤退の命を出したあと、曹操は矢継ぎ早に命を出そうとする。それは、殿しんがりの任命であった。少しでも被害を抑える為には、どうしても殿がいる。率いている軍の崩壊を押し留める為にも、必要だからである。しかしその段になり、まさかの事態が起きる。何と曹操の元へ、一筋の矢が伸びてきたのだ。とはいえ、狙われたわけではない。偶然に曹操へと流れ矢が向かったのである。その流れ矢だが、着こんでいた鎧のお陰もあって致命傷には至らないで済む。しかし彼が損傷を受けたことも事実であり、その為か曹操はつまずいてしまった。しかもその様子を、敵の小隊に見付けられてしまう。さらに問題であったのは、目撃した敵小隊の一人が曹操の顔を偶々たまたま見知っていたことであった。


「あれは……曹操! その首、貰った!!」


 その男は、一気に近づくと剣を振り降ろす。しかし曹操は、どうにか剣を抜いて受け止める。だが体勢が悪く、少しずつ押されていく。もう少し押し込めば曹操の首まで剣が到達するかと思われたその時、男の体が大きく仰け反っていた。そして次の瞬間、すぐ間近から人が切りつけられたような音とうめき声が聞こえてくる。果たして男は、白目を剥くと倒れ込んでしまっていた。次々つぎつぎと目まぐるしく変わる状況に、曹操は目をしばたかせてしまう。その曹操に向かって、一人の男が声を掛けたのであった。


「孟徳! 無事か!?」

「あ? た、助かった。子廉!」


 窮地に追い込まれていた曹操を救ったのは、いとこの曹洪であった。だが、曹操を助け出したのは彼だけではない。曹洪が切りつける直前、他の者が手助けをしていたのである。その者とは、太史慈であった。彼もまた、程普と共に劉逞から与力として付けられた者である。その太史慈が、曹操に襲い掛かっていた男を射抜いたのだ。急所近くを射抜かれてしまったその男は、いきなり自身を襲った痛みのあまり、大きくのけぞってしまったというわけである。そこに生まれた致命的と言える隙を突く形で、曹洪が切り掛かりる。これにより曹操を討たんとしていた男は、大きな手柄首を得る寸前でこと切れてしまったというわけであった。


「引くぞ!」

「あ、ああ。分かった」


 既に撤退の命を出している以上、このまま残り続ける意味などない。曹操は敵の追撃を止める為の殿を残すと、曹洪に守られながら彼の探してきた小舟に乗りまたしても汴水を渡河し始めていた。そんな曹操の周りは、曹操の家臣でもある曹一族の曹仁と曹純の兄弟。他にも夏侯惇や夏侯淵、さらには劉逞の派遣した程普や太史慈や張楊などといった者たちが守りを固めている。彼らから守られつつも曹操は、どうにか虎口より脱したのであった。

 のちにこの戦だが、戦場となった地に因み「汴水の戦い」と称されるようになる。ここでこうむった被害は思いのほか大きく、張邈が派遣した衛慈や、鮑信の弟に当たる鮑韜。そして劉岱などの兗州諸侯から派遣された将にも、少なからず損害が出ていたのであった。しかし曹操も、一廉の人物である。汴水をどうにか渡河し終えると、生き残っている将兵をすぐに再編成し追撃を仕掛けてくる可能性を潰すべく動いていたのだ。


「よいか! 我らはこの地で、敵勢を迎え撃つ!! 汴水の対岸で屈辱、そっくり返してやれ!」

『……お、お、おおっ!』


 確かにこの地で待ち受ければ、汴水を渡り攻め寄せてくる徐栄へそっくりお返しができるというものだ。いや、それ以上にのしを付けて返してやる。それぐらいの思いまで、兵たちに生まれていた。お陰で奇襲を仕掛けられたことで下がっていた士気が、ある程度だが回復する。とは言うものの、士気を回復させた曹操の手勢を含めて軍勢は相当数減っている。実際、劉岱らが付けた将兵を除いて彼が直接指揮する軍勢の割合は、曹家の所属の者より劉逞が付けた兵の方が多くなっているぐらいである。それであるにも関わらず軍勢の士気を最低よりいささかでも回復させた当たり、流石と言える人物であった。

 しかしてこの動きを渡河前に斥候を放つことで知り得た徐栄は、一気に酸棗まで攻め込み侵攻軍を蹴散らすことには無理があると判断した。いささか消化不良ではあるものの、衛慈や鮑韜などといった名のある者を討ったことで一まずの戦果は上げたとした徐栄は判断する。それゆえに彼は、汴水を渡河せずに兵を纏めると李蒙に守らせている虎牢関へと引いたのであった。

 事実上の負け戦により、酸棗に駐屯する劉岱の軍勢は著しく動きを鈍らせることとなってしまう。どうにか酸棗へと戻ってきた曹操であったが、これで終わる気はない。失態を挽回する為に、次なる策を劉岱に提案していたのである。しかしながら劉岱は、首を縦に振ることはなかった。彼は先の「汴水の戦い」の被害が思いのほか大きかったことで、尻込みしたのである。その優柔不断な態度に腹は立ったが、先の戦で負けてしまった手前、曹操も強く言うことはできない。それに何より手勢が減ってしまったこともあり、曹操の発言力がより一層下がったことも拍車を掛けていたのである。結局、曹操は不満を表しつつも劉岱に対する提案は、沈黙せざるを得なかったのであった。

 一方で事実上の勝ち戦をもぎ取った徐栄は、虎牢関へ戻ると、「汴水の戦い」における趨勢を董卓へ報告している。劉弁の激を起点として起きた軍勢への対処を行うべく畢圭苑に本陣を置いていた董卓であったが、この勝利の報を聞いてついに彼は洛陽から長安へ遷都する為の準備を始めたのである。その一環として、董卓は長安から将を数名ほど呼び寄せたのであった。

 なお、この遷都への準備に関してだが、太尉の黄琬と司徒の楊彪が反対の意を示している。すると董卓は彼らの言葉に怒りを覚えたらしく、即日二人を罷免したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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