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第二十三話~平原郡攻防戦~


第二十三話~平原郡攻防戦~



 中平四年(百八十七年)



 蜂起して高唐に寄った黄巾賊の残党を駆逐したことで平原郡を南北に分断した劉逞は、間髪入れずに次の動きを起こしていた。平原郡治府のある平原に韓当を残して太守の常林と共に守らせると、平原郡を南下して祝阿を落とそうと動いたのだ。この迅速な動きに、祝阿を落としたことで意気揚々いきようようとしていた黄巾賊の残党は大いに焦る。黄巾賊は平原郡北部の厭次を落としている仲間へ援軍を求める為に、使者を出したのであった。しかし、そのことごとくが捕らえられ首を討たれてしまう。その間にも、劉逞の軍勢は迫ってきていた。そこで、救援の使者を平原郡ではなく隣の斉南国を抜けるように指示する。流石にこれには対処しきれず、使者は漸く厭次へと到着したのである。この同じ黄巾賊からの援軍要請に答え、兵を向かわせたのであった。だが、既に平原郡の中央は韓当と常林が守っているので通過は難しい。そこで軍使が通った道筋を使おうとしたのだが、それは叶わなかった。

 元々もともと、斉南国では平原郡での争乱が発生した時点で、万が一を考えて国境くにさかいの警戒を強めていた。その為、斉南国を抜ける際にも捕らえられ討たれた黄巾の使者は何名かいたのである。その斉南国へ、平原郡からの軍勢近づいている知らせが届いたことで警戒がさらに密となっている。その証拠というわけではないが、斉南王の劉康は嫡子の劉贇を大将に任じ、国境くにさかいへ兵と共に派遣してこれを守らせたのだ。こうなってしまっては、斉南国を通って援軍など送れるわけがない。もし強引にでも攻め込もうものなら、手痛いしっぺ返しを受けるどころか逆に侵攻を受けかねないからだ。よしんばそこで勝てたとしても、多大な損害を被るのは必至である。そうなってしまえば、援軍どころの騒ぎではなくなってしまうので、それでは意味がない。そこゆえに彼らは、進軍先を変えざるを得なかった。

 そこで厭次から派遣された援軍が向かった先は、湿陰となる。ここを経由して、平原郡南部まで向かうことにしたのだ。しかし先も述べたように、平原郡の中央部は劉逞の働きによって奪還されている。そして湿陰は、この奪還された中央部に属している。つまり、多少の損害は覚悟の上で平原南部へ向かう決断をしたというわけであった。そこには、あの警戒を強められた国境を越えるよりはまだましだという判断がある。だが、その決断は甘いというものである。何せ韓当は、盧植が見込んで劉逞の陣営に加えた男である。彼の持つ将としての力量は、並外れたものであった。

 盧植に見込まれたその才を、韓当はこの戦で余すことなく発揮して見せたのである。趙燕隷下の者から、厭次より平原郡中央へ向けて出陣したという黄巾側が派遣した援軍の動向を知ると、韓当は彼らの行き先が湿陰であることを見抜く。そこで郡太守の常林と図り、彼は密かに平原から軍を率いて湿陰の近くまで移動するとそこで兵を伏せたのであった。

 同時に韓当は、湿陰の長吏の元まで自らが赴くと協力を要請している。果たして長吏としても、協力はやぶさかではない。韓当の動きが、そのまま平原郡の安寧へと繋がるからである。それゆえに長史は要請に応じ、韓当の指示通りに動いたのであった。





 援軍として厭次より出陣した黄巾賊の残党が、湿陰へと迫る。だが湿陰は、門をしっかりと固めていた。黄巾賊残党としては早く動いたつもりであっただけに、この籠城には驚きを隠せない。そのことが、彼らの間に焦りを生んでしまった。何せ彼らは、一刻も早く祝阿へ向かう必要がある。だからと言って、このまま素通りというわけにもいかない。もしそのようなことをすれば、間違いなく通過後に後方から攻められるからだ。

 つまりどうあっても、この湿陰を落としておく必要があるのだ。その彼らが取った行動は、力攻めである。しかしこれは、湿陰を力攻めで落とせると判断したからではなかった。前述したように、ことは一刻を争う。短時間で湿陰を落とすには、力攻めが一番だと彼らには思えたのだ。

 だがこの力攻めこそ、韓当が予想した動きなのだ。彼はこのことを見越して、籠城策を長吏に取らせたのである。その策に、黄巾賊残党がまんまとはまった形であった。こうして黄巾賊を引き付けることに成功した韓当は、いよいよ動きを見せる。湿陰には籠城せず、あえて兵を伏していた彼は密かに率いた兵と共に移動すると、程なくして城攻めに意識が集中している敵の後方へと出ていた。無論、この行軍の際にも斥候を周囲に放ち、自身の行動が敵に判明されないように配慮している。その為、敵に知られることなく移動が完了していたのである。確実に敵の後方を取った韓当は、一つ笑みを浮かべていた。


