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第五十二話~争乱への道 一~


第五十二話~争乱への道 一~



 永漢元年(百八十九年)



 并州治府のある晋陽へ、一人の人物が現れた。その者の名は、荀彧という。彼は弘農王劉弁からの密使として、この晋陽へ足を運んだのだ。とはいえ内容が内容であり、できることなら目立ちたくはない。そこで荀彧は、年上の甥となる荀攸の元を尋ねていた。あくまで彼は、親戚を訪れただけという体を装ったのである。事前に連絡を入れていたこともあり、問題なく荀攸と面会できていた。一方で荀彧を迎えた荀攸だが、彼の訪問には何らかの理由があると察している。荀彧が劉弁の元へと派遣されたことは、荀爽からの知らせで知っている。その彼がわざわざ并州まできたのだから、何か目的があると勘繰ってもそれは致し方ないことであった。


「久しいな文若」

「そうだな、公達が朝廷に仕えて以来となるか」


 荀攸が朝廷に仕えたのは、中平二年(百八十五年)のことである。その翌年には、使匈奴中郎将となった劉逞の元に従事として派遣され并州へ移動しており、以降は并州に留まり続けているので荀攸が郷里に帰ることをしていない。それゆえ、荀家のある豫州で過ごしていた荀彧とは実に四年ぶりの再会であった。


「大体四年か……もうそれぐらい経つのか……」

「うむ」

「なれば思い出話でもと言いたいところだが、文若。わざわざ并州まで足を延ばした理由を聞こう」


 流石に察しているかと内心で思いながら荀彧は、荀攸へ自身が劉弁からの密使であること。そして、劉逞と面会する仲介を頼む為に尋ねたことを告げたのである。確かに荀攸は、荀彧が訪問してきたことに何か裏があるだろうと推察していた。しかし、事態はそれ以上だったことに驚きを表す。しかし彼が浮かべた驚きの表情は僅かな間のことであり、すぐに収まりを見せていた。


「ふむ。常剛様との面会か」

「それも、できれば秘密裏に頼む」

「内容が内容だけにそうなろうな……分かった。まずは、お伺いを立てる」

「感謝する」


 荀攸は荀彧を自身の屋敷に留めると、すぐに劉逞の元を訪れたのであった。



 政務を行っていた劉逞に対し、親戚が来訪するからと家にいる筈の荀攸から伺いが立てられた。政務を行っていたとはいえ、現在劉逞が扱っていた内容に関して緊急性のものではない。その為、大した時間も掛からずに面会は叶っていた。もっとも劉逞は、親戚がくると言っていたにも関わらず伺いを立ててきた荀攸に対して首を傾げてはいたが。ともあれ、劉逞との面会が叶った荀攸は、我が屋敷に叔父の荀彧がいることを告げていた。荀攸から荀彧のことを告げられた劉逞だが、それ程驚きを見せない。そもそも荀攸から荀彧は「王佐の才」を持つ人物だと聞き及んでいる。何より、荀爽から劉弁の元に派遣した人物だとも聞いていたので会ったことはなくても全く知らない人物というわけではないからだ。しかしながらその劉弁の元にいる筈の荀彧が、何ゆえに并州にいるのかという点については疑問に思ったのである。ゆえに劉逞はその点を荀攸に指摘したのだが、すると荀攸は僅かに逡巡してから荀彧が并州にいる理由を述べたのであった。


「何? 弘農王様からの密使だと?」

「はい。それゆえ、密かに面会の労を取り計らって欲しいと」


 荀攸から聞かされたまさかの言葉に劉逞は、暫く思案を巡らせる。その後、荀攸に対して近寄るように言った。彼を近くまで呼び寄せると、密使が使わされた理由を聞いているか尋ねたのである。その問いに対して荀攸は、首を縦に動かしていた。声にも出さず仕草だけで肯定していることに、劉逞は眉をしかめる。そこには、声を大にしていえない事情があるのだと勘づいたからだ。そこで劉逞は、耳打ちするように言う。荀攸は頷いて、小さい声ながらもしっかり伝えたのであった。


「……それは本当か!」

「はっ。相違ございません」

「……となれば、無下にするというわけにもいかぬか。相分かった、今日には……無理か。翌日の夜に会おう」

「常剛様。ありがとうございます」


 了承の返答を聞いた荀攸は、そのまま劉逞の元を辞したのであった。

 明けて翌日の夜、劉逞は趙雲と夏侯蘭。それから、程昱を伴って密かに用意させた場所へ向かう。それは晋陽の町外れにある、やや大きめの家であった。その家の周囲は、趙燕と彼の手の者が厳重に固めている。しかし傍目から見る分には、厳重な警戒網が敷かれているとは到底思えない。この辺りは、彼らの持つ技量ゆえであった。やがて到着した家へと入った劉逞は、そこで既に到着していた荀攸と荀彧に面会する。その際、劉逞は一瞬だけ値踏みするように荀彧を見ている。その後、何でもない風に装いながら用意されていた椅子へ腰を降ろしたのであった。


