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第二十九話~乱の終焉~


第二十九話~乱の終焉~



 中平四年(百八十七年)



 劉逞と丘力居が相対した頃とほぼ時を同じくして、管子城の近くには騎馬の兵団が到達していた。彼らは劉逞の命を受けた劉備が率いる別動隊である。彼らはわざわざ迂回して冀州に入り、丘力居率いる烏桓に動きを悟らせないようにして進軍したのだ。その彼らの役目は、管子城に閉じ込められた孟益の救出にあった。

 劉備の左隣には田豊がおり、反対の右隣には於夫羅がたたずんでいる。すると彼らは、揃って視線を管子城へと定めていた。その管子城はというと、丘力居が残した烏桓兵によっていまだに取り囲まれていたのである。丘力居が劉逞と対峙する為に兵を引き抜いているので、流石にその総兵数は少ない。しかしそれでも、孟益を管子城へ閉じ込めることはできるだけの軍勢を丘力居も残していた。しかし逆に言えば、管子城を包囲するだけの兵しかいないのである。とてもではないが、城攻めを継続させることができる兵数を分けることはできなかったのだ。


「玄徳殿。頃合いのようです」


 劉逞より借り受けた物見役の杜長より管子城の様子について報告を受けた田豊が、劉備と於夫羅に対してそう一言告げる。すると劉備は頷くと、田豊と於夫羅に対して口を開いたのであった。


「では元皓殿、それに於夫羅殿。征こうか」

「そうよな、参るとしよう」

「突撃!」

『おおー!!』


 劉備の号令一下、全ての軍勢が突撃を始める。先鋒を務めたのは二人であり、一人は劉備隷下の張飛である。そしてもう一人は、於夫羅であった。先鋒を任された両者は、先を争うように駆けていく。その二人に追随する形で、あとに続いたのであった。

 この地に辿り着くまでと違って、隠密性などまるで考えていない突撃である。当然のように管子城に籠る孟益も、そして管子城を囲む烏桓兵からもその突撃は見て取れていた。とはいえ、二人の思いは正反対である。管子城に籠城中の孟益からすれば、厄介ぐらいにしか思っていない。それは彼らも、援軍がくるなど思っていないからだ。確かに張純を追撃した部隊はいるが、既に戻ってきている。多少の脱落はあるかも知れないが、そのような者がわざわざ管子城の南西方向から戻ってくるとは思えない。となれば残るのは、敵の増援ということになる。つまり敵が増えたと感じたからこそ、彼らは厄介と感じたのだ。

 一方で管子城を包囲している側としては、混乱するしかない。そのことを証明するかのように、管子城の包囲を任された丘力居の甥となる蹋頓は首を傾げていた。まず、援軍という線はない。近隣の烏桓からの援軍など、有り得ないからだ。遼西郡に近い烏桓といえば、右北平郡の烏延と遼東属国の蘇僕延となる。しかし烏延であれば西からとなるし、蘇僕延なら東からとなる。冀州に近い南西からくるとは、到底思えなかった。ならば冀州からなのかといわれると、やはり首を傾げざるを得ない。先の蘇僕延による侵攻によって一度は混乱した冀州であるが、その冀州も鎮定されている。要するに蹋頓は、迫ってくる軍勢がどの勢力に属するかが全く見当をつけられないでいるのだ。だが、放っておくという対応などできる筈もない。ゆえに蹋頓は、兵を回して一応でも迎撃の用意をしたのである。だが、このことが幸いとなる。迎撃の用意を終えた頃、彼らは漸く相手を確認したからだった。


「まさか……於夫羅だと!?」


 張飛は劉備配下の中で最強と言って申し分がない力量を持つ将であるが、それほど有名というわけではない。今は涼州にいる皇甫嵩や公孫瓚であればまだ別だが、流石に張飛の名が烏桓にまで知れ渡っているわけではないのだ。ゆえに蹋頓は張飛に対して気にも留めていなかったのだが、於夫羅に関して言えば別である。彼は匈奴の単于となる羌渠の実子であり、次期匈奴単于の可能性が高いのだ。

 蹋頓からすれば、於夫羅がいるというだけで十分脅威になり得る。しかも今は、手持ちの兵が少ない。この状況で、於夫羅が率いる匈奴兵とまともに戦うなど正気の沙汰ではなかった。流石に不利どころか全滅するかも知れないという事実を悟った蹋頓は、管子城の包囲を諦める。迎撃の為に布陣させた者たちを殿しんがりにすると、包囲を解いて兵を引き始めたのだ。

