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第二十六話~管子城の戦い 一~


第二十六話~管子城の戦い 一~



 中平四年(百八十七年)



 薊より孟益が率いる軍勢が、進軍していく。その軍勢を見送った劉逞は、薊の治安を安定させるべく手を打っていく。しかしてそのさなか、劉逞は董昭からある進言を受けたのであった。


「公仁。中郎将が危ないとは、どういうことだ?」

「はい。総大将殿は焦っている、そう感じられました」

「そうだな。それは、我も感じた」

「そこが問題なのです。その焦りを丘力居に突かれますと、いささか不味いことになるかも知れませぬ」


 丘力居は、遼西郡に拠点を持つ烏桓の大人である。そして彼は、張純と張挙が起こした反乱にも積極的に加担した人物でもあった。そして孟益は、その丘力居の本拠である遼西郡に足を踏み入れようとしている。万が一にも、孟益が手柄に固執して焦りのあまり視野狭窄しやきょうさくに陥るようなものなら、孟益を含めてどうなるか分かったものではないのだ。

 漸く董昭の危惧について見当がついた劉逞は、軍議を開く。だがその軍議に、劉逞の家臣ではない人物が複数混じっていた。それは、郭典及び彼が率いていた軍勢の主だった将となる者たちである。しかしその中にあって、一人だけだが毛色の違う人物がいる。その人物の名は公孫紀といい、彼は幽州の別駕従事を勤めている人物であった。

 実は現在、幽州には刺史がいない。勿論そこには、理由があった。それは、張純らが漢へ反旗をひるがえす少し前のことである。それまで幽州の刺史を勤めていた陶謙が、涼州へ援軍として派遣されたのである。そこで次の幽州刺史が就任するまでの間、別駕従事の公孫紀が刺史の代理を務めていたのだ。つまり張純の蜂起も、この幽州刺史が不在という隙を突いて起こされたのである。無論、薊を落とした張純や張挙は彼の行方を捜索していた。しかし公孫紀は巧みに追っての手から逃げ遂せると、隠れて時節を伺っていたのである。そして郭典が中山郡より進軍してくると、彼の軍勢に合流したのであった。


「して、常剛様。この集まりの意図をお聞かせいただきたく存じます」


 軍議の冒頭、郭典が軍議の意味について尋ねる。そこで劉逞は、董昭に視線を送った。主から目線による指示を受けた董昭は、一つ頷くと説明を始めたのである。その説明を聞いたあと、軍議に参加している者の態度は二つに別れていた。盧植や程昱、荀攸や田豊などといった者たちはさもありなんという態度を示す。その一方で、劉備や郭典や公孫紀などはいぶかし気な態度であった。


「我は、あり得ると思っている。そこで、何が起きてもいいように、認識を共有しておこうと思ったのだ」

「むぅ。常剛様が言わんとされていることは分かりますが……」

「ことが起きてからでは、手遅れとなりかねんのだ」


 劉逞が、と言うか、彼の軍師たちが想定している最悪の事態。それは、総大将である孟益の討ち死にである。彼も将としては決して無能ではないので、そう簡単に討たれるとは誰も思ってはいない。しかし、何が起きるか分からないのが戦場である。まさかという事態が原因となり、孟益が討たれてしまっても何ら不思議はないのだ。


「常剛様の言わんとされていること、それは理解しました。ならば、どうされますか。代理とはいえ幽州を預かる我としても、常剛様には軽々と動いてはいただきたくはないのです」

「その点については、分かっている。口惜しいが、すぐに動くことはしない。だが同時に、危急の事態を想定して動く体制を調えておきたいのだ」


 劉逞らが懸念する最悪の事態が起きなかったとしても、丘力居が動けば孟益の身はやはり危なくなることは必定。そこで、すぐに動けるような体制を、劉逞は調えておきたいのだ。その為には家臣は勿論、幽州刺史の代理である公孫紀や劉逞以外に軍勢を率いている郭典らの同意と協力が必要となる。その同意と協力を得る為に劉逞は軍議を開き、多少の推測があるものの認識の共有を行ったというわけであった。

 一方で公孫紀だが、いささか迷いがある。自らが言ったように、劉逞の危惧は理解する。だが、ここで軍勢を動かされると幽州の鎮定が遅れる可能性があるのだ。そのような事態など、できれば避けておきたいのが実情である。かといって、もし劉逞の懸念が実現してしまうと、さらに幽州が混乱しかねない。そうなれば、上谷郡の難楼などといった幽州各郡にいる烏桓が大きく動く可能性が多分にあった。

