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第二十七話~管子城の戦い 二~


第二十七話~管子城の戦い 二~



 中平四年(百八十七年)



 管子城を占拠した孟益は、宴を開いていた。

 既に、逃げた張純を追撃している者たちも戻ってきている。とても残念であるが、彼らは張純を捕捉することはできなかったのだ。これは、追撃に移るまでに時間が掛かったことが理由である。この時間が掛かったことが災いして、逃亡した張純たちは万里の長城を越えてしまったからだ。追撃を行ってから数日、追い付くどころか影も形も見せなかったことに追撃を命じられた将も諦めて引き返したのである。これには孟益も、致し方ないとして諦めるしかなかった。

 張純を逃がしたことは非常に残念なことであったが、それでも勝利したことに変わりはない。そこで孟益は、追撃を命じた部隊が戻った時点で勝利を祝う宴を開いたというわけであった。反乱の首謀者を取り逃がすといういささか不満を残す形となってしまったことは否めないが、どのような形であれ勝利の美酒であることに変わりはない。それゆえに、管子城にいる者は深酒となってしまっていた。

 明けて翌日、見張りの者は日の光を煩わしいと感じていた。それはなぜか、単純に二日酔いだからである。彼は昨日の宴において、しこたま飲んでいたのだ。孟益は自身の勝利を敵味方、主に味方へ対して喧伝させる目的もあって、ことさら盛大な宴を催したのである。それは宴に直接参画した将だけでなく非番の兵にまで、酒や食事を与えるというものであった。しかし翌日になれば、いかに前日深酒をしようとも仕事をこなさねばならない。その結果、二日酔いによる頭痛を抱えながらの職務となったのである。


「うー、頭が痛い」

「大丈夫か?」

「あまり大丈夫ではないな。それより、そなたは平気か?」

「ああ。我は下戸でな、飲めなかったのだ」


 今回だけは、二日酔いからくる頭痛に文字通り頭を抱えている男は、同僚を羨ましく思った。いつもなら酒を楽しめないとはと思うところだが、今だけはただ酒だったとはいえ昨日はあれほど飲まなければと後悔しているからである。もっとも、喉元過ぎれば熱さ忘れるという言葉通り、二日酔いが治ってしまえば今の気持ちなど忘れ去ってしまうのだが。


「な、何だ。あれは!」


 その時、酒を飲めなかったがゆえにまともである同僚から声が上がる。その声の大きさが原因で、せっかく収まり始めている頭痛がぶり返した男が睨みつけた。しかし声を上げた

(変な改行)男に気にした様子はなく、見当違いの方向を見ている。そのことを訝しく思いつつ、男は同僚が向いている方へと目を向けたのであった。


「……何だ、あの黒い何かは…………」


 まさかの事態に、二日酔いからくる頭痛も忘れ呆然と砂埃を見ている。しかも黒く見える何かは、距離を考えると決して小さいとは思えない。そのことが、ただならぬ事態なのではないかと思わせていた。


「ま、まさか敵?」

「何っ!?」


 素面の同僚の口から洩れた言葉を聞き咎めて、もう一人の兵が思わず反応した。仮にもしあの黒い塊が敵であるというならば、決して少なくはないだろう。そこまで思いが至ったその時、二人の兵の顔から一気に血の気が引いた。その直後、酒の影響が全くない兵の一人が転がるようにして上司の元に向かう。その上司も昨日は酒を嗜んでいたが、深酒まではしていなかったので二日酔いとはなっていなかった


「敵だと!?」

「はい。あ、その確実とは言えませんが……」


 敵だと思って慌てて報告にきたが、上司から改めて問われてしまうと本当にあれが敵なのかという思いが脳裏をかすめてしまった。それゆえに彼の言葉は、いささか曖昧なものとなってしまった。その様子にらちが明かぬと判断した上司は、自ら確認する為に城壁の上へ向かった。

 そして彼が城壁の上に到着する頃には、見張りの兵たちもざわついている。多少の時間が経過したことで、見える大きさもさることながらその存在も多くの兵が確認したからであった。


