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第二十五話~張挙の死~


第二十五話~張挙の死~



 中平四年(百八十七年)



 蘇僕延と烏延の両名から和睦を結んだことで取り返した章武にて、郭典の進軍を知った孟益は驚きとも怒りとも取れない反応を見せていた。その理由は、郭典の行動が独断だったからである。事前に話があったならば、それほどの問題とはならない。郭典の動きに、劉逞や孟益が合わせればいいだけだからだ。しかし、今回は郭典が戦況を読んで起こした独断の進軍である。それだけに孟益は、放って置けなかった。それは郭典に、手柄を横からかっさらわれ兼ねない事態だと思えたからである。孟益としては、そのようなことを許すわけにはいかない。それゆえに、孟益はすぐに行動を起こしたのであった。

 彼は渤海郡の太守に対して章武と浮陽の守りを任せると、北上して幽州の広陽郡へ進撃を開始したのである。しかし劉逞は、少し遅れることとなる。それは、浮陽を任せた董昭を待つ必要があったからだ。これには孟益も内心で苦虫を噛み潰すが、最終的には受け入れている。足並みを揃えられないことは残念であるが、董昭が合流すれば結果として軍勢も増えるからだった。



 最初に郭典、続いて孟益、やや遅れて劉逞と相次いで侵攻を受けた張純と張挙も、ただ黙って座していたわけではない。彼らは軍勢を調えると、薊より出陣したのだ。既に郭典へは抑えとして手当をしているので、すぐに問題とはならない。それに今は、孟益と劉逞の軍勢の方が厄介なのだ。そのような理由から薊より出陣した張純と張挙が率いる軍勢と、孟益と少し遅れて到着した劉逞が率いる軍勢は、安次の近郊で激突することとなったのである。しかしながら、兵数の上で劣勢なのは張純と張挙の方であった。それは前述した通り、郭典の軍勢に対応するべく兵を派遣しているからであった。その上、蘇僕延に進撃を命じて冀州東部や平原郡にまで戦火を広げたはいいが、今となっては冀州から撤退している。その彼も、なぜか沈黙している。それはまるで、義理は果たしたと言わんばかりである。その為か、兵を挙げた頃に比べると全体から勢いというものが減じていた。


「ここは何としても、ここで食い止めねばならん」

「そうよな、張純。それにここで勝ちを拾えば、今一度盛り返せるというものだ」

「うむ、その通りよ」


 張純と張挙としては、負けられない戦いであった。しかしそれは、孟益としても同じである。それに、わざわざ反乱首謀者と思われている二人が現れたのだ。彼らを討ち、一気に手柄を得る。それを、狙えるのだ。何せ今のままで終わりを迎えてしまうと、援軍である筈の劉逞率いる軍勢が上げた手柄の方が大きくなってしまうので、そのような事態を避ける為でもあった。

 ちょうど、張純と張挙の二人がいるので、孟益は軍勢を二つに分ける決断をしている。孟益自身は、反乱の指導的立場にある張純と相対していた。必然的に劉逞は、張挙と相対することとなっていた。



 相対している劉逞の軍勢より率いる兵の数が少ない張挙は、乾坤一擲けんこんいってきとばかりに突撃を開始する。彼が狙ったのは、劉逞の首であった。ここで味方に少なくない被害を出そうとも、劉逞の首を挙げて敵に混乱をもたらす。その後、混乱した敵兵を蹂躙し、返す刀で張純を攻めている敵総大将の孟益を討ち滅ぼすつもりであった。

 そして劉逞だが、張挙の軍勢を真っ向から受け止めたのである。張挙の思惑に関しては、盧植など劉逞の軍師や使匈奴中郎将の属官となっている荀攸や田豊が察知しており、その旨を進言している。それでも劉逞は、あえて正面から受け止めたのである。その目的は、張挙をより引き込む為であった。

 概要としては、わざと敵から押し込まれた形とすることでより深く引き込む。その隙に敵軍を挟み込むようにして、三方から敵を攻めるのだ。それには、中々に難しい兵の運用が求められる。その為か、張挙を引き込む役目となる前線を守ったのは盧植であった。彼は、程普と太史慈と共に前線を守ったのだが、戦が始まってから暫くするとまるで劣勢であるかのようにして少しずつ押し込まれていく。勿論、これは前述した通り策の一環でしかない。しかし相対していた張挙は、これこそ好機と判断してさらに押し込んでいった。ふと気が付くとかなり敵へ攻め込んでいたので、もう少しで敵本陣まで届くだろうと張挙は判断していた。しかし、正にその時、張挙は鬨の声を聞くことになる。何ごとかと思い視線を左右に向けると、正に急襲を仕掛けてくる敵勢の姿であった。


