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第五十四話~争乱への道 三~


第五十四話~争乱への道 三~



 永漢元年(百八十九年)



 董卓暗殺に失敗した曹操はというと、曹家の屋敷へと戻っていた。既に父親の曹嵩は洛陽より出て故郷へと戻っているので、事実上曹操の屋敷であると言っていいだろう。しかし曹操はと言うと、屋敷に帰るなり怒りをあらわにしていた。それは、あと少しのところで董卓の命を取れるところを、よりにもよって邪魔されたことによるものである。そう考えれば、彼の荒れようも仕方がないと言えるかも知れなかった。だがその怒りも、流石にそう長く続くものでもない。時が経つと共に、徐々にだが収まってくる。そうなると今度は、今後について考えることができるようになっていた。

 近騎亜の暗殺を邪魔したのが、あの場に現れた董卓家臣の華雄なのか。それとも、同行していた華雄と同じく家臣の李儒なのかは分からない。しかし現実として暗殺が失敗してしまった以上、そう遠くないうちに自身が疑われる可能性が出てくる。そしてその疑いがもし確定へと変わってしまえば、今度は自身の命が危うくなるのは必定である。だからこそ、あまり時間を掛けないうちに洛陽から脱出する必要があった。ここで問題があるとすれば、それは逃れる為の道筋となる。理想は、自身の故郷となる沛国であろう。何と言っても地元であるし、それだけにある程度は兵力もある。流石に曹家単独で董卓へ抗するだけの兵力はないが、それでも時間を稼ぐことはできる。その隙に豫州や兗州、冀州などにいる有力者の力を結集していわゆる反董卓連合のようなものを結成する。その兵力を使って、ついには董卓を討つべく洛陽へ侵攻するのだ。

 とは言うものの、ここでも問題はある。それは、軍を起こす上での旗頭はたがしらの存在であった。曹操も名門と言える沛国曹氏の一族で次期頭領でもあるが、その彼であったとしても先に上げたような諸侯を束ねる旗頭となるには貫目が足りない。それであるならば、他の者を立てる必要がある。そして曹操の中で考えている候補は、実は四人いたのだ。

 まず一人目だが、劉虞である。漢の皇族であり、名声も得ており年齢も上である。旗頭として据えるには、正に打ってつけであった。次の候補としては、袁紹か袁術のいずれかである。何せ二人とも、四世三公を輩出した名門袁家の人間だからだ。そして最後の一人となるのが、劉逞である。彼も劉虞と同様に漢の皇族であり、しかも曹操とは付き合いがそれなりに深い。まぁ、出会った当初は曹操も劉逞を警戒していたのだが、いまとなっては当時に比べれば気楽に付き合えるようになっていたのだ。


「一番の候補としては大司馬であり幽州牧でもある伯安様であるが、果たして動いてくれるのかどうか。あの方は、漢への……と言うか皇帝陛下への忠義が厚い。その忠義の厚さゆえに、問題となりかねない。さりとて、名門袁家の出となる本初や公路も悪くはない。決して悪くはないのだが、いかな袁家とは言え所詮は皇帝の家臣に過ぎない。その点が、足かせとなるかも知れぬ。そうなると、ここは皇族である常剛様というのが、現実的ではあるのかも知れ……誰だ!」


 正にその時、曹操は一つの気配を感じた。しかも、屋敷の中からではなく部屋の外の庭からである。もしかしたらもう董卓が動いたのかと予測した曹操は、剣を片手に庭に出ていた。気配は一つしか感じていなかったことと自身の武にも自信がある曹操は、先手を打つつもりだったのである。しかし庭に出る直前に、庭に感じた気配から声を掛けられることになるとは夢にも思っていなかった。


「流石は曹孟徳様。声を掛ける前に気付かれるとは、思ってもみませんでした」

「……そなたは、誰だ?」


 刺客かと思い庭へと出てみたのだが、そもそも男から殺気が感じられない。しかも、曹操自身に対して様と敬称で呼び掛けている。このような応対をする者が本当に刺客なのかと、曹操は考えたのだ。また、仮に刺客であったにしても、負けないという自負もある。そのある意味での余裕が、相手に対して問答無用で切り付けるのではなく誰何すいかするという行動に出た理由であった。すると、曹操から少し離れた場所に立っている人物、その体つきから男だと思われる人物は片膝を突く。それから自身のことについて、曹操へと告げたのであった。


