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第五十八話~反董卓連合 二~


第五十八話~反董卓連合 二~



 初平元年(百九十年)



 年も明け正月も終わりを告げた頃、劉逞は上座に腰をおろしている劉弁に対して言上していた。


「弘農王様、いよいよにございます」

「うむ。常剛よ、しかと頼むぞ」

「はっ」


 劉弁に対して頭を下げたあと、劉逞は振り向く。果たしてそこには家臣筆頭と言える盧植の代理を務めている程昱を始めとした者たちや、幼馴染みの趙雲や夏侯蘭や趙翊らが勢揃いしていた。


「これより我らは、逆賊董卓を討つべく挙兵する!」

『おおー!』


 宣言を聞き意気軒高いきけんこうと言っていい者たちの様子を、劉逞は満足そうに、上座にいる劉弁は頼もし気な表情をして頷いていたのであった。



 いよいよ董卓に対して、公然と反旗をひるがえした諸侯が相次いで挙兵した。最初に兵を挙げたのは、言うまでもなく弘農より脱出した劉弁を保護していた并州牧の劉逞である。それから間もなく、曹操もまた兵を挙げている。すると二人に続けと、兗州牧の劉岱と豫州刺史の孔伷が兵を挙げる。こうなると、漁夫の利を狙っていた冀州牧の韓馥も兵を挙げたのであった。

 また、并州と冀州と兗州と豫州とは別に、兵を挙げた刺史がいる。それは驚いたことに、青州刺史の焦和であった。青州においては、黄巾賊残党による反乱がおきた地である。確かに討伐の命を受けた陶謙によって、徐州まで一度は進撃した黄巾賊残党は蹴散らされている。しかしながら黄巾賊残党が蜂起した青州では、いまだに争乱の真っただ中にあるのだ。そのような地で反董卓の軍勢に加わるべく兵を挙げ、しかも進軍を行おうものなら狙われることは必至である。そして事実、その通りとなってしまったのだ。

 そもそも論として、焦和に黄巾賊残党を鎮圧できるだけの力があるのならば、既に反乱は鎮圧されている筈である。しかし黄巾賊残党が、青州刺史の率いる軍に大敗したという事実はない。もしあれば、陶謙が討伐の任を帯びることなどなかったのだ。だが実際には、陶謙が討伐を命じられている。つまり焦和には、反乱と言う事態を治めるだけの才などないに等しいと言ってよかった。


「おのれ黄巾の賊どもが! 漢の為という大義の軍を邪魔するなど!」


 焦和は、声を張り上げるもその声は震えていた。何せ彼は、必死に馬を走らせて戦場から逃げているのである。いつ殺されるか分からないという恐怖から逃れる為、要は現実逃避として声を張り上げているだけなのだ。つまるところ、彼の挙げている怒声は虚勢の裏返し以外の何物でもないのだ。その様な焦和であるが、ほうほうの体ながらも州治府のある斉国の臨菑まで逃げ遂せている。しかしながらこの敗戦によって、青州の情勢は最悪と言っていい状態にまで下がってしまう。お陰で徐州から黄巾賊を撃退し漸く人心地着いたと思っていた陶謙は、慌てて軍の再編を行わざるを得なくなってしまったのであった。

 そしてもう一人、反董卓の軍勢に呼応するべく兵を挙げようと考えた人物がいる。それが誰かと言えば、荊州刺史の王叡であった。実は彼も、檄文に従い兵を挙げるべきと考えたのである。だが王叡の心うちには、一つの懸念があった。その懸念とは、武陵太守を勤めている曹寅の存在であった。何しろ王叡と曹寅は、犬猿の仲と言っていいぐらいに反目している。そこで王叡は、蜂起するに当たって邪魔な曹寅を殺害しようと考えたのだ。

 ここで王叡が考えた曹寅を殺害する手段だが、長沙太守を勤める孫堅を利用しようと考える。だが、よりにもよって、標的とした曹寅にその思惑と動きを悟られてしまったのだ。無論、曹寅としても、殺されるつもりもない。そこで曹寅は反撃の手段として、ある人物の檄文を用意する。その人物のとは、光禄大夫の地位にあった温毅であった。とは言うものの、簡単に檄文など用意できる筈もない。つまり曹寅が用意した檄文とは、実は偽物に他ならなかった。


「この書状をあの者に送れば……ふふふふ……」


こののち、曹寅は捏造した檄文をある人物へと送り付けたのである。その人物とは、何と王叡と同じく孫堅であった。

 こうして図らずも王叡と曹寅からお互いを討つようにという文書を送られた孫堅であったが、彼が選んだのは曹寅からの檄文であった。さて、孫堅が何ゆえに荊州刺史である王叡からの書状ではなく曹寅からの書状を選んだのか。それはひとえに、王叡の自業自得であった。それと言うのも王叡は、かねてより孫堅のことを馬鹿にする言動が多かったからである。つまりこの機会に乗じて、彼は溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと考えたのだ。


