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第二話~黄巾の乱~


第二話~黄巾の乱~



 光和六年(百八十三年)



 無事に故郷の常山国に戻って来た劉逞は、その足で父親と母親にその旨を報告した。

数年に渡った旅の末に無事に戻ってきた我が子の姿を見て、両親は喜びに溢れている。しかも息子はより精悍な雰囲気を纏っており、頼もしいことこの上もなかったのであった。


「劉逞。ただ今、戻りました」

「おお、よく戻った」

「無事で何よりです」


 息子が見せる礼儀正しい姿にも、両親はまたしても喜ぶ。旅に出る前の劉逞は少しやんちゃなところがあっただけに、この変化は実に好ましく思えたのだ。これだけの礼儀を身に着けたのであれば、どこに出しても恥ずかしくはない。皇族に名を連ねる常山王の一粒種として、両親は嬉しく思えたのだった。

 また、旅の間であったにも拘らずこれだけの教育を行った盧植や趙伯には、感謝の念に堪えない。その気持ちが溢れたのか母親は涙を流しており、父親も目を潤ませていた。


「子幹に勳圭よ。やはりそなたらに任せたこと、間違いではなかったのう」

「ありがとうございます、常山王様。しかし、これで満足とはいきません」

「その通りにございます」


 劉暠より褒めの言葉をいただいた盧植と趙伯ではあったが、彼らはそれで良しとするつもりはない。さらに指導をほどこし、どこに出しても恥ずかしくない一廉ひとかどの人物とするつもりである。こうすることが、大切な息子を任せてくれた劉暠に対して返せる恩であると考えていたからだ。

 その言葉に頷きつつ、劉暠は引き続き任せると宣言する。そんな二人の師と両親の会話を澄ました表情で聞いていた劉逞であるが、内心ではいささか苦笑していた。確かに二人の師の教えは的確であり、それにより救われたことなど旅の間に幾らでもあったと言える。そのことについては、非常に感謝をしていた。

 だが、彼らの教えは中々なかなかに厳しいのも事実である。そんな二人の師が父親から絶大の信頼を置かれているということは、これからも遠慮なく指導してくることは必至だからだ。それにこの劉逞の思いは、幼馴染みであり親友でもある趙雲と夏侯蘭も同じである。つまり彼ら三人は、期せずして同じ思いを抱いていたに他ならなかった。


「それで、旅の間はどうであった?」


 父親として、息子や息子同然にも思っている趙雲と夏侯蘭のことは気に掛かる。ゆえに彼らが旅の間にいかなる経験をしたのか、それが聞きたかったのである。しかしながら、問われた劉逞が答えたのは旅の間に経験したものではなかった。

 父親から問われた劉逞は居住まいを正すと、趙雲と夏侯蘭も続く。いや、彼ら三人だけではない。盧植も趙伯も、そして趙翊も同様に居住まいを正していた。彼らが揃って態度を変えた様子に、思わず劉暠は眉を顰める。すると場の雰囲気を敏感に察したのか、劉暠の正室は侍女を伴って退出している。その後、場の雰囲気は一気に堅い物へと変わっていた。


「父上。どうも世情は、あまりよろしくないようにございます」

「何? それは、どういうことだ?」

「あくまで私見ですが……もしかしたら、世は荒れるやも知れませぬ」


 そう前置きしてから劉逞は、父親の劉暠に対して言の葉を紡いでいった。

 そもそも、劉逞が戻ってきた理由。それは、世間から不穏を感じたからである。もしそのような事態を感じなければ、もう一年か二年は旅を続けていたかも知れない。しかしながら、父親に言ったように世情の不穏さを感じた為、劉逞は盧植らとも話し合った上で故郷へと戻ってきたのだ。

 何せここ何年かに渡って漢国内は、安定していたとは言いきれない状況にある。朝廷の腐敗を皮切りとし、中央と地方の反目にも近い対立やら清流派閥と濁流派閥による対立による混乱。さらには、旱魃かんばつなどといった自然災害が重なっていたからだ。

 だが、異民族が隣接しているような辺境地域ならばまだしも、中央に近い華北などは遥かにましと言える。少なくとも、劉逞たちが旅をできるぐらいには大丈夫だったのだ。しかしながらここ最近、中央や中央に近い地域であっても怪しくなり始めていたのである。特に、大平道を起こした張角が中国各州へ高弟を派遣するなどといった事態もあり、民衆の間でも何か得体の知れないものが動き始めていたのであった。

 なお中央や地元となる冀州の動向などは、劉暠も多少ではあるが把握している。だが、大平道などといった民衆の動きにまではそれほど気に掛けていなかった。もっともこれは、劉暠が取り分けて鈍感だというわけではない。この時代であれば、そのような為政者が多いのは事実である。寧ろ、劉逞たちのように敏感に感じ取っていた者たちの方が少数なのだ。

