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第三十六話~匈奴遠征 二~

総合評価が千を越えました。

ありがとうございます。


第三十六話~匈奴遠征 二~



 中平五年(百八十八年)



 并州刺史及び并州諸郡太守らを率いて出陣した劉逞は、一路匈奴の首都となる単于庭を目指していた。そのような劉逞の軍勢に呼応する形で、表向き中立を保っていた於夫羅の一族となる攣鞮氏が須卜氏ら右部に対して兵を挙げたのである。いち早く動いた攣鞮の一族は、於夫羅を奉じて劉逞の軍勢に合流する。そこで劉逞は、彼らを於夫羅旗下としたのだ。これにより於夫羅は、漸く劉逞の居候という身分からの脱却を果たしたのである。そして時を同じくして、呼衍氏と蘭氏と丘林氏や左部に属する諸氏も兵を挙げたのであった。

 これらの動きに驚いたのが、影武者を立ててまで事実上の執政を行っていた老王たちである。彼らも怪我が元で急死した単于について各氏族から疑いの目を向けられていたこともあり警戒はしていた。しかし、こうも大規模に兵を挙げられるなど流石に予測の範囲を越えていたからである。しかも、度遼将軍となった劉逞が動くに合わせたように、彼らは兵を挙げている。これが意味することなど、理解できないわけがなかった。


「拙い、先手を打たれたか」

「しかも、ここまで手を伸ばしていたとは侮ったわ」


 彼らは劉逞に対して、どちらかと言えば猛将であろうと判断していた。だが、劉逞の持つ勲功や噂話を考えれば当然と言えるかもしれない。何せ彼に関しては、戦場で挙げた勲功の方が話の俎上に上がるのだ。それに引き替え、黄巾の乱が起きた際に甘陵国や幽州で行った鎮定。初めて太守に就任した鉅鹿郡での復興や白波賊撃破後の西河郡でのまつりごとなどは、先に上げた勲功に霞んでしまいそれほど話題にはならないのである。その為、老王たちも攻めてくるのならば正面からの力押しだろうと考えていたのだ。

 しかし、いざ兵を動かす段となってみると、いつの間にか匈奴への調略が行われていたというわけである。匈奴の半分どころか、それ以上の勢力を自らの陣営へ引き入れているのだから驚くなという方が無理であった。

 これは勿論、劉逞だけの手腕ではない。盧植など彼の配下による功績も大きいが、同時に於夫羅や呼厨泉や去卑を手中に収めていたということが大きいと言える。しかも於夫羅に至っては、劉逞も働きかけることで漢から正式に匈奴の単于であると認められているのだ。

 漢という国家に関与させず、右部の者が主導して強引に単于を推戴した彼らと違って、この差は如実に表れている。その上、当事者の単于は前述の通り亡くなっているのだ。しかも、幾ら漢からの侵攻や調略があったとはいえ相次いで挙兵が行われたことを鑑みれば、単于の死亡はもはや公然の秘密であるとして間違いないのだ。


「どうする。間違いなく、劣勢であるぞ」

「座すれば、滅ぶ。ここは先手を打って、度遼将軍を討つしかないだろう」


 そのように宣言したのは、醢落であった。

 その言葉を聞き、老王たちは溜息をついている。だがこれは、老王たちが呆れているからというわけではない。やはりそれしかないのかという、諦めにも近い心持ちだからこそ出てきたものであった。彼らの中には、美稷での戦いで手酷く痛めつけられた経験を持っている者も数は少ないがいる。しかもその戦で兵を率いていたのは、当時は使匈奴中郎将であった度遼将軍の劉逞なのだ。あの敗戦を味合わせた相手と、今一度戦わなくてはならないというのだから溜息をつきたくなるのも分からなくはない。しかしここで手をこまねいていれば、その先にあるのはもう滅びしかないのも事実である。そのような未来を回避する為には、たとえ分が悪かろうと乾坤一擲けんこんいってきとも背水の陣とも言える戦を仕掛けないわけにはいかなかった。


「……うむ。醢落殿の申す通りであろう。この戦、負けることはできませぬぞ」

『お、おうっ』


 いささか覇気に掛けてはいたが、それでも彼らは協力して極めて劣勢だと言える現状を打破するべく出陣を決めたのであった。





 一方で度遼将軍である劉逞の元へ、単于庭より匈奴が出陣したという報告が届いた。その報告を聞いた劉逞はいささか驚き、続いて呆れた表情を浮かべたのである。その理由は、彼我の兵数差であった。何せ劉逞は、自身が率いている兵に加えて并州勢がいる。それに加えて、先頃には攣鞮の一族も加わっている。その兵力差は言うまでもなく、単于庭に駐屯している彼らの兵ぐらいでは野戦で打ち負かすことなど難しいことなど分かり切っているからであった。