「貰ったな。征くぞ!」

『はっ!!』


 大将の韓当を先頭にして、城攻めを行っている敵の後方から躍り掛る。まさか後方から攻撃されるなど夢にも思ってみなかった黄巾賊であり、適切な対応が取れないでいた。そのような黄巾賊の齟齬を見抜いた韓当は、その隙を突いて敵の本陣へと突撃したのである。総兵数で言えば、黄巾賊残党の方が若干だが多い。しかし局所に限定すれば、全軍で攻めている分だけ韓当の方が上となる。このことを理解した上で彼は、敵の本陣へ奇襲を掛けたのだ。

 この攻勢は図に当たり、あっという間に黄巾賊の本陣が韓当とその兵によって蹂躙されてしまう。その混乱の中で、黄巾の援軍の中枢がほぼ壊滅してしまったのだ。このことは、静かにそして素早く黄巾賊残党の間に広がっていく。これでは、戦いどころの話ではない。黄巾賊は、我先にと逃げ出し始めたのである。この敵勢の動きを見て、韓当の奇襲が成功したと判断した湿陰の長吏は、門を開いて逃げ出し始めている黄巾賊の主力へ攻勢を掛けたのだ。これにより、黄巾賊は前後を挟まれてしまう。ほうほうのていで逃げ惑う黄巾賊を、当たると幸いに次々と討っていく。気付けば、黄巾賊援軍の大半を討ち取っていたのであった。


「勝ち鬨だ!」


 戦場に響く韓当の声に続き、歓声が沸き起こる。こうして厭次からの援軍は抵抗虚しく溶けたのであった。





 韓当により援軍が撃破された頃とほぼ時を同じくして、平原国南部の祝阿では籠城戦が勃発していた。祝阿に籠城しているのは援軍を一縷の望みとしている黄巾賊である。そのような敵を攻めているのは、言うまでもなく劉逞であった。兵数で言えば、ほぼ五分である。しかし、祝阿を落とした黄巾賊は、いずれ到達する筈の援軍を持って劉逞の軍を撃破するつもりで籠城したのである。いわば、援軍が来るまでの間、時間稼ぎの為に籠城策を取ったのだ。

 その一方で、劉逞だがそれほど慌ててはいなかった。韓当であれば、湿陰へと攻め寄せている黄巾賊などに負けるわけがないと確信していたからである。それでも一応、湿陰側へ兵を配置している。劉逞は必要ないと思って配置するつもりなどなかったのだが、盧植や程昱ら軍師たちが許さなかったからであった。


「しかし、本当によろしいのですかな? 敵の援軍が迫っておるのでしょう」

「確かに、厭次から援軍が出ているのを確認している。しかし、韓当であれば問題なく対処できる。この場に援軍が現れることは、まずありえない」


 祝阿の攻略に疑問を呈してきた丁原へ、劉逞はそう返答した。

 韓当であれば、問題なく対処できると判断して、劉逞は彼を残したのである。そして実際、彼はその期待に応えているのだ。しかし、その知らせはまだ劉逞の元にまで届いていない。ゆえに、湿陰で起きた戦の勝敗がわからないだけなのだ。何より、韓当からの知らせを待っているのは劉逞に他ならない。劉逞は湿陰からの知らせが届き次第、祝阿に籠る黄巾賊に対して策を仕掛けるつもりなのだ。果たしてその策だが、それは祝阿に籠る黄巾賊へ、湿陰で起きた戦の結果を流すだけであった。

 籠城している敵が、援軍を期待していることなど分かり切っている。その頼みの綱を断ち切ることで、戦を続けようという気概をへし折るつもりなのだ。そうなれば、祝阿を落とすことはそう難しくはない。それこそ、兵をいたずらに消耗せずに済むのだ。


「それならば、よろしいのですが……」

「建陽殿。どのみち、そう遠くないうちに結果は分かる。その後については、それから考えても問題はない筈だ。そうではないか?」

「まぁ、その通りでありますな」


 それから数日も経たないうちに、劉逞が待ちわびていた知らせが届く。当然ながらそれは韓当からのものであり、その内容も期待した通りのものであった。劉逞は、丁原と於夫羅に話を通したあとで、いよいよ策を実行する。すると策を実行してからそれ程の日にちも経たずして、湿陰で援軍が討ち滅ぼされたという話が噂の類として祝阿に籠る黄巾賊へ浸透したのであった。





 噂が噂を呼んで、祝阿に籠る黄巾賊内に不安が広がっていく。しかし黄巾賊の上層部は、あくまでうわさに過ぎないと一蹴していた。それどころか、噂などに惑わされるなと叱咤している。しかしながら、一度広がりを見せた噂話がそう簡単に消えることはない。静かに、そして確実に蔓延していったのだ。