「お初にお目に掛かります、劉常剛様。我は、荀文若と申します」

「うむ。我が劉常剛だ、そこもとのことは、公達より聞いている」

「そうでございますか。これはお耳汚しを」

「ふむ……して文若殿。弘農王様からの使者であると聞いたが?」

「はい。これを」


 そう言うと荀彧は、懐より書状を取り出す。その書状を趙雲が受け取り、そのまま劉逞へと差し出す。その書状を受け取ると、その場で目を通した。しかしてその書状に記されていたのは、董卓の討伐に関することだったのである。荀攸から大雑把にはあらかじめ聞いていたとはいえ、その内容には驚きを覚える。それでも劉逞は、最後まで書状に目を通したのである。そして最後に彼は、弘農王である劉弁の印を確認する。この印がある以上、書状は劉弁からの書状であることに間違いはないのであった。


「……文若殿。尋ねたいことがある」

「何なりとお尋ねください」

「この書状には、我らに対する要請の他にも手を打っているとしているが、それは何なのだ?」

「……それは、その……」


 劉逞の問いに対して、荀彧が言い淀む。まさか逡巡するとは思わなかった劉逞……いや、劉逞だけでない。この場にいる趙雲や夏侯蘭も、主である劉逞同様に首を傾げてしまう。しかしただ二人、程昱と荀攸だけは荀彧が言い淀んだことでその理由に対して辺りを付けていたのであった。


『なるほど……その手ですか』

「仲徳に公達。何がなるほどなのだ?」


 劉逞が程昱と荀攸に尋ねると、二人は頷きあう。それから程昱が口を開き、荀彧が言い淀んだ理由を伝えたのであった。


「常剛様。文若殿が言い淀んだ理由、それは暗殺を仕掛けているからでしょう」

「それは真か!」

「……はい……」

「なぁ、文若。常剛様の協力を得られたいのであるならば、全てお話しした方がいいぞ」


 暫く躊躇ったあとで程昱が劉逞に告げた言葉を肯定した荀彧に対し、彼の隣に座る荀攸が全て吐露とろするようにと促す。そして荀攸は、暫く虚空を見詰めたあとでゆっくりと今回の策に関して話し始めたのであった。

 元から今回の董卓排除の策は、暗殺との二段構えである。そして劉逞と劉虞、特に劉逞の存在が重要となっている。実は重要度という意味で言えば、劉逞と劉虞の間に差はない。しかし、劉逞と劉虞では立ち位置が違う。その違いが、劉逞をより重要な位置に押し上げていたのだ。果たして劉逞と劉虞の違いとは、実はすごく単純である。これは前述したことでもあるが、動きが取れるか否かこの一点に集約されていた。劉逞にしても劉虞にしても、辺境の牧であるという立場に変わりはない。そして皇族という点についても、同様である。しかし劉逞は比較的短時間で動くことが可能だが、劉虞はそう簡単にはいかない。その理由は幽州内の烏桓族、そして国外勢力である鮮卑の存在であった。

 鮮卑はいまだに内訌を起こしているが、その内訌にしてもいつ終わるかが分からない。そして内訌が終わろうものなら、再び漢との国境周辺を荒らすことは間違いない。何せ今の今まで内訌を起こしていたことで、食料などが不足しているからだ。その不足分を補う為に、間違いなく漢の辺境を荒らしてくる。その際に第一目標となるのは、幽州なのはほぼ確定であった。これだけでも十分に厄介なのだが、他にも幽州には問題がある。それが、烏桓族なのだ。|元々、幽州の烏桓族だが、大きく四つに別れていた。その烏桓族で最大勢力を持っていたのが上谷烏桓であり、次に勢力を持っていたのが遼西烏桓となる。その次が遼東属国烏桓となり、それから右北平烏桓と続いていた。このうちで二番目の勢力を持っていた遼西烏桓を率いていたのが、張純・張挙と共に反乱を企てた丘力居となる。しかしながら彼は、朝廷から討伐を命じられた中郎将の孟益と当時使匈奴中郎将であった劉逞によって討たれてしまっている。すると遼西烏桓を率いる大人には、丘力居の甥となる蹋頓が就任した。本来ならば丘力居の息子が継ぐところだが、幼すぎた為に代わりとして蹋頓が大人となったのである。しかしその遼西烏桓も、劉逞に大敗したことで勢力としては減退してしまった。そして第三位であった遼東属国烏桓を率いていた蘇僕延と、第四位であった烏延も丘力居に協力したことで劉逞らに敗れている。こうなると問題なく聞こえるのだが、実は幽州烏桓の中で第一位の勢力を持っている上谷烏桓を率いる難楼が厄介なのだ。

