第二十一話~討伐の完了~
第二十一話~討伐の完了~
中平三年(百八十六年)
和連率いる鮮卑の主力を劉逞と丁原の連合勢が撃破している頃、於夫羅率いる匈奴の軍勢はどうしていたのか。それは劉逞の指示で、別動隊となっていたのである。彼らの目的は、和連が得た戦利品を守る為に残した部隊であった。
前述したように和連は、戦利品を守る為に軍勢を分けている。これは迅速な行動の妨げになると、判断したからだった。和連からすれば、幽州と并州に侵攻したのはこの戦利品を獲る為だといっていい。確かに劉逞の兵糧を奪うことも重要だが、手に入れた戦利品も守ることもまた重要である。ゆえに和連は兵を分けて、戦利品を守らせたのだ。
この侵攻した鮮卑が二つに分かれているという情報を趙燕から知らされた劉逞は、少し考えたあとで盧植たちへ相談している。その内容は、この分けられた敵部隊をも片づける為の策についてであった。
「於夫羅率いる匈奴を当てようかと思っているが、その方らは反対か?」
「常剛様。何ゆえにそうお考えになったのです?」
「理由は二つだな」
そう前置きしてから、劉逞は自身の考えた理由を述べた。
一つは、匈奴の兵が半ば浮いていることにある。鮮卑をあえて陣に閉じ込めてから纏めて一掃する為の策だが、実は於夫羅率いる匈奴が必ずしも必要ではないのだ。先の程昱が出した策を実行するに当たっては、二部隊もあれば十分に成果を期待できる。しかも、敵を閉じ込めているので遊撃など機動性も必要がない。基本、遊牧民族である匈奴は、この時点で半ば游兵と化していたのである。そこに、鮮卑が分かれているという情報が入ったのである。どうせ游兵となっているのだから、生かそうと考えたのだ。
もう一つは、匈奴も鮮卑も遊牧民族だからである。良くも悪くも、お互いをよく分かっている。ならば、餅は餅屋ではないが特徴を理解しているだろう匈奴に任せてしまおうと考えたのだ。
劉逞より打ち明けられた盧植たちだが、二つ目の理由は必ずしも納得できるものではない。だが、一つ目の理由は納得できる。事実上、余剰戦力となっている匈奴を活かすことになるからだ。それゆえに、軍師たちも頷きはする。しかし、完全に彼らを自由にさせていいものかという不安もあった。そこで、劉備と田豊を於夫羅と共に騎馬隊だけを率いて同行させるという提案をする。それは援軍をも兼ねた、軍監に近い立ち位置であった。
「任せたぞ。玄徳、元皓、於夫羅殿」
『はっ』
「承知」
こうして於夫羅率いる匈奴は、劉備と田豊が率いる援軍と共に鮮卑の別動隊を襲撃するべく別れたのであった。
趙燕の配下である王当の案内の元、鮮卑別動隊が駐屯している場所の近くまで到達していた。幸いなことに匈奴の動きは、鮮卑別動隊には知られていない。その証拠に、彼らは駐屯地で寛いでいる様子が見て取れていた。襲撃するには、打ってつけであると言える状況にある。正に今が、絶好の機会であった。そしてこの時を逃せば、勝つことはできるだろうが戦果は低くなるのは間違いない。於夫羅は、そう感じていた。そこで彼は、援軍兼軍艦として同行している劉備と田豊へ奇襲する旨を伝える。於夫羅より提案をされた劉備は、田豊へ視線を流した。彼の視線を受けた田豊は、少し考える仕草をする。その後、視線を向けてきた劉備に視線を戻すと、彼ら二人に対して一つの提案というか策を授けたのであった。
「一撃を与えてから、すぐに離れる? 元皓殿、それは一体どういうことか」
「玄徳殿。あの者どもに奇襲を掛ければ、まず混乱するであろう。その生じた混乱をさらに助長する為に、一撃を与えてから離れるという行為を繰り返すのだ」
田豊の提案に、劉備と於夫羅が顔を見合わせた。
正直に言って、二人ともよく意味が分かっていない。しかし、田豊からの提案を実行したからと言って、味方に不利が出るとも思えなかった。何せ一撃を与えて、すぐに離れることを繰り返すだけなのである。ゆえに、危険も少ないと思われるのだ。
「元皓殿。取りあえずは行ってみようと思うが指揮は任せる」
「分かりました」
その後、劉備と於夫羅は、田豊の指示に従って行動へと移った。劉備率いる騎馬隊も含めて軍勢を三つに分けると、駐屯している鮮卑の別動隊へ三方から襲い掛かったのだ。
