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第十八話~白波衆~

更新が、遅れました。

完全に、更新した気でいまして……申し訳ありません。



第十八話~白波衆~



 中平三年(百八十六年)



 濁流という自然の猛威を使って郭泰が率いていた白波賊の殆どを蹴散らした劉逞は、偶然先頭を切って進軍していたがゆえに助かった郭泰と李楽と胡才をも捕らえていた。その後、韓当に率いさせていた軍勢の第一陣と合流する目的もあって伝令を送るように命じる。その命を受けて趙燕は、配下の杜長を送り出していた。

 一方で第一陣を率いていた韓当だが、表向きは慎重に撤収に転じた楊奉や韓暹が率いている敵を追わせていた。彼らの動きが、こちらを引き付ける為だと分かっていたからである。ゆえに韓当は、あくまで追撃に掛かっているように見せつつ、しかし追いつかないようにという難しい舵取りを行っていたのだ。

 ここで下手に追い付いて散り散りに逃げられでもしたら、それこそ目も当てられなくなる。いや、逃げられただけならまだいい。もし逃げ散った敵の一部が、劉逞たちを捕捉してしまったら策が崩れかねない。前述したように、地の利は白波賊にある。追撃をしている韓当の理想としては、このまま追撃を続けて白波谷へ追い込みたいのである。そして彼らの引く方向から、白波賊が本拠である白波谷へ向かっているのは予想できていた。つまり皮肉なことだが、韓当と楊奉たちの思惑は完全に一致していたのである。その為、お互いの行動は齟齬を生まずに済んでいたのだ。



 楊奉と韓暹に率いられた白波賊は、初めからの目論見通りに本拠地へと撤退した。そうなれば、当然だが追撃をしていた韓当も軍勢の動きを止める。何より追撃をしている韓当も目論見通りだったのだから、無理に攻め込むという判断をする筈もない。程なくして軍勢を止めた韓当が白波谷の周囲を固めるように軍を展開したことで、両勢力は睨み合いとなっていた。

 それから幾許か時が過ぎた頃、韓当のもとに劉逞が派遣を命じた杜長が現れる。すると彼は、策が成就した旨を伝える。その報告に、韓当は胸を撫で下ろしていた。


「常剛様は無事か」

「はい。郭泰は勿論、季楽と胡才も捕らえています」

「何よりだ。では、そなたはすぐに戻りこちらの情勢もお知らせするのだ」

「はっ」


 韓当の前を辞した杜長は、劉逞の元へと戻る。やがて到着した彼より報告を受けると、捕縛した郭泰たちを引き連れて白波谷へと向かう。やがて劉逞は、無事に第一陣と合流を果たしたのであった。



 白波谷に籠っている楊奉と韓暹だが、部下から齎されたある報告に目を丸くしていた。その報告とは、敵勢に帥旗がひるがえっているというものである。帥旗が存在するということは、敵の大将である劉逞がいるということに他ならない。即ちそれは、郭泰の目論見が外れたか失敗した可能性を示していた。

 劉逞を奇襲してこれを討つ、もしくは捕らえるという策が外れたことは確かに問題であろう。だが、それ以上に楊奉と韓暹が気にしていたことがある。それはいまだに、郭泰の行方が全く分からないということだった。いや、郭泰だけではない。李楽と胡才の行方も分かっていない。それどころか、三人が率いていた筈の軍勢の様子すらも見当がついていないのである。これだけでも、十分にただことではなかった。


「一体全体、どういうことなのだ。郭様の行方も分からない、それであるにも関わらず敵勢には帥旗が翻っている。韓暹、何が起こっているのだ」

「分からん。ただ帥旗に関しては、敵の策とも考えられなくもないが」

「随分と希望的な話だ。それならば、なぜ最初から帥旗を出していなかった?」

「そ、それは……」


 韓暹にも、それ以上の言葉を続けることができなかった。

 そもそもからして彼は、楊奉の言葉に対して答えた自身の言葉ですら信じていないのである。いみじくも楊奉が指摘した通り、こうであったらいいという希望的観測による見解でしかない。幾ら盧植や程昱や董昭のように学に通じてはいない彼らであったとしても、軍勢と対峙していた時にはなかった帥旗がのちになって翻るなど、その事実がいかなる意味を持っているのか容易に想像ができるというものだ。

 とは言うものの、現状から推察したに過ぎないのもまた事実である。どうにも情報が足りず、明確な判断ができないでいるのだ。そのようにやきもきとしていた楊奉と韓暹であるが、その二人の元に現状が分かる情報が齎されることになる。その情報を白波谷へ情報を届けた者、それは郭泰に率いられた者たちの生き残りであった。

 確かに人為的に起こされたとはいえ濁流という自然の猛威に晒された彼らではあるが、ただの一人も残さずに全滅したというわけではない。運よく濁流に巻き込まれなかった者や、流されたにも関わらず命を長らえた悪運の強い者も僅かではあっても存在していたのだ。

