第十九話~準備~
第十九話~準備~
中平三年(百八十六年)
白波谷を拠点としていた白波賊を降し、彼らを白波衆として配下に収めた劉逞の元に二人の人物が訪れてきた。一人は、并州刺史の丁原である。劉逞が白波賊をこの短時間で降したと聞きまず驚き、その後、彼は大笑いしたのである。その後、彼は自分たちが手こずった相手を実際に見たいと考え、酔狂にも晋陽から離石まで足を延ばしてきたのだ。
そしてもう一人はというと、張牛角である。前述したように、彼と白波賊は以前から繋がりを持っていた。流石に張牛角が漢へ帰順してからは疎遠となっていたが、それでも白波賊のことは気に掛けていたのである。出来るなら何とかしたいと考えてきたところで、劉逞が彼らを降した上で味方に引き入れたと聞き、とるものも取り敢えず駆けつけたのであった。
離石へと到達したのは、当然だが丁原の方が早い。彼は、来訪の目的を劉逞へ告げた上で郭泰らとの面会を希望したのだ。まさかその様な理由で并州刺史の丁原が来訪するとは思ってもみなかった劉逞は呆れたが、同時に彼らしいとも思っていた。
ともあれ劉逞は、微苦笑を浮かべながらも了承する。しかし、話だけと言うのも気まずいかと思った劉逞は、宴席を設けていた。初めのうちは両者の間でぎこちなさもあったが、酒が進むにつれてそのぎこちなさも小さくなっていく。そもそも敵味方であったとはいえ、何度かは干戈を交えた相手である。人となりのような物は、およそではあるが両者ともに分かっていたのだ。
やがて宴席もたけなわとなる頃には、もう蟠りのような物は感じられなくなる。流石に旧来の友とまではいかないが、それでも十分に楽しめるぐらいの関係にはなっていたのだ。
「しかし郭よ。よき判断をしたな」
「どういう意味ですかな、刺史殿」
「常剛様よ。あの方は、正に傑物であろう」
「……流石に、まだ分かりませぬ。ですが、一廉の者であることは分かりました」
「それが分かれば十分だ。決して、降ったという判断は後悔せぬであろう」
その時、二人のところに劉逞が歩み寄ってきた。丁原と郭泰が話していたのを気付き、ごく普通に近づくと手にしていた酒を彼らに注いでいく。曲がりなりにも皇族の劉逞より手ずから酒を注がれた二人は、いささか恐縮しつつも盃を飲み干したのであった。
この宴席から二日後、丁原たちは晋陽へと戻って行った。それから数日後、まるで入れ替わるように今度は張牛角が配下を伴って現れたのである。彼に取って郭泰らは弟分のような存在であるし、郭泰らからすれば兄貴分だと言っていい。確かに疎遠とはなってはいたが、別に喧嘩別れしたというわけでもないのだ。ゆえに張牛角も郭泰らも、旧交を確かめ合っていた。
その夜、劉逞は丁原の時と同じように宴席を開く。しかしこちらは、丁原の時とは違って当初はあった気まずさや蟠りのような物はない。終始、楽しげな雰囲気の宴となっていたのだ。
「まさか、そなたも常剛様が切っ掛けとなろうとは思いもよらなんだ」
「どういう意味ですか?」
「我が漢へ帰順する切っ掛けも、あの御仁よ」
「ま、真ですか!」
「応。このようなことを、嘘を言ったところで意味はなかろう。これも縁、なのかも知れぬ」
郭泰も内心で何とも奇妙な話だと思いつつ、張牛角の言葉には頷くのであった。
明けて翌日、張牛角は劉逞と面会をしていた。年齢を重ねているにも関わらず矍鑠としており、張牛角に二日酔いの影はない。そして劉逞にしても深酒となるほどには飲んでいなかったので、張牛角と同様に二日酔いとはなっていなかった。
「して平難中郎将殿、用向きとは何か」
「実は、我の後継についてでございます。知っての通り、我も老境と言っていい年です。そこで、この眭白兎を養子と致しました。今は、我の姓である張を名乗っています」
「使匈奴中郎将様。眭白兎改め張白兎と申します。以後、お見知りおきを」
「丁重な挨拶、痛み入る。使匈奴中郎将、劉常剛だ」