 公孫紀が悩まし気な雰囲気を醸し出しているその時、目をつむり黙って聞いていた郭典が目を開く。それから劉逞に視線を向けながら、口を開いたのであった。


「よく分かり申した。常剛様は、軍勢を調えいただきたく存じます。薊の治安などにつきましては、常剛様の命で我らが動いたとすればよろしいかと」

「郭殿! それはっ!!」

「公孫殿。そなたの懸念も分かる。だが、ここで張純をつけ上がらせるわけにはいかぬ。その為の手は、打っておく必要があるのは貴殿にも分かるであろう」

「それはっ! そう、かも知れませぬが」

「致し方ありますまい」

「……分かりました。常剛様、あなた様のげんに従いましょう」


 こうして、郭典が代わりを勤める形で薊の治安回復を行うことに決まる。そして劉逞だが、盧植らと共に万が一の事態に対する手立てを講じることになる。そしてこの万が一の事態に対する手立てだが、残念なことに無駄にはならなかったのであった。





 当てにしていた蘇僕延が当てにならないことが分かった張純は、行き先を管子城へと向ける。同時に彼は、仕方なく丘力居に協力を仰いでいた。本来ならば、勢力を持っている丘力居を初めから当てにするべきである。それであるにも関わらず張純が丘力居ではなく蘇僕延を当てにしたのは、先の冀州への援軍が影響していた為であった。

 実は蘇僕延からの援軍要請を張純と今は亡き張挙が断ったことが原因となって、共に兵を挙げた丘力居との仲が微妙になっていたのである。しかし、今となってはそのようなことにこだわってはいられない。蘇僕延に対する援軍要請を断られた張純はそう判断すると、丘力居へ援軍を申し込んだのであった。

それでなくても、先の決戦に負けたことで手勢が少なくなっている。このままでは、孟益率いる追討軍に負ける可能性が高い。そのようなことになるならばまだ頭でも下げる方がましだとして、張純は丘力居へ書状を出して力を借りようとしたのだ。ここに張純は、援軍を要請する使者を派遣する。しかしその使者が戻ってくる前に、張純は危機におちいることとなる。それはなぜかといえば、孟益の軍勢が管子城近郊に到達したからだ。すると孟益は、間もなく管子城を取り囲むように軍を展開したのである。まさかこれほど早く孟益が追い掛けてくるとは思ってもいなかった張純は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 何せ丘力居からの返書も受け取っていない状況であり、援軍がくるかどうかも分からないからだ。しかし、援軍を当てにしなければ勝てる要素が見えないのは事実である。ことここに至って張純は、援軍を信じて管子城に籠るしかなかった。


「必ず、援軍はくる。それまで、城を守りきるのだ!」

『おおー』


 張純の言葉を聞いて、鬨の声は上がる。しかしその声は、いささか覇気に欠けるものであった。

 その頃、管子城を囲んだ孟益はいかに攻めるべきかを検討していた。城に籠っている兵は、決して多くはないと思われる。それこそ、力攻めでも落とせるだろうと孟益は考えていた。無論、損害は大きくなるかもしれない。だが、一刻も早く目に見える形での功を欲していた孟益は、生じる損害に対して目を瞑ることにしたのだ。

 管子城を囲んでから五日後、ついに孟益は管子城への総攻撃を命じたのである。城に籠る張純らは、それこそ必死で防衛を行った。援軍がくるかどうかなど、まだ分からない。だが、援軍を当てにしなければ負けてしまう。ならば、援軍が間に合うと信じて一日でも長く城に籠るしかないからだ。完全に、尻に火が付いた状況であると言える。だがその状況に追い込まれたことで、将兵が必死になったのは皮肉としか言いようがなかった。

 張純と旗下の将兵は、歯を食いしばって攻め寄せてくる孟益の敵軍勢をはね返していく。当初、数日もあれば落とせると予測していた孟益だったが、十日近く掛けても城を落とせていない現状に苛立ちを隠せていなかった。


「ええい! まだ、落とせぬのか!!」

「申しわけありませぬ。ですが思いのほか抵抗が厳しく、手をこまねいております」

「言いわけなどいい! そのようなことを申している暇があるのならば、管子城を落としてこい!」

「ははっ」


 本陣から前線へ将を一人送り出した孟益は、椅子に腰を降ろした。そして彼は、城攻めの推移を記した地図に目を降ろす。先は苛立ちから声を荒げてしまったが、今のまま攻め続ければそう遠くないうちに管子城は落ちるだろう。それこそあと半月もないと、孟益は睨んでいた。そしてその目論見は、管子城へ籠る張純も同じである。丘力居が援軍を率いてくるまでは籠城して堪えようと思ってはいたが、どうやらそれも叶わないらしい。もしかしたら近くまできているのかも知れないが、十重二十重に囲まれた状況では丘力居の動向についての情報など手に入れることなど難しかった。


