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第五十七話~反董卓連合 一~


第五十七話~反董卓連合 一~



 永漢元年、中平六年(百八十九年)



 弘農王劉弁の出した檄文を元とした一連の流れだが、これだけ大規模なものとなれば隠し通すのは難しい。人の口には戸が立てられないと言うように、彼らの動きは董卓側にさとられてしまう。だが、すぐにでも知られなかった辺り、董卓が諸侯によく思われていなかった証であるとも言えた。


「それは、真か!」

「はい、文優様」

「寄こせ!」


 洛陽から姿をくらました曹操の動向を探る為に放ってあった密偵からの知らせを聞いて、李儒は驚きを隠せないでいた。しかし、それも仕方がないだろう。もたらされた報告の中身の言うのが、并州や冀州や兗州や豫州などの諸侯が牙を剥くかも知れないというのである。しかもその情報を裏付けのように、諸侯は軍備増強を行っている様子が見て取れるのだ。さらに言えば、彼らの動きの根拠となっているのが劉弁からの密書であるとされている。これだけの情報が入手できたのだから、驚くのは寧ろ当然であると言えた。


「して、いかがなされますか?」

「我は相国様へお知らせする、そなたは稚然殿へ兵を集めるようにと伝えよ」

「はっ」


 李儒は取りあえずの指示を与えてから、急いで董卓へ知らせる為に向かった。そして李儒より命を受けた彼はと言えば、すぐに稚然こと李傕の元を訪れると命を伝えている。突然のことに李傕は戸惑うも、一まずは手勢を召集したのであった。

 一方で李儒だが、董卓に対して手に入れた情報ありのままを伝えている。その知らせを聞いた董卓が疑ったのは、誤報ではないかということであった。実質に兵を出すのかどうかは別にして、報告に名を連ねている将の数は多い。しかも名を連ねている者の半数ぐらいは、自身が太守や牧や刺史として洛陽から送り出した者たちだからである。しかし李儒は、非情にも首を左右に振って否定していたのであった。


「確実とは、まだ言い切れないかも知れなません。しかし私見ではありますが、間違いはない知らせであるとも思っております。相国様、すぐにでも兵をお集めください。でなければ、我らは碌に兵が調わないままに迎え撃つ選択しかできなくなってしまいます」

「なれば本当に、あの劉弁が書状を出したと言うのか……ふざけおって! せめてもの情けと思い、命を助けたものを!! 李儒、すぐに兵を集めよ!」

「はっ。して相国様、捕らえたあとの弘農王様ですが、いかがなさいますか?」

「そなたに任せる、よきに計らうがいい」

「御意」


 董卓の前から辞した李儒は、改めて兵の招集を命じる。それから彼は、李傕と合流するべく宮殿内を進んだ。するといつの間にか、李傕への指示を命じた者が李儒のやや後方へと現れていたのである。物音一つたてずに現れたその男に対して僅かに驚いた李儒であったが、流石にその男の顔は忘れていない。すぐに、李傕の居場所について尋ねる。するとその男は「こちらへ」と一言伝えてから、李儒を李傕の元へと案内したのであった。その後、到着した場所では、李傕の他に数百の兵が待機していたのである。急ぎということもあるが、何より今はこれで十分だと判断。李儒は兵を纏めている李傕と共に、劉弁の元へ向かったのであった。



 さて劉弁だが、彼は弘農国にいる。その劉弁がいる弘農へ到着するや否や、李儒と李傕は間髪入れずに屋敷へと向かっていた。当然だが門番もいるのだが、相手は数百の兵を率いている。とてもではないが数が違いすぎて、どうすることもできないでいた。しかも、相国の地位にある董卓の許可まであるという。門番ぐらいでは、推し留めることもできない。結果、門番を勤めている二人は李儒たちを見送ることしかなかったのであった。

 果たして屋敷へと押し入った李儒は、劉弁と会う為に部屋へと向かう。しかしながら、いる筈の到着した部屋の中には、誰もいない。李儒はくまなく部屋を探させたが、やはり無人である。そこで李儒は、劉弁付きとして送り込んだ手の者をすぐに呼び出すと事情を聴いたのであった。


「何ゆえに、弘農王様が部屋におられぬ」

「え? それは本当ですか?」


 しかしながら、李儒から問われた者の方が逆に驚いている。そのことに不信感を覚えると、李儒はどういうことなのかと詳しく聞いた。呼び出した男に言わせると、劉弁はつい数日前より体調を崩しているとのことである。しかも診察した医師からは面会謝絶を言い渡されており、部屋には入っていないと言うのだ。