「本気……なのだろうな」

「彼らからすれば、漢へと付いた匈奴勢が我らと合流する前に将軍を討つことで、不利な状況の打開を狙ったのだと思われます」

「まぁ、そのようなところだろう。なれば子幹、みなを集めるぞ。軍議だ」

「はっ」


 まだ、敵である老王たちが率いる兵が劉逞たちのところまで到達するには多少の時間がある。この時間の間に軍議を開き、対応を決めてしまおうと言うつもりであった。それから間もなく、劉逞家臣は勿論のこと并州刺史の丁原を筆頭とした并州勢、それから於夫羅と去卑が集まってくる。なお呼厨泉だが、彼は一族を纏める為に残っていた。

ともあれ、おおよその人物が揃う。すると劉逞は、軍議を開くと冒頭で単于庭から敵が出陣した旨を伝えたのであった。

  

「我らはこの辺りで、敵を迎え撃つつもりです」


 広げられた地図を指し示しつつ、盧植が伝える。そこは草原であり、迎え撃つには申し分がない場所であった。そもそもからして、敵より味方の兵数が多い。そこで策を弄するよりは、正面からぶつかった方がいい。下手に小細工を弄すると、そこから付け込まれてしまいかねないのだ。無論、警戒は必要となる。彼我の差を埋める為に、奇襲などといった手を打ってくる可能性があるからだ。但し、盧植が指示した場所は先ほども述べたように戦場は平原となる。奇策を打つには、向いていない場所であった。つまり盧植は、王道とも言える大軍による敵の撃破を模索しつつ、しっかりと奇策にも対処をしていたのである。そして当然、その示された策に対して否を唱える者はいなかった。

 次に布陣であるが、ここで丁原が手を上げる。これは、彼らの予定通りであるといえた。匈奴勢がいれば彼らに任せるつもりだったが、今はまだ合流していない。この現状では、丁原たちに任せるのが当然であった。


「なれば前線は、刺史殿に任せる」


 こうして、前線は丁原率いる兵に任されることとなったのである。その軍議も終了すると、迎撃の布陣が調った全軍の前に劉逞たちは立つ。そして彼の傍らには、今回の遠征における大義名分である於夫羅がいた。


「須卜骨都侯単于などと僭称した偽単于は死んでいる。しかもその事実を隠し、醢落や老王などの反逆者どもは真の単于である於夫羅殿に対して兵という名の刃を向けてきた。今こそ匈奴を蝕む獅子身中の虫共を降し、真の秩序をもたらすのだ!」

『おおー!!』


 劉逞の檄を聞き、大きい歓声が辺りを包んでいる。そのような兵たちを見たあと、劉逞は単于庭から進軍してくる敵勢が現れるであろう方角へ視線を向けると一言漏らしていたのであった。


「くるがいい。この地を、そなたらの墓場としてくれるわ」





 遂に、醢落や老王のうちの幾人かが率いてきた兵と共に到着した。老王の全てが揃っていないのは、単于庭を完全に空とするわけにはいかないからである。そもそもからして、今回の一戦は勝ち目が薄いと彼らは判断している。だがそれであっても、打って出ないわけにはいかなかった。ここで度遼将軍である劉逞、そしてできれば於夫羅も討ち取る。そうすることで彼我の兵力を覆し、勝機を見いだすのだ。劉逞と於夫羅、この二人がいなくなった状態であれば、その後はいかような手も打てる。たとえば并州へ再進撃して、荒らすのもいいだろう。また、荒らさずに版図へ組み入れるのもいい。もしくは、再度漢へ従属という形を取るのも悪くはない。以前に漢へ従属した時と違って勝利を収めたあととなるので、有利な条件を手に入れられる。それこそ、劉邦が漢を興した頃のようにだ。しかしそれも、勝たなくては実現など不可能である。その意味でも、この一戦は重要であった。


「これより突撃する! 我に続け―!!」


 最前線に立つ醢落は、丁原が率いる并州勢に向けて騎馬突撃を敢行した。その一方で、老王たちは正面を迂回し呼厨泉が率いている攣鞮氏を側面から急襲するつもりだった。正面と側面という二方面から襲撃し、敵を混乱させる。そして醢落か老王たちが并州勢を突破し、その勢いのまま敵の本陣へと突撃を行う。そして首尾よく劉逞を、そして於夫羅を討つ。これが、彼らの描いた勝ちへの道筋であった。