「しまった! 謀られた!! 引け」


 だが、その判断は時既に遅すぎた。左翼からは丁原の兵が、右翼からは於夫羅の兵が攻め込んできている。これではもう、前進などできる筈もない。左右から攻め寄せる敵を対処するのが、精一杯であった。その為、前方の注意が疎かになる。そのような隙を見逃すほど、劉逞も間抜けではなかった。

 敵の攻撃を受け止めたことで損害を被っていると思われる盧植と程普と太史慈の軍勢を下がらせると、代わりに白波衆を送り出すことで攻めに転じたのだ。それでなくても左右から襲いくる敵を相手するのに手一杯となっている張挙の軍勢に、新たに投入された白波衆へ対処することなどできるわけがない。張挙の軍勢は、一気に押し込まれてしまい、劣勢となってしまう。これでは士気を保つことが難しくなり、ついには瓦解したのであった。



 味方が遁走し始めたことを知った張挙は、何とかして戦場より離脱しようとひたすら後方へ馬を走らせる。しかし彼の逃走も、身を結ぶことはなかった。その理由は、一人の武将が立ちはだかったからである。その武将は、呂布であった。


「のけ! 木っ端」


 この頃の呂布は丁原の一家臣でしかなく、劉逞や趙雲や夏侯蘭などといった昔から交流のある者ぐらいしか彼の持つ強さについて認識をされていない。それゆえに張挙も呂布のことなど知る筈もなく、彼からするとその他大勢いる将の一人にしか思えなかったのだ。

 しかし張挙は、その無知ゆえの代償を自らの命で払うこととなる。突破を試みようとした張挙は、相対した呂布に対して路傍の石でも除くかのように武器を振るう。だが呂布は、手にしていた戟で簡単に払いけていたのである。しかもその一撃に籠っていた威力の為に、張挙は体勢を崩しただけでなく馬から叩き落されていたのだ。


「我が名は、呂奉先。その身なりから、一廉ひとかどの将であろう」

「な、ならば何だ!」

「その首、貰い受ける!!」


 馬から叩きとされた張挙に対し、呂布は神速ともいえる一撃を繰り出す。そのあまりの速度に、張挙は反応できない。次に気付いた時、それは逆さまの視界に映る自分の体であった。しかも、その体には何かが物足りない。それは何だろうと場違いにも考えたこと、それ張挙がこの世で描いた最後の思考であった。


「敵将、討ち取ったり!」


 得物である戟の一撃で切り飛ばした首を片手に掲げながら、呂布は戦場中にとどろけとばかりに声を張り上げたのであった。





 張挙が討たれたことは、徐々に敵味方問わず戦場に広がっていく。既に瓦解していた張挙の軍勢は無論のこと、一進一退の攻防を続けていた孟益と張純にも知れ渡ったのである。するとその知らせを受けて孟益と彼が率いる軍勢の士気が上がり、逆に反比例するかのように張純の士気が下がっていったのであった。


「王政殿、真か!」

「真偽のほどは分からん。しかし我は、そう聞いた。何より、あの有り様だ」

「むう……」


 王政の言葉に、張純は唸った。

 確かに、張挙が率いていた軍勢は大いに崩れている。しかも、その崩れた軍勢を誰かが取り纏めようとしている様子も見受けられない。ならば張挙が討たれたという知らせも、あながち間違いとも思えなかった。さらに言えば、このままでは張挙が率いていた軍勢の混乱が自身の軍勢にまで及びかねないのである。そうなってしまえば、勝ちを拾うどころか自分でさえ孟益に討たれかねないのだ。

 因みに王政だが、張純の家臣というわけではない。彼が持つ軍事的才能を見抜いた張純が、食客として招いた人物である。のちに彼から蜂起するという野望を聞かされると、面白いとしてそのまま食客として参画した人物であった。


「いかにする、張純殿」

「真偽は一まず置いておくとして、このままでは混乱に巻き込まれる。その前に、戦場より離脱するしかない」

「……よかろう」


 このままでは不利だと判断した張純は、撤退に入ることにした。幸いにして、殿しんがりに代わる者たちがいる。言うまでもなくそれは、張挙が率いていた軍勢であった。彼らを囮とするべく張純は、わざと張挙が率いていた軍勢の近くをかすめるようにして撤退へと入っている。この時、亡き張挙が率いていた軍勢は半ば混乱していた。その為か彼らは、敵味方関係なく攻撃を仕掛ける。いわゆる同士討ちが起きたわけだが、このことは考慮済みである。張純はあえて同士討ちを起こすことで、戦場がより混乱するように仕向けたのだ。これに伴い混戦が一気に加速して、戦場全体に広がってしまう。こうなってしまうと、追撃もままならない。しかも敵味方関係なく、攻撃を仕掛けてこようとする軍勢がいるのだ。そのような敵を放っておいて追撃するなど、土台無理な話である。速やかに追撃へと移る為にも、まずは混乱の元となっている亡き張挙が率いた軍勢を討つしかなかった。しかしそれは、張純の目論見通り戦場から無事に撤退する時間を与えることとなる。やがて混乱している亡き張挙が率いていた軍勢をあらかた討ち取った頃には、張純の軍勢は戦場より消え失せていたのであった。


