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第五十六話~争乱への道 五~


第五十六話~争乱への道 五~



 永漢元年(百八十九年)



 曹操が無事に晋陽へと到着した翌日の昼過ぎ、劉逞と曹操は改めて顔を合わせていた。彼らが会合している理由、それは言うまでもなくこれからの動きについてである。弘農王劉弁の密書がある以上、大義名分は成り立っている。あとはいかにして兵を揃えるのか、これが問題なのだ。少数では間違いなく、董卓によって潰される。そのことを考えれば、兵数は多いに越したことはない。その為には、諸侯を集める必要があった。


「説得については、任せていただきたい」

「ふむ。そなたの手腕、疑う気はない。さりとて、時間が惜しい。ここは、手分けをする方が良い」


 曹操の申し出を聞いた劉逞は、そう返答した。表立って殊勝に聞いていた曹操であったが、内心では歯噛みしている。曹操としては、主導権を握っておきたかったからだ。兵力においていえば、劉逞と曹操の間では明らかに差がでる。いや、あり過ぎると言ってもいい。だからこそ、これから出来上がる諸侯による連合軍の中において発言力を有していたかった。そうでないと、自身が埋没しかねないのである。だがその思惑も、劉逞が意図したわけではないが、躱されてしまったのである。それだけに曹操は、悔しさを噛み締めたのであった。


「それは、そうかも知れませぬが……」

「孟徳殿には、兗州と豫州の州牧への使者となって貰う。冀州と幽州は、我が対応しよう」

「致し方、ありませぬ。時間もそうはないことではありますし」

「そういうことだ」


 結局、曹操は劉逞からの提案を受け入れていた。自身が漏らしたように、それほど時間があるというわけでもないからである。それでも曹操の行方をくらますことに成功しているので、董卓側からの追及に対する時間は稼げている。しかしながら、いつまでも稼げるかと言われれば、そのようなこともあり得ないこともまた把握していた。そうであるからこそ、少なくとも今月中には中心となる人物の動向を確認しておく必要があったのだ。

 その条件としては、実質的な力となる兵力を持つ者となる。そう考えた場合、まず名を挙げるとすれば州牧や刺史であった。そして近隣の州牧や刺史と言えば、北から幽州牧の劉虞に并州牧の劉逞。それから冀州牧の韓馥に兗州刺史の劉岱、豫州刺史の孔伷といったところである。一応他にも徐州刺史となる陶謙もいるが、彼は青州で起きた大規模な黄巾賊残党の蜂起の対応が手一杯であり、兵を出す余裕がない。だからこそ劉逞も曹操も、初めから候補から外していた。同様の理由で、青州刺史となる焦和も対象から外している。とは言うものの、一応連絡はする。完全に無視した形となると、彼らも臍を曲げかねないからだ。さらに続ければ、幽州牧の劉虞も難しいと言えるだろう。前述したように彼には幽州内の烏桓、それから内訌中とはいえ鮮卑への対応がある。この状況で下手に劉虞を動かしてしまうと、幽州で争乱が起きかねないのだ。そのような事態とならない為、劉虞は幽州に留まる必要がある。その点については、劉逞たちも分かっている。それゆえに、初めから説得へ向かう気はない。代わりに劉逞から書状を出して事情を説明した上で、引き続いて北の守りを担ってもらうこととした。


「あとは他の候補だが、どうしたものか」

「やはり、鍵となるのは時間ですか」

「そうだ孟徳殿。他にも渤海郡太守の本初殿や山東郡太守の伯業殿、東郡太守の元偉殿などだが、彼らを説得する為に一々いちいち回っていては時が掛かり過ぎる。そうなれば、董卓にも我らの動きが察知されるばかりか先手を打たれかねない」


 先にも述べたことだが、それほど時間を掛けられないという事実が彼らの足を引っ張っているのだ。劉逞たちとしては、年明けには兵を動かしたい。その為には今月中、遅くとも来月の頭までには諸侯の意向を聞いておきたい。やはり兵を揃えるには、最低でも一月は欲しいのだ。


「なれば常剛様。説得は、州牧に限ればよろしいかと」

「子布。それで、ほかの者たちはどうするのだ?」

「弘農王様の檄文を送り付けるのです。そこには、集結地も記しておけばいいでしょう」


 他に説得する人物について悩んでいると、事情が事情だけに参加している劉逞の軍師たちの中から張昭が、説得は州牧だけにするべきだとの意見を述べたのである。確かに州牧だけならば、そこまで時間は掛からないと思われる。実質的には冀州牧の韓馥、それからと兗州牧の劉岱と豫州牧の孔伷という三人だけとなるからだった。ともあれこうして、大体の方針が決まる。あとは、実行するだけだと言っていい。劉逞たちは僅かな時間でも惜しいとして、即座に動き始めたのであった。



 曹操を送り出した劉逞は、自ら認めた書状と共に劉弁からの檄文を携えた使者を劉虞へ送る。それと同時に、先に上げた四名を除いた諸侯へも檄文を送ったのである。もっとも、明らかに董卓と動きを同調しているであろうと判断できる人物に対しては送っていない。そのような相手に檄文などを送っては、劉弁の命が縮まるだけだからだ。