 幾ら医師からの指示があったとはいえ、これは怪しい。しかも、つい先ほど董卓へと伝えた報告のこともある。李儒は決断すると、劉弁の屋敷を探索させようとしたのである。流石にその行動は董卓や李儒の息が掛かっていない者たちが止めようとしたが、彼らは等しく武器を突き付けられて脅されてしまう。これには、彼らも動きを止めざるを得ない。こうして反対者を黙らせた李儒は、率いてきた兵を使って家探しを行ったのだ。同時に李儒は、董卓へも報告している。するとこの知らせを聞いた董卓は、李儒へすぐに劉弁の探索を行うように命じる。時間差はあるものの、この相国である董卓の出した命によって、今回の捜索が公的なものであると裏付けされたのであった。


 話を戻して、李儒の指示によって行われた徹底した探索により、ついにあるものを見付ける。それは、一見すると何もない壁の一部であった。だがそれは偽装であり、何と壁の一部開閉したのである。しかもそこには、なぜか取っ手が一つあったのだ。その怪しげとも言える取っ手を動かすと、すぐ近くの壁が移動する。そればかりか、壁の向こうには空間が現れたのだ。あまり光が差し込んでいないこともあって、内部に関してはよく分からない。ゆえに李儒は、明かりを持ってくるようにと命じた。やがて明かりを持て来た兵に対して、現れた空間へ進むように命じる。恐る恐るといった感じで兵が進むに従い、空間の構造が分かってくる。どうやらそこは、通路のようであった。


「……これは、隠し通路か!」


 仮にも一度は皇帝にまでなった劉弁が使用している屋敷であり、万が一のことを考え落ち延びる為の隠し通路があってもおかしいことなど何もない。とはいえ、おおやけになっていないからこその隠し通路である。だからこそ李儒も知らなかったし、彼が送り込んだ者も知らなかったのだ。彼は今でこそ董卓の家臣となることで力を得ているが、数ヵ月前までは朝廷の下級役人でしかない。その様な立場にしかない李儒が、弘農にあった皇族の屋敷にある隠し通路の存在を知る筈がないのだ。

 ならば董卓はどうなのかというと、当然ながら彼が知るよしもない。彼が権力を握ったのは、こちらもほんの数ヵ月前である。それまでは中央との関わり合いが薄かったのだから当然であった。

 

「いいか! この隠し通路をすぐに調べる。よいな!!」

『はっ』

  

 そう言うと李儒は、すぐに隠し通路の出口を調べ始めたのであった。





 さて、ここで話をさらに数日前へと戻す。それは、劉弁が弘農の屋敷より脱出する日時であった。弘農には元から皇族の使用できる屋敷があり、劉弁もその屋敷を使用していたのである。さてこの隠し通路であるが、実は当初忘れられた存在であった。それゆえに、実は劉弁も知らなかったのである。だが、あるできごとが隠し通路の存在を浮き上がらせることへ繋がった。そのあるできごととは、屋敷の手直しである。これから使用することになるからと劉弁は、独断で命じたのだ。その際に偶然にも、この隠し通路を見付けてしまったというわけである。

 なお、屋敷の手直しについてだが、李儒へも報告は届いている。しかし知らせを受けた董卓が、手直しぐらいは好きにさせればいいと許可を出したのでそれ以上は関与していなかったのだ。流石に董卓も李儒も、まさか屋敷に隠し通路があるとまでは思わなかったのである。ともあれ、隠し通路の存在を知らされた劉弁は、整備するように命じていた。しかしながら劉弁が、何ゆえにこのような命を出したのか分かっていない。もしかしたら劉弁は、命の危険を感じていた可能性がある。何せ皇帝であった劉弁すらも、恐喝したような相手である。実際に恐喝された劉弁が、董卓や李儒らを警戒するのも当然であると言えた。

 それはそれとして、何ゆえに劉弁が屋敷から消えていたのか。その理由は、曹操と会ったあとに弘農へと入った趙燕が率いる密偵衆からもたらされた情報ゆえであった。


「穎伯、常剛の手の者からの知らせか」

「まだ確定した情報ではないとのことですが、弘農王様が一連の動きに関与していることが董卓めに知られてしまった可能性があるとのことにございます」

「……なるほど。そこで、そなたも落ち延びることには賛成ということか」

「はい。ここは弘農より落ち、常剛様と合流。しかるのちに、洛陽へ戻るべきであると愚考致します」


 父親の霊帝が信用し、長らく側近であった种払からの言葉である。それだけに、重みは十分にあった。確かにこのまま弘農へ留まり続ければ、董卓に命を奪われることとなる可能性は高い。それでも構わないと言えば構わないが、できることなら自身の手で母の仇である董卓を討ち取りたいという思いもある。しかしながら実行するには、現状の劉弁では難しい。と言えるだからこそ暗殺といった手段にも踏み出したわけであり、同時に諸侯の力を結集する策を実行させたのだ。