 彼は張純・張挙の乱に参画こそしていたが、兵力を全くと言っていいほど動かしていなかったので他の三部族と違って勢力が減退していない。しかも他の三部族が劉逞に敗れたことで、その三部族の一部を吸収している。つまり張純・張挙の乱に加担した烏桓族の中で、唯一勢力を伸ばしているのだ。しかもこの上谷烏桓を率いている難楼だが、勢力を伸ばしたにも関わらず不気味なぐらい沈黙を保っている。それだけに何か画策しているのではないかという疑いがあり、幽州牧の劉虞は動けない。つまり幽州限定とはいえ、内憂外患ないゆうがいかんの状況にあるのだ。

 一方で劉逞だが、去年に漢へ反旗を翻した匈奴の反乱分子を鎮圧している。正に武威を示した格好であり、劉逞という存在が匈奴を抑えきっていると言っていい。しかも劉逞と匈奴を率いる単于である於夫羅との間には、長年に渡る付き合いもある。つまりここで仮に兵を動かしたとしても、好機と見て早々そうそうに匈奴が動くとも思えないのである。しかも匈奴は、鮮卑に対する防波堤ともなっている。この辺りも、直接鮮卑と国境を接している幽州を治める僕の地位にある劉虞と違う点である。だからこそ荀彧は、劉弁に対して名を挙げた時、先に劉逞の名を告げたのであった。


 さて、話を戻そう。


 まず洛陽で行われる暗殺に関してだが、こちらは种払と彼が選んだ王允が主導して行われることとなっている。暗殺の実行前に洛陽から離れた荀彧としては、流石に経緯を知ることはできないでいた。彼にできることは、自身が知る内容を告げるだけである。そしてその話を聞いた劉逞は、程昱へ目配せをする。その意向を汲んだ程昱は、この家を警備している趙燕に詳細を調べるように指示を出していた。

 そして寧ろこちらが本番と言えるのが、劉逞に対する依頼というか指示である。それは暗殺の成功失敗に関わらず、兵を動かすというものであった。董卓の暗殺に成功すれば、洛陽へ移動した軍勢がそのまま洛陽を抑える部隊となる。しかし暗殺に失敗した場合、軍勢は董卓を討つための軍勢の中核なる。どちらにしてもその軍勢を率いる人物として、劉逞へ白羽の矢が立てられたというわけであった。


「だが、文若殿。幾ら我が并州牧であり度遼将軍であるとしても、并州勢だけでは董仲穎に対抗するにはいささか難しい」

「分かっております。暗殺が成功すれば問題ありませんが、失敗すれば常剛様のおっしゃられる通り難しいでしょう。そこで、もう一つの書状をお使いください」


 そう言ってから荀彧は、懐よりもう一つの書状を差し出す。趙雲を介して受け取った書状、それは劉弁の署名がある檄文であった。


「この書状を!?」

「はい。この檄文、常剛様にお預けします」


 董卓によって理不尽に皇帝から退位させられたことは、今や周知の事実である。しかし洛陽を含む司隷を手中に収める董卓に対し、個々ここで対抗するには力が足りない。だからこそ、董卓に対して誰も動いてはいないのだ。しかし、この檄文があれば大義名分となる。そうなれば、各地で力を持つ者たちが抱く野心とも合わさり、間違いなく動く。そうなれば、対抗自体は可能となるのだ。だが、劉逞はこの策に懸念を覚える。これは劉逞だけでなく、程昱や荀彧も同様であった。彼らが感じている懸念、それは勢力を結集したとして足並みを揃えられるかという点である。下手をすれば烏合の衆となり、それではまず董卓を討てなくなる。そうなってしまえば、今度は劉弁の身が危うくなりかねないのだ。


「しかし文若殿。分かっておられるか、策が失敗した時の結果を。下手をすれば、弘農王様が害されてしまうかも知れぬのだぞ」

「…………分かっております。実際、弘農王様にもその旨はお伝えしました。それでも弘農王様は……実行せよと」


 劉弁は既に覚悟ができているのだ。だからこそ、策を告げられた時に間髪入れずに実行するように命じたのである。それだけ、実母である何皇太后を謀殺された劉弁の怒りと憎悪は大きかったのだ。


「そうでありましたか……承知した。この劉常剛、必ずや弘農王様のお力となりましょう」

「おお! 常剛様、感謝致します」


 こうして劉逞も、劉弁の仕掛けた策へ賛同したのである。とはいえ、このまま劉弁が死ぬかもしれないという事態を座視しているわけにもいかない。そこで劉逞は、自身が抱える密偵衆の半数近くを趙燕自身に率いさせて司隷へ送り込むことにしたのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] お! 史実では袁紹が盟主となった 反董卓連合軍が劉逞を盟主に?動きだすのか? 皇族かつ武名も高い 劉逞が盟主ならまとまりでるかもね?
[一言] 劉逞を盟主とした反董卓連合軍が結成されるということか。史実よりはまとまりのある連合軍になりそうですね。 この様子だと荀彧も劉逞の家臣になりそう。未来における曹操の参謀がどんどんいなくなりま…
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