「それで元皓、そなたが行くのか」

「はい」 


 元皓こと田豊が赴こうとしているのは、冀州牧を務める韓馥の元である。それというのも、田豊には韓馥に対する伝手があるからであった。その伝手というのは、韓馥の元で別駕従事の役職についている沮授である。田豊と沮授は同じ鉅鹿郡出身ということもあり、顔見知りである。そこで韓馥の筆頭軍師ともいえる沮授という伝手を頼りに、説得するつもりなのだ。

 実は当初、韓馥を加えるかについて劉逞たちとしても悩んではいた事案なのである。それは韓馥が、董卓から何らかの命を受けている節があったからだ。しかし、ここで冀州を放置するというわけにはいかない。後方に敵か味方が分からない人物を抱えて洛陽へ向かうなど、到底看過できる事案ではないからだ。

 

「……いいだろう。そなたに任せる」

「はい」


 晋陽を出た田豊は、まず常山国の劉嵩と会う。彼に息子である劉逞からの書状と、劉弁からの檄文を渡していた。二通の書状を受け取った劉嵩は、ゆっくりとその書状を読む。最後まで目を通したあと、劉嵩は大きく息を吐いていた。


「よかろう。我は息子と、常剛と行動を共にする」

「ありがとうございます」


 元から劉嵩は、劉逞の行動に異を唱える気などない。最後まで、息子と共に行動する腹は決めていたからだ。そして劉逞からの書状を渡した田豊も、劉嵩が道を違えるとは思っていない。それでも劉嵩自身の口からと、行動を共にするという言葉を聞けたことに内心で安堵していた。

 明けて翌日、田豊は治府のある元氏を出ると、冀州の州治府がある高邑へと向かう。既に沮授との話がついていたこともあって、田豊は間もなく韓馥との面会が叶ったのであった。


「そなたが常剛様からの使者か」

「はい。田元皓と申します」

「して、用向きは何か」

「こちらをお読みください」


 田豊が懐より出した書状を渡された韓馥が目を通すと、顔付きが険しいものに変わる。これをみて、回りにいる者たちもいぶかし気な表情を浮かべる。その中にあってただ一人、さほど顔色を変えていない人物がいる。誰であろうそれは、沮授であった。流石に彼は、先んじて面会した際に田豊から聞き及んでいたからである。韓馥への仲介を頼まれた以上、それは当然であった。しかしながら沮授は、あえて韓馥に伝えていない。それは劉逞らが睨んだ通り、韓馥が董卓より出されていた命を、彼が把握していたからだ。果たして董卓から出ていた命とは、渤海郡太守となっている袁紹の監視である。もっとも韓馥としては、董卓が自身を冀州牧へと推挙したことに対する礼程度にしか考えていない。それゆえに一応、袁紹の動向自体は伝えていたが、それも当たり障りがないぐらいの情報でしかなかったのだ。つまり董卓の出した命には従っているものの、董卓の味方というわけではない。対立はしていないだけで中立、もしくは敵意を持っていると言ってもよかったのだ。

 それはそれとして韓馥であるが、周囲のざわつきについて気付きながらも無視した形で渡された書状を読み続けていた。なお、渡された書状は二通となる。一通は劉弁の檄文であり、もう一通は劉逞からのものであった。何はともあれ、最後まで書状に目を通した韓馥はいまだにざわつく周囲のものへ書状を渡す。書状の内容を確認した彼らからは、様々さまざなな反応が出る。しかしながら、劉弁からの檄文に否定的な反応を見せる者は見当たらなかった。


「元皓殿。二点ほど、聞きたいことがある」

「何なりと」

「弘農王様のことであるが、どうなされるのか?」


 韓馥が初めに聞いたこと、それは劉弁の身柄についてであった。そう遠くないうちに、動きが董卓側に漏れることは間違いない。諸侯を集める意図がある以上、それは当然である。そしてこの動きが漏れてしまえば、檄文を出した劉弁が追及されることもまた間違いない。何皇太后を、利用する価値がなくなったとして殺している董卓であり、そのことを考えれば劉弁の未来など語るまでもなかったからだ。


「そちらに関しては、既に手を打っています」

「つまり、任せてよいと言うのだな」

「はい」


 しかし田豊からに返答は、問題ないと言う返答である。その言質さえ取れれば、韓馥としては問題ない。少なくともその件で、後々のちのち追及されることはないからだ。だが、同時に彼はいの一番に兵を挙げるというのはご免被りたいとも考えている。下手に先頭を切って兵を挙げて、やり玉に挙げられては叶わないからだった。


「それで兵を挙げる時期は?」

「来年の頭には并州で常剛様が、豫州で曹孟徳様が兵を挙げられます。文節様には、その義挙に続いて貰えればよろしいかと」

「おお、そうか!」


 田豊からの話を聞いて、韓馥は喜色を表す。いや、彼ばかりではない。他にも、似たような表情を浮かべている者たちもいる。その様子を見た沮授など一部の者たちからは、落胆の色が隠せていなかった。国難の事態だからこそ、先頭を切って立つべきなのである。それこそ、劉逞たちより先んじてもいいぐらいなのだ。しかしながら、その様な事態とならなかったことを安心している者たちが多い。そのことが彼らに、落胆の色を滲ませてしまったのであった。