畏まった挨拶をしているが、張牛角が漢へ降るさいに使者として何度か顔を合わせている。ゆえに二人は、初対面というわけではない。あくまで礼儀上、そうしているに過ぎなかった。
「さて常剛様。白兎が我が養子となったということを承知の上で、頼みがございます。いずれ、白兎が我が地位を継げるよう力添えをお願いしたく」
「……つまり、平難中郎将を白兎殿が継ぐと」
「はい」
張牛角が重々しく頷くのを見つつ、劉逞は考えを巡らしていた。
彼が生存している間は、まず問題はないだろう。可能性としては十常侍辺りが無理難題を吹っ掛けるかも知れないが、張牛角の一件に関してはその十常侍も協力している。彼らとしても、今さら藪を突っついて蛇を出したくはない。その意味では、さほど懸念する必要もないと言えた。
しかし、張牛角の身に何かが起きればそれは分からなくなる。何かと難癖をつけてくる可能性も、十分に考えられるのだ。しかしそうなると、問題が発生してくる。何といっても、平難中郎将となる張牛角の本拠は冀州にある。中山郡があるので隣接こそしていないが、劉逞の故郷となる常山国と同じ州にある郡なのだ。
もし彼らが、誰とは言わないが難癖をつけられたとして再び反旗を翻せば、両親の命が危うくなりかねない。そのような事態は避けたい劉逞であり、その点で言えば張牛角に協力することは十分に利益となる。それにこの先、彼らの力を借りられるようになると考えれば、大きな利点となるだろうことは言うまでもなかった。
「……いいだろう。そのような事態となれば、力を貸そう」
「真にございますか! 忝く存じます」
「常剛様。感謝致します」
「うむ」
力添えの確約を得た張牛角と眭固改め張固は、劉逞の前を辞する。彼らを見送る劉逞の元に、静かに盧植が歩み寄る。やがて二人が消えると、静かに話し掛けていた。
「常剛様、よろしいのですか?」
「師よ。分かって聞いているのだろう……父母のいる常山を危険にさらすことはできぬよ」
劉逞がそう答えると、盧植は頷きながら静かに下がるのであった。
丁原と張牛角というある意味で予想外の客の対応を終えると劉逞は、趙燕に命じて鮮卑の情報を集めさせた。すると、劉逞にとってもそして漢にとってもありがたい事態が判明したのである。その判明したこととは、鮮卑が抱えている問題であった。
鮮卑は数年前まで、鮮卑の部族長である大人として壇石塊と言う男が君臨していた。この男はかなりの傑物で、漢もかなり悩まされていたのである。しかしそのような鮮卑の英雄も、いつまでも生きていることなできない。壇石塊もまた、寄る年波には勝てず鬼籍へと入ったのである。するとその地位は、彼の息子となる和連が継いでいた。
しかしながらこの和連、父ほどの才がない。しかも和連は、貪欲で淫乱で公平さにも欠いていたのである。そういった彼の性格も相まって、鮮卑内部で分裂状態に陥りかけている節が見受けられるのだ。
「ふむ……思ったより付け込む隙はありそうだな」
「そうですな」
「よし。そなたら、頼むぞ」
『はっ』
劉逞は盧植や程昱や董昭へ鮮卑への対応を一任した劉逞は、兵の鍛錬へ手を付ける。丁原を手こずらせるほど腕に覚えがあると言っても、白波衆はまだ陣営に加わったばかりである。味方の連携を確かにする為には、鍛錬を重ねるしかないのだ。その上、并州はいつ鮮卑が攻め寄せてくるかも分からないという状況下にある。余裕があるとは到底言えず、劉逞は厳しい鍛錬を施したのであった。
いつ来襲があるとも分からない鮮卑への対応を行っているさなか、匈奴の長である単于の地位にある羌渠の名代として右賢王の地位にある息子の於夫羅が訪ねてきた。彼が来訪した目的は、新たに使匈奴中郎将となった劉逞に対する祝いであった。
「使匈奴中郎将への就任、おめでとうございます」
「右賢王殿、痛み入る」
その後、祝いの品を渡した右賢王と劉逞は今後について話し合う。今年も、鮮卑が来襲してくることはまず間違いはない。その段において、共に戦うことになる匈奴と齟齬をきたしたくはないからだ。しかし、話をしているうちに劉逞は、右賢王から違和感のような物を感じる。いや、右賢王からというより匈奴から感じると言った方がより正解であった。