「我は度遼将軍、彼のお方の手の者にございます」

「常剛様の手の者だと?」

「はい」

「……して、常剛様の手の者が、何ゆえに我が屋敷へ忍び込んだのだ?」


 幾ら曹操でも、暗殺を決行する当日に客を迎える予定を立てるわけがない。また急な客であったとしても、家の者が対応し断る筈である。だが客がきたなどという連絡もなく、しかも趙燕と名乗る者は庭にたたずんでいる。この事実から導き出される答えなど、一つしかなかった。但しこの結論は、目の前の男が本当に劉逞家中の者であると前提した話でしかない。だがこのように武器すら構えずに目の前に現れた上で名乗っている以上、刺客を仕向けられた可能性は低くなっている。だがそれでも、目の前の男が刺客ではないとは言い切れない。だからこそ曹操は、趙燕と会話をしつつもいつでも剣を抜けるような体勢を崩していなかったのだ。


「その理由は言うまでもありません。曹孟徳様が本日に行おうとしたことを考えれば、おのずとわかるかと」

「む……なるほど。理解はした。確かに、致し方ないか」

「ご察しいただき、何よりにございます」

「では、取りあえず入るがよい。刺客ではなく客だというのならば、茶ぐらいは出そう」

「ありがとう、ございます」


 先程まで暴れていた部屋とは別の部屋に、曹操は案内する。実は、先ほどまで自身が憂さを晴らす為に荒らしていた部屋へと案内しようとしたのだが、流石に部屋へ置いてある壺などといった備品や家具などが散乱した部屋へ、案内ができないことに気付く。そこで曹操は、本人としてはさりげなく。しかし実際には、ややぎこちない雰囲気で別の部屋へと案内したのだ。

 なお趙燕だが、先ほどまで曹操が憂さを晴らすかのように荒れていた様を目の当たりにしている。しかしながら、そのことを指摘するようなことは一切しなかった。それはそれとして曹操自らが案内した部屋に入ると、言った通りに茶が出される。椅子に腰かけていた曹操は、すぐにその出された茶を飲んで見せた。すると、それを見届けてから趙燕も茶を飲んだのである。しかしその飲み方だが、一見すると味わっているように見えていた。果たして、ある意味ではその印象は間違ってはいない。それというのも趙燕は、ゆっくり飲めばその飲み物に毒が入っているかどうかが分かるからだった。


「そなたが我が屋敷へ忍び込んだ理由は、まぁ分かった。その上で訪ねるが、我が元にきた理由は何か?」

「目的を同じくする者として、すり合わせにございます」

「何だとっ!? それは、どういう意味か!」


 趙燕の言葉を聞いた曹操は、小さいながらも鋭く理由を問い掛けた。しかして問われた張燕はというと、慌てることもなく自身の言葉が持つ意味について告げたのであった。その内容とは、勿論董卓打倒の策についてである。その話を聞いた曹操は、驚きをあらわにしていた。それというのも今回の董卓への一件を主導したのが、あろうことか劉弁であると聞いたからである。それはなぜかと言うと、王允から曹操へ劉弁が関わっていることを一切漏らしていなかったからだ。これは王允が、劉弁の身を案じてのことである。仮に暗殺が失敗し曹操が捕らえられてしまった場合でも、主導者について知らなければその者の名が漏れることもない。あとは、黙っていればそれでいい。それで劉弁の身柄については、守れることになるのだ。

 実際のところ、曹操が趙燕から聞くまで、劉弁の側近以外で董卓暗殺の主導をしている人物こそが劉弁であることを洛陽にいる人物で知っていたのは、王允以外には荀爽しかいない。流石に彼だけは、隠し通すなど無理であったからだ。何せ荀爽は、荀攸を通してとはいえ劉逞の要請に従って皇帝の近くには息子をそして劉弁の近くには荀家一族の一人である荀彧を送り込んでいる。しかも今回の策には、その荀彧が関わっている。つまりどう立ち回っても、暗殺を隠し通せるわけがないのだ。それゆえに王允は、彼には暗殺の一件について告げていたのである。そして打ち明けられた荀爽も、王允の考えには同調していた。これは劉逞の要請に荀爽が答えた理由の一つでもあるのだが、荀爽自身もできれば董卓を排除するべきだと考えていたのである。当初は距離を置くことで自身が難を逃れようと目論んでいた荀爽であったが、董卓にそのつもりがないことが分かってしまったからである。一度は洛陽から出た荀爽をわざわざ呼び戻しただけでなく、僅かな時間で光禄勲まで出世させた理由を考えればおのずと分かることであった。