 以外にも早く兵を引く烏桓勢を見た田豊は、劉備に対して深追いを避けるように言う。彼の言葉を聞いて眉を寄せた劉備だったが、その田豊より孟益の救出こそ最優先事項だとたしなめられてしまう。確かにその通りだと納得した劉備は、すぐに伝令を出して深追いを禁じたのだ。その旨を聞いて、先鋒の一人だった張飛は不満を大いに表す。しかし義兄とも慕う劉備からの命であり、従わないわけにはいかない。そこで張飛は、その不満を敵へと向けたのである。その相手とは、殿として残った烏桓兵であった。有名であろうがなかろうが、彼が持つ武勇は一騎当千といってもいい。その武をまともに向けられてしまった烏桓兵は、鎧袖一触がいしゅういっしょくとばかりに蹴散らされていったのである。そのあまりにも一方的な結末に、張飛の名は一気に知れ渡ることになったのであった。

 ともあれここに、蹋頓が残した殿も蹴散らされてしまう。だが、彼らの働きが蹋頓率いる烏桓勢を助けたと言っていい。殿の頑張りもあって、戦場から撤退することに成功したのであった。こうして烏桓が引いたことで、もはや管子城に入ることを邪魔する存在はない。大将である劉備は、孟益に使いを出し救出に赴いたことを伝える。そして間もなく、管子城から歓声が上がったのであった。




 話を少し戻す。

 偶然とはいえ趙雲と一騎打ちとなった丘力居は、先手必勝とばかりに渾身の一撃を繰り出していた。幾ら体のあちこちに傷を負っているとはいえ、自身の武に自信を持っている。その丘力居が繰り出した渾身の一撃であったが、何と趙雲は正面から受け止めて見せたのである。しかも、ただ受け止めただけではない。次の瞬間には、奇麗に弾いて見せたのだ。

 それは即ち、趙雲の持つ武が少なくとも現状の丘力居と同等以上であることの証左といっていいだろう。幾許かでも傷を負っていることもあり一概には言えないが、それでも相当な腕であることは間違いないと言えた。


「まさかそなたのような小僧に受け止められるとは、思いもよらなんだわ」

「……」


 ほぼ独白といっていい丘力居の言葉を聞いた趙雲だったが、返答もせずに黙ったままであった。その後、二人は暫く睨み合いながらも少しずつ距離を詰めていく。そして間もなく、趙雲の方が先に動いた。彼は一足飛びに踏み込んだかと思うと、丘力居の顔に目掛けて愛用の槍を突き出す。初めは避けようと考えた丘力居だったが、その鋭い一撃に間に合わないと判断すると、手にしていた愛用の武器で払い除けようとする。しかして趙雲の放った一撃は重く、そして鋭いものであった。

 何せ丘力居が払おうとしたにも関わらず、払い除けられず傷を負ってしまったぐらいである。しかしどうにか繰り出された槍の軌道はそらすことはできたので、受けた傷が致命傷とはなっていない。だがその傷が深いことに変わりはなく、それを証明するかのように思いのほか血が流れ出ていた。

 傷を触り確認したい丘力居であるが、ここで僅かでも視線を外せば趙雲が再度飛び込んでくることは必至である。もしそうなれば、その一撃を避ける自信はなかった。


「はあっ!」


 受けに回れば劣勢になると判断した丘力居は、攻勢に出る。どのみち、この場にくるまでに負った傷もあって、そう長く持たせることができないことは分かっている。ゆえに彼は、目の前の男を含めて一人でも多くの道連れを連れていくつもりなのだ。その為にも、長々ながながと趙雲との一騎打ちを続けることはできない。そのことを内心で残念に思いながら、彼は武器を繰り出していた。

 しかし丘力居が相手している趙雲は、生中なまなかな武人ではない。それどころか劉逞家臣の中でも五本指に入るような実力を持っている。そのような相手に対して、丘力居の攻撃はあまりにも迂闊うかつ過ぎた。受けに回った趙雲は、繰り出された攻撃を愛用の涯角槍で円を描くように受け流す。そのようにすることで丘力居の体勢を崩すと、槍の石突で鳩尾に一撃を加えていた。

 しかも趙雲の動きは、そこで終わらない。鳩尾への一撃を食らい思わず前屈みとなった丘力居の顎へ向けて、槍の柄を跳ね上げたのだ。すると趙雲の握る槍を通して、相手の顎が砕けた感触が伝わる。しかしそのことには一顧だにしない趙雲は、続け様に襲った痛みから完全に死に体となった丘力居の心臓へ一撃を見舞う。趙雲の繰り出した涯角槍の穂先は正確に左胸を貫くと、丘力居の心臓ごと体を突き抜けたのであった。


「敵大将、丘力居! 趙子龍が討ち取ったり!!」


 ここに丘力居は、現世より退場する。そしてそれは、同時に彼が率いた烏桓勢の崩壊を示していた。それでなくても、劉逞が率いた軍勢に取り囲まれている。そこにきて大将の討ち死にが知れ渡れば、士気を維持するどころかその場に留まり続けることも難しい。すると烏桓勢は生き延びる為に、思い思いの行動を起こしていた。

