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第四十一話~再びの懐妊~


第四十一話~再びの懐妊~



 中平六年(百八十九年)



 使匈奴中郎将と西河郡太守を兼ねることになった劉備に対して太守としての引継ぎを済ませた劉逞は、間もなく太原郡へと移動した。程なくして無事に晋陽へと到着すると、前并州刺史であった丁原から引継ぎを受ける。こうして劉逞は、晴れて并州の牧へと就任したのであった。

 因みに、州牧制が始まったにも関わらず、刺史としての地位は存在し続けている。だが、これには理由があった。それは、役職が減るのを嫌った官吏の思惑が反映されたからである。これには、売官が可能な官職が減ることを嫌った宦官も同調している。珍しいことに対立することもしばしばあるこの二つが賛同したことで、牧と刺史が並立するという事態が起きたのであった。



 無事に州牧となった劉逞だったが、一つの出来事が起きる。とはいえそれは、劉逞の身に振り掛ったわけではない。では誰の身に降り掛かったのかというと、正室の崔儷に起きたのだ。劉逞が政務に励んでいると、ある知らせが飛び込んでくる。その知らせとは、崔儷が倒れたというものであった。


「常剛様! すぐに蓮姫様の元へ」

「うむ。あとは頼んだ子幹!」


 趙雲と夏侯蘭を伴って崔儷の元へ向かった劉逞であったが、面会は叶わない。それは診察している医師によって、止められてしまったからだ。確かに劉逞たちが診察中の場所にいても、邪魔でしかない。仕方なく、部屋の外で待つことにした。しかし劉逞が崔儷を心配しているのには間違いないようで、それを証明するよう落ち着きがない。劉逞は部屋の外で壁によりかかっていたかと思うと、突然熊のようにうろうろとし始める辺り如実に表れていた。

 それから間もなく、趙雲の兄である趙翊や父親の趙伯。さらには崔儷と同じく崔氏となる崔琰など、他にも崔儷の様子を見にくる者が現れる。しかし彼らにもできることなどなく、結局は劉逞と同様に待っているしかなかった。

 果たしてどれぐらい時間が経ったのだろう、崔儷が診察を受けている部屋から物音がする。その直後、劉逞は立ち上がっていた。それから間もなくすると、部屋から医師が出てきたのである。その直後、劉逞は医師に詰め寄ると肩を掴み激しく揺さぶっていた。


「おい! 蓮姫の容体は、どうなのだ!!」

「お、おちつきくださ、さい。じょう、ごうさま。そのようにゆ、さぶられては、おつた、えもできま、せぬ」

「いいから、言え!」


 なおも医師を揺さぶり続ける劉逞の様子に、その場にいる誰もが呆気に取られていた。やがて気を取り直した趙雲と夏侯蘭と趙翊という幼馴染みによって羽交い絞めにされたことで診察していた医師も漸く劉逞から解放される。その後、一つ咳払いをした医師は、崔儷の容体を伝えたのであった。


「おめでとうございます、常剛様」

「何がおめでた……おめでたい?」

「はい。ご懐妊でございます」

『か、懐妊!!』

「はい。蓮姫様のお腹には、常剛様のお子が宿っておられます」


 医者から出た言葉に、この場にいる誰しもが固まっている。やがて漸く言葉の意味を理解したのか、劉逞が恐る恐るといった感じで医師へ問い掛けていた。


「か、懐妊とは……その、まことなのか?」

「はい、常剛様。間違いございません」

「や、やった! やったぞ!! って、いい加減離せ!」


 いまだ趙雲と夏侯蘭と趙翊に羽交い絞めにされていたので、劉逞は動くに動けないでいた。しかしその言葉を聞いて、三人も気付き慌てて開放する。その直後、劉逞は真っ直ぐ部屋へと飛び込んでいた。あまりの早さに、誰もが反応できない。それは、嘘か本当かは分からないが呂布でも同じであったというのだから相当な速度であったことは確実であった。


『は、反応できなかった……』


 ともあれこの知らせに、劉逞はもちろんのこと彼の家臣たちも喜びに沸く。それは、のちに知らせを受けた劉逞の両親も同じである。だがしかし、一番に喜びを表したのは、甘陵王劉忠であった。実は劉忠だが、去年の暮れ辺りから病の為に体調を崩していたのである。年が明けてからも快癒する様子が見えず、いまだに療養中であった。しかしながら、孫娘の崔儷が妊娠したという連絡があった途端、その体調に劇的な変化が現れる。寝込むぐらいに体調を崩していた筈の劉忠に、回復の兆しが見えたのである。しかもその有り様は劇的であり、体調を崩していたのが嘘であったかのようであった。

 いずれは見舞いにでも行こうと思っていただけに、劉忠の容体が快癒に向かっていると聞き及んだ劉逞と孫娘の崔儷は驚きを表す。同時に喜色も表した二人は、懐妊の報告も兼ねて見舞いに行くことを決断したのであった。

 それから暫く、崔儷の容体は落ち着いたと医師より太鼓判を得た劉逞は、崔儷を伴って晋陽より出立する。しかしてその旅程は、崔儷の体にさわらぬようにと細心の注意を払ったゆっくりとしたものであった。