 さらに言えば、いまだに援軍が影も形も見えない事実が噂話の信憑性に拍車を掛けている。何せ戻ってきた使者の話では、既に援軍は送っているという話なのだ。しかしながら、まだ祝阿に現れていない。時間的には、もう現れていい筈なのに。そしてこのようなことは、いかに止めてもいずこかから流れ出てしまうものである。そしてご多分に漏れず、籠城勢の中にもまことしやかに伝播していたのだ。

 こうして劉逞から流された援軍壊滅の噂話と、いまだに現れない援軍という現実があいまった籠城中の黄巾賊から、一人また一人と脱落していくことになる。ただ、必ずしもそのことがよいことだったのかと言われれば分からない。何せ祝阿から逃げ出した黄巾賊は、数多くの者が劉逞らに捕らえられているからである。しかも、捕らえられたからと言って助かるわけでもない。彼らの殆どが、反乱のかどで討たれているのだ。

 これにより、祝阿に籠る敵はいよいよどうにもならなくなってきていたのである。何せ日が経つにつれて、徐々に味方の数が減っていく。初め減るのは兵だけであったが、それが兵を率いる立場にある者へと広がるのに大して時間は掛からなかった。既に籠城している黄巾賊の総兵力は、当初いた数の三分の一近くまで落ち込んでいるのだ。これでは、籠城していても持ち堪えることは難しい。しかも日が経てば経つほど、兵が減っていくのだ。もうこの時点で、籠城し続けていても勝てる見込みなどほぼなかった。


「援軍さえ……援軍さえくれば!」


 正に血を吐くように、一人の男が声を上げていた。しかし、その言葉に応える者はいない。黙って、うつむいているだけであった。彼らも、既に分っているのだ。援軍が現れないことも、ましてや勝つこともできないことも。それでもまだ、僅かに望みをつないでいたのである。しかし、彼らの希望は現実によって全て打ち砕かれていたというわけであった。


「……もう、打つ手はない。開城し、降伏しよう」

「しかし!!」

「思いは分かる。しかしこのままでは、いたずらに兵が減るばかりでしかない。それより何より、士気どころか味方すら維持できない。これでは、な」

「くそ! くそっ!!」


 悔し気に自身の拳を机に叩き付ける。彼らには、もうそれぐらいしかできることはないのだ。それから間もなく、悔しさか机を叩いていた音も消える。それと同時に、彼らは立ち上がると部屋から出て行った。その後、城門を開けさせると劉逞へ降伏したのである。ここに平原郡の南部と中央部を奪還した劉逞は、朱霊を祝阿の守りに残すといよいよ最期の反乱勢力が残る北へと向かったのであった。



 平原で韓当と郡太守である常林と合流を果たした劉逞は、まず常林へ祝阿を任せる者についての打診を図る。今は朱霊に守らせているが、あくまで臨時の措置でしかないのだ。話を聞いた常林は、すぐに了承して朱霊に変わる者を用意するとすぐに出立させていたのである。その後、劉逞は西平昌へと進むとここで一旦進軍を停止させる。こうすることで劉逞は、兵の疲労を取ると同時に厭次にいる黄巾賊残党に対して無形の圧力を掛けたのであった。

 因みに、この動きは劉逞が考案したわけではない。では誰が考えたのかというと、董昭から提案された策である。そしてこの策は、祝阿に残した朱霊と合流する為の時間稼ぎも含まれていたのであった。

 一方で、西平昌に劉逞率いる軍勢が入ったことを知った黄巾賊の上層部は、喧々諤々けんけんがくがくの有り様となっていた。誰かが口を開けば、その内容を大声でけなす。その言葉尻を捉えて、他の者が責めるという収拾がつかない状態となっていたのだ。

 しかも、建設的な意見など皆無である。誰もが責任を誰かに押し付け合うという事態を、連日続けているという全く持って実りを生まない状態であった。そのようなことをしていても、事態が好転することなどある筈もない。そこにきて、祝阿に残していた朱霊が劉逞の元に現れたのだ。それから間もなく、西平昌に留まっていた劉逞はついに動き始める。この報告を聞いた彼らは、恐慌の極みとなっていた。

 それでなくても、足並みなど全く揃っていない黄巾賊である。しかも、近くに味方などいないのだ。もはや、士気を維持するどころか戦おうという意思を維持することもできなくなっていた。そしてついには、誰しもが逃げ出し始めたのである。上も下も関係なく、ただひたすらに逃げを打ったのだった。

 それから程なくして到着した劉逞らによって、厭次は無事に制圧される。ついに平原郡から黄巾賊残党は一掃され、鎮定に成功したのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 祝阿を降伏させた後を一部の兵を与えて誰に任せてといった一文があった方が良いような気がしました。 [一言] 更新お疲れ様です。今回の誤字報告は3か所ですがよろしくお願いいたします。
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