「やられたな、程昱」

「はい。流石は反乱の首謀者、一筋縄ひとすじなわでは参りません」

「全くだ。ところで子幹だが……」

「常剛様、ただ今戻りましたぞ」


 盧植の安否を程昱に尋ねようとしたその時、当の盧植が程普と太史慈を連れて現れる。やはり危惧した通り、多少なりとも損耗している様子が見受けられた。しかし彼らに目立った傷はなく、致命傷を負ったようにも見えない。三人が無事な様子を見て、劉逞も内心で胸を撫で下ろしていた。


「よく戻った。それと、役目大儀であった」

『ははっ』


 撤退した張純を追撃する為、孟益は軍勢を調えてから全軍を持って薊へと進駐する。既に郭典と対峙していた軍勢も散り散りとなっていたので、郭典率いる部隊とも薊の近郊で合流を果たしていた。勝手に進軍されたこと自体は気に食わないが、味方が増えること自体は悪いことではない。ゆえに孟益は、郭典の軍勢と合流していた。

 程なくして薊へと向かうが、確認の為と称して孟益は斥候を入れる。しかし、何も問題など出なかった。しかしこれは、当然である。そもそも張純と張挙は、負けはしないないと考えていた。だがその考えも、大した時間も掛からない状況で覆されるとは予想していなかったのである。そのような彼らが、慌てて薊からの撤退へ移ったのだ。幾ら何でも、小細工などをする余裕はない。つまり、完璧に孟益の杞憂であったのだ。ただ、警戒を怠って損害を被るよりはましである。その点で言えば、警戒したこと自体が悪手だとは言えなかった。

 ともあれ、薊へと入った孟益は、まず将兵を休ませている。できればすぐにでも追撃したいのだが、行方の知れなくなった張純を情報もなしに追い掛けるのは、中々なかなかに難しい。そこで孟益は、情報を集め始めていた。その一方で劉逞も、情報集めに勤しんでいたのである。寧ろ、彼の方が情報収集を始めた時間は早かった。その彼らとて、逃げた敵の行方を掴むのなど容易なことではない。しかし意外な人物から情報が討伐軍に対してもたらされたことで、張純の行方が判明したのであった。


「蘇僕延からの使者だと?」


 張純の行方を知らせたのは、何と蘇僕延であった。

 何ゆえに彼が張純の行方を知っていたのか、その理由は薊から撤退した張純より救援要請を受けたからである。しかし蘇僕延は、章武からの撤退条件である中立を守って要請を断っていた。蘇僕延からの救援を受けた上で、遼東属国の石門山を拠点として反撃に移ろうと考えていた張純であったが、早くも思惑が外れてしまう。そこで、遼西郡にある管子城へ向かったのであった。


「なるほど。して中郎将殿、いかがする」

「無論、討つべく追い掛けます」

「分かった。早速にでも、用意を始めよう」

「いや、その儀には及びませぬ。常剛様には、この薊に残り治安の安定をお頼みしたい」

「……何だと?」


 孟益から出た言葉に、劉逞は驚きを表していた。

 確かに、幽州の治府となる薊の治安安定は大切だろう。しかし今は、張純を討つことが最優先な筈である。それであるにも関わらず、孟益は治安の安定を頼んだのである。劉逞が驚き、そして聞き返したことも当然であった。

 だが、孟益としては譲れない一線でもある。前にも述べたが、一連の反乱騒動で挙げた功績は劉逞の方が上だといっていい。その上、先の戦いでも功績に差をつけられてしまった。何せ劉逞は率いた軍勢で張挙を討っているが、孟益は張純を討っていないのである。彼としてはせめて、張純の首だけでも挙げておきたかったのだ。


「何とぞ、お頼み致します」

「承知した……」


 格としては同じ中郎将となるが、劉逞は援軍の大将である。一方で孟益は、朝廷より張純と張挙の討伐を命じられた総大将なのだ。ただ劉逞は皇族なので、ひるがえさせることは可能ではある。しかしそこまでする必要も感じなかったので、劉逞は了承したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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