「掛かれー!」
『おおー!!』
まさか、奇襲を掛けられるなどとは夢にも思っていなかった鮮卑の別動隊は、現状を把握しきれない。一部には素早く状況を判断した者もいたが、全体からすれば微々たるものでしかない。彼らの大半は碌に迎撃体制を調えることもできないうちに、劉備と田豊と於夫羅率いる軍勢と接敵してしまったのだ。
既に襲撃する気であった軍勢と、全く警戒せずに奇襲を受けてしまった軍勢である。前者が一方的に押す戦況になるのは、必然であると言えた。しかも現状を把握できていないことが、さらなる混乱を鮮卑に齎してしまう。その為、混乱した鮮卑の中から、敵味方関係なく攻撃をし始める者が出始めたのだ。
だが、そのような行動に出てしまった者の周りにいるのは大抵が鮮卑である。完全に、同士討ちとなってしまっていた。そこに劉備や於夫羅たちが攻撃を仕掛けたことで、余計に混乱が広がってしまう。しかも彼らは、田豊が立てた策に従って一旦離れると、僅かに間をおいてからさらなる一撃を与えるのだ。このことにより、鮮卑の混乱はさらに広がりを見せる。ついには、収拾どころの騒ぎではなくなってしまっていた。
その為か、大抵の者は戦利品など放り出して適当な馬に乗り逃げだそうとする始末である。だが、そのような反応をした者ばかりというわけではない。前述したように混乱のまま敵味方関係なく攻撃する者や、状況が把握できないままどうしていいか分からずに呆けてしまう者などもいたのだ。
その為、逃げ出した者やその場に残った者など大抵の鮮卑が劉備と於夫羅が率いる軍勢によって討たれてしまう。逃げ遂せたのは、割と早く自身たちの不利を判断できた者たちだけであった。しかしその彼らも、碌に物を持たずに逃げ出している。最終的に故郷へ無事に辿り着けた者は、退却に成功して逃げ遂せた者の半分にも満たなかった。
『勝ち鬨を上げよ!』
劉備と於夫羅が揃ってあげた言葉に呼応し、一斉に鬨の声を上げたのであった。
さて、鮮卑の残した戦利品の中には漢人がいた。いわゆる奴隷とする為に鮮卑が攫っていたのだが、その中に田疇という若者がいたのである。彼は鮮卑の奴隷となる寸前に劉逞の指示で救われたことに対して恩義を感じ、劉逞へ仕官したのであった。
雁門郡で鮮卑の討伐に成功した劉逞は、最寄りの平城に移動していた。そこに、鮮卑の別動隊討伐に成功した劉備と於夫羅が到着する。二人は劉逞に面会すると、挙げた戦果を報告したのであった。この結果に喜んだのは、雁門郡の太守である。鮮卑を撃退しただけでなく、総大将の和連まで討ち取っているのだ。彼の気持ちも、分からないではなかった。
兎にも角にも、鮮卑を退けることに成功したことを祝して、平城で宴が催される。その席で、雁門郡の太守は喜びのあまり大いに盃を重ねていた。だが、それも当然だろう。和連が散々に荒らした幽州とは違い、并州では被害は殆どないのだ。流石に鮮卑の侵入を許した雁門郡では出ているが、それとて幽州に比べれば天と地の開きがあると言ってよかった。
雁門郡の太守は陽気に酔いながら、劉逞や丁原へ酒を注いで回っている。その様子に、丁原は苦笑を浮かべていた。しかし彼の気持ちも分からなくもないので、丁原が何かを言うことはなかった。そしてその隣では、劉逞が笑みを浮かべながら飲んでいる。こちらは丁原と違い、苦笑ではない。自分よりも年上の太守の行動を、本当に楽しんでいたのだった。
いよいよ宴もたけなわとなると、酔い潰れる者が出始める。だからといって宴が終わりを迎えることもなく、より賑やかとなっていた。
「しかし、共に行動してみるとよく分かる」
「常剛様、何がですかな?」
「建陽殿がいるといないとでは、兵の落ち着きが違うのだ」
前述したように丁原は、戦でも個人の武勇としても名を馳せている。それゆえに、兵からの信頼度は高いのだ。しかし、その代わりにというわけではないが、官吏としての力は大分低い。だが、兵を率いている分には関係がなかった。そして今回、劉逞が言っているのは、正にそれである。丁原の存在が、いわば重石のように味方の将兵に対して働いていたのだ。