あくまで会談で感じた印象に過ぎないのだが、匈奴が鮮卑との戦に乗り気でないように見受けられる。気のせいかと思ったが、とてもそうとは思えなかった。だが、ここで出し抜けにそのようなことを尋ねるのも憚られる。一まず、お互いに連絡は取り合うということで初の会談は終了した。と言うか、劉逞がさせたのであった。
その劉逞だが、右賢王を送り出したあとすぐに趙燕へ鮮卑だけでなく匈奴についても調べさせたのである。すると、匈奴でも問題が発生していることが分かった。前述したように匈奴は、単于の羌渠によって纏められている。しかし匈奴内部では、国内の状況を顧みずに漢からの援軍要請に応える単于に対しての不満が募っていた。しかも羌渠は、援軍を送るに当たって匈奴の弱小部族から兵の拠出を命じている。このことも、単于に対する不満が募ることに拍車を掛けていたのだ。
「なるほど。これでは、消極的にもなるか」
「とはいえ、鮮卑が攻めてくれば協力はするでしょう」
「うむ。だが、当てにし過ぎない方が無難だろう」
匈奴の内情を聞き盧植へ一言漏らした劉逞は、内心でも気を引き締めたのであった。
季節は移ろい冬も間近となった頃には、新参の白波衆との連携も取れるようになっていた。何とか鮮卑が来襲する前に間に合ったことで、劉逞は内心で安堵していた。その鍛錬中においても劉逞は、匈奴との会談を何度か設けている。しかし残念ながら、あまり進展は見られない。だが、関係が悪くなったわけでもない。その点で言えば、まだましであった。
その一方で劉逞は、丁原とも会談を行っていた。実は并州内における黄巾賊の残党だが、急速に動きが低調化したのである。これは冀州との境に跳梁していた元黄巾賊と白波賊という并州における黄巾賊残党の二大勢力が、相次いで陥落したことが原因であった。さらに言うと、白波賊が帰順したという事実も大きい。冀州で力を持っていた張牛角も帰順できたという事実も相まって、并州内の黄巾賊の残党は日を追うごとに数を減らしていた。
こうなれば、丁原にも余裕が出てくる。彼も并州を守る為、劉逞と共に匈奴との連携を強めたのである。このことが結果的に、多少なりとも匈奴の負担が減ることに貢献したのである。その為、匈奴内の単于や左右賢王などといった上層部に対する不満が少し解消されるという副次効果を生んでいたのであった。
「……何が幸いするか、分からん。そうは思わぬか、師よ」
「確かに」
「まぁ、いい。これで多少は、当てにもできるだろう」
「ですが常剛様、油断は禁物です。匈奴は勿論ですが、我らにも問題はあります。特に朝廷は、何を言いだすか分かりません」
「……はぁ。十常侍と何進か」
黄巾の乱が起きた際に大将軍となった何進であったが、ここにきて十常侍との対立が激化したのだ。黄巾の乱があったからか宦官と外戚の対立はなりを潜めていたのだが、最近では水面下での動きが激しいのである。しかもこの動きには、皇太子擁立問題が絡み合っている気配があるのだ。
それと言うのも皇帝には、劉弁と劉協という二人の実子がいる。しかしいまだに皇帝こと劉宏は、皇太子を決めていないのだ。兄である劉弁の母は何進の妹となるので、何進は当然だが劉弁を推している。そして宦官たちは、対抗上劉協を推しているのである。そこに皇帝の母親と皇后の関係も絡み、複雑な権力闘争に発展したのだ。
「だが、朝廷のことがこの并州にまで飛び火するか?」
「分かりません。ですが、警戒するに越したことはありません」
「分かった。気を付けておこう」
師でもあり、筆頭軍師でもある盧植からの忠告である。一応、心に留めておくことを決めた劉逞であった。
連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」
併せてよろしくお願いします。
ご一読いただき、ありがとうございました。