「そうか……そのような裏があったとは」

「はい」

「しかし弘農王様が、のう。すると噂は、擬態であったというわけなのだな」

「……」


 霊帝がまだ存命であった頃、宮中には長子である劉弁が愚鈍であると言う噂がまことしやかに流れていた。だからこそ霊帝は、劉弁に対して皇太子として指名する立太子の儀を行わないのだとも続けられていたのである。しかしてこの噂だが、実は霊帝の仕掛けたものであった。彼としては存命中に、宦官や外戚を排除して漢を再興するつもりだったのである。実は売官も、そして自らが主導して創設した西園軍も、全てはその目的の為であった。つまり売官を行い、多額の資金を集め、その金を使い西園軍という漢からは独立した皇帝直属の軍を作り上げる。それから劉逞や劉虞のような、皇族でも信を置けるような者を味方にし、ゆくゆくは漢を再興するという目的を果たすつもりであったのだ。しかし、この目的を遂げるには、宦官も外戚も邪魔な存在である。そこで霊帝は、あえて後継を決めないことで、宦官と外戚の目を自身からそらしていたのだ。しかしながら霊帝は、道半ばにして病没してしまう。これにより霊帝の目指した漢の改革は頓挫、雲散霧消うんさんむしょうしてしまったのであった。無論、そのようなことを曹操が知るよしもない。実質、霊帝が母親である亡き董太后と共に進めていた秘中の秘であるのだからそれも当然であった。


「こうなると、地元へ戻るというわけにもいかぬ、か。しかも、弘農王様の密書があるのならば話は早い、ここは地元ではなく常剛様の元へ向かった方がいいだろう。すると、貴公が案内人となるのか?」

「いえ。我は、司隷へ残ります。最悪の場合に備える必要がありますゆえ」


 趙燕の言う最悪の事態、それは董卓打倒を画策したのが劉弁であることが董卓に漏れることであった。もしそのようなこととなれば、劉弁の命を奪うことに董卓は躊躇ためらうことはしないだろう。何せ董卓は自身の目的の為に、皇帝の首を挿げ替えたばかりか、用済みになったとして劉弁を皇帝から引き釣り落す為に利用した何皇太后の命をあっさりと奪ったのである。そのような男が、今さら前皇帝となった劉弁の命を忖度そんたくするとは思えなかった。

 また、既に密書があるので、兵を起こす大義名分としては十分に成り立つが、それでも密書を出した者が死んでいるより生きている方がより書状が持つ功力はより強くなる。その意味でも劉弁には、亡くなってしまうよりは存命して貰っている方がいい。それにもし劉弁を助け出さねばならないような事態となれば、劉弁の正室や劉弁の元にいる妹の身柄も助け出す必要がある。つまるところ、どうしたところで洛陽に残る人員は必要なのであった。


「……なるほど。ご正室の唐姫様や妹御の万年公主様もおられるか」

「その通りにございます。ですが、案内は付けますゆえご心配はいりませぬ」


 その言葉に曹操は、この洛陽にいるのが趙燕だけではないことを察した。

 よくよく考えれば、彼だけでは劉逞が握っていた情報の量を説明するには難しすぎる。ならば自身がそうしているように、密偵をある程度の数抱えているということとなる。それであれば、説明することができるからだ。同時に曹操は、劉逞が抱えている密偵の規模が自分より多いだろうとも予測している。これは度遼将軍であり、しかも并州牧でもあるという現状を考えれば、当然であった。

 何はともあれ、曹操は急いで洛陽より抜け出すこととなる。一族となる曹仁と曹純に家族を預けて沛国向かわせる一方で、曹操自身は、劉逞のいる并州晋陽へ向けて洛陽より出立したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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cont_access.php?citi_cont_id=711523060&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] お! 曹操も合流するのか 曹操といえば 史実でも長安に逃れた董卓の追撃を訴えた 豪の者 その彼が董卓打倒に加わるなら 千人力ですね
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