「して叔父上。いかにして、王叡を討つつもりなのか?」

「それはな伯陽、王叡の思惑を利用するのよ」


 甥に当たる孫賁からの問い掛けに対して孫堅は、王叡からの書状を手にしながらそう答えたのであった。

 さて、孫堅の立てた策だが、王叡からの要請に応えたことにするというものである。元から曹寅を攻めさせるつもりの王叡なので、孫堅が軍勢と共に来訪したとしてもおかしいと思わない。寧ろ、これで策は成ったと考える筈である。孫堅はそんな思惑を利用して軍を率いたまま王叡の元へ向かい、そのまま攻めるつもりであったのだ。

 そして王叡も、まさか孫堅から攻められるとは夢にも思っていなかったこともあり、碌な対応ができないままに撃滅されてしまう。いよいよ絶体絶命ぜったいぜつめいの窮地に立たされてしまった王叡は、もはやこれまでと諦め、毒をあおり自ら命を絶ったのであった。なお王叡の家族と一族についてであるが、利用したことに罪悪感でも持ったのか孫堅によって保護されている。その後、彼らは孫堅の言葉に従い、揃って盧江へと移動したのであった。


 さて、話を劉逞へと戻す。


 各地で挙兵した諸侯だが、彼らは顔を揃えていた。その場所はどこかというと、常山国の元氏である。また元氏には、諸侯だけではない。劉逞により弘農からの脱出に成功した劉弁も、同行していたのであった。


「よくぞ、董卓打倒という予の声にこたえてくれた。朕は嬉しく思う」

『はっ』


 上座に腰を下ろす劉弁からの声を聞き、控える諸侯一同は揃ってこうべを垂れていた。そんな劉弁からの声掛けが終わると、彼らは董卓を討つ為の実質的な話を始める。まず彼らが決めたのは、総大将の選出であった。しかし厳密に言えば、総大将は既に決まっている。それが誰かと言えば、檄文を作成した劉弁に他ならなかった。しかしながら、彼は軍を率いたことなどただの一度もない。そのような劉弁に、軍勢を率いて洛陽へ攻め上がるなどといった芸当ができる筈もない。つまり彼らが選出しようとしているのは、劉弁の代わりに軍勢を統括する者であった。

 これは劉弁が指名してもいいのだが、先にも述べたように劉弁には軍を率いた経験がない。だからこそ、諸侯の推薦を受けた者を劉弁が指名し任命するという形としたのだ。果たして諸侯より推薦された人物はというと、やはり劉逞である。そもそも劉弁の檄文を受け取った人物は、劉逞である。ならばその劉逞が、劉弁に変わり軍を率いるのは当然の仕儀であった。しかも劉逞自身、皇族の一人である。その上、今までに数々かずかずの軍功を手にしている。その意味でも軍勢を率いる、いわば総大将代理としては打ってつけであると言えた。


「承知した。弘農王様に代わり、この度遼将軍たる劉常剛がお引き受け致す」


 事実上の諸侯による連合軍を率いる総大将となった劉逞によって、これからの方針が言い渡される。まず攻め手だが、四路から司隷へと攻め込むこととなった。本陣は、この常山国元氏となる。名目上とはいえ総大将となる劉弁と、そして総大将代理となる劉逞は、本陣にて駐屯する。そして四路から攻め込む軍勢についてだが、冀州から一軍、兗州から一軍、豫州から一軍、最後に荊州からの計四つの軍による進軍であった。しかし、荊州に関しては、他の三軍と違って足並みをそろえることが難しい。前述したように荊州では刺史の王叡が自業自得とはいえ孫堅に討たれてしまった為、現在荊州で混乱が生じているからである。どのような形であれ、荊州での混乱がある程度でも治まりを見せない限りは南方からの進軍は難しいと言わざるを得なかった。

 こうしておおよその体制が伝えられたあとは、そのまま景気付けの宴となる。代理ということで劉逞が音頭を取り、董卓を討つための誓いのようなものをたてたのである。途中で劉弁は退出したが、代理の劉逞は最後まで残っていた。そして明けて翌日、諸侯は昨日さくじつの取り決めに従い、順次進軍を開始したのであった。

 本陣とした元氏に残る劉逞たちを除き、諸侯が出陣してから数日後、その劉逞に対して面会を申し出る者がいることが伝えられる。誰かと思ったが、その名前を聞いてすぐに会う旨を伝えたのであった。