 その生き残った者も、濁流に流されたという衝撃から混乱して逃げ出した者もいるし、郭泰たちのように敵に捕らえられた者もいる。そして、このように律儀にも白波谷へ戻ってきたものもいたのだ。その戻ってきた者たちの数も、郭泰が率いていた兵数の足元にも及ばないぐらいに減っている。しかも彼らは大小問わず怪我を負っており、中には白波谷に到着して間もなく命を失ってしまった者すらいたのだ。そのような彼らに対して楊奉と韓暹は、申し訳ないと分かってはいても報告をさせている。せめてもの対応として、比較的負った怪我が軽い者だけに限定していた。


「いったい、いかなることがあったのだ」

「我もその場をしっかり確認した、というわけではありません。しかし状況から、ほぼ間違いないとは思います」

「……分かった。前置きはいい、手早く言え。何が起きた、郭様はどうしたのだ!」

「……郭様や李様や胡様は……」

「どうした、早く言え!」


 勿体ぶったかのような言い回しに、気分が苛立った楊奉の言葉が少し荒くなる。しかしそのことに関しては韓暹も同じであり、彼も腕を組みつつ指は自分の腕を叩いていた。しかしそのような二人の様子を、報告している者は気付いていない。一つ息を飲んだあとで彼は言葉を紡いだが、途中で躊躇うように逡巡しているのが証左であろう。その態度にもいらつきを覚えた楊奉は、完全に語気を荒げて先を促していたのだ。


「……お三方は、恐らく劉逞に捕らえられてしまった!! そう、思われます!」

『な、何だと!』


 想定していた以上に悪い報告を聞き、楊奉と韓暹は驚きの声を上げる。そしてそのまま、報告をあげたものを凝視し続けていたのである。

 一方で韓当に率いさせた第一陣と合流を果たしていた劉逞は、家臣全員を集めていた。しかしてその場には、捕らえた郭泰と李楽と胡才もいる。もっともその三人は、縄で縛られ拘束されていた。


「さて、郭泰だったな」

「殺せ」

「そう慌てるな。まずは話を聞け、悪い話ではないぞ」

「話だと?」

「そうだ。命が助かるし、それ以上もあり得るのだからな」

『……は?』


 劉逞から出されたまさかの提案に、郭泰と李楽と胡才は揃って素っ頓狂な声を上げたのであった。



 郭泰と李楽と胡才は、自分たちを見下ろしている劉逞を訝しげに見上げている。だが、それはそうだろう。本来であれば、その場で討たれてもおかしくはないからだ。しかし劉逞は討たず、捕らえただけである。そればかりか、命を助けるとまでいっている。話の流れから見るに、無条件で助けないことぐらいは分かる。だがたとえそうであったとしても、勝者である劉逞がそのような提案を行う理由が分からなかったからだ。

 だが劉逞からすれば、予定通りの提案である。武にけた丁原ですらも侮れないと評し、実際に彼らを手こずらせている集団である。そのような者たちを旗下に組み込むことができれば、味方をより精強足らしめることができるからだ。


「いいか。そなたらが説得して、白波谷の者ど……いや、者たちを降伏させるのだ。さすれば、全員の命を助ける。どうだ、悪い話ではなかろう」

「……本気で言っているのか?」

「当たり前だ。嘘などついて、何とする」

「それは、この場にいるそなたの家臣たちも同意しているのか?」

「そうでなければ、このような話ができるわけがなかろう」


 今でこそ名乗ってはいないが、白波谷の者たちは嘗て黄巾を名乗ったこともある。その彼らに対して、降伏勧告を提案しているのだ。当然、意思の統一は成されている。劉逞たちはこの場で、軍議を開いているわけではないのだから。

 そしてこの劉逞からでた言葉を聞いた郭泰はというと、じっと顔を見ている。それはまるで、話の真意を見抜こうとしているとも、はたまた値踏みでもしているかのようであった。ある意味で無礼とも取れる仕草に、趙雲と趙翊と夏侯蘭の視線が厳しくなる。だが、当の劉逞は怒る様子もない。黙って、ぶしつけな視線を向けてきている郭泰を見つめ返していただけであった。

 暫くの間、何とも言い難い緊張感が漂う。しかし郭泰が視線を緩めたことで、場の空気もいささか緩む。その直後、劉逞は彼よりある問い掛けをされたのであった。


「一つお尋ねしたい。貴公は黄巾の蜂起をどう見ている」

「黄巾か……張角が起こした反乱、それは間違いないだろう。しかし黄巾の一件は国にも責任が無いとは言えない、我はそう思っている」

「ほう?」


 劉逞の口から出た言葉を聞き、郭泰は意外そうな顔をする。これは、郭泰に同行している李楽と胡才の二人も似たような物だった。いや、劉逞の家臣にも似たような表情をしている者もいる。そのような中にあって違ったのは、劉逞の他は数人であった。彼らに共通しているのは、劉逞と共に旅の空とはいえ市井の中にいた者たちであるということに他ならない。そんな彼らの視点が、他の者と違っていたとしても不思議ではなかった。