「……悔しいが、これまでだな」

「いかにする、降伏するのか」

「冗談ではない。ここは何としても落ち延びて、捲土重来けんどちょうらいを期するに決まっている」

「いいだろう。我としても、この劣勢下で負けるというのは業腹だからな。だが、具体的にはどうする気だ」

「明日の日の出と同時に、管子城から全軍で打って出る。局所的に兵を集中させて彼我の兵力を逆転させるのだ。そのまま前線に一撃を当てて怯ませたあと、一度城に戻る。その後は、旗などをたてたまま今度は北の門から敵を突破し、そのまま鮮卑の領地へ向かう」

「……鮮卑か。烏桓が当てにならぬ以上、そこしかないか。よかろう」


 張挙が死して以来、張純は食客の王政を当てにしていた。

 野心に溢れいささか油断ならないところがある男だが、将としての実力は高かった。すっかり味方が少なくなった張純としては、数少ない当てにすることができる人物なのである。その王政からも同意を得られた張純は、すぐにでも行動を起こす。朝駆けの準備を夜のうちに調えると、王政へ言った通りに日の出と共に城から打って出たのだ。

 今まで管子城に籠るばかりで打って出てくることなどなかったことと、朝駆けであったということが重なり、孟益の前線は大いに混乱してしまう。打って出てくることなどあり得ないと思い込み、完全に油断していた為であった。思いの外、首尾に笑みを浮かべた張純と王政は、できるだけ前線を混乱させたあとで兵を引く。どうせ時間が経てば、軍勢を立て為してしまうのは間違いない。そうなっては、孟益の包囲網を抜けるなど無理だからである。前線が混乱している今だからこそ、敵の突破ができるのだ。

 管子城へと戻った張純は、止まることなく駆け抜けると北の門へと辿り着く。それから城門を開かせると、ただ一点を目指して突撃を敢行した。しかも張純らにとって幸いなことに、そして孟益にとっては不幸なことに軍勢が立て直し始めた時だったのである。そこに乾坤一擲けんこんいってきとばかりの吶喊とっかんを受けたことで、再び混乱してしまったのだ。


「そのまま、一気に駆け抜けぃ!」

『おおー!!』


 張純の言葉に、力強く旗下の将兵が答える。その声を背に受けながら張純は、孟益の軍勢へ突進していく。あまりの圧力に抗することができなくなった孟益の軍勢は、ついに突破を許してしまう。これにより生まれた包囲の綻びへ、王政らも次々に押し寄せていた。

 これにより、張純が想定した通り局所的にではあるが張純側の兵数が孟益側の兵数を上回ってしまう。孟益が張純を逃がさぬ為にと、城を包囲したことが仇となった瞬間でもあった。何はともあれ張純らは、鮮卑の地へと落ち延びていったのだった。





 張純に突破されたことを聞いた孟益は、あまりの悔しさに机を蹴り飛ばしていた。だがそのお陰で少し冷静になれたらしく、彼は急いで追撃するようにとの命を出す。しかしまだ旗下の軍勢は混乱から立ち直ってはおらず、すぐには追撃へと移れない。続けてその報告を聞いた孟益は、またしても机をけ飛ばす。だがそれだけでは気持ちは収まらず、腰掛けていた椅子を地面へ思いっきり投げつけていた。こうして本陣内で散々に怒りを表した孟益だが、時が経てばその怒りも多少は治まっていく。するとその時、まるで見計らったかのように追撃の準備が整ったという知らせが届いたのである。もう間に合わないだろうとも思いつつ孟益は、逃げた張純の追撃を命じていた。

 自身が率いていた兵の半数を追撃に回した孟益は、残りの将兵を率いて管子城へと入る。間もなくして城を完全に占拠すると、漸く彼も勝利の宣言を上げていた。本当に勝ったのかと言いたくなるような状況だが、張純を管子城から追い出したのは事実である。討伐軍の大将として、その事実を喧伝する為にも孟益はことさら勝利を強調するように、高らかに勝ち鬨をとどろかせたのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >だが、その軍議に劉逞の家臣ではない人物が混じっていた。 「人物達」と複数形にした方が読んでいて違和感がないと思いました。 >それは、郭典が率いていた軍勢の主だった将となる。 こ…
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