「して文節様、返答ですがいかに」

「この韓文節、弘農王様の檄文に従い兵を挙げましょう。そう常剛様に、お伝えあれ」

「承知致しました」


 こうして冀州牧の韓馥が旗色を決めたことで、冀州の諸侯は一気に檄文へ呼応することとなる。冀州西部は檄文に呼応したが、その機運が東部でも盛り上がったのである。当然だが、袁紹もこの檄文には応えている。何せ檄文を出しているのは劉弁であり、その後ろ盾となっているのは劉逞である。董卓の存在自体を疎ましく思っていた袁紹にしてみれば、この檄文に応えない理由はなかった。


「急ぎ、兵を調えるのだ」

『御意』


 袁紹も劉逞が兵を挙げるのに併せるべく、軍勢を仕立て上げるのであった。

 なお、この檄文に対して特に喜んだ者たちがいる。それは、主に兗州の太守たちであった。切掛けとなったのは、広陵郡太守となる張超である。張超は、家臣の臧洪より董卓討伐の提案を受けていたのだ。しかし広陵郡だけで兵を挙げても、蟷螂の鎌でしかない。そこで張超は、陳留郡太守である兄の張邈に相談した。すると張邈も賛同したが、それでも広陵郡と陳留郡が抱える兵だけでは勝つ見込みなど薄い。そこでさらに同士を集めるべく、密かに動いていたのだ。そのお陰もあって、兗州刺史の劉岱や東郡太守の橋瑁などが賛同していたのである。だがここで、問題がある。それは、兵を挙げる大義名分であった。どのような形であれ、董卓は相国の地位にある。その董卓を討つのであれば、どうしても大義名分は必要なのだ。その大義名分としては、勅命が一番手っ取り早い。しかし勅命を出せる皇帝は、董卓が囲い込んでいる。これでは、勅命など出すのは難しかった。彼らは散々に悩んだ末、ある意味で暴挙とも問える行動に出る決断をする。それは、偽勅を出すというものであった。


「これで、もうあとには引けぬ」

「董卓さえ討てば、問題は出ない」

「そうだな……こうなるとあとは、旗頭であるな」


 偽勅という反則技を使って兵を集めようとも、大将がいなければ話にならない。しかもそれなりの者がその立場に立たなければ、纏めることができずに烏合の衆となってしまう。そのことを避ける為に、大将は厳選する必要があった。偽勅を出すことに続いて悩む彼らであるが、その彼らの元にある知らせが来る。それは劉岱を、曹操が訪ねてきたというものであった。

 何用なのかと訝しそうにしつつも、この密会の存在を部外者に悟られるわけにはいかない。そこで一旦密会を中止し、劉岱が曹操と面会したのである。その席で劉岱が曹操より聞いた話は、彼らの懸念を全て払拭するものとなった。皇帝たる劉協からの書状ではないが、董卓によって皇帝の座から引きずり降ろされた劉弁の出した檄文。そして、その激文に呼応して兵を挙げる劉逞の存在。この二つが揃えば、偽勅を出す理由もなくなり、はたまた旗頭を誰にするかという悩みも解決する。このような話に、面会した劉岱が乗らない筈もない。曹操が引くぐらいに一も二もなく賛同の意を示し、必ず兵を挙げる旨を確約したのだ。しかも劉岱は、兗州内の諸侯に対しての説得は任せるようにとまで言うぐらいである。その反応に曹操も内心で首を傾げていたが、味方となってくれるのならば問題はない。そう自分を納得させた曹操は、地元の沛国がある豫州へと向かうのであった。

 やがて到着した豫州であるが、なぜか董卓討伐の機運が静かに高まっていたのである。その理由は、兗州での密会にあった。実は劉岱や張邈たちが集めた面子の中に豫州刺史である孔伷もいたからである。つまり曹操は、意図ぜず豫州刺史の説得をも成功させていたのだ。勿論、密会のことなど把握していなかった曹操に理由など分かるわけがない。劉岱の時と同じように内心で首を傾げながらも曹操は、孔伷の元へ向かう。すると孔伷も、劉岱の時と同じように間髪入れずに賛同したのであった。

孔伷との面会を終えた曹操は、やはり首を傾げている。説得を首尾よく成功させたことは喜ばしいが、どこか納得できない気持ちがあるからだ。それゆえに曹操は、兗州と豫州の諸侯に対しての疑いを持ち、独自に調べることとなる。のちに、劉岱や孔伷らが行っていた密会の存在を嗅ぎ付けたことで、漸く曹操も納得したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ~ こうなってくると 曹操も演技や史実の劉備と同じく 基盤なき、傭兵部隊の長みたいになりそう 反董卓連合軍の大将は劉逞だし 反董卓連合軍が瓦解しないなら その後の争乱ないから 兗州太守に…
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