「その、いかがなさいましょう」

「……いかがも何もないわ! すぐに中郎将様へお知らせするに決まっておろうが!!」


 彼はすぐに報告をして来た兵に命じ、伝令として孟益に知らせるべく走らせたのであった。



 孟益は、部屋で気持ちよく寝ていた。しかしそこに、伝令が現れる。勿論、部屋に入れるわけもなく、伝令が大声で取次の者に伝えていた。その声のせいで、孟益は目を覚ましてしまう。せっかく気持ちよく寝ていたところを邪魔されたこともあって、彼の機嫌は悪かった。


「中郎将様! 失礼いたします。火急の知らせにございます」

「火急だと? 何だというのだ」


 寝台から起きながら孟益は、とても不機嫌そうな声で答える。そのことに一瞬だけ取り次ぎの者が躊躇ったが、そこで黙るわけにもいかない。すぐに、伝令からの知らせを孟益へ報告したのであった。


「敵が現れました」

「……敵だと!?」

「はっ」


 伝令からの知らせを聞き、初めはその意味が分からなかった。しかし間もなく、孟益はあることを思い出す。それは、烏桓の存在であった。そもそも、張純を追い払ったのだから少なくとも近隣にもう敵はいないと考えていたのである。仮にいたとしても残党ぐらいであり、そのような輩など鎧袖一触がいしゅういっしょくとばかりに蹴散らせる自負を持っていた。だからこそ、宴を催したともいえる。しかしながら彼は劉逞が張挙を討ち、そして自身が張純を追い払ったことで烏桓、正確に言えば丘力居の存在を忘れていたのである。しかし敵が現れたという言葉を聞いて、漸く思い出したのだ。まだ敵は残っていることに。

 孟益はすぐに部屋から駆け出すと、確認の為に城壁の上に向かう。やがて到着した城壁の上から、孟益はその存在を確認した。


「確かにあれは烏桓! くそっ! ぬかったわ」

「中郎将様、御下知を」

「すぐに全員をたたき起こせ、迎撃する!」

『はっ』


 その命を出す間にも、丘力居率いる烏桓は管子城へと近づいているのであった。



 孟益は、味方が揃うのを待っている時間はないと判断し、この場で迎撃の指揮を執ることにした。総大将の姿と彼から命を受けて、指示された兵たちも即座に迎撃の準備を始める。やがて用意が整うと命令一下、弩から矢が一斉に放たれるのであった。このお陰で防衛側の孟益は、寸でのところで機先を制することができたのである。そのお陰もあって、即座に管子城内へ攻め込まれるというような事態とはならなかった。


「間断なく矢の雨を降らせよ! 烏桓を近付けさせるでないわ!!」


 やはり、先制が取れたのは大きい。そのお陰もあって、敵の烏桓に少なからず損害を与えることが出来た。しかもその直後には、遅れて到着した味方の兵から矢が放たれていたのだ。しかしてこのことが、孟益に幸運を運び込んだのである。それは彼が意図したわけではないが、連続で攻撃されたことで丘力居にある勘違いを起こさせたことであった。その勘違いとは、丘力居もさることながら烏桓が孟益より波状攻撃を受けたと感じたことにある。とはいえこれは、連続的に攻撃したことが呼んだ偶然である。しかしてこの偶然が、孟益らを窮地から救うこととなったのであった。

 一方で攻め寄せた丘力居であったが、ここにきて波状攻撃というまさかの事態が舞い込んだことで警戒を強めたのである。つまり予想外の攻撃にさらされたことで、丘力居はつい先ほどまで感じなかった警戒心が呼び起こされてしまったのだ。もしかしたら、自分は嵌められたのではないかという思いである。そして一回でも警戒心が呼び起こされると、全てが疑わしく感じてしまう。丘力居自身、勘繰りすぎだと思う気持ちはある。しかしその反面、もしかしたらという思いが捨てきれないでいるのだ。


「……くそっ! 兵を引かせろ、管子城を包囲する」


 疑惑が拭えない丘力居は、一度仕切り直すことにした。その第一手として、まず先鋒を引かせたのである。丘力居はこうすることで、味方が被る損害の軽減と自身の気持ちの切り替えも行うこととしたのだ。一旦、矢が届かない距離まで味方を引かせた丘力居は、そこで戦法を変える。当初の予定であった急襲から一転して、管子城を包囲することへ攻め手を変更したのだ。このように全く違う手段を講じれば、敵味方関係なく考えを改める必要がある。そうなれば、現状に即する形に頭を切り替える必要が生じることになるからだ。こうして戦況は、烏桓による急襲から管子城を巡る籠城戦へと移行したのであった。