 その劉逞一行が最初に向かったのは、常山国である。前述したように目的地は甘陵国であるが、常山国は晋陽のある太原郡の隣である。行きがけの駄賃というわけではないが、劉逞の両親へ報告を兼ねて寄ったのであった。およそ一年ぶりの再会ということもあるが、劉逞が匈奴との戦に勝ったこと。何より、二人目の孫が生まれるかも知れないという事実に、劉逞の父親も母親もとても喜んでいた。


「体を大事にするのですよ」

「はい。義母上」

「奥の言う通りだ。蓮姫よ、決して無理をするではない。よいな」

「はい」

「逞も無理をさせるな」

「分かっております。父上」


 それから数日、劉逞は両親と過ごしたあと、常山国から出立したのであった。

 そして到着した甘陵国にて劉忠と再会した劉逞と崔儷だが、彼の様子はつい最近まで体調を崩していたとは思えないくらい元気である。明日をも知れないというほどではないにしても、中々なかなかに症状が快癒しないと聞き及んでいた劉逞と崔儷であった。しかしいざ久方ぶりに顔を合わせてみれば、劉忠の肌ツヤなどは悪くはない。劉忠が年齢も重ね老齢と言っても差し支えがなかったこともあって、二人は最悪すらも心配していたのである。だが、実際に会えば元気な様子であり、これには二人も毒気を抜かれた気分であった。


「え、と。義祖父殿、お元気そうで何よりです」

「お、お爺様。その、お加減の方は」

「うむ! このように、問題ないわ」

「そ、そうですか……それは、何よりにございます」

「そのようなことより、常剛に崔儷。子を宿したとは、真なのであろうな」

『は、はい』


 劉忠の声は、決して大きいわけではない。しかし、何か気迫でも籠っているかのような声を聞いて、劉逞と崔儷は揃って肯定の返答をしていた。その直後、劉忠は腰掛けていた椅子から立ち上がると孫夫婦の元へと歩み寄る。その歩みを見ても、やはりつい最近まで体調を崩して寝込んでいた人物とは思えないぐらいしっかりとしたものであった。

 それは、劉忠が劉逞と崔儷に傍まできた際にも表れる。笑みを浮かべながら孫夫婦のすぐそばに立った劉忠が二人の肩に手を置いたのだが、その手からは年齢を感じさせないくらいの気配を感じ取れたのだ。本当に体調崩していたのかと疑いたくなった劉逞だが、次の瞬間にはその気持ちなど吹き飛んでしまう。それは劉忠が、うつむきながら震えていたからである。もしかしたら、病気がぶり返したのかと心配になった劉逞と崔儷であったが、それも杞憂であった。

 

「う、く、く……そうか、そうかぁ」

「お爺様……」


 何と劉忠は、劉逞と崔儷の肩に手を置きつつ涙を流していたのである。それは勿論、後継がいない甘陵王家に世継ぎが生まれるかも知れないからであった。無論、生まれてくる赤子が男なのかそれとも女なのかまでは分からない。それでも、自身が存命中に後継たる世継ぎができる可能性が生まれたことを心底喜んでいたのである。これで、家を次代に残せるであろうと。今さら言うまでもないが、後継者がいなければ幾ら皇族であるとはいえ家は断絶する。つまり劉忠としては、自分が亡くなることで甘陵王家が断絶するという事態にならなかったことが何よりも嬉しいのだ。確かに、朝廷から劉逞と崔儷の間にできた子供が甘陵王家を継げる旨の約定は得ている。それでも劉忠は、存命中に次代の存在を確かめたかったのだ。


「よく、よくぞ……うく」

「お待たせしてしまい、申し訳ありません義祖父殿」

「申し訳ありません、お爺様」


 謝意を述べる孫夫婦に対して、感極まっている劉忠は言葉を返せない。ただ涙を流しながら、静かに首を振るだけであった。





 劉逞と崔儷が、劉忠に対して妊娠の報告をしていた頃、涼州でも大きな動きがあった。 朝廷に召喚された張温に変わって車騎将軍として涼州へ赴き反乱鎮圧に邁進していた皇甫嵩が、涼州反乱の盟主となっていた王国を散々さんざんに打ち破ったのだ。この戦は、王国と共に反乱を起こしていた韓遂が、司隷右扶風にある陳倉を攻めたことで始まったとされている。その韓遂が陳倉を攻め、ここを足掛かりとしてさらに東へ進軍しようと画策したのである。すると援軍として、涼州反乱圧盟主である王国も陳倉へと向かっていた。しかし皇甫嵩は、王国の動きを事前に察知したのである。そこで皇甫嵩は、自ら兵を率いて陳倉へと向かうことにした。この動きによって、韓遂や王国の目を引き付けたのである。同時に皇甫嵩は、公孫瓚を大将とした別動隊を組織していた。その別動隊だが、戦場から迂回させて伏兵としていたのである。この皇甫嵩の策に、王国はまんまと乗ってしまったというわけであった。