何せ劉逞は、まだ若い。この二年で挙げた功はかなりのものと言っていいが、それでも若いというのは侮られる要素となる。一方で丁原は、彼が持つ裏打ちされた戦績と歴戦の古強者が持つ貫禄が影響している。これは、若い劉逞では得ることが難しかった。
「建陽殿のような者が我が家臣にいれば、要となってくれるだろう」
「何を言われます。そなたには、子幹殿がおられるではありませぬか」
丁原から見て盧植は、劉逞の家臣では大きい存在である。彼の目が届くことで、家中が引き締まっていると言っていいからだ。しかし当の劉逞は、少し表情を歪めている。まさかそのような表情をするとは思ってもいなかったので、丁原は驚きの表情を浮かべていた。
しかし、これには理由がある。盧植は、軍師としても兵を率いる将としても十分に能力があるといえる。このことについては、他でもない劉逞が一番分かっている。だが同時に盧植は、儒学者や劉逞の師ということもあって軍師や文官という印象の方が大きいのだ。盧植を知る劉逞としてはいささか不本意であったが、だからといってどうにかできる類の物でもない。このことを聞いた丁原も、何とも言えない表情を浮かべていた。
「我は、子幹……いや師の力はよく分かっている。だが、全ての者が知っているわけではない。特に武というものは、目に見える形で求められる。その意味では、建陽殿であれば申し分はない」
「ほう。常剛様は、そこまで我を買っておられますか」
「うむ」
丁原は、確かに武官としての能力が高い。その一方で、文官としての能力がいささか低い。だが、そこに胡坐をかいてはおらず、丁原は丁原なりに励んではいる。しかしそれでも、文官としての能力が求められる仕事が煩わしいと感じているのもまた事実なのだ。その点を鑑みれば、劉逞という存在は仕える相手として悪くない。そもそもの話だが、丁原は彼を買っている。それこそ、丁茜を輿入れさせてもいいぐらいに思っている。それぐらい評価している男の元で働くというのは、それもまたありだと言えた。
だが同時に丁原は、漢という国に仕えているのだ。少なくとも彼は、現在拝命している并州刺史という役職を途中で放り出してまで劉逞の家臣となりたいとまでは、まだ考えていなかったのだ。
「それでは、いずれ世話になりましょう」
「喜んで」
その後、二人は手にしていた酒を飲みほしたのであった。
劉逞率いる軍勢に撃破された鮮卑であったが、実はある問題が発生していた。それは、後継問題である。鮮卑の大人である和連が討ち死にしたという事態に際し、鮮卑では一刻も早く後継を選出する必要があった。順当にいけば、和連の子供が跡を継いで新たな大人に就任することとなる。しかし彼はまだ幼く、現時点では鮮卑を率いるなどとてもではないが無理な話であった。
そこで、和連の甥に当たる塊頭を後継とするべきであるという意見が持ち上がったのである。だがそうなると、せっかく今まで我慢して和連に付き従っていた者たちは面白くない。それでなくても彼らは、和連の幽州侵攻に同調して兵を出した者たちである。身内が討たれ上に、利権も得られにくくなるなど我慢できるわけがなかった。その為、鮮卑内部で、和連の実子である騫曼を推す勢力と、塊頭を推す勢力の間で主導権争いが勃発したのである。まだ武力闘争にまでは至っていないが、水面下での暗闘は始まっていた。
「常剛様。さらに策を仕掛けましょう」
「策? 仲徳、どういったものだ?」
「報告にありましたように鮮卑は今、後継問題で二つに割れています。そこで後継候補である騫曼と塊頭を、実際に相争わせましょう」
「……ふむ。いいだろう、任せる」
劉逞より一任された程昱は、騫曼と塊頭を推す勢力に対して虚々実々の対応をおこなった。これによって鮮卑内で起きている内訌はさらに混迷度を増し、とてもではないが他国へ手を伸ばせられるような事態ではなくなってしまったのであった。それは即ち、於夫羅の援軍も必要がなくなったということでもある。ゆえに彼らの軍勢は、并州から故郷の匈奴へと帰還を果たしたのであった。
連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」
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