「……分かった。今は臥薪嘗胆がしんしょうたんの心持で、耐えようではないか」

『弘農王様!」


 こうして劉弁は屋敷から……否! 弘農からの脱出を試みたのである。劉弁は荀彧や种払などといった者たちや、残れば董卓からどのような扱いをされるか分からない妹の万年公主や后の唐姫も連れていく決断をする。本来であれば皇帝となっている弟の劉協も連れて行きたいのだが、流石に洛陽にいる彼も連れだすのは難しい。それに董卓からすれば、皇帝は切札である。幾ら何でも、無下に扱うことはないと思われる。つまり、命を奪われかねない劉弁と違って、劉協の命は皮肉にも董卓によって保証されていると言ってよかった。


「ゆくぞ」

『御意』


 こうして劉弁は、隠し通路を使い屋敷から逃げ出したのであった。果たしてその出口はと言うと、弘農の町外れにある規模の小さい屋敷へと続いていたのである。この屋敷の持ち主だが、実は誰でもなかった。書類上はいることとなっているのだが、実際は架空の人物なのである。その屋敷へ、劉弁を筆頭とした一行が隠し通路から出てくる。するとそこには、劉逞の家臣である趙燕を筆頭とする密偵衆が待っていたのだ。勿論、彼らは劉弁たちを出迎える為にいたのである。


「お待ちしておりました」

「大儀である」

「はっ」


 このあと、劉弁たちは趙燕たちに守られながら首尾よく弘農から脱出。そのまま并州へと、向かったのであった。

 因みに、弘農の屋敷だが通路の出口を塞いだ上で屋敷に火を放っている。それは証拠隠滅を図り、追っ手を遅らせる為でもあった。





 劉弁が脱出してから数日したのちに屋敷へ突入した李儒らによって行われた隠し通路の探索であるが、間もなくして頓挫していた。その理由は、通路が壁により封じられていたからである。だが、緊急時における脱出通路であるならば、必ず抜けられる筈だと薄暗い中で徹底的に探索を続行させていたのだ。時間こそ掛かったもののその努力は実り、ついには通路を塞いでいた壁を開く為の装置を発見できたのである。すぐにその装置を動かし、塞いでいた壁を排除することに成功する。そのまま通路を進んだのだが、またしても通路が塞がれていた。しかし二度目ということもあってか、前回の時よりは短い時間で装置を発見している。そこで開閉装置を動かしたのだが、残念なことにいささか壁が動いただけでそれ以上は開こうとしなかったのだ。二進にっち三進さっちもいかなくなった現状に業を煮やした李儒は、さらに兵を送りこむと壁を壊させたのである。どうにかこうにか抜けた壁の先で彼らが見たのは、焼け落ちた屋敷の跡であった。


「こ、これは一体……」


 兵士の一人が呟いたが、それは他の兵の気持ちを代弁した言葉であると言っていい。そしてそれは、兵を率いていた李傕も同じである。しかしただ一人、李儒だけは焼け落ちている理由を考えていたのであった。


「……そうか!」

「文優殿、いかがされた」

「稚然殿、すぐに洛陽へ戻りましょう」

「え? それは一体……」

「このまま追っても無駄でしょう。それよりも早急に、相国様へお知らせせねばなりません」

「あ、ああ。わかった」


 半ば李儒の雰囲気に押される形で、李傕もその言葉に同意する。その後、李儒は、李傕と共に洛陽へと戻るってきた兵は李傕に任せると、自身は董卓の元へと向かう。そして李儒は、董卓に向かって劉弁探索の経緯を詳らかに報告したのであった。果たしてその報告を聞いた董卓はと言うと、怒髪天を突いたのである。それでなくても劉弁が出したと言う檄文に対して怒り心頭であった。そのことに加えて、その劉弁が既に行方をくらましていたとの報告である。しかも追跡の目を誤魔化す為か、ご丁寧に隠し通路の出口にあった屋敷まで焼いているという徹底ぶりなのだ。


「李文優! 失態であったな!! すぐに追っ手を差し向けよ!」

「無論にございます」


 李儒は董卓の前から辞すると、追っ手を差し向けた。しかしながら、同時に追い付くのは難しいだろうとも考えてもいたのである。それでなくても、洛陽から姿をくらました曹操の探索に、人員を割いていたのである。ここにきて追跡を行う対象が増えたのだから、余計に穴ができてしまうことは間違いなかったからであった。

 そして李儒を下がらせた董卓であるが、追跡を命じたぐらいで怒りが収まる筈もない。そこで彼は、何とかして劉弁へ意趣返いしゅがえしをしたいと考えたのだ。やがて董卓は、あることを思いつく。それは、劉弁が皇帝に就任したと言う形跡を消すことであった。果たしてその方法とは、劉弁の皇帝就任や退位に関わる際に行われた改元の消去である。改元を行ったという事実を消すことで、劉弁が皇帝に就任したと言う事実を文献からの消去を目論んだのだ。そこで董卓は、改めて今年は中平六年であると宣言する。しかも翌年元日付けで、新たに初平という元号が始まるとまで宣言したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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[一言] いよいよ時代が動きますか。
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