 これは武と文の師となる二人の影響もあるが、何より市井に紛れて旅を続けていたという事実の方が大きい。自ら民衆と交わり、そして経験してきたのだから、世情にさといなど当然と言えば当然であった。


「我だけならば、気にし過ぎと言えるかも知れません。しかし、盧師も趙師も同様に思っております。ならばここは、万が一に備えるべきでは思い帰郷した次第です」

「そうか。それほどに危ぶむと、お前は言うのだな……よかろう。そなたの好きにしてみるがいい」


 息子の劉逞の言葉を黙って聞いていた劉暠であったが、最期には全面的な許可を与えることにした。いささか気にし過ぎのようにも思えるが、先に述べたように劉逞は数年に渡って市井にあった。その彼がそこまで言っているということは、あながち絵空事とも思えない。何より、可愛い息子の言葉である。尊重してやりたいという、若干親馬鹿的な気持ちもあったのだった。


「ありがとうございます、父上」

「よい。我が息子の決断、無下になどしとうないからの。それから、子幹に勲圭に飛膺。そなたらも、逞を助けよ」

『御意』

「それと子龍も衛統もだ」

『ははっ』


 劉逞の親友と言うこともあって、劉暠の二人に対する態度は柔らかい。だが、劉暠は間違いなく常山王である。そんな彼からの言葉を趙雲と夏侯蘭は、伏して拝命したのであった。

 何はともあれ、父親である劉暠から自由な動きを認められた保証された劉逞は、早速にでも動き始める。そんな息子に対して劉暠は、援護をする。何と彼は劉逞を、事実上自分の代理としたのだった。

 そんな劉逞たちが手を付けたのは、正確な情報である。これまでも大雑把なものは集めているが、詳細なものとなると流石に難しい。つい先日まで旅の空にあっただから、それも致し方なかったと言えるだろう。だが、今はそうではない。それゆえに劉逞は、ある人物を呼び出したのだ。

 その者の名だが、趙燕という。だが元々もともと、彼は褚燕と名乗っていた。しかし、あることを切っ掛けとして名を褚燕から趙燕へ改めている。その切っ掛けというのが、趙伯の存在であった。

 褚燕は、趙雲など趙家の者と同郷の人物となる。その褚燕だが侠客的な性格をしており、町にいた頃は荒くれ者を率いていたのであった。完全な悪党というわけではなかったのだが、性格にいささか粗暴な面があった為、地元では迷惑を被っている。それゆえに彼は、住人からの陳情が出されてしまう。すると、同郷ということもあって、趙伯が派遣されたのだ。

 当然の成り行きとして、褚燕は反発する。しかし趙伯からすれば、この時点での彼など町の破落戸ごろつきを率いている程度の人物でしかない。余程油断でもしていない限り、負けるなどという問題になることはない。そして案の定、問題など起きず、褚燕は趙伯によって一方的に打ち負かされてしまったていた。

 すると褚燕は、趙伯の持つ強さに心酔する。そればかりか、彼を師にと仰いだのである。しかも彼の弟子としての思いの証として、師の姓にあやかり褚燕から趙燕へと名を改めたのであった。

 しかしながら趙伯は、劉暠に仕えている。そこで趙伯は、褚燕改め趙燕の手下も含めて自身に、ひいては主君となる劉暠に帰順する形にするならば許す旨と通達したのだ。こうすることで、趙燕の行為が自身を悔い改めて徳を積むという行為が付随するようにしたのである。そして徳を積んだ者を許せば、それはそのまま趙燕及びその一党を許した劉暠の、と言うか常山王家の徳となるからだった。

 こうして褚燕改め趙燕を引き入れたわけだが、その趙燕らに目をつけたのが盧植であった。何と盧植は、彼らを密偵専門とすることを考えていたのである。そこで盧植は、趙伯に協力を仰ぐ。そして趙伯も、断ることなどなかった。

 その後、盧植と趙伯による厳しいまでの指導を受けた趙燕らは、ついには腕に覚えがある辣腕の密偵にまで鍛え上げられる。ここに情報を収集する為の集団を、盧植は趙伯と協力して作り上げたのだった。

 ともあれ劉逞は、呼び出した趙燕に対して詳しい情報収集を命じる。主君からの命をうけたまわった趙燕は、静かに退出すると手下を集めて実行に移ったのである。同時に劉逞は、将兵の鍛錬に力を入れておくようにとも家臣へ命じていた。

 その後、命を受けた趙伯や張翊らが兵や自身の鍛錬を始めている。しかし命を出した劉逞はと言うと、趙雲と夏侯蘭を伴って自身に与えられた政務用の部屋へと入っていた。そこで彼は、書状を書き出したのである。その宛先は、旅の途中で知り合った人物たちであった。