 さて、先鋒となった醢落が取った戦法は、騎馬による一点突破である。丁原と同じく軍の先頭に立ち、自らの得物を振りかざしつつ突撃を行うというものだ。果たして両勢力の先頭に立つ大将同士が、激突したというわけであった。

醢落と相まみえた丁原は、自身の得物である槍で突く。しかし、醢落もただ者ではない。上手に受け流すと、自らの得物を返して攻撃を行う。間髪入れずに反撃してきた相手にいささか驚きつつも丁原は、同時に笑みを浮かべていた。彼は馬上で体をそらしつつ避けると、体を起こして槍を振るう。しかし相手は、それこそ馬とともに生まれたなどといわれるぐらいに騎馬での戦を得意としている。見事な捌きを披露して、丁原の攻撃を見事にいなしていたのだ。

 丁原も馬の取り扱いには自信があったが、醢落はそれ以上にも見える。となると、このまま騎馬戦を続けるのは間違いなく不利となる。そこで丁原は、予想外の行動に出た。地面に自らの槍を突き刺したかと思うと、愛馬から跳んだのである。そのまま地面に突き刺した槍を支えにしつつ、醢落へと体当りしたのだ。まさかの行動に、すぐに対処できなかった醢落はその体当りをまともに食らってしまう。二人はそのままもつれながら、地面へ投げ出されていた。しかし、両者とも豪の者である。すぐに立ち上がると、愛用の得物を構えていた。


「まさか、かようなことをしてくるとは思わなんだ。だが、このような稚拙な技、二度は通じぬぞ」

「ふん。そのようなこと、元より承知しているわい!」


 醢落から揶揄とも挑発ともとれるような言葉を聞いた丁原は、憮然とした表情を浮かべつつも言葉を返した。彼とて、このようなことを何度も行うつもりはない。あくまで一回限りの奇襲として、行ったことなのだ。それより何より、丁原も代償を支払っている。いささか無理があったのだろう、左肩が痛むのだ。幸い利き腕の肩ではないが、それでも動きに支障は出るのは言うまでもない。しかし丁原は、そのようなことを全くおくびにも出していない。この辺りは、大小様々だいしょうさまざまな戦を幾度となく経験した歴戦の将であると言ってよかった。


「そうか……貴公、何者か? 我は匈奴右部、醢落である」

「并州刺史、丁建陽」

『推して、参る!』


 その直後、両者の間では愛用の武器が火花を散らしていた。無論、その一撃で終わるわけがない。彼らは何合も、愛用の獲物をぶつけ合ったのだ。一騎打ちを始めた当初は、優劣つけがたい勝負であったが、やがて天秤が一方へと傾き始める。劣勢となっていたのは、丁原であった。これには、二つの理由がある。一つは、年齢差によるものであった。まだ老境とまでは到達しいていないとはいえ、丁原は相応に年を重ねている。一方で醢落だが、丁原に比べればまだまだ若かった。つまり、年齢差による体力の差が如実に表れてしまったのだ。

 さらにもう一つは、肩の痛みである。痛みを感じた当初はそれほどではなかったのだが、時が経つうちに少しずつ痛みが増してきているのだ。まだ、我慢はできる。しかし痛みがあるので、どうしても僅かに遅れが生じる時があるのだ。そうした小さな積み重ねが、丁原を蝕んでいたというわけである。中々なかなかに思ったように動かない我が身に苛立ちを募らせる丁原であったが、そのことがついに彼をさらなる劣勢へと追い込むこととなっていた。


「……ぐっ!」


 ついに醢落の得物が、丁原を捉えたのである。寸でのところで自分の得物を使い受け流すことができたので致命傷は負わずに済む。しかしてそれが、怪我をしなかったことと同義というわけではなかった。丁原は醢落の一撃こそ受け流したが、代わりに痛めていた肩へ大きな傷を負ってしまう。その傷は思いのほか深いようで、かなりの血が流れ続けているのだ。

 咄嗟に丁原は傷口を手で塞いだのだが、その手の隙間から次々つぎつぎに血が流れていく有り様である。そのような丁原の様子を見て、相対していた醢落は笑みを浮かべる。そして止めを刺すべく、彼は獲物を振りかざしたのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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