 いまだに抵抗を続けている者もいる。また、ただひたすらに逃げの一手を打った者もいる。しかしもっとも多かった対応は、降伏であった。すると劉逞は、副将の韓当に命じて降伏した烏桓兵の対応をさせる。同時に、程普と趙翊に逃げ出した烏桓兵の追撃を命じたのである。残りの将には、いまだに抵抗を続ける烏桓兵の討伐を命じていた。


「……子龍、見事であった」

「はっ」


 その後、抵抗を続ける少数の烏桓兵を討ち果たし、そして追撃を命じた程普と趙翊が戻ってくる。すると劉逞は、降伏した烏桓兵と討った丘力居の遺体と共に管子城へと入る。これにより、中郎将に任じられた孟益が拝命した張純討伐は一応の終息を見たのであった。



 張純を国外へと追い払い、そして張挙と丘力居を討った孟益。彼は、劉逞率いる援軍と共に薊へと向かう。そこで郭典らと合流すると、そのまま冀州へと向かった。やがて孟益率いる討伐隊の軍勢は、冀州治府のある高邑へと入る。そこで漸く、解散の運びとなった。その後、劉逞と丁原と於夫羅は、并州へと戻る。そして郭典ら冀州勢は、それぞれの任地へ戻ることになる。最後に孟益は、洛陽へと向かったのであった。

 討伐軍の解散後、両親へ挨拶を行ってから常山国を出立した劉逞は、州境を越えて并州へと入る。太原郡にある并州の治府へ到着すると、并州刺史となる丁原が主催する宴会へ劉逞は参加した。これは一種の慰労会であり、一仕事終えたという開放感もあって彼らは大いに騒ぎくつろいでいたのであった。

 その宴席から二日後、劉逞は晋陽より出立することになる。本来なら翌日でもよかったのだが、思いのほか飲んだ者が多かったこともあり、二日酔いが続出したのだ。その為、出立を一日延ばしていたのだ。予定外に一日延びた出立であったが、幸いにして特に問題が発生することもなく劉逞は西河郡に入っていた。あとは、郡の治府がある離石へ向かうだけである。しかしそんな劉逞の元へ、急使が到着したのだ。一体何があったのかと眉を寄せた劉逞であったが、彼の表情は一気に晴れることとなる。その劇的と言える表情の変化に、趙雲ら家臣は訝しげな顔となっていた。


「常剛様、いかがなさいましたか」

「子龍! いやみんな、聞け! 蓮姫が、蓮姫が!!」

「奥方様が?」

「我が子を無事に生んだ!」

『……おおっ! おめでとうございます』


 待望の実子誕生であり、しかも生まれたのは男児であった。劉逞以外に子がいない常山王家としては、正に慶事である。この話を聞けば劉逞の両親は勿論、崔儷の祖父である甘陵王も歓喜することは間違いなかった。

 その後、劉逞は副将の韓当に軍勢を任せると、趙雲と夏侯蘭。それと趙伯と趙翊を護衛として、一足先に離石へと向かう。軍を任された韓当を筆頭に、残った者は喜びと小さな苦笑と共に彼らを見送ったのだ。それから数日後、離石へ先に着いた劉逞は初めて我が子と対面する。身に着けている鎧すら脱がずに対面しようとした劉逞であったが、せめて鎧は脱ぐようにと注意を受けてしまう。不満を表しながらも不承不承ふしょうぶしょうその言葉に従った劉逞は、漸く我が子との対面を果たすと生まれて間もない我が子をその腕に抱いたのであった。





 劉逞と崔儷の間に初めての子が生まれてから約二月たち、年の瀬も迫った頃の離石。そこには、劉逞の両親が揃っていた。彼らの目的は、言うまでもなく初孫にあったのである。


「うーん。実に、かわいい」

「まことに」


 そして劉逞の両親だが、初孫を前にして完全に溶けきっていた。

 劉逞の子が無事に生まれたことを喜びつつ、内心のどこかで家の存続の可能性が高くなったことを喜んでいた劉嵩であった。しかし初孫を前にした途端、そのような考えは吹き飛んでしまう。そのことを証明するように劉嵩とその妻は、初孫を完全に猫可愛がりしている。両親の見せたあまりの様子に、劉逞も呆れていたぐらいであった。


「あー。父上、母上。それで、来年までいるのですか?」

「うむ。年末も近いしの」


 表向きは、お役目の為に帰郷が難しい息子の顔を見に来たとしている。だが、どうみても孫の顔を見に来ているとしか思えない。完全に爺馬鹿、婆馬鹿といった風情であった。劉逞としてもいずれは両親の元へ子を連れていくつもりであったので、ちょうどいいと言える。その為であろう、劉逞がこれ以上深く追及することはなかった。

 こうして、つつがなく平穏無事な年末年始を過ごした劉逞たち。そして年が明けた一月の上旬、劉逞の両親はうしろ髪を引かれる思いで離石より出発した。その両親の護衛として劉逞は、程普や趙伯などを護衛に付ける。そのお陰もあって劉嵩とその妻は、無事に元氏へ到着したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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