「そもそもまつりごとが安定していれば、騒動や争乱や反乱などはそう簡単に起きはしない。人は、危険より安全を望むであろう。それについては、そなたたちも変わりはしない。違うか?」

「まぁ、そうだな」


 劉逞からそう投げかけられた郭泰はもとより、黙って劉逞と自分たちの頭目との会話を聞いている李楽と胡才も似たような表情を浮かべていた。


「もし起きたとしても、それは大儀の無い反乱でしかない。すぐにでも、鎮圧されて終わる」

「黄巾の蜂起も、既に終わったではないか」

「心にもないことは言わないことだ。確かに、張角が指導した黄巾による反乱は終わっているだろう。しかし、騒乱自体が終わったわけではない。それでなくても宦官やそれに連なる者は、政など気にもせず自分の懐を潤すことしか考えていない。皇帝の命で始められた洛陽の工事の進捗が、いまだにかんばしくないというのがいい例だろう」


 そこまで言うと劉逞は、静かに口を閉ざす。その為、その後は沈黙が支配していた。それは一瞬とも永遠とも取れる時間だったが、その沈黙は突如終わりを告げる。それというのも、哄笑が辺りに響いたからである。しかしてその哄笑は誰の物かと言えば、劉逞の目の前にいる男からであった。


「く……くく……はーはっはっは! こいつは愉快だ、まさか官の者からそんな言葉が聞けるとは! 良いだろう、気に入った!! 使匈奴中郎将殿、そなたの言葉通り降ろうではないか」

「それは重畳。なれば、縄はもういらぬな」


 そう言うと、劉逞は近くに控えていた男に視線を送る。その意味を汲んだ劉逞と同年代の男は、静かに頷いてから郭泰の縄を切っていた。実はこの男、劉逞と崔儷の婚儀のあとに家臣となった人物である。名を崔琰李珪と言い、姓が示す通り清河崔氏の一族出身である。そして彼は、劉逞と崔儷の華燭の典にも参列していた男でもあった。

 その彼が何ゆえに劉逞の家臣となったのかというと、何と盧植に弟子入りを直談判した結果である。そもそも崔琰は、武に長けた男であった。しかし、文にも興味があったようで崔琰は前述のような行動に出たのである。仮にも儒学者としても名を馳せ、しかも劉逞の師であり家臣筆頭とも言える盧植に対するその度胸と行動力、何より実際に相対し会話したことで判明した誠実な人柄を気に入った盧植も彼の弟子入りを許す。同時に劉逞へ、彼を家臣として迎え入れるように推挙したのだ。

 師からの推挙とはいえ、劉逞も無条件で家臣とする気はない。実際に会って人となりも確かめのだが、盧植の言った通り誠実でもある。それゆえに劉逞も、崔琰を家臣として迎え入れたのであった。しかし、彼を受け入れた理由はそれだけではない。自分の正室である崔儷に対する配慮も、存在していたのであった。

 話がそれたので戻す。

 郭泰の縄を切った崔琰は、続いて李楽と胡才を縛っていた縄も切る。劉逞からの提案を受け入れたとはいえ、まさかこの場で束縛を解かれるとは思っていなかった三人は目を色黒とさせていた。それから間もなく、郭泰がまたしても笑い始めたのである。初めは小さくやがて徐々に大きなり、やがて天幕の中が彼の哄笑で満ちる。だが唐突に笑いを消したかと思うと、郭泰は劉逞に対して膝をついていた。


「劉常剛様。そなた様に帰順致します」

「うむ。以降、力を尽くしてくれ」

「はっ」


 郭泰が降ると、李楽と胡才も同様に臣下の礼を取ったのである。

 その後、郭泰は自ら白波谷に赴き、谷に残る者たちを説得している。楊奉や韓暹も、郭泰がそう言うのであればと同意している。こうして彼らは、劉逞に降ったのであった。以降、彼らは白波衆と呼ばれるようになる。武将として名を馳せていた丁原すらも苦しめたという実力を発揮し、劉逞旗下として十二分に力を示すこととなるのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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[気になる点] >そしてこの劉逞からでた言葉を聞いた郭泰はというと、顎に手を当てながらじっと相手の顔を見ている。 縄に縛られている状態で顎に手を当てるのは不可能ではないかと。こういう場合は必ず後ろ手…
[一言]  師からの推挙とはいえ、劉逞も無条件で何進とする気はない ↑ 何進 家臣ですよね? 誤字報告です
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