 劉逞が旅の途中で知り得た者の中には、これはという人物が少なからずいる。彼らのうちで数人は旅に同行したのだが、中には色々いろいろと事情があり同行ができなかった者もいるのだ。そのような同行することが叶わなかった者たちに対して劉逞は、改めて招聘を掛けたのである。この先、世情がどう転がるか分からない。だが、人材があって困ることはない。だからこその、人材確保であった。





 さて劉逞が故郷へ戻った翌年の一月、情報収集を行わせている趙燕からある情報がもたらされた。情報収集の命を劉逞から受けた彼は各地に密偵を派遣しており、今回の情報は洛陽へと放った密偵からであった。

 最初に情報を受け取った趙燕もしかりだが、趙燕より報告を受けた劉逞もやはり驚いている。それぐらい、趙燕によって報告された情報は、衝撃的であったのだ。

 果たしてその情報とは、前述した大平道を率いる張角が密かに進めていたという武装蜂起に関するものである。張角は武装蜂起を行うに当たり、漢の転覆を暗示させるような文言や甲子の張り紙を役所の門などに張り付けている。そして最後の仕上げとして、一部宦官を取り込んでいたのだ。

 しかもこの目論見は、半ば成功していたといいだろう。もし、最後の最後になって裏切りが発生していなければ武装蜂起は張角らの目論見通りであっただろうことは想像に難くなかった。


「以上が、今までで分かっていることとなります。とはいえ、張角が朝廷に送り込んだ馬元義が死んだからと言ってそこで終わりとは思えません。さらなる混乱が予測されると思われますが……まぁ、今さら言っても始まらないでしょう父上」

「そう……だな。取りあえず子幹、どうしたらよいか」

「まずは、国内の県長や県令に対して書状を出し警戒を促しましょう。そして、兵も召集していた方が宜しいかと存じます」

「そうか……では逞。そなたに、兵権を預ける。我に代わり、ことあらば対処せよ」

「承知しました、父上」


 こうして父親より軍事の全権を預けられた劉逞は、まず常山国内の県長や県令らへ警戒を促すふみを出す。その上で彼は、即応できるだけの兵を召集していた。こちらはほぼ一年前より、少しずつであっても兵の充実などを行っている。その為か、比較的短期間で集めることができていたのであった。



 それからおよそ一月後、遂に張角が武装蜂起を行っていた。彼は事前に漢の各州へ派遣していた高弟らに命じ、一斉蜂起したのである。そして張角自身も冀州鉅鹿郡の広宗で蜂起すると、天公将軍と称していた。

 なお二人の弟も、行動を共にしている。次弟の張宝は地公将軍と名乗り、末弟の張梁は人公将軍と名乗ったのであった。

 その一方で朝廷の動きだが、それほど遅れることなく動き始めていた。まずは皇帝の妻となる何皇后の兄、何進を大将軍に任じて軍を統括させる。そして八人の都尉に洛陽に入る為に通過する八つの関の守護を命じ、その上で冀州と豫州へ軍を派遣させる決定をしたのであった。

 何ゆえに冀州と豫州なのかというと、特にこの二つの州で蜂起した大平道の勢力が強い為であった。しかしながら劉逞には、中央より派兵されてくる兵を待っている余裕はない。それはなぜかというと、冀州内に国を持つ安平王劉続と甘陵王劉忠が捕らえられたことに起因していた。

 張角の呼び掛けに応じて蜂起した彼らは、何と安平王を捕らえたばかりかその命すらも奪ったのである。しかも彼らは、安平王を討っただけでは満足しない。安平王を討った勢いそのままに、何と常山国へもその矛先を向けたのだった。

 実はその行動だが、しっかりとした理由がある。それは常山国内に、冀州刺史の治府がある為だ。冀州刺史の治府を押さえることができれば、冀州を押さえるのに都合がいい。彼らがそう思ったがゆえ、であった。

 因みに冀州刺史だが、安平王と甘陵王が捕らえられたという話が流れてくると、早々に洛陽へ逃げている。のちに安平王が討たれたと聞いた際、彼は逃げ出したことを恥じるどころか安堵していた。

 果たしてその旨を聞いた劉逞の父親である劉暠も、実は冀州刺史と同様に洛陽へと向おうとしている。しかし彼の行動を、外ならぬ劉逞が止めたのである。それだけでなく劉逞は、断固とし攻め寄せる敵を撃破するべきだと宣言したのだ。

 息子にここまでの気概を見せられては、父親として無様な姿を見せられない。内心では迫る兵に怯えながらも劉暠は、己を叱咤しつつ常山国へ留まる決断をしたのであった。

 因みに張角の率いた反乱軍であるが、彼らは一様に黄色い布を頭に巻いていたことから、誰が言い出すでもなく黄巾賊と呼称されるようになっていたのであった。

別連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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[一言] 趙燕は張燕ですか?
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