 王国は、意気揚々いきようようと陳倉近郊まで進軍してきたのだが、そこで公孫瓚の率いる別動隊が一斉に襲い掛かったのだ。奇襲など全く予測していなかった王国の軍勢は、驚き慌てふためきそして混乱してしまう。そのような敵に対して公孫瓚が率いる別動隊は、容赦ない攻撃を仕掛けていった。これでは、王国に立て直すいとまなどない。その為、次々つぎつぎと味方が討たれていってしまう。その有り様を見た王国は、援軍どころの騒ぎではないとして軍勢の立て直しを諦めると撤退に入ったのであった。

 果たしてこのような敵の動きを、公孫瓚が見逃すわけがない。彼はすぐに、追撃へと移っていた。そのあまりにも素早い追撃に、雪崩を打って逃げだした王国の軍勢が追いつかれてしまう。それでも王国は、諦めることなく逃げ続けていた。やがてもう少しで敵より逃げ遂せることができるとなった正にその時、彼の乗る馬の足元に矢が打ち込まれた。そのことに驚いた馬は棹立さおだちとなり、背に乗せている王国を振り落とすと走り去っていったのだ。

 情けなくも愛馬より振り落とされた王国だが、何とか受け身を取ることで骨折などといった重傷は回避していた。しかしそれでも、自身の体を地面に強く打ち付けたことに変わりはない。体のいたるところを、打ち身による痛みがむしばんでいる。それでも王国はその痛む体を無理矢理動かして、ゆっくりと立ち上がった。しかしその直後、彼は後方に目をやる。その理由は、一つの気配を感じたからである。するとそこには、まるで日の光を背から受けたような影が一つたたずんでいたのであった。


「誰だ!」

「名を問うのならば、みずから名乗られよ」

「何だと!」

「どうした。木石ではないのだろう。ならば、名乗られるがいい。もし名乗らぬのであれば、賊として討ち取るのみ!」

「ちっ!!」


 日の光によって顔の判別ができない人物、声からすると男である。その男からに言葉に、王国は思わず舌打ちしてしまっていた。そして王国と対峙したこの男からしてみれば、その反応だけで十分である。彼は王国を足止めする為に矢を打ち込んだ弓を離すと、腰に佩いた剣を鞘から抜く。それから自身の正当性を主張するかのように、自らを名乗ったのであった。


「車騎将軍が司馬、公孫伯圭。その首、貰い受ける!」

「皇甫嵩の司馬だと? こい、小僧! できるのならば、やってみるがいい!」


 いまだ痛む体を叱咤しつつも王国は、腰に佩いた剣を抜く。その直後、公孫瓚は自らが操る馬を駆けさせていた。勢いを乗せつつ公孫瓚は、馬上から剣を振り降ろす。しかし王国は、その剣をどうにか受け止めていた。しかし落馬のせいでいまだ痛む体と公孫瓚の勢いに負けて、大きくたらを踏んでしまう。それでも何とか構えたが、間髪入れず公孫瓚の斬撃が王国へ襲い掛かっていた。寸でのところで気付いた王国は、必死に受け止める。しかしてその斬撃は、盤石の態勢で受け止めたわけではない。かろうじて剣こそ手放すようなことをしなかった王国であったが、公孫瓚の放った斬撃の勢いには勝てずその場で膝をついてしまう。すると間髪入れず、公孫瓚は操っていた馬から飛び降りる。そのまま、王国に向かって駆け出していったのだ。


「その首、貰った!」

「させぬわ!」


 膝をついた態勢のまま王国は、公孫瓚の一撃を受け止めることには成功している。しかし、無傷の公孫瓚と必死に逃げた上に体をしたたかに打ち付けている王国とでは、どちらが有利かなど比べるべくもない。その証拠に、少しずつであるが公孫瓚の剣が王国の首へと近づいているのだ。それでも王国は必死に押し返そうとするが、痛む傷のせいで思うように力が入らない。ゆっくりと首へと近づいてくる公孫瓚の剣に対して恐怖を抱きつつ、それでも自身を奮い立たせるように王国は声を張り上げた。しかしながら、直後にはまるで上書きでもするかのように公孫瓚からも声が張り上がる。お互いに声を張り上げながらであったが、それでも公孫瓚の剣は王国へ押し込んでいった。


「これで、終わりだ!!」

「……がっ!」


 最後の一押しをするかのように、彼の剣が王国の首を切り付けていく。その瞬間、王国の力が緩む。そのことを敏感に感じ取った公孫瓚は、最後の掛け声と共に王国の首を剣で切り裂いたのであった。


「王国、公孫伯珪が討ち取ったり!」


 切り落とした王国の首を掲げながら、公孫瓚は高らかに宣言していた。

それから間もなく、盟主である王国が討ち取られたことを知った韓遂は、不利を悟ると全軍の撤退に移っていた。すると皇甫嵩は、董卓に追撃を命じ行わせる。董卓もその命に応えて、かなりの損害を韓遂の軍勢に与えたのであった。そしてこの戦ののち、涼州で反乱を起こした彼らの足並みが軒並み揃わなくなる。その反乱軍の不仲に付け込んだ皇甫嵩がさらに押し込んだことにより、彼らは涼州で散り散りになっていくのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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