 管子城で孟益と丘力居による籠城戦が行われている一方、薊にいた劉逞は既に出陣していた。彼が動き始めた理由は、丘力居の動向が判明したからである。盧植たち軍師からも張純が頼るとすれば丘力居であろうと進言を受けていたこともある。劉逞もそこには同意していた。何せ張挙と張純と丘力居は、歩調を合わせて漢へ反旗をひるがえした人物である。窮地に陥った張純が、その盟友とも言える丘力居を頼るのは自明の理であったからだ。寧ろ、張挙を討ち取った戦で丘力居がいなかったこと自体、劉逞は不思議に思っていたのである。これは張純と張挙、そして丘力居の間で冀州への援軍を巡っていささか疎遠となっていた為であった。しかし、いかに間諜を多用する劉逞と言えども、短時間で彼らの関係が気まずくなっていたことまで調べ上げるのは難しい。だからこそ劉逞は、間諜を送り込んで丘力居の動きを探っていたのだ。やがて送り込んだ間諜が、丘力居が出陣の準備を調えているという情報をもたらす。その知らせを受けて劉逞もまた、兵を調えると出陣したというわけであった。

 その劉逞だが、彼は出陣する際に軍勢を二つに分けている。その理由は、盧植ら軍師たちに進言された策へと従ったからである。まず一方は、自身が率いる本隊である。そしてもう一方はというと、劉備率いる別動隊であった。この別動隊は、劉備率いる軍と於夫羅率いる軍によって構成されている。この別動隊は全員騎兵で構成されているため、その分だけ移動は早い。しかし彼ら別動隊は、なぜか管子城へ一直線に向かっていない。ではどこへ向かったのかと言うと、それは意外なことに冀州であった。

 何ゆえにそのような行動をしているのかというと、敵の目から別動隊を隠す為である。敵となる丘力居へ、劉備や於夫羅が率いる別動隊の動向を知られたくない。そこで、わざわざ隣の州となる冀州を通過するなどという回り道を使ってまで進軍させたというわけであった。

 こうして別動隊の行方をくらませつつ、その一方で劉逞は率いる軍勢を隠すようなことはしなかった。それどころか、寧ろ堂々と管子城へ向けて進軍したのである。このようにあからさまな行軍している理由だが、前述したように別動隊を隠蔽して丘力居の耳目を自身の方へ向けさせる為であった。劉逞自身に敵の目が集まれば集まるほど、別動隊の存在を覆い隠すことができるからである。そして当然だが、この劉逞の動きは管子城を取り囲んでいる丘力居の知るところとなっていた。しかしながら、丘力居にとっても劉逞の軍勢は想定外だった。何より、このように早く孟益への援軍が現れるとは夢にも思っていなかった丘力居であり、それゆえ大いに焦ってしまう。しかし側近の諫めもあって、何とか平常とは言えないまでもまともな判断を下せるぐらいにまでは落ち着くことができていた。


「……拙い。動きが早い、早すぎる。これでは、管子城攻めへの集中ができぬではないか」


 劉逞率いる使匈奴中郎将として、そして西河郡太守として抱えている軍勢。そこに加えて、并州刺史である丁原が率いる軍勢に於夫羅率いる匈奴の軍勢である。彼ら管子城へと迫ってくる軍勢を無視して、城攻めを続けるなど土台無理があるのだ。そこで、管子城の包囲を続けることができる最低限の兵だけを残すと、丘力居自身は本隊を率いて劉逞の軍勢を返り討ちにするべく迎撃にむかったのだ。とはいえ、相手は劉逞率いる軍勢である。彼らは、前年に幽州で散々さんざんに暴れた鮮卑を、目立つ損害を受けることもなく討ち果たした軍勢なのだ。しかもその際に、鮮卑の大人である和連すらも討ち果たしている。だからこそ、丘力居が自ら兵を率いて迎撃に向かったというわけであった。

 やがて劉逞率いる軍勢と、丘力居率いる軍勢が対峙する。この勝敗こそが管子城の行く末を決めるだけでなく、張純が主導して起こした反乱の終息が掛かっていると言っていいだろう。それだけに、両軍勢の対峙が睨み合いで終わることなどまず有り得ない。そのことを証明するかのように劉逞と丘力居、それぞれが率いる軍勢の戦意は上がっていくのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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