「お久しぶりにございます、常剛様」

「おお、子幹! 体はもういいのか」


 そう。

 本陣に現れたのは、揚州の周家で体を復調させるべく励んでいた筈の盧植である。彼も今回の事態に際し、揚州から元氏へと駆けつけたのであった。ただ、まだ療養中ということもあり慎重に旅をしてきた為、残念ながら軍議には間に合わなかったである。すると盧植は、元氏に到着するなり、劉逞に対して面会を申し出る。そこで彼は、挨拶直後に詫びを入れたのであった。とはいえ、前述したように盧植は病気回復後の療養中である。半ば無理を推してこの場に現れているのであり、劉逞も遅参に関しては特に言及しなかったのであった。


「ところで子幹、一つ尋ねたいのだが」

「何でしょう」

「そなた共に現れた三人についてなのだが、それは本当なのか?」

「はい。間違いございません」


 実は盧植の他にも、揚州からの同行者として三人ほどがこの場にいたのである。一人は年の頃なら三十後半から四十へ差し掛かろうかという壮年の男性である。そして彼とは別に、年の頃なら十四から十五才ぐらいとなる若い男が二人ほどいたのであった。先に述べた壮年ぐらいの男性だが、彼は周異である。そして若い二人の男だが、一人は美形と言って差し支えない人物であり、もう一人は年の割にはしっかりとした体つきである。果たして二人は誰なのか、美形の男は周異の息子である周瑜となる。そして、若い割にはしっかりとした体つきの男だが、彼は驚いたことに孫堅の嫡子となる孫策であった。

 そんな彼らからの話を聞く限り、まだ体が完全とは言えない盧植を心配してとのことである。他にも周異と蔡邕との関係もあって、彼らはこの場に盧植を送り届けたということであった。その意味で言えば周異がいることも、そして彼の息子である周瑜がいることも分からなくはない。しかしながら、孫策がいることには劉逞も首を傾げざるを得なかった。


「その、孫伯符殿。一つ尋ねたい」

「何でしょうか、常剛様」

「そなたがこの場にいること、父上はご存じなのか?」

「はい。揚州を出る前に、父には知らせております」


 劉逞の問いに答えた孫策であったが、その際に盧植が苦笑を浮かべる。そして同行している周異が、苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めたことを劉逞は目ざとく気付いた。その仕草で劉逞は、孫策の言葉が持つ真の意味に気付いてしまったのである。確かに孫策は、本人が言った様に父親である孫堅へ伝えてはいる。しかし文字通り伝えただけであり、返事に関しては全く持って聞いていないのだ。その様な事情を知っているからこそ、盧植は苦笑を浮かべたのである。そして周異が、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべたのもまた同様な意味合いであった。


「……相分かった。孫文台殿へは、我の方からも知らせておこう。また、伯符殿自身は文台殿からの処遇が分かるまで我が身柄を預かる。よろしいな」


 静かだが、有無を言わせない迫力と共に劉逞は三人に伝える。流石にまだ若い孫策と幾多の大小問わず戦いを経験してきた劉逞とでは、その身が持つ経験から発せられる気迫が違う。それゆえに孫策にしては珍しく気圧けおされてしまったのだが、それは周異や周瑜も同じである。誰も否とも言えず、こうべを縦に振るしかなかった。

 なお、この会談のあとで劉逞は、口頭で孫策へ伝えたように孫堅に対して書状を出している。彼が王叡を討ったことに関してだが、曲がりなりにも光禄大夫の檄文が存在していることとなっている。何より劉弁が、大事の前の小事だとして追及しない旨を劉逞に伝えている。その意味でも、荊州で起きた事象に関しては放っておくしかなかったのだ。

その為か劉逞は、荊州のことは一切触れず孫策の件についてだけ事実のみを書状にしたためたのである。のちに劉逞からの書状を受け取った孫堅だが、始め王叡のことなのかと内心で身構えていた。しかし書状を読み進めるに当たって、安堵が彼を包む。しかるのちに息子の、それも嫡子である孫策の行動には頭を抱えることとなった。

 そもそも孫策を筆頭に家族を揚州の周家へ向かわせたのは、自身が死ぬかもしれないという万が一の事態を考えてのことである。それであるにも関わらず、嫡男である孫策が勝手に冀州へと赴いたのだから孫堅の気持ちは押して知るべしであった。文字通り頭が痛い孫堅であるが、取りあえず返書をしたためるより他にない。彼は詫びの言葉を入れつつも、いずれ合流した際に孫策を引き取る旨を伝えている。その上で孫堅は、孫策のことをよろしく頼むと重ねて書き込んでいたのであった。

 やがて返書受け取った劉逞であるが、その書状に苦笑を浮かべてしまったと言う。ともあれこうして孫策は、一時的な措置として劉逞預かりとなったのであった。因みに周異と周瑜の親子であるが、彼らは客として遇されていることを併記しておく。師であり、そして筆頭家臣でもある盧植が世話になった以上、その厚遇は当然の仕儀であった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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